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S&L

社会

S&L

えすあんどえる

Savings and loan association

貯蓄貸付組合

アメリカの主に個人を対象とするローカル色の強い預金取扱金融機関。19世紀に、住宅資金を調達するために一般庶民が資金を出し合って相互会社として設立した金融機関を源流とする。預金者から預金を集め、主に住宅ローンとして貸付を行う。やはり個人向け金融機関である貯蓄銀行と合わせてスリフトとよばれる。

一般庶民が商業銀行から融資を受けることが困難だったこと、不動産融資はその性質から地域性が強いことなどの事情から、こうした地域の小規模な金融機関が米住宅金融の担い手となった。しかし資金量が乏しいこともあり、早い時期から契約成立したローンの売却などオリジネーション(ローンの組成)、サービシング(保全回収)とレンダー(資金の出し手)を分離させる(アンバンドリング)仕組みが作られていた。

1930年代大恐慌は、実体経済の急激な縮小によって住宅金融システムにも大打撃を与えた。対策として連邦政府住宅ローンをまとめて買い取るモーゲジー買取機関としてファニーメイ設立するなどの支援策をとった。政府はFHAローンによる信用補完、および住宅ローン標準化・規格化によって流動性を向上させ、資金流入を促したが、これが住宅ローン証券化の基盤を整備することとなった。

第二次大戦後は、旺盛な住宅需要と低金利によって安定したビジネスであったが、1980年代の高インフレ・高金利の到来、金融自由化の進展といった状況下で、貯蓄金融機関からの資金流出、破綻が相次ぐ事態が発生した。これに対し政府による大規模な住宅ローンの買取支援が展開され、それらが後に証券化されることで新たな金融マーケットが形成されていった。資産が長期固定金利住宅ローンに限られていたS&Lは、高金利を提供するMMFなどに預金を奪われ、対抗して預金金利を上げれば逆ざやとなるジレンマから逃れるため、規制緩和によって業務を多角化、よりリスクの高い運用へと進出していった。しかし80年代末にはハイリスク投資が裏目にでて行き詰まってしまい、S&L危機とよばれる大恐慌以来の金融危機を引き起こした。1980〜1994年までに1,600以上の銀行および1,300以上のスリフトが破綻しているが、破綻処理コストで見ると、銀行で363億ドル、 S&Lで1,601億ドルとなっており、しかもS&Lの破綻処理コストのうち1,321億ドルについては税金が投入された。

それまでS&Lは地域の善人のイメージがあったが、S&L幹部の不祥事が相次いだことから国民の反感を買い、生き残った金融機関も名称からS&Lの名を消した。