北条義宗@20080722105020

北条義宗(1253年(建長5年) - 1277年(建治3年)
北条重時の長男で6代執権北条長時の嫡子として生まれる。重時に始まる一派は極楽寺流と呼ばれ、中でも長時に始まる流れを赤橋流といい、北条氏の中でも高い家格を保った家である。
1267年(文永5年)従五位下左近将監に叙爵、1271年(文永8年)11月には長時の後、六波羅探題北方であった叔父の北条時茂が在任中に死去し、しばらく空席であった六波羅探題北方として赴任。1272年(文永9年)2月には北条時宗の異母兄で六波羅探題南方であった北条時輔を時宗の命により追討する(二月騒動)。1276年(建治2年)には鎌倉に戻り、駿河守に任ぜられ、評定衆に列せられるが、間もなく死去。
子どもは北条久時ほか、孫には16代執権となった北条守時と足利尊氏に嫁いだ赤橋登子、外曽孫に室町幕府二代将軍足利義詮がいる。