タモリ@20110304091644

:本名:森田一義
:職業:自由業((俗に言うタレント))
1945年(昭和20年)8月22日、福岡県福岡市南区生まれ。[[田辺エージェンシー]]所属。
早稲田大学第二文学部西洋哲学科除籍((後に自身のラジオ番組内で卒業していたことを告白。理由は「早稲田中退」の方がかっこいいから))。トランペット奏者。サユリスト。

*レギュラー番組 
**現在
-森田一義アワー 笑っていいとも!(フジテレビ系列 / 月曜 - 金曜 12:00 - 13:00) 
-ミュージックステーション(テレビ朝日系列 / 毎週金曜 20:00 - 20:54) 
-タモリ倶楽部(テレビ朝日系列 / 毎週金曜 24:20 - 24:50) 
-笑っていいとも!増刊号(フジテレビ系列 / 毎週日曜 10:00 - 11:45)
-[[ブラタモリ]](NHK、毎週木曜日)
**過去 
-[[エチカの鏡]] ココロにキクTV(フジテレビ系列 / 毎週日曜 21:00 - 21:54) 


卒業後、福岡に帰省し、ボーリング場の店長等、様々な職業に携わるが、たまたま、博多公演をした山下洋輔トリオに「発見」される。[[ハナモゲラ語]]で会話して盛り上がっていた山下トリオ達に、突然見知らぬ男が参加し、同じ芸を見せて一同驚愕、という伝説的なエピソードが残されている((渡辺貞夫のマネージャーとホテルで飲んで、夜中の3時頃に帰ろうとした時、同じフロアの別の部屋でドンチャン騒ぎをしているのを見て乱入。CBC「すばらしき仲間」によると、山下洋輔、中村誠一、森山威男の3人が博多のホテルで騒いでいて、ゴミ箱をかぶった中村誠一がでたらめの狂言を演じて「太郎冠者」など言いながら踊っていたところ、タモリが入ってきて二人ででたらめの狂言を延々と続けた。その後、韓国語の歌舞伎などもやったらしい。))。「福岡におかしな男がいる」と噂になり、東京の好き物達のカンパで上京。


毎晩、スナックでその芸を披露し、赤塚不二夫に気に入られ「居候」となる((イグアナのモノマネや四カ国語麻雀などはすでに、この際、完成していた))。この芸は後に[[奥成達]]により「[[密室芸]]」と命名された。


なお、これらのタモリの「密室芸」を見て、新宿歌舞伎街の飲み屋でバカ騒ぎをするグループは、実際は2分されていた。
1つは、スナック「ジャックの豆の木」の常連の客たちで、タモリの発見者である、[[山下洋輔]]トリオを初め、[[筒井康隆]]、[[奥成達]]、[[平岡正明]]、[[黒鉄ヒロシ]]、[[高信太郎]]、[[長谷邦夫]]、[[長谷川法世]]、[[南伸坊]]ら。
もう1つは、のちに「面白グループ」と[[赤塚不二夫]]が命名した人々で、赤塚をはじめ、[[高平哲郎]]、[[滝大作]]、[[坂田明]]、[[内藤陳]]、[[小松政夫]]、[[団しん也]]、[[たこ八郎]]、[[三上寛]]、[[研ナオコ]]、[[柄本明]]、[[所ジョージ]]、[[アルフィー]]、[[東京ヴォードヴィルショー]]の面々、[[由利徹]]などで、新宿二丁目の「ひとみ寿司」からスナック「アイララ」をハシゴしていた。
この2つのグループができたのは、赤塚不二夫が、「ジャックの豆の木」を、当時彼のブレインだった「[[長谷邦夫]]のシマだから」と、避けたことによる。また、前者が「文学+漫画+ジャズ」グループ、後者が「芸能人」グループであったともいえる。
ちなみに、高平哲郎は、両方に出入りしていたそうである。


それらの芸をTVでも披露し、ゲテモノ芸人としてデビュー((最初のテレビ出演は、赤塚不二夫が当時出演していたNET「土曜ショー」。牧師ネタを披露したが、この番組を観た黒柳徹子が早速赤塚不二夫に電話をかけてきた。))。「うわさのチャンネル」「[[今夜は最高!]]」等で活躍。その後、ニッポン放送のラジオ番組「ダントツタモリのおもしろ大放送」で主婦層からの支持が増えてきたのをきっかけに「笑っていいとも」の司会に抜擢される。


密室芸人から次第に「保守化」し、「安心できる国民的タレント」に転進。「世にも奇妙な物語」のストーリーテラー、「ミュージックステーション」の司会、「[[ボキャブラ天国]]」の初代審査委員長、「トリビアの泉」の品評会長などを務めていく。「マニアックな芸人」としての要素は、長寿番組「[[タモリ倶楽部]]」のみで、発揮されるようになる(のち「[[ブラタモリ]]」でも地図マニア、鉄道マニアの要素を展開)。また、「密室芸」は、毎年「徹子の部屋」最終放送日にゲスト出演し、ネタおろしをされている。


趣味は料理と色々なことをウォッチすること。世代柄か、鉄道を初めとする乗り物オタク。地図好きでもある。


毎年、秋から春の[[ナイターオフ]]にはニッポン放送でレギュラー番組を持つ((2005-2006は「ブリタモリ大百科事典」。2007年は全く出演していない。))。

愛称は主に「タモさん」。ビビる大木からは「会長」と呼ばれる。

25歳で結婚したが、子供はいない。

意外な交友関係として、故・星新一と仲良く、よく別荘に招いていたそう。

**伝説の芸

-イグアナ
-コンドルの着地
-四カ国語麻雀
-イタリア大使館でのパフォーマンス((安野光雅「算私語録そのII」四二八))
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それは、ナポリの裏町、朝寝坊の道楽息子をフライパン片手に持ったお母さんが起こす。なかなか起きないのに、バイクで窓の下に乗り付けた不良仲間が呼ぶと、やおら起き出して、出かけていってしまう、という、哀切なるドラマの一節を、でたらめのイタリア語で演ってのけたのである。/居合わせたイタリア人たちは、椅子からずり落ちて笑い転げた。
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-久米明 「野生の王国」ナレーションの物真似
-寺山修司の物真似(元々は三上寛の芸)
-中洲産業大学
-大魔神子『恋の大魔神』 作詞作曲:タモリ、編曲:鈴木宏昌、振付:土井甫
-竹村健一、大橋巨泉の物真似

**伝説の芸(小松政夫と)
-「製材所」
-「汽車電車」
-「駐車場」
-「UFOを見た」

*関連キーワード
[[福岡出身]]