Honda Racing F1 Team

スポーツ

Honda Racing F1 Team

ほんだれーしんぐえふわんちーむ

ホンダF1チームの名称。

とくに2006年に発足され、2008年に撤退したホンダF1第3期のF1コンストラクターを指す。

B・A・R HONDA

スポンサー名からLucky Strike Honda Racing F1 Teamとも。

2015年以降の第4期でも同様の名称を見ることが出来る。

ホンダのF1参戦史

第1期

1964年ドイツGPにて、車体・エンジンともホンダ製で初参戦。

1965年の最終戦と1967年のイタリアGPで優勝。

1968年排ガス対策などを理由に撤退。これを第1期ホンダとしている。

第2期

1983年のイタリアGPからウィリアムズへのエンジン供給という形で復帰。1988年からはマクラーレンに供給。

ウィリアムズではナイジェル・マンセルネルソン・ピケマクラーレンではアラン・プロストアイルトン・セナらを擁し1987年から5年連続でドライバーズチャンピオンとなる。

69勝を挙げて1992年休止。

第3期

第3期は2000年に新興チームB・A・Rへのエンジン供給からスタート。

2004年には佐藤琢磨アメリカGP表彰台に立つなど躍進を果たし、コンストラクターズ選手権2位に輝く。

2006年、B・A・Rを買収し、38年振りのオールホンダが実現。

同年のハンガリーGPジェンソン・バトンが優勝、ホンダチームとして39年振りの優勝となる。

2008年に撤退。当時チームを率いていたロス・ブラウンにチームを渡し、チームはブラウンGP(→メルセデス・グランプリメルセデスAMG)となった。

第4期

2015年よりマクラーレンへエンジン(パワーユニット)を供給するサプライヤーとして復帰。マクラーレン・ホンダとしては23年ぶりの復活となる。しかし協業は当初の契約期間から大幅に繰り上げられ、2017シーズンまでの3年間で終了した。

2018年からはスクーデリア・トロ・ロッソトロロッソ)とワークスチーム(レッドブル・トロロッソ・ホンダ)として活動する。更に2019年よりレッドブル・レーシングにも供給し、第4期初の複数チーム供給となる。