A.M.ナイル

A.M.ナイル

(社会)
えーえむないる

(アイヤッパン・ピッライ・マーダヴァン・ナーヤル, 英語:Ayappan Pillai Madhavan Nair, 1905年 - 1990年4月22日)
インド独立運動家、実業家。1946年の極東国際軍事裁判(東京裁判)のために来日したラダ・ビノード・パール判事の通訳を務め、各種の判断材料を提供した。1947年8月にインドがイギリスから独立し、インド国籍を得るが、日本に住み続ける。1949年に駐日インド大使の顧問に就任する。

同年、東京都中央区銀座に日本初のインド料理専門店「ナイルレストラン」を開店(同店は現在も三代目のナイル善己が引き継いで盛業である)。1952年には小泉忠三郎とともにナイル商会を設立、インドの食材などの輸入、販売を手掛ける。ヱスビー食品にスパイスを供給したり、インド大使館の公式行事に協力するなど、日本におけるインド料理の普及に少なからず貢献している。

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