マヌエル・マリア・ポンセ@20091122144303

メキシコの作曲家
1882年12月8日生まれ、1948年4月24日没。

なんと、12人兄弟の末っ子であり
6歳からピアノをはじめ、9歳から作曲を始める。
1904年、イタリアへ留学。

1909年、メキシコ音楽院でピアノ教師になります。
(前任者は[[リカルド・カストロ]])

1915年からはハバナに居を移し、1917年にはメキシコへ戻り、結婚。
[[ベートーヴェン・アカデミー]]を設立。
さらに、1925年、[[パリ]]へ転居し、[[ポール・デュカス]]と交流を持つ。


1933年[[メキシコ音楽院]]院長に就任。
1942年の頃、ギタリスト[[アンドレ・セゴビア]]と出会い、
「[[南の協奏曲]]」の共演を果たす。
このセゴビアとの出会いにより、ポンセのギター曲が有名になったといわれている。