ルイ・カーン@20081228104435

ルイ・イザドア・カーン(Louis Isadore Kahn, 1901年 - 1974年)は、アメリカ合衆国の建築家である。建築家としての実務のかたわら、建築批評も行い、また大学で教鞭もとった。生名はイツェ=ライプ・シムイロウスキー(Itze-Leib Schmuilowsky)。
1902年生まれという説もある。エストニアに生まれ、家族とともに1906年にアメリカに渡っている。1890年代以降農作物の不作からアメリカに移住する東欧系ユダヤ人は多くなったが、当時エストニアはロシア領だったため、父親が日露戦争の兵役を逃れるために先に渡米したという説もある。
ペンシルバニア大学建築学部でポール・フィリップ・クレのもと、ボザール流の建築教育を受ける。卒業旅行で行ったヨーロッパではヴィオレ・ル=デュクによる修景で有名なカルカッソンヌなどの中世都市に感銘を受けている。
ニューディール時代はフィラデルフィアのジョージ・ホウやオスカー・ストロノフや連邦住宅局などとともに低所得者向け住宅の設計などに従事している。戦後じょじょにその名が知られてきたが、ペンシルベニア大学リチャーズ研究所で一躍有名になった。
『タルムード』を髣髴させるエソテリックな建築論は特徴的であり、またバックミンスター・フラーやアン・ティンなどとも一時期協働している。フィラデルフィア計画の幾何学形態の塔やイェール大学美術館のワッフルコンクリートなどはその影響であるといわれる。ソーク研究所をはじめとして構造家のオーガスト・コマンダントとの協働も有名である。ソークでは有名なサーブド・スペースとサーバント・スペースという二種類の空間による構成だけでなく、構造体と設備の一体化も考えられている。
そのソーク研究所やキンベル美術館ほかの作品においてはそれまで倉庫などで多用されていたコンクリート打ち放しを大理石仕上げと同等に用いた。
インド出張帰りにフィラデルフィア駅の公衆トイレで行き倒れとなり、しばらく身元が分からなかった逸話は有名である。

主な作品に
イェール大学美術館
トレントンのバスハウス
フィラデルフィア大学リチャーズ研究所
エシュリック邸
ロチェスター・ユニタリアン教会
フィッシャー邸
バングラディシュ国会議事堂
キンベル美術館
イェール大学ブリティッシュアートセンター

などがある。

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