遠江国浜名湖周辺で作られた大豆の発酵食品。戦国期、今川氏領国にて贈答品として用いられており、駿河に下向していた山科言継はその製法を日記に記している。 遠州浜名の大福寺 山科言継の駿河下向 内裏への献上 参考文献 遠州浜名の大福寺 元禄十年(1697)刊行の本草書『本朝食鑑』では、浜名納豆について、次のように記されている。 その昔、家康公が駿城におわした時、遠州浜名の大福寺、摩迦耶寺の僧に命じて作らせたというもので、形状は茶褐色で粘らず、まるで乾いたもののようである。 「大福寺」は現在の浜松市三ヶ日町にある。浜名湖につながる「猪鼻湖」のそばだから「浜名納豆」の名が付いたと考えられる。一方で、後述…