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123便

一般

123便

ひゃくにじゅうさんびん

1985年8月12日の日航機墜落事故において墜落した事故機の便名。

事故以降は欠番となっている。


東京羽田大阪伊丹行きの日本航空ボーイング747SR型機(機体番号JA8119)が、約30分の迷走の末群馬県上野村南東側約2.5キロの尾根(のちに御巣鷹山報道される。 北緯35度59分54秒、東経138度41分49秒)に墜落。乗客509人乗員12人コックピットクルー3人のうち、生存者は4名。死者520名。事故により垂直尾翼を失った機体はダッチロール*1やフゴイド運動*2といった著しく不安定な飛行を強いられ、かつ油圧系統の全故障により一切の操舵が出来ない状況にあった。


2006年4月19日、残存の機体部分41点を展示する「安全啓発センター」が羽田空港内に完成した。事故の原因となった後部圧力隔壁や大破した座席、垂直尾翼などが展示保存される。


18時12分離陸
18時24分35秒機体に異常発生。
18時24分39秒機長「なんか爆発したぞ」
18時24分47秒機長「スコーク77(緊急事態信号)」
18時25分16秒機長「ライトターン(右旋回)」
18時25分21秒機長 東京航空交通管制部に羽田空港への帰還を要請、承認。
18時26分27秒機長「ハイドロ(油圧系統)全部だめ」
18時28分35秒機長「バット・ナウ・アンコントローラブル(だが、現在操縦不能)」
18時26分31秒副操縦士「ディセント(降下)」
18時27分47秒航空機関士「ハイドロプレッシャーオールロス」
  
18時40分22秒航空機関士「ギアダウンしました(姿勢安定の為着陸用車輪を下げる)」
  
18時46分33秒機長「これはだめかもわからんね
  
18時56分22秒最初の接触音
18時56分25秒激突音
  
1985年8月13日群馬県上野村御巣鷹山南東側約2.5キロの尾根に墜落機体発見。4名の生存を確認。
1985年8月13日三浦半島沖の相模湾垂直尾翼の一部が発見される。
1985年9月6日ボーイング社が1978年に請負ったJA8119号機の圧力隔壁修理ミスを公表。*3


参考資料

日航機墜落までの航跡

日本航空123便事故 御巣鷹山悲劇の真相

日航123便(ねこすけ)

日航123便(JA8119)御巣鷹山墜落事故の真実

日航ジャンボ機墜落事故(サビ猫)

Wikipedia - 日本航空123便墜落事故

航空・鉄道事故調査委員会(調査報告書あり)

日航ジャンボ機(カシミール展望図)Akimasa21.Net

「JAL123 Forever」 日航機123便異常発生時の18時24分から墜落までの32分間余りをマイクロソフト フライトシミュレーターで再現させるアドオンソフト

日航123便異常発生時から墜落までの音声と航跡をまとめたFlash


*:リスト::航空

*1主翼付け根を軸に機首や機尾が8の字を描くような独特の横すべり。垂直尾翼を失った事が主原因。

*2:速度を増しながら降下し、やがて上昇しながら減速するという波打つような連続上下動。操舵系統の故障が主原因。

*3:事故機が1978年6月2日大阪空港着陸の際に機体後部を滑走路にぶつけた「しりもち事故」について、圧力隔壁を含む部分の修理作業にミスがあり、以後の運航により金属疲労が発生し崩壊。与圧された空気で垂直尾翼が破壊され、油圧系統も損傷するに至ったとされている。