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2005-09-30 子供を亡くした母親達と不快なエセ宗教家達についての一考察

[]子供を亡くした母親達と不快なエセ宗教家達についての一考察 12:34

 今日はこのブログではおそらく初めての宗教にからんだ話をしたいと思います。



●「キリストの再臨」を自称する男が、子供たちの復活を「予言」〜ロシア学校テロ

 今日の朝日新聞から・・・

「キリストの再臨」自称、学校テロ遺族を惑わす ロシア

 昨年9月に子供ら300人以上が死亡した学校テロの現場となったロシア・北オセチア共和国のベスランで、「キリストの再臨」を自称する男が、子供たちの復活を「予言」し、事件に対する政府の対応に不信感を持つ遺族らを惑わせている。その言葉を信じる母親と批判する母親との間で、遺族の会が分裂状態に。事件関係者を見舞った新たな悲劇に、ロシア社会は戸惑いを隠せない。

 「今年10月に子供たちが復活する」と主張するのは、超能力による治療などを売り物にするグリゴリー・グラボボイ氏(41)。ロシア紙などによると、同氏が16日、モスクワ市内のホテルで開いた信者の集会には、学校テロの遺族で作る「ベスランの母親委員会」から15人が参加。口々に「私たちは奇跡を信じる」と、帰依を誓った。

 15人の中に、母親委員会を代表して2日にプーチン大統領と面会した3人が含まれていたことが、大きな衝撃を与えている。集会では3人は、大統領との面会時とはうってかわって穏やかな表情を見せていたという。

 モスクワに事務所を置くグラボボイ氏と信者らは、2カ月ほど前からベスランでの活動を活発化させた。氏の活動に批判的な母親委員会のメンバーは27日、ウスチノフ検事総長に取り締まりを要請した。

 帝政末期の怪僧ラスプーチンのように、ロシアでは超能力治療者が草の根の人気を保ってきた。今回は、事件の真相解明の遅れや、遺族の心の傷を癒やす社会的な取り組みの不足も背景にありそうだ。

2005年09月29日18時44分 朝日新聞

http://www.asahi.com/international/update/0929/009.html

 ・・・

 強烈な記事であります。

 記事によれば、不幸なテロにより子供を失った母親達が、口々に「私たちは奇跡を信じる」と、帰依を誓ったそうでありますが、親としてそのような奇跡にすがりたい気持ちは痛いほど良くわかりますし、彼女たちが集会で「穏やかな表情を見せていた」のも、彼女たちの幼い子供を残虐なテロで失った悲しみで傷ついた心が、奇跡を信じることにより、癒されている面もあるだろうことも十分に理解できます。

 しかし、このニュース、後味がとても悪いのです。

 グラボボイ氏が偉大な超能力治療者であるのか、本当に「キリストの再臨」なのか、私には知る由もないことですが、「今年10月に子供たちが復活する」と主張するのは、いかがなものなのでしょう。

 その予言にすがるように癒されている不幸な母親達の心情を想うととてもやりきれなくなるのです。



●私には宗教観など語る能力はないですが・・・

 私は典型的な宗教に疎遠な日本人であります。日々の生活の中で宗教的な行事は死んだ父の法事の時ぐらいでありまして、自分の家が浄土真宗であることも7年前の父の葬儀の時に再認識したぐらいであります。

 正月には神社で初詣をし、お彼岸の日にはお寺で先祖を供養し、クリスマスにはキリスト生誕を家族で祝いケンタッキーチキンなどを食しているわけであります。(苦笑

 そういえば結婚式は信者でもないのにキリスト教の教会でしたし、おそらく私の葬式は仏式なのでしょう。

 まあ、とにかく私には宗教観とかまじめに語る資格も能力も有してはいないです。ただ、工学系科学をいちおう学府で修めた人間として、非科学的な幽霊とか宗教的奇跡の話は、まったく受け付けていません。その意味では早稲田大学の大槻教授と同類の石頭野郎です。

 科学が万能でないことも良く理解していますし、現在の科学では解明できていない現象もたくさんあることは認める中で、TVや映画などでおもしろおかしく扱われる心霊現象とかは、全く信じていません。

 早稲田の大槻教授ももし目の前で心霊現象や超能力現象を見せてくれたら大学教授を辞職するといつもTVで公言していて背広には絶えず辞職願いを携帯しているそうですが、まあ、当然ながら彼が辞職することはこの先もないようです。(苦笑

 そんな私ですが、家庭も持ちまがりなりにも社会人として生活してきて、いろいろな人達にお世話になり、またいろいろな人達と社会生活の中で悲喜こもごもの経験を共有する中で、宗教観などというおおげさなモノではないですが、宗教的な儀式(?)の意味するモノを自分なりに考えれるようになってきました。

 父の仏前で手を合わせるとき、私の隣で幼い娘が見よう見まねで小さな手を合わせているとき、死んだ父の面影を偲びながら、不思議な癒される感覚をおぼえるのであります。

 この世に生を授かったことへの感謝の念とか言葉にするとなにやら崇高な話になってしまうのですが、もう少しくだけたおおらかな漠然とした感覚なのですが、父が一生懸命に生きてそして家庭をつくりやがて死に至る、そして父のおかげで生を受けた私の中には彼の遺伝子が半分刻まれている、そして横で小さな手を合わせている娘にも・・・

 宗教家でもない私が仏前で手を合わすことで、心癒され「生きとし生きるものが全て幸せでありますよに」とガラにもないことを思うのであります。



●10年程前の不快なエセ宗教家の話。

 10年ほど前、仕事である地方自治体の道路保全システムの構築業務をお手伝いしていた時、とっても悲しいしかし不快な話を耳にしました。

 当時私がお手伝いしたのは、自治体内の幹線道路や村道、私道を含めて道路保全行政のデータベースシステム化を諮る仕事でありまして、数日をかけて地区内の幹線道路を自治体職員と車で巡回しながら実地検分計測していました。

 とある県道と村道の交差点付近で、一人の女性がしゃがみこみ花瓶に花を差している姿が目にとまりました。

 その時は何気なく「ああここで交通事故に合ってしまった方のご遺族かな」とか考えつつ気にも留めていませんでした。

 数日後、終日雨が降り続く悪天候でしたが、たまたま同じ交差点を私達の車が通過しようとしたとき、私は意外な光景を目にしました。

 あの同じ女性がどしゃぶりの雨の中、しゃがみ込んで花を差し替えているのです。

 私は不思議に思い同行している県職員に思わず尋ねました。

 県職員が話してくれた彼女の話は、とっても悲しいしかし不快なモノでした。

 ここ数年、この交差点では人身事故が多発していたとのこと。で、誰かが夜中ここを通過するとき幽霊を見たといったうわさが広まり、東京のテレビ局が関心を持ち、有名な霊能力者を伴い取材に来たそうです。

 その時その霊媒師が霊視をした結果、「ここには7年前にダンプに跳ねられて死亡した子供の霊が成仏できないで地縛霊として彷徨っていて、その霊が原因で多くの事故が多発している」といった主旨のことをいったのだそうです。

 で、その霊媒師が何やら除霊の儀式をして、それから数週間後、この取材にもとづいたTVのワイドショーが放送されたそうです。

 TVの放送の話はこれで終わったのですが、ダンプに跳ねられて死亡した子供の母親こそ、あの毎日花を添えてお祈りしている女性だというのです。

 その放送を観て以来、彼女は自分の子供がしっかり成仏するように毎日花を添えているのだそうです。

 これはつらいむごい話だと思いました。

 TV局のスタッフもエセ宗教家霊媒師もひとつの取材に過ぎなかったのでしょうし除霊の儀式をすれば済んだつもりなのでしょうが、これは幼い子供を交通事故で亡くしたこの哀れな母親に対するなんというむごい仕打ちなのでしょう。

 この話を聞いてとても不快でとても悲しい気持ちになったのでした。



●人の心は弱いモノだし、宗教は確かに人の心を癒す力を持っている。しかし・・・

 人の心は弱いモノです。

 ましてや幼い子供を亡くした母親の心情はいかばかりでしょう。

 この哀れな母親が今でも交差点に毎日花を添えているのかは知りません。10年も前の話であります。

 ・・・

 しかし、宗教は確かに人の心を癒す力を持っていることは認めますが、私はこのエセ宗教家霊媒師のでたらめな霊視とやらは、絶対に信じられません。むしろ、強い憤りさえ感じてしまうのです。

 私には、土砂降りの中花を添えて一心に手を合わせているあのかわいそうな母親の姿が脳裏に焼き付いているのです。

 ・・・

 ロシアの自称「キリストの再臨」が、10月に子供たちの復活を「予言」するのは、勝手です。しかし、信じたあわれな母親達にもし「予言」がはずれたならばなんと説明するつもりなんでしょう。

 宗教の名を借りて、人の心の弱さにつけ込むようなマネだけはしてもらいたくないと強く思うのです。

 みなさまは、このニュースいかがお感じになられましたでしょうか?



(木走まさみず)

hamlet-rhamlet-r 2005/09/30 14:59 こんにちわ。
私は理系出身の技術者ですが、珍しいのかどうか分かりませんが、仏教の信仰を持っている者です。
ロシアで子供の復活を予言した自称「キリストの再臨」についてですが、多分にキリスト教の終末思想の影響でしょうね。仮に10月に子供が復活しなくとも、彼は再び神の声を語り、新たな予言をして、母親達の心を掴みつづけるでしょう。誰も真剣に子供の復活を信じているとは思いません。ただ現実がつらいから、逃げ場があればそこに行ってしまうだけの話です。本来信仰は人生に於いて遭遇する現実の不条理に如何に立ち向かうかを教えるものだと思っています。癒しはその中の一部です。経験的には、癒しの部分にしか注目が行かないから、このような話も出てくるのだと感じます。しかし、悲しい話ですね。
あと、交差点で花を添える母親の話ですが、どうでしょうね。お釈迦様が今の世に居たら・・・・、多分、雨の中、一緒になって手を合わせて祈るんでしょうね。相手を同じ位置に立った上で何か教えを説くと思います。多分に母親の気持ちを受け止めた上で、子供の霊の成仏を確信させるような感じですか。
ただ私には雨の中、見ず知らずの人に付き合って、御霊に祈るだけの思いやりと勇気と、母親に子供の成仏を確信させるの人格を持ち合わせて居ないのでなんとも言えません。
多分に、ロシアの自称「キリスト」もTVに出た霊能者も、こうした人の立場にたった思いやりや人格を持っていないし、その意味が分かって居ないんでしょうね。

ふにふにふにふに 2005/09/30 15:31 終末論を展開するエセ宗教家は世界中にいますからねぇ。
お隣の韓国でも1992年に世界が終わると予言していて、
結局何も起こらず、大騒ぎになったりしてたし・・・・
信者が怒って教祖をボコボコにしてたような気がする。

宗教は苦しい時に救いとなることも多々あるのでしょうが、自分の信じた宗教がどういったものなのか、一度入り込んでしまうと見えなくなってしまうところが、厄介ですね。

ワタシャ田舎侍の子孫なんで曹洞宗らしいのですが、法事と盆・お彼岸の墓参りくらいですねぇ、それを意識するのは。
まあ、日本人の場合、がちがちに信仰心が固まってる人以外は、キリスト教の洗礼受けてるのに初詣したり、お寺の門徒なのにクリスマスはお祝いする人も多いわけで、この気質は多分変わらないんでしょうけどね。
ある意味これも本音と建前の文化ですかねぇ。

バイスバイス 2005/09/30 15:47 「私は典型的な宗教に疎遠な日本人であります。」という意見に反対です。
日本人の宗教は「融合そのもの」であり、仏教・神教・キリスト教などを融合したものが、日本人の宗教です。そして、それを恥じる必要は全くありません。キリスト教やイスラム教のように1神教の信者は多神教や土着宗教を軽視し、日本人も彼らの宗教観を受け入れてますが、おかしいことです。
食事のさいに「いただきます」「ごちそうさま」と手を合わせ、愛着ある物体に名前をつけ、最後は供養する。日本の八百万神の伝統が日常生活にあふれています。ただ単に意識していないだけです。つまり、われわれ日本人は宗教観の非常に強い人種だと思います。

逆に、宗教に疎遠であるという思い込みこそ、えせ宗教に取り込まれる原因だと思います。もし、外人に「あなたは何を信じますか?」と聞かれたら、「日本古来からの八百万神を信じており、その神の中にはキリストや仏も含まれる」と答えるべきではないでしょうか。

GedolGedol 2005/09/30 16:06 ども。ひねくれた見方ですが・・・。
その事故現場の件、その母親もかわいそうだとは思いますが・・・母親が子の成仏を願って毎日花を供える様になったと言う事は、問題の霊媒師は全く信用されなかったって事ですよね。彼は「成仏できないでいる子供の霊」を発見し、「成仏させた」事になっているのに、母親にその後成仏を願った行動をされたら大無しです。
その霊媒師は今すぐにでもその母親の所へ駆けつけ、「子供の霊は無事成仏したのだから、普通に仏壇で供養なさい」と説得し、今後のビジネス展開の糧としたいのではないでしょうか。

実際には付近の事故記録を調査して該当しそうな事故のデータに基いてパフォーマンスをするというお手軽コースだったのでしょうが、詰めが甘いぞ>霊媒師。

ロシアの宗教家について言えば随分短期決戦なストーリーを作ったなぁ・・・と。そんな短期間に資金の巻き上げor信者獲得するのは無理筋なので、「復活を阻害した理由」をどこかに持っていくのだろうと思いますが、それにしてもあまり組織拡大の役には立ちそうも無いし。
 もしかしたら彼は「天使の言葉」を真に受けて、本当に「自分はキリストの再来で、子供たちは10月に復活する」と信じ込んでいるのかもしれません。と、なると復活失敗後の行動が気がかりです。

つーさんつーさん 2005/09/30 16:06  これは強烈な内容のヘビーなエントリーですね。時事問題を扱う社会派記者を自認する木走さんにしては異色のエントリーですね。でも興味深い考えさせられる内容です。
 テーマはいちおう宗教でしょうが、この自称「キリストの再臨」者は、宗教家として語るべき対象なのかおおいに疑問です。超能力による治療などを売り物にするなど、ただの俗物なのでは。
 またTV取材クルーとともにやってきた有名な霊能力者のほうは、もう完全に金儲け目的、売名目的の宗教とは縁もゆかりもない御人でしょう。真の宗教家がこのような不埒な内容のTVのワイドショーに出演するわけがない。百歩ゆずっても、遺族に対しなんの救いも配慮もないこの愚かな無分別な行動はどのようなやり取りがあったか知らんが、万死に値する愚行でしょう。
 私は霊的存在を信じていますよ。特に優れた芸術家に宿るとされる崇高な精霊たちを。

通りすがり通りすがり 2005/09/30 16:32  一言、確認だけ。

 もし記憶違いならゴメンナサイ。
 その交通事故の話ですが、もしかしたらT県のO市近辺の話ではありませんか。(当時は合併前で違っていたかも)で、その霊媒師って最近見かけなくなったけど当時けっこうテレビに良く出ていた有名な女性ですよね。

 私は隣の市に住んでいてその心霊特番を観た記憶がはっきりあるんです。
 こんなひどい裏話があったんですね。びっくりしました。

Yagyu8beiYagyu8bei 2005/09/30 17:49 「宗教は麻薬である」ですねぇ。あくまで個人的な感想ですが。
別段共産主義って訳でもないですし、自分も盆暮れにはご先祖様に感謝するのは満更でもないと思うのですが、矢張り創○とか新興宗教とかあの辺の胡散臭さは蓋をしても臭ってきそうでいただけないッスね。

霊能者関連に関しましては身内で一人そーいう人(高野山で修行した正式な人)がいるんですが、裏表話等ヤヴァ過ぎて話せない事が残念です。只言うなら、人を救う筈の宗教家が人を苦しめるってのも本末転倒ですよねぇ。

kibashirikibashiri 2005/09/30 18:42 hamlet-r様

>私は理系出身の技術者ですが、珍しいのかどうか分かりませんが、仏教の信仰を持っている者です。

 ほう、そうなんですか。

>ロシアで子供の復活を予言した自称「キリストの再臨」についてですが、多分にキリスト教の終末思想の影響でしょうね。仮に10月に子供が復活しなくとも、彼は再び神の声を語り、新たな予言をして、母親達の心を掴みつづけるでしょう。誰も真剣に子供の復活を信じているとは思いません。ただ現実がつらいから、逃げ場があればそこに行ってしまうだけの話です。本来信仰は人生に於いて遭遇する現実の不条理に如何に立ち向かうかを教えるものだと思っています。癒しはその中の一部です。経験的には、癒しの部分にしか注目が行かないから、このような話も出てくるのだと感じます。しかし、悲しい話ですね。
 なるほど、新たな予言をして、母親達の心を掴みつづけるわけですか。
 
>あと、交差点で花を添える母親の話ですが、どうでしょうね。お釈迦様が今の世に居たら・・・・、多分、雨の中、一緒になって手を合わせて祈るんでしょうね。相手を同じ位置に立った上で何か教えを説くと思います。多分に母親の気持ちを受け止めた上で、子供の霊の成仏を確信させるような感じですか。

 うむ、参考になります。相手を同じ位置に立った上で語るわけですね。

>多分に、ロシアの自称「キリスト」もTVに出た霊能者も、こうした人の立場にたった思いやりや人格を持っていないし、その意味が分かって居ないんでしょうね。

 くわしいことはわかりませんが、自己中心的行動のような気がするのです。

ふにふに様

>終末論を展開するエセ宗教家は世界中にいますからねぇ。
お隣の韓国でも1992年に世界が終わると予言していて、
結局何も起こらず、大騒ぎになったりしてたし・・・・
信者が怒って教祖をボコボコにしてたような気がする。

 ああその話既知です。

>ワタシャ田舎侍の子孫なんで曹洞宗らしいのですが、法事と盆・お彼岸の墓参りくらいですねぇ、それを意識するのは。

 そうですよね、一般的な日本人としては盆とお彼岸ぐらいですよね。

>ある意味これも本音と建前の文化ですかねぇ。

 どうなんでしょうねえ。

バイス様

>「私は典型的な宗教に疎遠な日本人であります。」という意見に反対です。
日本人の宗教は「融合そのもの」であり、仏教・神教・キリスト教などを融合したものが、日本人の宗教です。そして、それを恥じる必要は全くありません。キリスト教やイスラム教のように1神教の信者は多神教や土着宗教を軽視し、日本人も彼らの宗教観を受け入れてますが、おかしいことです。

 おお、反対意見ですね。(驚

>食事のさいに「いただきます」「ごちそうさま」と手を合わせ、愛着ある物体に名前をつけ、最後は供養する。日本の八百万神の伝統が日常生活にあふれています。ただ単に意識していないだけです。つまり、われわれ日本人は宗教観の非常に強い人種だと思います。

 なるほど、いやいやこれは納得できるなあ。

>逆に、宗教に疎遠であるという思い込みこそ、えせ宗教に取り込まれる原因だと思います。もし、外人に「あなたは何を信じますか?」と聞かれたら、「日本古来からの八百万神を信じており、その神の中にはキリストや仏も含まれる」と答えるべきではないでしょうか。

 うーん、勉強になりました。

 そうか、一神教の信者とは形態が違うが、日本人は宗教観の非常に強い人種であるというご主張ですね。

Gedol様

 ども。

>その事故現場の件、その母親もかわいそうだとは思いますが・・・母親が子の成仏を願って毎日花を供える様になったと言う事は、問題の霊媒師は全く信用されなかったって事ですよね。彼は「成仏できないでいる子供の霊」を発見し、「成仏させた」事になっているのに、母親にその後成仏を願った行動をされたら大無しです。

 これは深い視点ですね。
 私の解釈では「霊媒師は全く信用されなかった」のかはわかりませんが、母親は「霊視」の内容は少なくともとても信じたのではないか、そして我が子が死んでからまで他人に迷惑を掛けることにショックを覚えたのではないのかと考えました。

>実際には付近の事故記録を調査して該当しそうな事故のデータに基いてパフォーマンスをするというお手軽コースだったのでしょうが、詰めが甘いぞ>霊媒師。

 そんなところでしょうね。

>ロシアの宗教家について言えば随分短期決戦なストーリーを作ったなぁ・・・と。そんな短期間に資金の巻き上げor信者獲得するのは無理筋なので、「復活を阻害した理由」をどこかに持っていくのだろうと思いますが、それにしてもあまり組織拡大の役には立ちそうも無いし。
 もしかしたら彼は「天使の言葉」を真に受けて、本当に「自分はキリストの再来で、子供たちは10月に復活する」と信じ込んでいるのかもしれません。と、なると復活失敗後の行動が気がかりです。

 えーっと、どちらにしてもかわいそうなのは信じている母親達ですよね。

つーさん様

>テーマはいちおう宗教でしょうが、この自称「キリストの再臨」者は、宗教家として語るべき対象なのかおおいに疑問です。超能力による治療などを売り物にするなど、ただの俗物なのでは。

 俗物ですか・・・

>またTV取材クルーとともにやってきた有名な霊能力者のほうは、もう完全に金儲け目的、売名目的の宗教とは縁もゆかりもない御人でしょう。真の宗教家がこのような不埒な内容のTVのワイドショーに出演するわけがない。百歩ゆずっても、遺族に対しなんの救いも配慮もないこの愚かな無分別な行動はどのようなやり取りがあったか知らんが、万死に値する愚行でしょう。

 万死に値する愚行ですか・・・

 詳細をつかんではいないですが、結果として意図していなかったとはいえ、かわいそうな一人の母親にむごい仕打ちをしてしまったのですよね。

>私は霊的存在を信じていますよ。特に優れた芸術家に宿るとされる崇高な精霊たちを。
 ショパンも精霊たちを感じてたのでしょうね。

通りすがり様

> もし記憶違いならゴメンナサイ。
 その交通事故の話ですが、もしかしたらT県のO市近辺の話ではありませんか。(当時は合併前で違っていたかも)で、その霊媒師って最近見かけなくなったけど当時けっこうテレビに良く出ていた有名な女性ですよね。
 私は隣の市に住んでいてその心霊特番を観た記憶がはっきりあるんです。

 ・・・(汗

 えーっと、このエントリーの主旨は具体的情報の開示ではありませんので、申し訳ありませんがいろいろ問題もありますので、ノーコメントということで勘弁して下さい。

 えーっと、ノーコメントというのはノーコメントなのであり・・・(汗

Yagyu8bei様

>「宗教は麻薬である」ですねぇ。あくまで個人的な感想ですが。
別段共産主義って訳でもないですし、自分も盆暮れにはご先祖様に感謝するのは満更でもないと思うのですが、矢張り創○とか新興宗教とかあの辺の胡散臭さは蓋をしても臭ってきそうでいただけないッスね。

 うーん、一般の宗教が全て「麻薬」であるかはわかりませんですけどね。

>霊能者関連に関しましては身内で一人そーいう人(高野山で修行した正式な人)がいるんですが、裏表話等ヤヴァ過ぎて話せない事が残念です。只言うなら、人を救う筈の宗教家が人を苦しめるってのも本末転倒ですよねぇ。

 ほう、お身内にもいらっしゃるのですか。



 みなさま、いろいろなコメント・ご意見大変参考になります。
 ありがとうございます。

トリルトリル 2005/09/30 21:07 ?大の大人が集まって、よくわからんですね。
我らは一人たりとも何らかの権威や幻想を仮定して日々を過ごさない日はない、と考えます。
私も高校生時までは全ての権威に反吐を吐く方の人間でしたし今でもその気概は持つているつもりですが、日々の生活や安定や途上に寄与するなら、それはそれで利用すれば良いと思うようになりました。
またそれ無しには結局人間の精神は一時も保ち得ないと言うのも真理だと思います。
それを失った母親が提供されたそれに頼って生活を取り戻すなら、それはそれで別にその事自体は良いのではないかと。
錬金術的に言えば、彼女たちが日々に希望を持って安らかに生きていける状態は既に子供達が復活したとも言えるんじゃないかと思います。
予言者が全て判った上でやってるのかそうではないのか、私には判りませんが。
問題なのは悪意を持ってそれをし、全てが露見された時に今まで以上に悲劇に襲われてしまう事ですね。
悪意を暴くというより、悪意の形や存在を探る事で彼女たちが救われる方策を願います。

ROYGBROYGB 2005/09/30 21:17 はじめまして。子供を亡くした母親が、釈迦に子を生き返らせるように頼んだという逸話がありますね。釈迦は承知したんですが、実際には子供を生き返らせることはしませんでした。
キリスト教の聖書の中では、キリストが死者をよみがえらせています。この釈迦とキリストの違いが、仏教とキリスト教の違いなのかなぁ、などと思います。

nmomonmomo 2005/09/30 22:33 宗教ネタですか。正直大好きです。
しかし、このネタはピンとこなかったです。それが私が宗教そのものに否定の立場だからかもしれないです。
木走さんのおっしゃるエセ霊媒師もいわゆるまっとうな宗教家も結局だましてお金取ってるのは同じです。「短期間で死んだ子供が生き返ります。」ということも「毎日拝んで、立派な葬式、墓、お布施であの世での身分が良くなります。」という思想も大差ないわけで(後者はバレない)、今回の霊媒師たちが特別ひどいとは感じませんでした。もちろん、勝手に死んだ息子が事故を多発させているなんてテレビで言われて気分は良くないだろうけど。
宗教観ということでは日本はかなり理想的な姿なんじゃないかなと感じています。アメリカみたいに本気で神が存在し、キリストが復活すると信じ込んでる人がゴロゴロいるのと比べれば、一般的な日本人の宗教(仏教・神道・キリスト・その他)との距離のとり方はちょうどいいんじゃないかな。(精神的)負担や期待が少なめで罪悪感が無い程度。宗教家がお金を取りすぎてる以外は不満無しです。
私自身の経験と今回の書き込みを見てて不安になったんですけど、先祖への感謝とかは別で、神とか霊とか本気で信じてませんよね?

kumarinkumarin 2005/10/01 00:57 木走さん、お久しぶりです。
ROYGBさん。その話はキサー・ゴータミーという後に出家して尼僧になる女性の話です。
原始仏典の「サンユッタニカーヤ」や「テーリガーター」に登場する話ですがサンユッタニカーヤには以下のように記述されています。いろいろと紹介もされ本も出ていますが今回は分かりやすい長尾雅人氏の妙訳でどうぞ。
----------
キサー・ゴータミーという若い母親がいた。その小さな赤ん坊が死んで、彼女は悲しみのあまり、半狂乱のていであった。なんとか赤ん坊を生き返らせて欲しいといって、会う人ごとに訴えた。人々は彼女に同情し、近ごろ評判の高いゴータマ・ブッダと言う人がいるから、そこへ行って相談するがよい、とすすめる。なんとか赤ん坊を生き返らせるような魔力を、その人は持っているかもしれない・・・。
キサー・ゴータミーは希望に燃え、死んだ赤ん坊を抱いて、仏陀が滞在していた郊外の森へと急いだ。そして同じように訴えた。ところで仏陀の答えは以外であった。「それはいかにもお気の毒だから、わたくしが赤ん坊を生き返らせてあげよう。・・・村へ帰って、芥子のみを二、三粒もらってきなさい。」芥子の実はインドの農家ならどこにでもある。その実を使い、何かの魔術によって死者が生き返るのであろう。そう思って、キサー・ゴータミーが走り去ろうとするとき、その背後から仏陀が声をかけた。「ただし、その芥子粒は、いままで死者を出したことのない家からもらってこなければならない。」

半狂乱のキサー・ゴータミーには、まだ仏陀の言葉の意味が分からなかった。こおどりして喜んで、村にとって返した彼女に、村人は喜んで芥子粒を提供しようとする。しかし、第二の条件に対しては、「とんでもない。うちでは父や母の葬式もしたし、子供の葬式も出した」というような返事しか聞かれなかった。

家から家へかけめぐるうちに、キサー・ゴータミーにも少しずつわかってきた。ほとんど村中をまわって、仏陀のいるもとの森に帰ってくるころには、彼女は狂乱も消え去り、すがすがしい気持ちになっていた。赤ん坊はついに生き返りはしなかったのだが。
----------(長尾雅人「仏教の思想と歴史」『大乗仏典』、中央公論社より)

このように初期仏教はまず自覚を説きました。縋ったところでなにも解決にはならないのです。「信仰を捨てよ」とはまたブッダの言葉でもあります。ところで今回のロシアのお話しには曹洞宗の僧侶である tenjin95 さんが縋る側の原理を指摘されています。
----------
急にそのように我が子を奪われた親が、どこに解決を求めるかということで、実際に的にはそういった非人道的な兵器を使用した者への復讐が効果的だとは思います。されど今回の場合は相手がプーチン率いるロシア政府ですから、隠そうと思えばいくらでも隠します。ロシアのマスコミはほとんどが政府寄りで当てにならないです。であれば、現実の不幸を宗教的精神的世界に求めようとするのは、我々の意識自体が求める非合理への欲求とも相俟って当然の結果でもあります。
----------(つらつら日暮らし より)
http://blog.goo.ne.jp/tenjin95/e/bc69262734ed76bc6785363887ff99ed

日本の場合、戦後民主教育による宗教教育の放棄が要因であると言えないこともありません。民主教育も科学もなんら非合理の解決には役に立ちません。しかし人間は常に非合理な自己をかかえて生きているのです。ゆえに真摯に宗教について思考を巡らすこともなく科学と無宗教で自己の合理化を図ろうとする人ほど皆さんの仰るエセ宗教やカルトにはまってしまうケースが多いのです。

tenjin95 さん「つらつら日暮らし:反・無宗教論 ver1.0」
http://blog.goo.ne.jp/tenjin95/e/7d9aadb68a49a3d0b3687f9a3b8b8777

拙稿「単なる自我拡大の限界内の無宗教」
http://ngp-mac.com/kumarin/index.php?p=840

バイスバイス 2005/10/01 01:13 ちょっと訂正。自分のコメントを読み直して、おかしいと気づく。
意識をしてないのだから、「観」は弱い。・・・と思う。
誤「日本人は宗教観が強い」
正「日本人の生活は宗教と密接である」

意識をしないことが、宗教心が弱いことにはならない、とも思う。

ajitaajita 2005/10/01 01:58 はじめまして。

何でも「神」を立てないといけない教えは大変です。「終末」「蘇り」なんて観念が入ってくるとさらにウソがばれるのが早まるし…。現代ではぜんぜん流行りませんが、伝統仏教(テーラワーダ仏教)では、そういうすぐばれるウソ…いや、いかなるウソも言いません。ウソは五戒で禁じられています。

伝統仏教ではだいたい何でも業で説明します。自業自得の業です。やりすぎじゃねぇか?ってくらい、なんでも業です。しかし、神を持ち出すよりははるかに合理的で、原因と結果の法則ですから。唯物論と違ってこころの働きが物質を構成する、というところは大きく違います。また、現代科学よりも生きるという現象を説明できる範囲がはるかに広い。宗教を張れるくらい広いのです。

キサーゴータミー長老尼の例は有名ですが、理性ある状態の人だけど愛する人の死を納得できない人に説明する場合は「業」を説きます。過去世(現在の生物的な誕生より前にあった、他の生命の身体を取っていたこころの生滅)にさかのぼる業の働きはあまりにも複雑ですから、○○の業だと知りもしないで断定したら邪見になります。明らかにウソです。何となく分かったとしても、他人の業をあげつらって差別するのは、差別する本人がとんでもない悪業を犯していることになるので言いません(実際は言ってるし、通俗的な業思想による差別ももちろんありますけど)。

でも、伝統仏教の説明としては「本人の業で早死にした」ことになります。寿命は結生業という寿命を決める業の働きで決まります。死に方も決まっています。一緒に死んだのだから、その学校の生徒たちが同じ業を持っていた、つまり過去世で大量殺人などの悪行為をして、その報いを現世で受けた可能性はあります。そういう(業論的には)ウソにならない説明は出来ます。

遺族たちには「あの子たちは自分たちの業で亡くなったのだから嘆くものではない。でも、あの子たちは現世では何の罪も犯していないのだから、きっと来世も善い処に生まれることができるでしょう」という位の慰めはします。業の法則からいったらウソではありませんから。子供はそんなに悪いことをしませんし、頭も悪くなっていないので、生まれ変わるとしたら……善い処です。

驚くべきことに、世界中でまだ数億人の人々は、そういう説明に納得して、嘆くのを止めるのです。万が一、子供たちが悪い処に生まれたとしてもすぐに逃れられるようにと、明るい清らかな心で、善行為をして、その功徳を回向するのです。津波被害にあったタイとかスリランカでPTSDがあまり報告されないのはそういうわけです。誰でも症例にしたがる欧米NGOが頑張ってるでしょうが、仏教徒相手にはうまくいかないと思います。

被害者が「終末」とか「蘇り」とかすぐばれるウソにひっかかって更に不幸になったりすることはない。「悪い奴」を探し出して復讐しようともしない。あらたな罪に加担しようとはしない。もちろん、警察や軍隊は事として犯人を捕まえますけど。

宗教というと、十把一絡げにされがちですが、仏教とそれ以外では生きるという現象へのアプローチはだいぶ違うように思います。だから一概に「宗教教育」がいいとも限らない(天国に行くために自爆テロをするバカな連中は一神教に偏った宗教教育の賜物です)。もし宗教を教えるのであれば、ただ神の名前の違いを教えるだけの宗教教育ではなく、「業」という眼差しで世界を理解する少数派の考え方についても、きちんと教えたほうがいいとは思います。問題は、日本の仏教者は業についてちゃんと話がしようとしない…ということなんですけど。

長々と済みません。お役に立てば幸いです。

〜生きとし生けるものが幸せでありますように〜

antonianantonian 2005/10/01 03:34 耶蘇のわたくしが参りましたよ。笑)
この話は昔からつきないネタですね。終末論とか、他者の弱さに付け込み不安を煽るというのは。慰めているつもりなのでしょうが、安い希望を持たせるのはご法度でしょう。とにかくこのニュースを読んだときは「幼稚すぎる電波」という感想しかありませんでした。
確かにキリスト教では「体の復活を信じる」という教義があります。でもそのようなことをいわれても・・まぁ普通は悩みますよね。私はこれが信じるといえずに悩みました。なもので神父に告解ネタとして話したら、神父は「私もそれがどういうことなのかわかりません。しかしこれからゆっくり考え続ければよいのです」つまり結論は出ないがそれがナニかということを考察するに値することだということでしょう。私達は必ず死ぬわけで「死」を自分自身がどのように迎えるのか?様々な宗教はそれぞれの考え方で死生観を持ちます。その数多ある死へと辿る道の一つが「体の復活」でしょうね。因みにその「復活」とは、この怪しげな宗教者の語る「復活」とはあきらかに違います。
しかし歴史的に「終末論」「因果の話」は絶えず生じます。それは苦しみのあまりそう考えないとやっていられないというニーズから来るものです。それ自体は否定してはいけない面もあります。ただそれが危険な方向に行くものも多くあり、終末論が嵩じて集団自殺をしてしまったというのもありましたね。またそれを自ら演出しようとした宗教団体は記憶に新しいです。
まぁ、ロシア正教というちゃんとした伝統宗教があるんだからしっかりしてくれ。>プーチン
あと、日本人は宗教観は強いと思いますよ。昔から高度に発達した宗教観が存在していますから、東洋的には新興のキリスト教なんぞが布教に来ても駄目でしょう。

kumarinkumarin 2005/10/01 03:47 ajita さん
どこへ行ったのかと思ったらこんなところで業を説いていらっしゃるとは。(あー、誤解なさらないでください下さい、木走さん。こんなところと申し上げたのは悪意があるんじゃないんです、ajita さんの業論についてはちょっとワケありで<m(__)m>)

業については大乗仏教では積極的に論じる論拠がないですね。なんせ空ですから。しかも日本の大乗仏教と来たらシーニャと老荘の無とがごっちゃになってしまっている。ただ伝統仏教で業を問題にするからなんとなく消極的に業は否定しないというスタンスを取るのだと思います。それでいて禅などでは科学を価値基準に置く在家の参禅者にはきっぱりと業を否定してみせる。
しかし説一切有部の立場を以てすれば現在の生物的な誕生より前にあった他の生命の身体を取っていたこころの生滅は位相としては心不相応行にあたり、時間としては非認識態としての過去の法としてあるもので三世実有の五位七十五法を以て、経験的に知られる事実のみを直視すべしというブッダの基本姿勢である経験論から逸脱せずに経験論から導き出される仮設以外は認めないとする現代科学の立場をすら凌駕しうる。そうして積極的に業を問題にする故に世俗社会との関係に於いては当然通俗的な財施の見返りばかりでなく思想が習慣を照射することによって仏塔を中心とした回向儀礼をも行っていたと考えることが出来ます。

宗教教育については仰ることに賛意を表します。とくに少数派の考え方の業に留まることなく部派間で論争になった存在論と認識論をもちゃんと教育するべしと思っています。そして先人達の議論を踏まえた議論をするというあたりまえをキチンと教育カリキュラムに徹底すればこの国の議論がまた一から始まるという愚を犯す率が少なくなることでしょう。

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法蓮華に座し願わくは普く一切とともに仏道を成ぜんことを

masashimasashi 2005/10/01 10:45 宗教は難しすぎて私にはわかりません。ただ、人間の精神や心理を左右する存在であることは間違いないですよね。見えないものだからこそ意味があり、見えないものだからこそやっかいだ。。

阪神優勝万歳!!!!!

tsukasatsukasa 2005/10/01 16:31 >(天国に行くために自爆テロをするバカな連中は一神教に偏った宗教教育の賜物です)。

スリランカのLTTE(タミル・イーラム解放の虎)はヒンドゥー教徒ですが自爆テロ戦術を盛んにやりました。インドのラジブ・ガンジー元首相もLTTEの爆弾おばちゃんに殺られています。

余計な突っ込みかもしれませんが、お題の死生観にも絡むと思いますので、この点は違うと指摘しておきたいです。

バイスバイス 2005/10/01 19:20 1日考えて論理がまとまったので、再度訂正。何度もすまん。
誤「日本人は宗教観が強い」
正「日本人は宗教観は弱いが、宗教心は強い」
「観」は表に出すもので、「心」は内面に留まるもの。と解釈。

余談:外人に日本人の宗教を聞かれたら、大徳寺瑞峰院へ行くことを勧めるべし。

ajitaajita 2005/10/01 23:03 kumarinさん
こんばんは。確かに仏教だけをとっても通り一遍の「宗教教育」じゃワケ分からなくなりそうですね。

僕が思うに具体的にはとにかく学校にいろんな立場の宗教者を呼んで、子供たちと自由にディスカッションさせるのがいいと思うんです。「業とは何ぞや」ではなくて、人生の諸相で必ず思い悩むこと、突き当たる疑問などに、宗教というものはどういう答えを出しているのか、答えを出すためにどのように考えるのか、ということを実地でやりとりをしながら学ぶのです。

それならば、特定の宗教の一方的な宣伝にもならないし、宗教が果たして人生にとって有用なものかどうか、確かめられます。

「宗教教育復活せよ!」と叫んでいる宗教関係者も、教師の育成から始まって、かなりまじめに取り組まなければならない羽目になります。いい加減な答えをしたら、子供たちにバカにされますからね。

tsukasaさん
LTTEの件、確かに自爆テロのルーツはあの連中ですね。「一神教」という言葉を使うためにはもうちょっと前に言葉を補うべきでした。

トリルトリル 2005/10/02 00:38 性格や悪癖などは普段「業」を使って済ましているけど、全体的には説明や認識には「空」の方がしっくりくるんだよな。

キリストの復活というのは自分的には信仰心の発見なんだと認識している。
生きている生身のキリストに依存せず、自身の神の国?にそれを見た、それを見る人が居るということだと思う。
信者や信仰が無くなればキリストは今度こそ本当に2度目の死を迎えるのかも知れない。

kumarinkumarin 2005/10/02 05:12 ajita さん、みなさんお早うございます。
 前に縁あってある中学校の課外授業の依頼を受けました。講演内容は「生きるための教えとしてブッダの教え易しく話してほしい」という依頼でした。ブッダの教えは祈っても人は救われないし神や信仰にすがってもダメで自分で考えていかなければならないこと。業は科学的にも説明できること。初期の仏教教団は例え意見が違っても四方僧伽という名の下にキチンと議論をして互いの意見を尊重したこと。このお経をバカにすると頭が七つに割れるとか脅迫をして人を仏教に引き込んだりはしなかったこと、自分の国が滅ぼされるときも決して暴力を使わなかったこと。そしてアーナンダに人生は甘美だと話しスパッダに教えは論理だと説いた後、教師の握り拳の話から自らを拠り所とせよと遺言した涅槃経の話をしようと思い喜んでお引き受けしたところがその2日前になってキャンセルになりました。公式には理由はPTAの反対ということでした。「一宗派の僧侶が義務教育の学校で授業をするのは宗教と教育の分離の原則に反し好ましくない、特に昨今のカルト的な宗教の増長見れば僕はそうでないかもしれないが僕の話に誘発されて子供達が新興宗教に近づいたりしたらこまるから」とのことでした。そんな理由でしたので変だなとは思ったもののあまり深追いはせず了解しキャンセルを受ける旨をお伝えしました。

 思い返せば講演を引き受けてからしばらくして学校に事務員さんからに僕について数件問い合わせがあったことを聞きその時はなんとも思いませんでしたがその後、朝自宅を出ると後ろに人の気配がしたり、研究室の廻りに見知らぬ人がいたり、何件かのお寺に行くときにも人が付いて来ているようでした。そのうち僕に教えていただきたいことがある、それなりの謝礼をするからとその課外授業の予定の日を指定して連絡をくれた女性の方がいたのでその日は予定が入っているので別の日にと申し上げるとどうしてもその日じゃないと困る、実はお話しを伺いたいのは私一人ではないからと謝礼額を引き上げてしつこかったのですがまさかその課外授業と関連しているとは夢にも思わずお断りしました。するとしばらくしてこんどは別の方から法事の依頼が来ました。3回忌なのだけど是非お経を上げて欲しいと。は、はぁ僕が電話一本で法事をやると思ったんですね、調べ方が足りないよ。基本的に僕は法事はやらないのに。

 けっきょくその中学校の先生から連絡をいただいて実はPTAの役員の中に某カルト教団の支部の方が何人かいて僕の課外授業を巡って校長や教頭と随分応酬があったというのです。時系列を追えばなるほどなとピンと来ました。説得する校長に向かって「一宗派の僧侶が義務教育の学校で授業をするのは宗教と教育の分離の原則に反し好ましくない、特に昨今のカルト的な宗教の増長見れば僕はそうでないかもしれないが僕の話に誘発されて子供達が新興宗教に近づいたりしたらこまるから」などと表向きには言っておきながら「邪教の坊主を絶対に学校にはいれない」と絶叫したご婦人がいらしたそうです。もうあいた口が塞がらない。そういうのが政権の一角にいるんですから。そう言えば玄侑宋久さんもその同じカルト教団の同じような手口で小学校の課外授業がキャンセルになったそうです。こんな現状を見るにつけ仰るような「学校にいろんな立場の宗教者を呼んで、子供たちと自由にディスカッションさせる」というのは極めて厳しそうですね。僕は ajita さんのこの案には大賛成なんですけど。スマナサーラ長老もこういう機会があったらどんどん出ていって欲しいです。
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生きとし生けるものが幸せでありますように

antonianantonian 2005/10/02 12:48 日本は、家庭の宗教として受け継がれてきた自然な宗教教育があり、それは慣習化し、無意識の宗教観を形作ってきたと思うのですね。宗教とは無理にロゴス化しようとすると原理化しやすい。それはもうキリスト教史が証明しています。しかしヨーロッパの一般の人々に目を転じれば日本と同様の光景が見られます。無神論といいながらもあきらかにわれわれの眼から見たらキリスト教的価値の範囲でしか宗教を捉えていないものがいる。俺は無神論なコミュニストだと、いいながら無意識に聖域に対する敬意を発してしまう。宗教に裏付けられた歳時を大切にする。何かあると「他者のために働くボランティアが集まる。」「他人を救うための機関が常にどこかで働く」こういう光景がいたるところで見かけられます。日本もそうした光景は別に不思議ではなかった。当たり前に存在していたように思います。だからほんというと意識化(ロゴス化)しなければならない事態というのは難しいことなぁとおもいますね。神学にしても教義にしても大量の違う考えを教えれば迷います。大人でも迷いますからねぇ。
ただ、お寺に行って講話を聴いたり、神社にお参りに行ったり、教会にいったり、本当はこっちが出向く方がいいですし、でもそれは本来は家庭の仕事だと思うんですよね。我が家はガキの頃に教会に通わされたのと同時にお寺さんの坊さんの講話も聴きに行かされました。子供には偏らない宗教教育が必要だという考えがあったのでしょう。出向くというのは、その宗教が作り上げた伝統に触れる機会でもあります。そこでは言葉ーロゴスに頼らない宗教教育も可能です。わたくしは禅の精神のエッセンスを大徳寺の茶室で学びました。今でも親に感謝しています。
しかし、カトリックのキリスト教徒としてマイノリティな存在だ。日本人の一般的考えとは違う。などといわれると戸惑います。じゃ日本人の一般ってなんだ?私的気持ちでは、例えば地方に行けば自分の宗教観が自分の育ったところと違う。風習が違う。関東の人はお盆に茄子ときゅうりに足をつけるのを飾るけどうちはやらないぞ。とか、そういう差異があるに過ぎないんですけどね。まあ主観的にそう思ってるだけですが。

kibashirikibashiri 2005/10/02 14:55  みなさま、真摯なそして有益なコメント多数ありがとうございます。

 自他共に認める宗教オンチな不肖・木走のつたないエントリーに、これだけのご意見がいただけるとは少々驚き、そしてほんとうに勉強になりありがたくひとつひとつのご意見を感謝の気持ちでもって拝読させていただきました。

トリル様

>錬金術的に言えば、彼女たちが日々に希望を持って安らかに生きていける状態は既に子供達が復活したとも言えるんじゃないかと思います。
予言者が全て判った上でやってるのかそうではないのか、私には判りませんが。
問題なのは悪意を持ってそれをし、全てが露見された時に今まで以上に悲劇に襲われてしまう事ですね。
悪意を暴くというより、悪意の形や存在を探る事で彼女たちが救われる方策を願います。
 うん、悪意とかあるいは逆に善意によるものかは、わからないですよね。しかし、一度死したモノ達の『復活』とは、私などはいささか正気の論ではないと思ってしまったのでした。

ROYGB様

>はじめまして。子供を亡くした母親が、釈迦に子を生き返らせるように頼んだという逸話がありますね。釈迦は承知したんですが、実際には子供を生き返らせることはしませんでした。
キリスト教の聖書の中では、キリストが死者をよみがえらせています。この釈迦とキリストの違いが、仏教とキリスト教の違いなのかなぁ、などと思います。

 ためになるお話ありがとうございます。

nmomo様

>木走さんのおっしゃるエセ霊媒師もいわゆるまっとうな宗教家も結局だましてお金取ってるのは同じです。「短期間で死んだ子供が生き返ります。」ということも「毎日拝んで、立派な葬式、墓、お布施であの世での身分が良くなります。」という思想も大差ないわけで(後者はバレない)、今回の霊媒師たちが特別ひどいとは感じませんでした。もちろん、勝手に死んだ息子が事故を多発させているなんてテレビで言われて気分は良くないだろうけど。

 なるほど、地獄の沙汰も金しだいってことでしょうか。

>私自身の経験と今回の書き込みを見てて不安になったんですけど、先祖への感謝とかは別で、神とか霊とか本気で信じてませんよね?

 これ、私への質問ですよね。私は何よりも科学する心を大切に考えて生きておりますので、エントリーでも述べたとおり実証不可能な摩訶不思議な超常現象とかは一切信じていません。ただ、nmomoさんの神とか霊とかが何を指す言葉なのか、特定の宗教の特定の神を指すのならば、そのような限定的な信仰は持ち合わせていませんが、漠然とした宇宙意志のような存在としての「神」ならば、とても興味は持っております。趣味で宇宙論の本を読んだりするのですが、現代物理学をもってしてもビッグバン以降の137億年の宇宙進化の足跡を科学的に説明は可能になりつつありますが、「宇宙はいかに存在するか」は説明できても「宇宙はなんのために存在するのか」の答えは科学では用意されていません。

kumarin様

 お久しぶりです。お待ちもうしておりました。(笑)

 キサー・ゴータミーという後に出家して尼僧になる女性の話の分かりやすい長尾雅人氏の妙訳のご紹介ありがとうございます。

 tenjin95 さんの、「現実の不幸を宗教的精神的世界に求めようとするのは、我々の意識自体が求める非合理への欲求とも相俟って当然の結果でもあります。」とのコメントは考えさせられます。

 kumarinさんの「民主教育も科学もなんら非合理の解決には役に立ちません。」というお言葉も重いですね。

>科学と無宗教で自己の合理化を図ろうとする人ほど皆さんの仰るエセ宗教やカルトにはまってしまうケースが多い

 うーん、考えさせられます。

 後、後段の宗教教育に関しての談義は、私には荷が重すぎますので、ありがたく拝読させていただきつつ、スルーさせていただいときます。(苦笑

バイス様

>誤「日本人は宗教観が強い」
正「日本人の生活は宗教と密接である」
>意識をしないことが、宗教心が弱いことにはならない、とも思う。

 観念として自覚する宗教「観」ではなく、無意識化の宗教「心」ですね。

>余談:外人に日本人の宗教を聞かれたら、大徳寺瑞峰院へ行くことを勧めるべし。

 えーーと、理由は如何?

ajita様

 はじめまして、ためになるお話ありがとうございます。

>伝統仏教ではだいたい何でも業で説明します。自業自得の業です。

 業、こころの働きが物質を構成する、ということですか。

>現代科学よりも生きるという現象を説明できる範囲がはるかに広い。

 なるほど。

>遺族たちには「あの子たちは自分たちの業で亡くなったのだから嘆くものではない。でも、あの子たちは現世では何の罪も犯していないのだから、きっと来世も善い処に生まれることができるでしょう」という位の慰めはします。業の法則からいったらウソではありませんから。子供はそんなに悪いことをしませんし、頭も悪くなっていないので、生まれ変わるとしたら……善い処です。

 転生ですね。私には知識が無く重い話ですが興味深いです。

>驚くべきことに、世界中でまだ数億人の人々は、そういう説明に納得して、嘆くのを止めるのです。万が一、子供たちが悪い処に生まれたとしてもすぐに逃れられるようにと、明るい清らかな心で、善行為をして、その功徳を回向するのです。津波被害にあったタイとかスリランカでPTSDがあまり報告されないのはそういうわけです。誰でも症例にしたがる欧米NGOが頑張ってるでしょうが、仏教徒相手にはうまくいかないと思います。

 おお、なるほど、輪廻転生を信じる遺族達は欧米的感覚からするとはるかに心の傷が少ないわけですね。

antonian様

>耶蘇のわたくしが参りましたよ。笑)

 お待ちもうしておりました。(笑)

>私達は必ず死ぬわけで「死」を自分自身がどのように迎えるのか?様々な宗教はそれぞれの考え方で死生観を持ちます。その数多ある死へと辿る道の一つが「体の復活」でしょうね。因みにその「復活」とは、この怪しげな宗教者の語る「復活」とはあきらかに違います。

 なるほど。

>しかし歴史的に「終末論」「因果の話」は絶えず生じます。それは苦しみのあまりそう考えないとやっていられないというニーズから来るものです。それ自体は否定してはいけない面もあります。ただそれが危険な方向に行くものも多くあり、終末論が嵩じて集団自殺をしてしまったというのもありましたね。またそれを自ら演出しようとした宗教団体は記憶に新しいです。
まぁ、ロシア正教というちゃんとした伝統宗教があるんだからしっかりしてくれ。>プーチン
あと、日本人は宗教観は強いと思いますよ。昔から高度に発達した宗教観が存在していますから、東洋的には新興のキリスト教なんぞが布教に来ても駄目でしょう。

 「苦しみのあまりそう考えないとやっていられないというニーズ」ですね。子供を亡くした親の心情ですよね。

>わたくしは禅の精神のエッセンスを大徳寺の茶室で学びました。

 す、すごいですねえ。尊敬いたします。

masashi様

>宗教は難しすぎて私にはわかりません。

 masashiさんのカランとした発言でホット一息です。(苦笑
 不肖・木走も今回のコメント欄では勉強になるお話ばかりであります。

>阪神優勝万歳!!!!!

 一部阪神フアンの暴徒化は、きっと前世の「業」によるものかも知れませんよ(苦笑

tsukasa様

>スリランカのLTTE(タミル・イーラム解放の虎)はヒンドゥー教徒ですが自爆テロ戦術を盛んにやりました。インドのラジブ・ガンジー元首相もLTTEの爆弾おばちゃんに殺られています。
余計な突っ込みかもしれませんが、お題の死生観にも絡むと思いますので、この点は違うと指摘しておきたいです。

 ほほう、細かい御指摘ありがとうございます。



 みなさま、本当に真摯なためになるご意見ありがとうございます。
 勉強になります。

バイスバイス 2005/10/04 19:50 大徳寺瑞峰院には、庭にキリスト十字架があるから。

kibashirikibashiri 2005/10/04 23:57 バイス様

合点がいきましたです。 なるほどね・・・
寺院に十字架ですか・・・