立川談志@20111125115054

落語家の名跡。現在(2011年11月時点)の家元は七代目である。
※以下、当代(家元の談志)に関して記述する
*七代目(自称五代目)((立川流の当代は本来七代目であるが、当代にとって5代目というのは語呂が良く、さらに師匠5代目柳家小さんと代数が合うので丁度いいということで、5代目を名乗ることになった))立川談志(1936年生~2011年没)
[[1936年]]生まれ。東京出身。本名・松岡克由。
笑点の初代司会者。
[http://netasoku-cruise.gger.jp/archives/5408674.html:title:bookmark]
*略歴
-16歳、柳家小さんに入門、小よしと名づけられる。
-18歳、二つ目に昇進し、小ゑんと名乗る。
-22歳、真打になり、七代目立川談志を襲名する。
-[[1971年]]、参議院議員に当選。自民党に入党。
-[[1983年]]、真打制度を巡って落語協会と対立し、落語協会を脱退。
-立川流落語会を創設、家元となる。
-[[2011年]]、喉頭癌により逝去。生前に自らつけていた戒名は「立川雲黒斉家元勝手居士」。
*交友関係
**五代目三遊亭圓楽
談志は「あたしゃ(5代目)圓楽が嫌いです」と公言している。
同時期に落語家として高座に上がり、自他共に認めるライバル関係であった。圓楽と談志は、方や国民的人気番組『笑点』の司会を長年務めた大御所、方や独りわが道をゆくアウトローな天才落語家といった具合に、しばしば落語界の中で対極に位置する存在として比較される。
>>
「俺と圓楽の二人が死んだら落語界は終わる。俺一人でも生きていれば何とかなる。」(立川談志談)
<<
**手塚治虫
生前に親交があり、お互い尊敬しあっていた。
>>
「天才とはレオナルド・ダ・ヴィンチと手塚治虫のことをいう」(立川談志談)
<<
**爆笑問題
師弟とも親子ともとれる関係。
爆笑問題がデビューしたての頃、太田の持つ才能をすぐに見抜き高評価している。
談志は太田に対し、「天下、獲っちゃえよ」と応援すると同時に「(相方の)田中だけは切るなよ。こう出来た奴も、なかなかいないもんだ」と太田に説いている。
また、「太田は俺がよそで作った子供だ」とも発言している。
**著書
[asin:4380650073:detail]
[asin:4062096692:detail]
[asin:4062096706:detail]
[asin:4062096714:detail]
など
**CD
[asin:4812444128:detail]
[asin:B000BKJGCW:detail]
など
**DVD
[asin:B00009SEQQ:detail]
[asin:4340100072:detail]
など
**談志といえばこの噺(順不同)
芝浜、居残り佐平次、らくだ、洒落小町、権兵衛狸、野ざらし、羽団扇、ぞろぞろ、大工調べ、小猿七之助、鉄拐、短命、、、などなど。