北添数馬は赤穂浪士が大好きだ。いやいや、悪いのは浅野内匠頭で、吉良上野介は被害者じゃないかと思うが、やっぱり赤穂浪士が好きである。 泉岳寺へひとりで行った。道場の門弟たちと師走の十四日に行ったことがあるが、大混雑していて、あまり落ち着かなかった。ひとりでゆっくり堪能したい。墓所に行くと、五十歳ぐらいと思われる男性が、花を添えて手を合わせていた。この時期は誰もいないと思っていたのであるが、意外であった。話によると、岡野金右衛門(おかのきんえもん)の縁の者だという。岡野孫八という。 岡野金右衛門は十文字槍の使い手であった。大工の娘を通じて吉良屋敷の図面を手に入れたとされている。享年二十四歳。辞世は…