新井宏昌@20061119165815

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プロ野球選手(外野手)。、指導者、解説者。
1952年4月26日生まれ。大阪府出身。右投左打。旧名「新井鐘律」((「かねのり」と読む。本名、朴鐘律。))。
現役時代は70年代から80年代にかけて活躍。リーディングヒッター、バント・バスターの名手としてホークスを支えた。バファローズ移籍後は[[大石大二郎]]との1,2番コンビで活躍。[[いてまえ打線]]を牽引し、1988年の快進撃や1989年のパ・リーグ優勝に大きく貢献した。
1987年にはオールスターに初出場。打率.366で首位打者を獲得。当時のパ・リーグ記録となる184安打((1994年、イチローが210安打で更新。))を記録した。
1992年7月8日のオリックス・ブルーウェーブ戦で通算2000本安打を達成。また、同年通算300犠打を達成。いぶし銀の2番打者として安打を量産し、体のブレがない教科書通りのフォームを持ち、コンパクトなスイングで鳴らした。
1979年に打率.358、1982年も打率.315と高打率を残しながらを残したが共に2位に終わり、タイトル獲得はならなかった。
1992年に現役引退し解説者に転身。マスターズリーグ・大阪ロマンズの選手として活躍。1994年からは指導者の道を歩み始め、ブルーウェーブではイチロー、田口壮、ホークスでは村松有人らを育てた。日本プロ野球界屈指の名打撃コーチに数えられる。
*経歴
|*年度|*所属|*背番号|*備考|
|1968-1970|PL学園高校|-|甲子園出場あり|
|1971-1974|法政大学|-|野球だけでなく、実際の学問に対しても勤勉であった|
|1975-1985|南海ホークス|6|1974年ドラフト2位|
|1986-1992|近鉄バファローズ|9|[[山口哲治]]との交換トレード|
|1994-2001|オリックス・ブルーウェーブ|69((コーチ時の背番号はすべて69番である。南海時代の6番と近鉄時代の9番を背負う意味を持つ。))|打撃コーチに就任|
|2003-2004|福岡ダイエーホークス|81|打撃コーチに就任|
|2005-2006|オリックス・バファローズ|69|チーフ兼打撃コーチに就任|
|2007-|福岡ソフトバンクホークス|81|一軍打撃コーチに就任|
*個人タイトル
-首位打者(1987) 
-ベストナイン(1979、1982、1986、1987)
-ゴールデングラブ賞(1987)

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