アルベール・メンミ@20080811020244

    Albert Memmi アルベール メンミ略歴

    1920 : 12月15日チュニスで生まれる。家族はアラブ語を母語とするユダヤ系。家族は貧しかった。父は馬具製造職人だった。メミはユダヤ学校、ついでアリアンス イスラエリット小学校でフランス語を習う。優秀な生徒であったため奨学金を受けてチュニスのリセ フランセに入る。

    1943 : 第二次世界大戦中、ドイツ軍がチュニジアを占領。アルベール メミは強制労働所へ送られる。

    1945 : 戦後数ヵ月後にアルジェリアへ留学。哲学を学ぶ。医学をあきらめてパリへ出る。

    1946 : パリでGermaine Dubachと出会い、12月24日に結婚する。メンミはソルボンヌで哲学のアグレガシオンを準備する。

    1950 : メンミ夫妻はチュニジアに教職を得る。この7年間の滞在のあいだメンミは週刊誌L'Actionの発刊に加わる。メンミは文化欄を担当。L'Actionは後にJeune Afriqueとなる。

    1953 : 最初の小説La statue de selを刊行。カミユに認められ、その序文を得る。

    1956 : 3月20日、チュニジアの独立宣言。独立を支持したメンミはしかしイスラム国となったチュニジアに自分の居場所を見出すことができない。

    1957 : パリに帰る。社会精神科医学をEcole Pratique des Hautes Etudesを教える。同時にC.N.R.S、Académie des Sciences d'Outre-merのメンバー。出版社Maspéroのコレクション"Domaine maghrébin"を担当する。

    この年、メンミはその著作の中でも最も知られ、また多くの言語に翻訳されているPortrait du colonisé, précédé du Portrait du colonisateur(被植民者の肖像、植民者の肖像)を発表する。序文はサルトル。同様の系列の著作としてはPortrait d'un juif (1962 et 1966 あるユダヤ人の肖像)と L'homme dominé (1968 被支配者)がある。

    1970 : 虹彩剥離の難病にあう。

    1973 : フランス移住20年後、メンミはフランスの国籍を得る。

    1975 : この年に刊行したJuifs et Arabes(ユダヤ人とアラブ人)を巡りモロッコの作家Abdelkebir Khatibiと激越な論争を交わす。パレスチナ問題に対するメンミの取る立場が原因でマグレブの作家との関係が絶たれる。

    1995 : Fondation Nourredine Abaの文学賞Grand prix littéraire du Maghreb(マグレブの文学グランプリ)を受ける。

    ソース:Bfm