学生運動@20120224114659

学生を中心にして組織され行われる、政治的・社会的な主張をともなった運動を指す。広義では文化運動も含める。
とりわけ日本では、学費値上げ、ベトナム戦争、日米安全保障条約の自動延長などに反対する学生たちが1960年代後半から1970年代初頭にかけて繰り広げた、いわゆる「全共闘運動」を指す場合が多い。全共闘は各大学等で結成されたため、その時期・目的・組織・運動方針などはそれぞれだが、日大全共闘や東大全共闘が有名で、「大学解体」「自己否定」などの急進的な主張を掲げ、反対する学生や機動隊に対し、バリケードやゲバ棒や火炎瓶なども使用した激しい暴力闘争を行った。
*安保闘争
1959年(昭和34年)から1960年(昭和35年)、1970年(昭和45年)の2度にわたり、日本で展開された日米安全保障条約(安保条約)に反対する労働者や学生、市民が参加した日本史上で空前の規模の反政府、反米運動とそれに伴う政治闘争。火炎瓶や鉄パイプで暴力を振るう暴動・紛争という側面も持っている。
*世界の学生運動
1960年代末に中華人民共和国、フランス、アメリカ合衆国、ドイツ、イタリア、日本などで世界的な高揚を見せた。世界的に共通したスローガンにアメリカのベトナム戦争に対する批判があった。
*高校生の運動
なお大学生だけではなく、高校生のあいだにも広がりを見せたのがひと世代前の全学連運動との違いであろう。「高校全共闘」で活躍した著名人としては、ミュージシャンの坂本龍一、文芸・映画評論家の四方田犬彦、作家の矢作俊彦などが挙げられる。四方田犬彦『ハイスクール1968』(ISBN:4103671041)は、「高校全共闘」に参加した高校生たちの姿を活写している((なおこの本は「必要以上に自分を美化して、同級生を貶めて描いている」と批判されている。しかしほかに一般の書店で入手しやすい本がなく、他高校で起こった運動に関する記述は客観的なので、参考資料として挙げた。また現代書館の『さまよえる高校生たちが撃つもの』と『日比谷高校闘争と教員生徒の歩み』も、入手困難ではあるようだが、同時代の貴重な証言を読むことができる。))。
*連合赤軍とその後
1970年代以降、全共闘運動は内ゲバ、テロ、リンチといった方向へ過激化していき、知識人や一般市民からの支持を次第に失った。それを象徴するのが、連合赤軍・あさま山荘事件であろう。運動に燃える青春の中の若者が、次第に党と共に狂気へ向かっていったのは、次第に増していく「運動の敗北感」を打ち消すため、より強い刺激が必要であったのではないか。
1980年代になってからは、学生運動に積極的に関心を示す大学生は少数派になってしまった。また大学側も学生たちに「運動」させないために、中央大学の郊外移転を契機に、キャンパスを郊外に移転したり、学則を変更するようになった。