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GOING UNDER GROUND

音楽

GOING UNDER GROUND

ごーいんぐあんだーぐらうんど

Biography

埼玉県桶川市在住の五人組。ブルーハーツに憧れて、当時中学一年の松本素生(Vo)、中澤寛規(Gt)、石原聡(B)、伊藤洋一(当時Dr)は、バンドを結成。何度かメンバーの出入りがあり、高校卒業時に現在の五人が揃う。

 九十八年春に、初めて都内のライブハウスに出演。その後着実に支持を集め、九十八年十二月にインディーズレーベルDNA CUPSULESより、ファーストミニアルバム『Cello』をリリースする。

 九十九年春までに二度の全国ツアーを敢行し、全国の様々なイベントに声がかかるようになる。この年、九月二十三日には、ファーストのサウンドプロデューサー上田ケンジレーベル『John?』の第一弾作品としてセカンドミニアルバム思春期ブルース』を発売し、十月には自分たちの事務所 aqua music products、レーベル sunnyside を設立。二〇〇〇年四月十二日には、その sunnyside から初のマキシシングル『桜が咲いたら』をリリースする。五月二十四日に初のフルアルバム『GOING UNDER GROUND』をリリースし、その後も九月三日に『ロマンチック街道』、翌年、三月十日に『アロー』をリリース、全国主要都市にライブツアーの実施等、精力的な活動を展開する中、二〇〇一年、六月二十一日シングル『グラフティ』にてメジャーデビュー。

 二〇〇二年四月十七日、メジャー三枚目となるシングル『ミラージュ』をリリース。オリコン初登場三〇位を記録。リリース後、待望のワンマン「hocus pocus」ツアーを全国十ヶ所にて実施。

 七月十日に発売されたシングル『ランブル』も好調な中、全国各地のサマーイベントへ多数出演。二〇〇二年・秋(九月十一日)、メジャー二枚目(通算三枚目)となるアルバム『ホーム』がリリースされた。暮れにはツアー「kodama」を全国主要都市にて実施し、各地とも大盛況となった。

年が明け2003年、新曲のレコーディングを無事完了し、3月より新たなツアー「いろは」がスタート。最中の5月7日に新曲「ダイアリー」をリリース。メンバー自ら友達をゲストに招いて撮影が行われたPVはクライマックスの躍動感と青春センチメンタリズム溢れるビールかけシーンが話題を呼んだ。6月、赤坂BLITZ大阪なんばHatchの成功を持ってツアー「いろは」が終了、新作のレコーディングへと突入した。 その合間を縫うように2003年夏も全国主要サマーイベントへ出演し新たなファンを集める中、9月24日シングル「トワイライト」をリリース。映画を思わせる胸キュンストーリー仕立てのpvが大好評となる中、全国ラジオチャートで各地軒並みベスト10入りを果たし、オリコンチャートは初登場20位を記録、その勢いの中発売された3枚目のアルバム「ハートビート」は過去最高となるオリコン17位を記録後ロングセラー作品となった。それを裏付けるように、ツアー「every breath」は全箇所でSOLD OUTを記録、特に初となる渋谷公会堂は発売後僅か20分で完売となった。2003年11月末からはアルバムタイトル曲がボーダフォンTVCF曲となり、今後への期待は更に高まるばかりである。 GOING UNDER GROUND OFFICIAL WEBSITE

Discography