【Mohican】
一言で言えば「技術原理主義者」(モヒカン族グループのキーワード「モヒカン族」より)。
ネット世界の「原住民」であるが、その思想は極めて近代的。これはコンピュータ・インターネットに早くから触れた人たちに、ソクラテスの時代から続く合理主義などの近代的思想を持つ人たちが多かったことが原因として考えられる。(鶏が先か卵が先か、コンピュータやインターネットの仕様の多くは合理的にできている)
近年インターネットが一般層へ急速に普及し出したことにより、近代的思想を持たない一般人(モヒカン族曰く「ムラ社会」のひと)との間で文化衝突が起きている。
こういう人はモヒカン族
(注1:モヒカン族の中にも様々なタイプがあるため、モヒカン族はこれらの要素が全て当てはまる、ということはない)
(注2:一部誤解が含まれているかもしれないが、モヒカン族の思想に倣い、躊躇なく修正して欲しい)
- 会話中の言い間違いや相手の誤解は指摘するほうが良いと考える
- 「間違いの修正こそ正義」と勘違いしている
- 「正義は我にあり」と言わんばかりに、他人の間違いにこだわる
- 一般人から「理系的人間」と呼ばれやすい
- 間違いさえ修正できれば、人がどう思おうと関係ないという態度が出ている
特に、Webに関する考え方では、以下のような思想を持つモヒカン族がいる。
- W3Cの勧告に正しく従うことが合理的であると考える
- 補注:これを強く主張する人たちは特に「W3C原理主義者」と呼ばれる。
- いわゆる「意味と見栄えの分離」を尊重する。
- 補注:これを強く主張する人たちは特に「CSS原理主義者」と呼ばれることがある。
- W3Cの勧告通りの表示をしないブラウザは非合理的だと考える
- いわゆる1バイト系カタカナ・2バイト系英数字・機種依存文字に疑問を持つ
- 「無断リンク禁止」という考えに疑問を持つ
- 「モヒカン族の解説はこちら」の「こちら」にリンクをつけるようなやり方に疑問を持つ
- 「教えて君」の態度に疑問を持つ
モヒカン族の思想
- 原則として発言者の社会的地位を考慮せず、意見の内容だけに注目する
- 馴れ合いよりはむしろ殺伐とした議論を求める
- 誤字脱字等の間違いはただ単に「間違い」と考え、他人の間違いは他意なく指摘し、自分の間違いは素直に認める
モヒカン宣言
掟
- どんな努力をしても絶対に覆せない事柄を根拠にするな。「差別」という外道に堕ちる。
宣言
- 発言者の社会的地位を気にせず、言説だけに注目する*1
- 事実のやりとりに、余計な装飾語はいらない
- 間違いは、きちんと認めて修正すればいい
モヒカン族5つの価値
- 校正
- 間違いを訂正してくれる人を我々は尊敬して評価します。よけいな裏読みをして「人格攻撃している」とは思いません。
- 共有
- アイディアに校正の機会を与えることが生みの親の義務です。「理由が無いけど、これはこれでいいんだ」というエレガントではない開き直りはくだらない。
- ツッコミビリティ
- 校正、反論しやすいエレガントな言説が価値ある言説です。その為には、冗長にならない範囲で、ソースと推論過程を明確化し他へ示します。
- 全体最適化
- たくさんの人がハッピーになれるエレガントな方法を見つけた時、我々は最もハッピーになります。
- 差異
- お互いの違いを確認することで、我々はつながります。「自分らにとって良いから他の人にも良いはずだ」とは思いません。
ムラ社会とは
- 反モヒカン族が属しているコミュニティそのもの
- 反モヒカン族が信奉している「前世代の思想」は「ムラ社会文化」と表現する
ムラ社会の特徴
- 論理的に正しいかどうかよりも、周囲にいる仲間であるかどうかを優先して擁護する
- 個人の思考法の違いを抑圧することで均質化して連帯感を盲目的に持つ
- ただ単純に自分の周辺に存在しているというだけの無意味な条件だけで「仲間」と認識する
- 他人との関係を「嫌っている・好んでいる」という基準でしか判断しない
- 他人から単なる事務的な指摘や事実確認をされたときでも「自分のことを挑発しているのか? 嫌っているのか?」と受け取ってしまう
- 自分の趣味の対象に否定的な言葉をかけられると、何の趣味を持っているのかということとその人の評価は無関係なのに「そんな趣味を持っている人はダメだ」という風にバッシングされたと曲解して怒る
ムラ社会の例
- 手作業と苦労が感じられるほど評価する
- 既存の手作業処理をプログラムで効率化して一瞬で出来るようにしたら「そんな楽をしたらダメだ。心が入っていない」
- 修正書類を早々に翌日に持っていったから、誠意が無いと言われた
- トラブルの根本的な原因に気が付いたので報告したら「その担当者に角が立つから……」と黙殺された
- 興味があるので色々と調べて考えて「もっとこうしたほうがいいのではないか」という意見を提出したら、なぜか「君は私に対する尊敬や誠意が無いね」と解釈された
- 「○○って映画を見たけど面白かったよぉ」「それって宣伝先行のクソ映画でしょ。しかもパクりだし」「ねぇ、どうして私にケチをつけるの?」「えっ? 映画にケチはつけたけど、君にケチはつけていないよ」「ひどい。バカにしているのね」
ムラ社会宣言
宣言
- 発言者の社会的地位を考慮する。偉い人の失言は大目に見る
- 内容の前に礼節を知るべし。敬語、修飾語が適切に使われていない文は見るに値しない
- 間違いを指摘することはその人の人格を攻撃することである。また、真に誤りを犯した場合、どんな謝罪を行っても許されるものではない
ムラ社会5つの掟
- 校正
- 間違いを訂正する人は内心人格を攻撃しています。人として尊敬できることではありません。よけいな訂正は慎みましょう。
- 共有
- あなたのものはあなたのもの。わたしのものはわたしのもの。人のものに口を出すのは恐ろしい人です。
- マターリティティ
- 周囲の人を最大限配慮し、理論よりも何となく心を打つのが価値ある言説です。その為には、過程やソースを表に出さず、優しい言葉のオブラートでくるんで示します。
- 最適化の放棄
- 例え非効率であっても、揉め事が起きない方法が一番ハッピーです。
- 差異
- お互いの差異は努力で埋めることが出来ます。自分が良いと思ったことを積極的に人に対して行いましょう。
起源
「void GraphicWizardsLair( void ); //」の作者otsune氏が、2005年6月に使ったのが始まり。
今のネットはシステムとかプログラムに強い方面の人が跳梁跋扈しているサザンクロスシティみたいなもんだから。
普通の新聞記者さんがネットにふらふらと入ってくるとギャップで悲劇が起こっちゃう。彼らは大関東地獄地震が起こったことを知らずに目立つ行動をしてしまって、駆けつけたモヒカンで手斧を持ったプロテクター姿のシステム管理者やプログラマやネットジャンキーたちに原理主義攻撃でボロボロにされちゃう。
「この世界はネットお宅が支配する修羅場なんだぜぇ。平民は消毒だぁぁ」という感じで丸焼き炎上。
んで逃げる時に発せられる捨て台詞が「ネットお宅の理屈なんて関係有りません」という遮断宣言。
やっぱりモヒカンで手斧を持った連中がウロウロしているってのはちゃんと啓蒙したほうがいいような気がする。