イチロー@20180506001234

プロ野球選手。メジャーリーガー(2018年現在の所属は[[シアトル・マリナーズ]])。

右投左打、ポジションは外野手。背番号は51番。

本名は「[[鈴木一朗]]」((ただし、長男ではなく次男である。))。[[1973年]]10月22日生まれ([[団塊ジュニア]]世代)。愛知県西春日井郡豊山町出身、愛工大名電高卒。

*日本プロ野球、オリックス・ブルーウェーブ時代([[1992年]]〜[[2000年]])

オリックス・ブルーウェーブ入団1年目から連続でウエスタンリーグ首位打者を獲得、仰木彬監督の案で登録名をイチローとした1994年に日本記録のシーズン210安打を達成するなど活躍し一躍有名に。

日本在籍時の通算記録と主たるタイトルは次の通り。

-打率.353、118本塁打、529打点。199盗塁。1278安打
-首位打者7回([[1994年]]〜[[2000年]])
-打点王1回([[1995年]])
-盗塁王1回([[1995年]])
-最多安打([[1994年]]〜[[1998年]])
-MVP3回([[1994年]]〜[[1996年]])
-[[1995年]]にリーグ優勝、[[1996年]]に日本一

*ポスティング移籍

オリックスブルーウェーブからシアトル・マリナーズへポスティングシステム(入札制度)で移籍し、マスコミを大いに騒がせた。

日本プロ野球からMLBへ移籍する場合、基本的にFA資格を取得してからと言うのが通例でポスティング移籍は日本人選手としては史上初だったため((外国人選手ではこれより以前に広島カープのケサダがシンシナティ・レッズへ移籍している。))。

最終的にマリナーズが入札し、14億円と言う膨大な移籍金も話題に。同期にFAで阪神からニューヨーク・メッツへ移籍した新庄剛志とともに、日本人野手として初のメジャーリーガーとなった。

*メジャーリーグ、シアトル・マリナーズ時代([[2001年]]〜[[2012年]]途中)

2001年から2011年にかけて、メジャーリーグの[[シアトル・マリナーズ]]で外野手として活躍。1番ライト。

1年目から打率.350、242安打、56盗塁で、首位打者、最多安打、盗塁王という3つの主要タイトルを獲得してマリナーズの地区優勝に貢献し、新人王とアメリカンリーグMVPにも選ばれた。

2004年10月2日、[[ジョージ・シスラー]]の257安打の記録をやぶり、262安打でシーズン安打数新記録樹立。MLB新記録達成。

2007年7月10日、自身7度目の大リーグオールスターで、球宴史上初となるランニングホームランなど活躍、MVPを受賞。

2008年7月30日、日米通算ながらも史上2人目となる3000本安打を達成。

2009年4月16日、張本勲を抜く日米通算3086安打を達成。

2011年6月16日、メジャー通算400盗塁達成、日米通算600盗塁達成

*メジャーリーグ、ニューヨーク・ヤンキース時代([[2012年]]途中〜[[2014年]])

2012年7月23日、トレードでニューヨーク・ヤンキースへ移籍。背番号31((背番号51はバーニー・ウィリアムス選手のつけていた番号だから固辞した。))、8番ライトで初出場。

2013年8月21日、日米通算4000本安打を達成。

*メジャーリーグ、マイアミ・マーリンズ時代([[2015年]]〜)

2015年1月27日、マイアミ・マーリンズへ移籍。背番号51。

*名言
-『小さいことを積み重ねるのが、とんでもないところへ行くただひとつの道だと思っています』
-『今自分にできること。頑張ればできそうなこと。そういうことを積み重ねていかないと、遠くの大きな目標は近づいてこない』
-『少しずつ前に進んでいるという感覚は、人間としてすごく大事』
-『他人の記録を塗り替えるのは7割、8割の力でも可能だが、自分の記録を塗り替えるには10以上の力が必要だ』
-『自分で無意識にやっていることを、もっと意識をしなければならない』
-『ぼくは一試合一試合振り返っています。纏めてふり返ることはしません』
-『苦しいシーズンで、経験しなかったことをくぐり抜けると、もっと野球を好きになります。野球の魅力ってのは終わりがありません』
-『積み重ねていかないと、遠くの大きな目標は近づいてこない』
-『僕は決して「打率4割」とは言わないんです。6割の失敗は許してやるわ、と。いつもそう言っているんです』
-『結果が出ないとき、どういう自分でいられるか。決してあきらめない姿勢が、何かを生み出すきっかけをつくる』
-『第三者の評価を意識した生き方はしたくない。自分が納得した生き方をしたい』

*関連
-イチロー伝説
-[[イチ流]]
-リスト::野球選手