東京府(途中から東京都)に本拠地を置いたプロ野球チーム。
1940年9月15日、ライオン軍の名称を日本語化することが決定。
しかし田村駒治郎オーナーが「ライオン」は日本語であると抵抗したため、他の球団より改名が遅れた。 1941年、日本語化され、、ライオン軍より朝日軍となる。
1946年、「パシフィック」に改称。
なお、朝日新聞社とは無関係である。当時の朝日新聞社は職業野球参加に反対していた。
林 安夫 最多投球回日本記録 防1.01 32勝22敗 1942年プロ入り 朝日(42〜43) シーズン最多投球回の日本記録を持つ戦場に散ったエース。42年に朝日軍に入団すると71試合登板で内、51先発登板とフル回転し最終的にシーズン541.1イニングを投げ切った。これは林本人が戦争の最中であった事からいずれ戦争に行くであろう自身を顧みず投げ続けた結果でもある。43年シーズンは真田重男の加入もあり登板が若干減ったものの20勝に防御率0点台と大活躍。しかし43年シーズンを持って招集されて戦場へと出陣。これだけの大エースでありながら最期はどこで戦死したのか分からず没年すらも不明である。 パワナンバ…
78回目の終戦記念日、東京ドーム横の鎮魂の碑へ行ってきた。ある時期から毎年、この日に、どうしても来れないときは前後1週間の間に足を運んでいる。今年もきれいな白百合がお供えされていた。 戦争では多くの野球人が命を落とした。我々が平和な時代に草野球に興じることができるのも、戦時下であっても職業野球・学生野球を支えてきた先人たちの野球愛があってこそだと思う。そして、これだけ多くの戦没野球人がいたことを忘れてはいけないと改めて感じる。 靖国神社の遊就館では、戦没野球人たちの品々が常設展示されている。撮影不可の為、画像はないのだが、行ったことない方は是非一度見に行っていただきたい。戦没野球人として沢村栄…
(adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({}); こんにちは! 今日は、日本プロ野球のシーズン投球回ベスト3について紹介したいと思います! 日本プロ野球のシーズン投球回ベスト3とは、 1位:林安夫 2位:野口二郎 3位:真田重蔵 の3人です。 それぞれ簡単に紹介したいと思います! 林安夫 林安夫とは、愛知県出身のプロ野球選手(投手)。 シーズン541回1/3、シーズン対戦打者2079人、シーズン先発51登板のNPB記録保持者。 史上8人目のシーズン防御率0点台も達成した。 弟は元プロ野球選手の林直明。 1942年に朝日軍に入団。 プロでは変化…
「和歌山あれやこれや」のカテゴリーでは、和歌山県内各地に伝わる歴史や伝承などを気ままに紹介していきます。 今回は第二次大戦前にカナダ・バンクーバーで活動していた日系カナダ移民の二世を中心とする野球チーム「バンクーバー朝日」と旧制和歌山中学(現在の和歌山県立桐蔭高等学校)との関わりについて紹介します。
選出ルール 歴代チーム名 オーダー DHなしメイン DHなし対左 DHありメイン DHあり対左 監督 投手 先発 中継ぎ 抑え 野手 捕手 一塁手 二塁手 三塁手 遊撃手 外野手 選手能力 先発 中継ぎ 抑え 捕手 一塁手 二塁手 三塁手 遊撃手 外野手 選出ルール kumaoash.hatenablog.com 歴代チーム名 大東京軍→ライオン軍→朝日軍→パシフィック→太陽ロビンス→大陽ロビンス→松竹ロビンス(1936春-1952年 ※大洋ホエールズと対等合併) 大洋ホエールズ(1950年~1952年)大洋松竹ロビンス(1953年~1954年)大洋ホエールズ(1955年~1977年)横浜大洋…