Ada@20061007160244

プログラミング言語のひとつ。米国防総省が作らせた。
Adaが現れた80年代中期は、プログラマ不足やプログラムの品質が問題になりつつある頃だった。コンピュータの発展で兵器が「スマート」になる反面、バグが軍事システムに与える影響が真剣に考慮された。兵器システムの電子化については、1975年初飛行のF-16が火気管制装置をディジタル化し、操縦装置も全電子化を行うなど、待ったなしの状態で進んでいた。
米国国防総省はこの領域に関して詳しく調査した結果、従来のプログラミング言語では兵器の電子装置開発には不十分であるとして、以下のような趣旨の要求仕様書を作成して新プログラム言語を募集した。
-厳格な文法を持ち、あいまいさの無いこと
-コンカレント・プロセスを記述できること
-文字コードなどの外部環境による非互換性を排除できること
その他、詳細な要求が挙げられた。プログラム言語が特定業者への発注ではなく募集で行われたのは、70年代中期からの兵器開発における競争試作が成功したことに基づく。いくつかの候補を退け最終的に勝ち抜いたのは仏Cll Honneywell-Bullのジャン・イシビアーの設計だった。この設計は国防総省に採用され、正式名称"Ada"が与えられた。Adaと言う名称は、Charles Babbedgeにゆかりのある女性Ada Lovelaceにちなんでつけられたものである((この当時はプログラム言語に人物の名前をつけるのが流行っていた。Pascal, Euler, Euclid, Eiffel 挙げればきりがない))。
Adaは記述能力と可読性の高さを高い水準で両立させており、強い期待が寄せられた。国防総省は今後納入されるソフトウェアはAdaで書かれていなければならないと宣言した。しかし一方では、Algol-68やPL/1の失敗に懲りていたコンピュータ科学分野からはその仕様の巨大さに強い批判が浴びせられた。
最終的にAdaが普及しなかったことは説明の必要がない。しかし、普及しなかった原因が当時浴びせられた批判とは無関係であり、純粋に市場原理によるものであることは特記に値する。
Adaは非常に可読性が高い点とプログラマが見つからないことから"Read Only Language"などと揶揄された。しかし、同時期に薦められた国防総省のVHSIC((Very High Speed Integrated Circuit. 日本の半導体産業に対抗するために米国半導体の抜本的改革を図った))プロジェクトの産物であるVHDLに色濃い影響を残している。