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2006-03-05 小テキストの結語の意味〜ホテルルワンダ論争

kibashiri2006-03-05

[]小テキストの結語の意味〜ホテルルワンダ論争のパンフから少し考えてみる 13:12

 今、映画『ホテルルワンダ』がアツク議論されているようです。



●「アフリカのシンドラー」と呼ばれたルワンダホテルの副支配人ポール・ルセサバギナ氏を、実話に従い描いた映画

映画「ホテル・ルワンダ」公式サイト

http://www.hotelrwanda.jp/

 で、INTRODUCTIONはこんなかんじ・・・

INTRODUCTION

「愛する家族を守りたい。」ただ1つの強い思いが、1200人の命を救った・・・。

 1994年、アフリカのルワンダで長年続いていた民族間の諍いが大虐殺に発展し、100日で100万もの罪なき人々が惨殺された。アメリカ、ヨーロッパ、そして国連までもが「第三世界の出来事」としてこの悲劇を黙殺する中、ひとりの男性の良心と勇気が、殺されゆく運命にあった1200人の命を救う。

 「アフリカのシンドラー」と呼ばれたこの男性は、ルワンダの高級ホテルに勤めていたポール・ルセサバギナ。命を狙われていたツチ族の妻をもつ彼の当初の目的は、なんとか家族だけでも救うことだった。しかし、彼を頼りに集まってきた人々、そして親を殺されて孤児になった子供たちを見ているうちにポールの中で何かが変わり、たったひとりで虐殺者たちに立ち向かうことを決意。行き場所のない人々をホテルにかくまい、ホテルマンとして培った話術と機転だけを頼りに、虐殺者たちを懐柔し、翻弄し、そして時には脅しながら、1200人もの命を守り抜いた。本作は、家族4人を救うことを心に決めたひとりの父親が、ヒーローへと飛翔する奇蹟の過程を描いた実話である。

 2004年12月、米国の劇場数館で公開された『ホテル・ルワンダ』はまたたく間に評判となり、翌月には2300館で拡大公開される大ヒット作品となり、『アビエイター』『ミリオンダラー・ベイビー』などと並び2004年度アカデミー賞の主要3部門(脚本賞、主演男優賞、助演女優賞)にノミネートされる快挙をなしとげる。

 公開のめどが立っていなかった日本にもその興奮は飛び火。「この作品を日本でも観たい!」と20代の若者たちが立ち上がり、インターネットで署名運動を展開。4000通を超える署名をわずか3ヶ月で集め、その熱意でここに緊急公開が実現した。(詳しくは、「ホテル・ルワンダ」日本公開を応援する会にて)

 主人公のポールを演じるのは、スティーヴン・ソダーバーグ監督作品の常連である実力派ドン・チードル。本作でアカデミー賞に初ノミネートされ、名実共にハリウッドのトップ俳優の仲間入りを果たす。ポールの妻タチアナ役には『堕天使のパスポート』のソフィー・オコネドー。そのほか、ハリウッドのベテラン演技派俳優ニック・ノルティと、今一番勢いのある若手俳優ホアキン・フェニックスががっちりと脇を固めている。

 メガホンを取るのは『父の祈りを』でアカデミー賞にノミネートされた気鋭の脚本家テリー・ジョージ。ポールの話を知り「この映画を撮る以上に大切なことはない」と脚本、監督、そして製作を自ら手がけた。『JFK』『7月4日に生まれて』『プラトーン』など、良質社会派映画を数多く手がけてきたベテランプロデューサーのA・キットマン・ホーが製作を担当、奇蹟の物語の映画化に成功した。

http://www.hotelrwanda.jp/intro/index.html

 興味深い映画ですね。

 上映館が少ない(東京では渋谷だけ)ようなので、なかなか見ることが難しいのかも知れませんが、是非映画館で見てみたいと思います。

 ・・・

 虐殺映画といえば、昔見た84年の作品「キリングフィールド」を思い出します。

1949年、シアヌークを元首としてフランスからの独立を果たしたカンボジア。1970年3月、シアヌークの訪ソの隙に乗じて、親米派のロン・ノルがクーデタをおこした。折からのベトナム戦争を有利に進めたいアメリカはこれをチャンスと見て、ロン ・ノル政権を支援すべくカンボジアに侵攻した。これに対し、シアヌークは中国にあって祖国の解放闘争を指導し、激しい内戦が展開された。1975年4月17日、ポル ・ポト率いる共産党勢力、赤いクメール(クメール・ルージュ)はロン・ノル政権をついに打倒し、民主カンボジア政府の樹立を宣言した。しかし、プノンペン解放後、ポル ・ポト政権は、極端な共産主義政策を押し進め、住民の強 制移住や大量虐殺を行った。カンボジアはまさに“killing fields”(虐殺の野)と化したのである。

キリング・フィールド

http://www.actv.ne.jp/~yappi/eiga/EE-01killing%20field.html

 私事で恐縮ですが、84年といえば当時学生だった私には、つき合いだしたばかりの彼女がいて、お馬鹿な不肖・木走は、最初に彼女を連れていった映画がこの年9年ぶりにリメイクされた「ゴジラ」(爆)でありまして、彼女に少し呆れられ、2番目につれていったのが、このカンボジアのポルポト派(クメール・ルージュ)による大虐殺を描いた「キリングフィールド」で、彼女に思いっきり冷たく引かれた経験があるのであります。

 「ゴジラ」に「キリングフィールド」というデートにあるまじきとんでもない鑑賞作品の流れは、3作目にホラー・コメディ「バタリアン」を見たところで、彼女からの強い要望で打ちきられるのでありました(苦笑

 彼女には「ロマンチックのかけらもない。作品の選び方があまりにもセンスがない」と徹底批判されました。まあ、その彼女が後の私の奥さんになる人なのですが(大汗

 ・・・



●激論を招いている映画評論家・町山智浩氏が書いた「ホテルルワンダ」パンフレット上のコラム

 で、既知の読者も多いと思いますが、現在ネット上でちょっとした論争を招いているのはこの映画そのものではなくて、この映画のパンフレットの内容なのであります。

 きっかけはあるブログが、この町山智浩氏が書いた「ホテルルワンダ」のパンフレットにあるコラムについて、かなり過激に批判するエントリーをしたことから始まっているようです。

 失礼して部分引用させていただきます。

 (前略)

 それはさておき、映画鑑賞後にパンフレットを購入。

 ルワンダの歴史の説明など、役に立つ部分もあったのですが、コラムニスト(なのか?)の町山智浩という在日韓国人(帰化済み)の寄稿した文章を読んで、寒気がした。

 殆どは映画の解説なのだが最後の一行にこうあった。

 「日本でも関東大震災の朝鮮人虐殺からまだ百年経っていないのだ」

 へ??なんで、こんな文章が「ホテル・ルワンダ」のパンフレットに出てこなければならないの?

 (後略)

■ホテルルワンダをみて

http://blog.livedoor.jp/mahorobasuke/archives/50487989.html

 で、これに対し、映画評論家・町山智浩氏自身がご自分のブログで反論エントリ−を書かれました。

 失礼してこちらも部分引用させていただきます。

(前略)

僕は『ホテル・ルワンダ』を日本で公開してもらうために、いろいろ尽力してきましたが、あの映画を観た後でも、こんなことを書く人がいるのを見ると、絶望的な気持ちになります。

この人は、僕が『ルワンダ』のパンフに関東大震災の朝鮮人虐殺事件について書いた意味がわからないようなので、もう一度書きます。

このルワンダの事件を、遠いアフリカの出来事として観ても意味がない。

虐殺は、どこの国でも起こってきたし、これからも起こり得ることであって、

私たちは誰でも、人を差別して迫害する、虐殺の種を秘めているんだということを自覚し、

ルワンダみたいな状況になった時、ポールさんのように行動できる人間にならなければ。

ところが、この人は、虐殺の種を抱えている自分に全然気づいていない。

このような人がルワンダと同じような状況に置かれた時、虐殺を止める側に回るとは非常に考えにくいです。映画を観てもこれだから。

というか、この人は、自分がやってることは、ツチ族虐殺を煽っていたルワンダのラジオと同じなのに、まるで気づいていない。

 (後略)

■『ホテルルワンダ』なんてまるで役に立たない!

http://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/20060225

 ・・・

 で、このやり取りもあってネット上いろいろなブロガーさん達がこのコラムに関して議論されているわけであります。

 で、コラム自身は以下のところで公開されています。

■町山智浩氏のパンフ所収文章を全文転載します

http://d.hatena.ne.jp/kemu-ri/20060304/1141410831

愛・蔵太の気ままな日記

■[時事]お前らどうせ映画『ホテル・ルワンダ』のパンフレットなんて読まないで何か言ってるんだろうから、俺が町山智浩のテキストを全文アップしてやるぜ。あとその感想。

http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20060308#p1

 煙さんは直接町山氏から転載許可をもらって掲載されています。

 愛さんはわざわざおそらく劇場まで行ってパンフレットを購入されてきたようです。

 乙でございます。貴重な情報提供ありがとうございます。



●映画は見ていないのでパンフレットの内容についての所感だけ・・・

 さて、上記文章をお読みいただいた前提で話を進めさせていただきますが、ここからは私・木走の個人的所感であります。

 どうも私は現時点で映画本体を観ていませんので、この映画に関する深い本質的な議論はできそうもありません。

 ですので批判派・肯定派いずれの議論でもないことを前置きしておきます。

 そこで、公開されたパンフを読んだ限りの、パンフの文章に対する所感に限定して語りたいと思います。

■所感1:この文章はまったく問題ないでしょう〜そもそも商業用映画のパンフに表現の規制がある必要はない

 おそらく多くの論客達も同意のことであると思いますが、この内容のコラムをその映画のパンフに載せること自体は、まったく問題ないと思いました。

 映画そのものが創作作品であり、かつその創作作品に関する個人的映画評論は、完全に個人の感性に委ねられているものでありますから、他者が干渉すべき性質の文章ではないと思います。

 町山智浩氏は今回の映画の日本公開にはだいぶ尽力されていたようですし、個人的思い入れのある文章をパンフに載せたとしても何の問題がありましょう。

 パンフに載せること自体、当然制作側の校正も受けてのことでしょうし、そもそも映画のパンフはその映画の宣伝用グッズにすぎない(失礼)わけでかつ映画を見てなおかつ600円払って購入しようとする奇特な購読者層を対象にしているわけです。

 一般に映画パンフに載っている映画評論家の意見は、当然ですが映画の内容には全面的に賞賛しているものを載せるわけでして、さらに言わしていただければ映画評論なんてもの(失礼)は、誰もそこに客観性・公平性など期待していないわけで、そうではなくその評論家の個人的感性による文章を味わい、「なるほどなそういう深い見方もあるのか」とか「ちょっとこの評論は自分とは感性が違うなあ」と、映画を見終えた人たちが映画に対して再考するきっかけのようなものでしょう。

 私はあるB級映画のパンフで映画そのものより名文の評論が載っており、映画ではなくその評論に感動して涙したこともありますです(苦笑)

■所感2:実はこの文章はほぼ100%普通の映画評論でしょう

 「彼でなければダメだった----テリー・ジョージ監督の賭けに見事に応えたドン・チードル」というタイトルのこの文章ですが冒頭の出だしはこうです。

「ドン・チードルでなきゃダメなんだ」

テリー・ジョージ監督はそう訴えた。『ホテル・ルワンダ』への出資を検討したハリウッドのメジャーな映画会社は、主演をデンゼル・ワシントンかウィル・スミス、またはウェズリー・スナイプスのようなスーパー・スターに演じさせたがった。もちろん客を呼ぶためだ。しかしジョージ監督はこれまで主演映画が一本もないドン・チードルにこだわった。

「シナリオの時点でドンを想定していた」監督は言う。「『青いドレスの女』からずっと彼に注目してきたんだよ」『青いドレスの女』(95年)のドン・チードルは、謎の美女を追う主人公デンゼル・ワシントンの弟分。テキサスから来たガンマンで、バカでっかい銃をやたらめったら撃ちまくり、酔っ払うと仲間のデンゼルですら撃とうとするので敵よりも始末に悪い狂犬のようなキャラクターで強烈な印象を残した。

「ドンはカメレオンだ」ジョージ監督は言う。「役柄に完全に一体化してしまうんだ」

 この文章は全編、この映画の主役が何故「ドン・チードルでなきゃダメ」だったのかを、米国在住の映画評論家ならではの知見を混ぜながら解説しています。

テリー・ジョージ監督は、そんな平凡なチードルが『ホテル・ルワンダ』に欲しかったのだ。もし、デンゼル・ワシントンだったら頼りがいがありすぎて、彼が画面に出てくるだけで観客は安心してしまう。ウィル・スミスだったらどんな苦しい状況でもギャグを飛ばし続けるだろうし、ウェズリー・スナイプスだったら最後にはクンフーで民兵の二、三人やっつけてしまうかもしれない。彼らはヒーローだから、何の躊躇もせずに正義の戦いを始める。そのほうが確かに客は入るだろうが、映画館を出たらみんなルワンダの悲劇など忘れてしまうだろう。

実は、モデルとなったポール・ルセサバギナ氏はどちらかといえばヒーロー・タイプだった。体格はたくましく、政府の要人や軍人と互角につきあうほど押し出しは強い。一流大学を出て、ヨーロッパで教育を受け、ケニヤルワンダ語、フランス語、英語を操るインテリ。バリバリのエリート。常に服装と態度を乱すことのない、並外れた強い意志の男である。しかし、テリー・ジョージ監督とドン・チードルは独自のポール像を作り上げた。

 この辺りの説明は映画を見ていない私でも頷く(苦笑)ような説得力のある解説だと思います。

 読めば一目瞭然ですが、実はこの文章はほぼ100%普通の映画評論でしょう。

所感3:結語の意味

 で、議論になっている文章の結語部分です。

ルワンダの虐殺は現実なので、ハリウッド映画のようにわかりやすい悪役はいない。戦って敵をやっつければOKというわけではない。チードル演じるポールの敵は自分の内側にある「自分だけ助かればいい」という弱さだ。ポールを観客に近い人物として描くことで、『ホテル・ルワンダ』は「彼だって戦えたのだからあなたにもできるはず」と、観客を励ますと共に、逃げ場をなくす厳しい映画になった。ポール・ルセサバギナ氏は『ホテル・ルワンダ』の米版DVD収録のコメントでこう問いかけている。

「ルワンダと同じような状況になったとき、あなたは隣人を守れますか?」

日本でも関東大震災の朝鮮人虐殺からまだ百年経っていないのだ。

 うーん、ここですよね、みなさんの解釈が分かれている部分は。

 このような字数の限られたテキストを作成する書き手の立場から検証させてもらうと、やはり小テキストの作成テクの常道を、この文章は踏んでいると思いました。

 全ての小テキストは、それを書く目的があり主張があり、そして一人でも多くの人に飽きられないで読んでもらい、できれば読後に読んだ人間の心に印象強く残るように工夫がされるものであります。

 みなさんも考えていただければ理解いただけると思うのですが、まず「一人でも多くの人に飽きられないで読んでもらう」工夫としては、言うまでもなく「タイトル」とあと冒頭の文頭の入り方です。

 落語で言えばお題とマクラ話にあたります。

 この文章では、「彼でなければダメだった----テリー・ジョージ監督の賭けに見事に応えたドン・チードル」という断定的なタイトルで読者を引きつけ、文章の始まりは「ドン・チードルでなきゃダメなんだ」というテリー・ジョージ監督の叫びから始まっています。

 お見事なテクニックだと思います。

 で、「できれば読後に読んだ人間の心に印象強く残るように工夫」したいわけですが、これはもう文章の余韻を残す役割は最後の文章、いわゆる文の結語にかかっているわけです。

 落語で言えばオチですね。

 マクラも面白く途中の話の展開も絶妙などんなに秀逸の落語でも、オチがさえないと全体の印象が薄まってしまいますし、下手なオチを用意すると作品そのものを台無しにしてしまうこともあります。

 同様に映画評論のような小テキストでもどう文章を結ぶのかによって、読者にどのような読後感を持たせるのかが決定することが多いわけです。

 人間の頭などおバカですから、当たり前ですが最後の文章が一番強く印象に残り、しばらく余韻のような効果を与えるのであります。

 さて、

「ルワンダと同じような状況になったとき、あなたは隣人を守れますか?」

日本でも関東大震災の朝鮮人虐殺からまだ百年経っていないのだ。

 これは、文章テクとしては見事な結語ですね。



●おおいに議論していいじゃないですか〜町山智浩氏のプロとしてのテキストの見事な果実

 直前の文章で、この映画を「観客を励ますと共に、逃げ場をなくす厳しい映画」と絞り込んだ上で、読者を挑発するがごとくのポール・ルセサバギナ氏の問い「ルワンダと同じような状況になったとき、あなたは隣人を守れますか?」をぶつけてきます。

 そして「日本でも関東大震災の朝鮮人虐殺からまだ百年経っていないのだ。」で結ぶのです。

 お見事なテクニックだと思います。

 善し悪しは別としてですが、このくらいの文章を用意できないようでは評論家業は成り立たないでしょう。

 不肖・木走としてはテクとしてまったく問題はないと思います。

 ・・・

 ただ、一部ネット上の議論の中で、この評論自体は純粋に映画評論になっていて関東大震災の記述はさらっと1行だけしかしていないという指摘もあるようですが、私はこのような小テキストの最後の一行の持つ意味はとてもさらっとふれているだけとは解釈できません。

 この最後の一行にそれなりの想いを込めていることは著者である町山智浩氏自身が一番ご理解していることでしょう。

 ですから今ネット上で起こっている賛否両論の議論も、ある意味で町山智浩氏のプロとしてのテキストの見事な結果・果実なのであり、この議論そのものを否定することはまったく無いと思います。

 おおいに議論していいじゃないですか。

 実際、多くの人に注目されたわけだし、私だって見に行きたくなりましたし。

 ・・・

 今日は、ホテルルワンダ論争のパンフから、小テキストにおける結語の役割とかを少し考えてみました。



(木走まさみず)

tntn 2006/03/05 14:01 キリング・フィールドといえば、トリノ五輪の開会式で、「イマジン」と「誰も寝てはならぬ」と両方出てきましたよね。ちなみに、そのとき五輪旗を持って入場した8人の女性のうち、(進行方向に向かって)右列最後尾は、カンボジアの女性人権擁護団体AFESIP代表のソマリー・マムさんでした。

海岸通り海岸通り 2006/03/05 14:25  議論を真摯に進めること自体は木走さんに同意ですが、最初にあげたブログの論調は論外だと思います。彼女の主張は事実誤認も多いし、米国在住で今は日本国籍の町山氏に「韓国に帰れ」とはあまりにひどい主張だと思いました。
 最後の1行に関東大震災をあげたことは、日本人の観客に自分たちの身近な問題として例示するために必要だっただけの話であり、彼が在日であるかどうかはこの議論でまったく関係ないことだと思います。

GedolGedol 2006/03/05 14:51 ども。
 このゴタゴタの発端は「最後の一行に込められた」思いを明後日の方向で解釈された事に端を発しているのだと思いますが。発端となったBlog主には是非「99・9%は仮説 思いこみで判断しないための考え方」を読んでいただきたいなぁ・・・なんて(w
 因みに映画「キリングフィールド」はアルバム「キリングフィールド」のPVとして見に行った私です。サントラ盤の方が一年以上早く入手できた様な記憶があります。

antonianantonian 2006/03/05 16:25 木走兄まで釣られるとは。町山氏おそるべし。
まぁ最後の結語を「日本においてもそれは無縁の出来事ではない」とか、含みを持たせて終る方が更に高等戦術かも。日本人相手には。
しかし確認の為にも元映画は見てみたいですね。そう私に思わせたあの一連のやり取りからして、熱くなっちゃったトンでもブログの人も宣伝に一役買ったということでしょう。笑)(しかし、あのブログは私でも怒るわ。)

ところで「虐殺を防ぐなら、虐殺する側の論理に当たれ」という話を書いていた人がいて、成程。などとは思いました。色々な受け止め方をする人がいる。
http://d.hatena.ne.jp/lelele/20060204/1138991017
町山さんの文に批判するならば、作品の解釈を狭義に限定してしまう要素にあるかも。
その辺りで町山さん文にも微妙に保留してしまいます。

kaioukaiou 2006/03/05 17:44 うーん、この手の論調は「つい筆が滑った」と書いてもおそらく炎上するんだろうなぁ。それほどに
韓国と日本というあまりにも当事者すぎる例を出されても「読むほうがどう突っ込んだらいいか困る」
というもんでして、字数に制限があったならともかく例としてだすならやはり「シンドラーのリスト」
を出すべき問題ですよねぇ・・・・・もしくは近年でもセルビア内戦やイスラエル・パレスチナ問題、
なんとなれば何故、北朝鮮の某将軍様(虐殺っつぅか、無策で多大の国民が餓死したという問題)も
あげつらうべきでしたねぇ。まぁ、釣った釣られたというよりも「誰に向けてのメッセージであるべきか」の
点で最後の一文は余禄すぎたと思った。

・・・っていうか、よく結婚までこぎつけたもんですなぁ・・・若い日の映画のチョイスで・・・(=x=;

kk 2006/03/05 19:23 この記事を読む前に「ホテルルワンダ」を見ました。正直打ちのめされます。「キリングフィールド」「地雷に触れたらサヨウナラ」などと比べるとなんだかんだ言ってもアジアはいい所なんだな、と思いました。映画のメッセージは「知ってください。無視しないで。せめて目を向けてください。」だと感じました。
「あなたがここにいたらどうするか」なんてぜ〜んぜん感知できない。この映画はそこまで人を責めてないよ。町山氏の解説はちょっと自意識過剰では?
しかし話題になることでこれを見たいという人が出るのは大歓迎です。

hamlet-rhamlet-r 2006/03/05 20:04 こんばんわ。
以前、このルワンダの件に絡んだ記事を書いたので、トラックバックしました。ご意見を頂ければ幸いです。

また、町山氏の意見に関してはあえてここでは何もいいません。ただ以前、あの虐殺を目撃したことのあるご高齢の方から話を聞いたことがありますが、普段はやさしい街のおじさん達が、異様な雰囲気の中で人を屠る光景は、形容しがたい悪夢だったとおっしゃっていました。ルワンダで起きたあの事件も本質は似たような物だったと思います。「ホテルルワンダ」はまだ観ていないのですが、そこに希望を見出そうとする内容だと思いますが、そうした希望から取り残された人々の方が圧倒的大多数な訳だと思います。トラバした記事で紹介した NHK 特集はその辺の実態について説明された物で、やはり衝撃的な内容でした。

どうも、「日本人」と言う言葉にみんなご執心のようですね。私は素直に民族以前に誰もが共通して持つ「人としての悲しい性」について、深く見つ直すという姿勢が大切だと私は受け止めています。

金太郎金太郎 2006/03/06 00:23 身近に感じて欲しいということも分かりますが、読んだ人を混乱させてしまうのでは? と。実際、頭の弱い僕は混乱してしまいましたし。
関東大震災ですが、あそこでポンと出されると、日本人全員が朝鮮人を殺しまくったというように感じてしまうのですよ。実際には、騒ぎになったときに朝鮮人をかくまった一般の日本人もいたでしょうに(憶測ですが)。警官も日本人ですし。
で、やはり読み手にきちんと本意が伝わらないような文を書くのは文筆家としてどうよ?不味いんじゃないの?と思ったしだいであります。 お前の頭が弱すぎるんじゃ! 言われれば反論できませんが。

真田孝高真田孝高 2006/03/06 00:27 >町山氏の解説はちょっと自意識過剰では?
賛成。
私も映画の主題は”無関心”に対する批判だと思いますね。
批判されているのはベルギー軍に象徴される国際社会の無関心でしょう。
特に第三世界(こういう言い方は嫌いだが)に対する無関心。
町山氏の解説は結構的外れというか、自分の思い込み強過ぎですな。

”歴史上の出来事(虐殺など)”に対しては異様に血眼になって議論するのに今現在進行形のチベットなどには無関心という姿勢を批判するのならわかりますがね。
それに阪神大震災なら”十年しか”と言えるが、関東大震災は”百年も”前だし、そんなもの引き合いにだされても実感を共有できる人がどれだけいるか・・・。

biaslookbiaslook 2006/03/06 01:50 映画評論としては良いと思う。
ただ、問題は町山氏自身が述べているが、彼が朝鮮人2世だということ。これって、日本人を思考停止にさせてしまうんですよね。思考停止になるから、感情で応える者が出てくるんです。
50年前、ドイツ人とフランス人に虐殺されたユダヤ人を、現在批判すれば逮捕される欧州と同じ問題ですね。

murrielmurriel 2006/03/06 02:00 この映画が問いかける「無関心」にも二つの種類があると思います。ひとつは、対象への言及の無関心。この場合、ルワンダの虐殺に対する国際社会の無関心ということですね。もちろん、映画はまず第一に、このことを訴えかけていると思います。しかし、それだけでもないと私は感じました。

もう一つの「無関心」は、それを自分とは関係ないものとしてとらえる「無関心」でしょう。映画は、ルワンダの虐殺のことをより多くの人に知ってもらいたいというメッセージがこめられていますが、ぶっちゃけ言えば、「知ってどうなる?」ということが言えなくもありません。耳目を集めても「世の中にひどいこともあるもんだな」「アフリカって野蛮な国だな」「国連はしっかりすべきだ」「平和が大切だね」「日本はこれよりましでよかったね」・・・なんて感想で終わってしまう感想もありえるわけです。関心は寄せてみても、自分とは関係ないものとしてとらえるってことで。

これはこれで映画の見方としては「アリ」だと思います。見た人がそれぞれの感想を持つのは自由ですから。でも、それが、この映画の製作者や、この作品のベースの主人公、そして被害者の人々の望みかというとそうではないと思います。

映画のなかで、主人公も最初は言っていました。「そんなことはおこるわけない」と。でも、起こってしまった。

こういう人類史的に痛ましい事件を二度と起こさないようにするにはどうすればいいのか、社会が考えるとしたら、まず遠いよその国のこととして考えるのではなく、自分自身に引き付けて、自分自身の問題として考えることが必要ではないかと思います。(実際、この作品の監督もアイルランドの民族紛争を受けて、隣人同士が憎しみあい、殺しあうという問題意識のなかから、ルワンダの虐殺というテーマを描こうと思ったというようなことを、どこかで読みました)

「そんなの理想であって、できっこない」というような反論が聞かれそうです。もちろん、私にだってそんなことは簡単にできやしません。でも、こんなことが実際に自分に起こったらいやだなと素朴に思えばこそ、「無関心」ではいられないのではないかと思います。

町山氏の最後の一文の事例の選び方の適否なんてのは争っても決着のつかない、正直言って、どうでもいいことです。ただ、町山氏は、その一文を通して、「私たち自身の問題として「無関心」ではいられない」と言っているのだとすれば(私にはそう読めました)、私はその趣旨に大いに賛同するところです。

kaioukaiou 2006/03/06 07:14 殊ここに至って自分が問いたいのは「問題提起のありかたとして町山氏自身の逆差別、つまり、
数ある類似問題の中において、何故、わざわざ関連性に乏しい関東大震災を例に挙げなければ
ならなかったのか?」という部分な訳です。

失礼ですが、仮に町山氏が在日韓国人でなかったらそもそも「関東大震災」を一例に取り上げた
だろうか?という事がまず、一つ。更にホテルルワンダでポール・ルセサバギナ氏がかくまったのは同朋
であり、「隣人をかくまえますか?」という趣旨に結び付けるにはあまりにも論点が違うことが一つ。

まぁ、個人的にそのとあるブログを見なかったなら関東大震災の件は読み飛ばしていた問題であった訳ですが、
かすかな引っかかりは否めなかったと思う。朝鮮人虐殺があったのか?という事と、仮にあったとしても
ホテルルワンダで問題となってるのは内戦状態における命を賭けた同朋保護と、関東大震災における、
火事場泥棒というか、略奪行為とは同列に並ばないんじゃないの?と思う。そして先コメントでも挙げた
通り、この場合の例として適切なのは「シンドラーのリスト」を出すべきだろうなぁと。

もしも最後の一文が在日朝鮮人に向けたメッセージであったなら悪意ある逆差別と受け取りつつも、まぁ
「書きすぎなんじゃね?」とは思うが、町山氏の文は明らかに日本人に対して「反省しろ」という悪意で
書いたと受け止められてしまってる訳ですよ。そういう意味で余禄だったと思いますね。

kaioukaiou 2006/03/06 07:26 まぁ、さしあたりもう一つ書いておきますが、自分としては「愛・蔵太氏の方がモノカキとしては恥」
というスタンスではありますから。町山氏の件で問題としてるのは「メッセージを伝えたい対象」の
部分だけですんで。

ふにふにふにふに 2006/03/06 08:12  もし最後にあげた文章が、南京事件だったら、また別の反応が見られたでしょうねぇw
あちらなら、30万人は大嘘にしても、多数の死者が出たのは間違いないですから。
 しかし、現存する資料から類推するに、ルワンダの虐殺と関東大震災時における朝鮮人が殺害された事件を同列に評するかのような、まとめ方は(最後にさらっと一行入れているやり方に)逆に悪意を感じてしまいます。
 虐殺の例なら、他にいくらでもあるでしょうに、わざわざ何人の死者が出たかもわからない、そもそも虐殺事件だったかも確定できない関東大震災を持ち出すのが、納得できない。
 まあ、町山氏は、以前から色々とコラムなどで物議をかもす(スターウォーズのときもなんかやってたようなw)のが大好きな人ですので、今回のも絶対狙って自分の主張を入れたのでしょう。
そういう意味で、今回の町山氏の書き方は、本来と違う趣旨で議論になってしまったというところで、プロとして失敗のテキスト(町山氏のテキストとしては普通w)だったと、私は思います。
まあ、ハイハイワロスワロスで、スルーするのがいいのでしょうがねぇ〜

 せっかく映画の評判がよろしい中で、映画自身の評判ではなくこのようなところで話題になるのはひじょうに不本意です。

私は、愛・蔵太氏は、持ってくる資料に関しては、参考にさせていただいてますw

 ちなみに、関東大震災時に朝鮮人が井戸に毒を入れたとデマを大々的に誤報したのは、たしか大阪(名古屋かどちらか)朝日新聞だったりするwwww
戦前から、変わらないアサヒクオリティwwww

BaatarismBaatarism 2006/03/06 10:17 他の事例に言及するなら、虐殺が現在進行中であるダルフールのことを述べるべきではないかと思うんですが。

AmericanAmerican 2006/03/06 10:57 パンフレットの文章(というか映画)の論点が本来の意味とはずれているというか、議論の方向性がよく分からん方向性になっているというか。
「もうちょっと熱が冷めてから冷静に議論した方が良いんじゃないのか?」
とちょっと戸惑っています。

で、なんとなく分かったのが町山さんが
「この映画は単なるエンターテイメントとして消費せずに、自らの問題と受け取ってほしい」
と言いたかったということだと思うんですけども。

所変わって、「キリングフィールド」の感想を探していたらこんなのを
見つけました。
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/8442/research/cambodia/munen.html

ajitaajita 2006/03/06 12:39 私も、この騒ぎを拝見してすぐ思い出したのは『99・9%は仮説』(竹内薫)でした。でも、データをいくら積み重ねても本人の仮説を変えるのは、難しいんでしょう。
『ホテル・ルワンダ』劇中、フツ・パワー(ルワンダ虐殺を扇動したラジオ放送)がツチ族を「ゴキブリ(cockroach)」と連呼していたのが印象的でした。翻って日本の嫌韓ブロガーの言説を見ると、朝鮮系の人々を「ゴキブリ」呼ばわりしている人が人気を博していました。また、『ホテル・ルワンダ』には共感したとしても、自国に関わる事例を引き合いに出されたら途端に憎悪をむき出しにする人々が多数いる。
そういったデータを鑑みれば、『ホテル・ルワンダ』で描かれていることは、なるほど決して他人事ではない普遍的な人間のどうしようもなさである、と僕は納得したのです。
どうせ仮説の世界に生きるのであれば、情報戦気分で自分に都合のいいデータを集めるよりも、「どのようにデータに接すれば自分が品性ある人間になれるか?」という観点も必要かなと、僕は思います。なかなか実践は難しいですが…。
〜生きとし生けるものが幸せでありますように〜

コルホーズの玉ネギ畑コルホーズの玉ネギ畑 2006/03/06 12:53 前略 木走さん、立川でも上映していましたよ。ただ私が鑑賞したのが最終日だったため、パンフは売り切れでした。そのためインターネット上での論争はおろか、町山智浩氏のコラムも知らずに来た次第。
 なので早速全文を読んでみたものの。最後の一文への批判が正当であるとは思えなくて。もちろん、朝鮮人の話題を出したのは氏の出自が要因していることは明らかだし。執筆者の町山氏の思い入れは過剰だとは思うけれど。可愛いじゃないですか。
 とはいえ映画なんて公開された時点で受け手のものだから。大多数の観客が辛口の娯楽として消費しても、送り手は甘受すべき。そんなコラムで心情を吐露した町山氏にしても、この構造は重々承知しているはず。
 で、映画そのものの感想も。いい意味で普通の映画でしたね。映画に限らず物語に必要な、主人公の目的はもとより。そこに行き着くまでの障碍、裏切り、救いの手などが配分され、まさに映画している作品。逆に作り事のハリウッド映画、発想の貧困さを指摘することに。
                    早々

kk 2006/03/06 14:26 2度目の書き込みで失礼いたします。私は頭が悪いので「無関心」の残酷さのみを感じて帰り路に「ビッグイシュー」を買って帰ることくらいしかしていないのですし(例としては次元が違いますね。)自分は安全なところにいて修羅場に残されている人の正義不正義をあれこれ言えるほど立派な人間ではないと恥じることしかり。今回はあえて百年も前のとある都市での出来事を例として上げるよりも今もし台湾に中国が攻め込んだら同じ様な事が起こるかもしれない、などと現在の身近な問題を取り上げた方がしっくりいったと思います。しかしこんな話題でも多くの人をこの映画に興味を向けさせることに成功した事は評価していいのかもしれません。
>翻って日本の嫌韓ブロガーの言説を見ると、朝鮮系の人々を「ゴキブリ」呼ばわりしている人が人気を博していました。
→すいませんが読んでみたいのでそのブログを教えてください。検索しても分からなかったので。

ふにふにふにふに 2006/03/06 19:06 Baatarismさん
> 『他の事例に言及するなら、虐殺が現在進行中であるダルフールのことを述べるべきではないかと思うんですが。』

おそらくダルフール自体知らないんじゃないですかね。
それは今現在の日本人の大多数がそうですが・・・・

私も Finalvent氏の日記読まなかったら知らなかったでしょう。
現在進行形の大問題ではあるんですけどね。

アフリカは、色々な意味で日本から遠すぎるんですよ、ヨーロッパと違って・・・・・

権兵衛権兵衛 2006/03/06 22:48 「シンドラーのリスト」しかり、「ホテル・ルワンダ」しかり、なぜそれが映画になるかというと、彼らのような人物が、常に絶対的少数であるからで…。それを称えるのはやぶさかではないのですが、「万人が彼等のように行動するべきだ」という理想論には、簡単に同意するほど無邪気にはなれませぬ。

ふにふにふにふに 2006/03/07 08:17 http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2006/03/post_51b7.html
Finalvent氏、日記のほうでは、色々巻き込まれぎみですが、極東日誌でのダルフールにかんするエントリーをしてらっしゃいました。

40万人って・・・・・・・・

鮎川龍人鮎川龍人 2006/03/07 08:29 近代における韓半島関連の虐殺事件としては済州島4・3事件などがあるわけですが・・・
日本人が犠牲者になった例では戦争直後のソ連軍によるものなど・・・

大いなる歴史の流れの中で起こったこととは言え、あまりにも悲惨でしたね。

我々は樋口季一郎中将のことでも思い出しましょう。

kibashirikibashiri 2006/03/07 10:34 tn様

>ちなみに、そのとき五輪旗を持って入場した8人の女性のうち、(進行方向に向かって)右列最後尾は、カンボジアの女性人権擁護団体AFESIP代表のソマリー・マムさんでした。

 へええ、知りませんでした。

海岸通り様

>議論を真摯に進めること自体は木走さんに同意ですが、最初にあげたブログの論調は論外だと思います。彼女の主張は事実誤認も多いし、米国在住で今は日本国籍の町山氏に「韓国に帰れ」とはあまりにひどい主張だと思いました。

 はい、あそこの主張自体はまじめに取り上げたくないですね。

>最後の1行に関東大震災をあげたことは、日本人の観客に自分たちの身近な問題として例示するために必要だっただけの話であり、彼が在日であるかどうかはこの議論でまったく関係ないことだと思います。

 ごもっともです。しかし多くの人はそうとらえなかったのでしょう。

Gedol様

 ども。

>このゴタゴタの発端は「最後の一行に込められた」思いを明後日の方向で解釈された事に端を発しているのだと思いますが。発端となったBlog主には是非「99・9%は仮説 思いこみで判断しないための考え方」を読んでいただきたいなぁ・・・なんて(w

 ああ「99・9%は仮説」ですね。

>因みに映画「キリングフィールド」はアルバム「キリングフィールド」のPVとして見に行った私です。サントラ盤の方が一年以上早く入手できた様な記憶があります。

 へええ。

antonian様

>木走兄まで釣られるとは。町山氏おそるべし。

 エヘヘヘ、だって興味深い論争でしたから。

>しかし確認の為にも元映画は見てみたいですね。そう私に思わせたあの一連のやり取りからして、熱くなっちゃったトンでもブログの人も宣伝に一役買ったということでしょう。笑)(しかし、あのブログは私でも怒るわ。)

 ええ、よい宣伝にはなりましたよね、本人にその意図はなかったにせよ。


>ところで「虐殺を防ぐなら、虐殺する側の論理に当たれ」という話を書いていた人がいて、成程。などとは思いました。色々な受け止め方をする人がいる。
http://d.hatena.ne.jp/lelele/20060204/1138991017
町山さんの文に批判するならば、作品の解釈を狭義に限定してしまう要素にあるかも。
その辺りで町山さん文にも微妙に保留してしまいます。

 ごもっともですね。しかしそもそもルワンダも加害側と被害側が何度も入れ替わる混沌とした複雑な歴史があるようですしね。

kaiou様

>まぁ、釣った釣られたというよりも「誰に向けてのメッセージであるべきか」の点で最後の一文は余禄すぎたと思った。

 そうですね、あの1行は、一部の読者に取り、町山氏に共感するどころか反目してしまう効果があったでしょうね。

>・・・っていうか、よく結婚までこぎつけたもんですなぁ・・・若い日の映画のチョイスで・・・(=x=;

 ハハハハ・・・ハハ・・・ハア(汗

k様

>映画のメッセージは「知ってください。無視しないで。せめて目を向けてください。」だと感じました。
「あなたがここにいたらどうするか」なんてぜ〜んぜん感知できない。この映画はそこまで人を責めてないよ。町山氏の解説はちょっと自意識過剰では?

 うむ、「町山氏の解説はちょっと自意識過剰」とは言い得てますな。

>しかし話題になることでこれを見たいという人が出るのは大歓迎です。

 そういうことです。

hamlet-r様

>以前、このルワンダの件に絡んだ記事を書いたので、トラックバックしました。ご意見を頂ければ幸いです。

 おお、トラックバックありがとうございます。
 うむ、これはメディア論としても素晴らしいエントリーですね。
 ときに集団ヒステリーを煽ってしまうメディアの負の側面を捉えているところも。

>また、町山氏の意見に関してはあえてここでは何もいいません。ただ以前、あの虐殺を目撃したことのあるご高齢の方から話を聞いたことがありますが、普段はやさしい街のおじさん達が、異様な雰囲気の中で人を屠る光景は、形容しがたい悪夢だったとおっしゃっていました。ルワンダで起きたあの事件も本質は似たような物だったと思います。

 どこでも起こりうるということですね。

>どうも、「日本人」と言う言葉にみんなご執心のようですね。私は素直に民族以前に誰もが共通して持つ「人としての悲しい性」について、深く見つ直すという姿勢が大切だと私は受け止めています。

 このあたりの受け止め方ですよね。

金太郎様

>身近に感じて欲しいということも分かりますが、読んだ人を混乱させてしまうのでは? と。実際、頭の弱い僕は混乱してしまいましたし。
関東大震災ですが、あそこでポンと出されると、日本人全員が朝鮮人を殺しまくったというように感じてしまうのですよ。実際には、騒ぎになったときに朝鮮人をかくまった一般の日本人もいたでしょうに(憶測ですが)。警官も日本人ですし。

 はい、私も含めて100年前の出来事が身近に感じることができない人は多いとは思います。

真田孝高様

 まあお久しぶりです。

>>町山氏の解説はちょっと自意識過剰では?
賛成。
私も映画の主題は”無関心”に対する批判だと思いますね。
批判されているのはベルギー軍に象徴される国際社会の無関心でしょう。
特に第三世界(こういう言い方は嫌いだが)に対する無関心。
町山氏の解説は結構的外れというか、自分の思い込み強過ぎですな。

 「我田引水」的に受け取られてしまう、ってことですね。

>”歴史上の出来事(虐殺など)”に対しては異様に血眼になって議論するのに今現在進行形のチベットなどには無関心という姿勢を批判するのならわかりますがね。
それに阪神大震災なら”十年しか”と言えるが、関東大震災は”百年も”前だし、そんなもの引き合いにだされても実感を共有できる人がどれだけいるか・・・。

 うむ、なるほどです。

biaslook様

>映画評論としては良いと思う。
ただ、問題は町山氏自身が述べているが、彼が朝鮮人2世だということ。これって、日本人を思考停止にさせてしまうんですよね。思考停止になるから、感情で応える者が出てくるんです。
50年前、ドイツ人とフランス人に虐殺されたユダヤ人を、現在批判すれば逮捕される欧州と同じ問題ですね。

 御意。
 条件反射的に嫌悪感が出てしまうわけですね。

murriel様

>この映画が問いかける「無関心」にも二つの種類があると思います。ひとつは、対象への言及の無関心。この場合、ルワンダの虐殺に対する国際社会の無関心ということですね。もちろん、映画はまず第一に、このことを訴えかけていると思います。しかし、それだけでもないと私は感じました。

>もう一つの「無関心」は、それを自分とは関係ないものとしてとらえる「無関心」でしょう。映画は、ルワンダの虐殺のことをより多くの人に知ってもらいたいというメッセージがこめられていますが、ぶっちゃけ言えば、「知ってどうなる?」ということが言えなくもありません。耳目を集めても「世の中にひどいこともあるもんだな」「アフリカって野蛮な国だな」「国連はしっかりすべきだ」「平和が大切だね」「日本はこれよりましでよかったね」・・・なんて感想で終わってしまう感想もありえるわけです。関心は寄せてみても、自分とは関係ないものとしてとらえるってことで。

 ほほう、深い考察です。

>これはこれで映画の見方としては「アリ」だと思います。見た人がそれぞれの感想を持つのは自由ですから。でも、それが、この映画の製作者や、この作品のベースの主人公、そして被害者の人々の望みかというとそうではないと思います。

 一人の評論家の独りよがりロジックということですね。

>町山氏の最後の一文の事例の選び方の適否なんてのは争っても決着のつかない、正直言って、どうでもいいことです。ただ、町山氏は、その一文を通して、「私たち自身の問題として「無関心」ではいられない」と言っているのだとすれば(私にはそう読めました)、私はその趣旨に大いに賛同するところです。

 うむ、なるほどです。

kaiou様

>失礼ですが、仮に町山氏が在日韓国人でなかったらそもそも「関東大震災」を一例に取り上げただろうか?という事がまず、一つ。更にホテルルワンダでポール・ルセサバギナ氏がかくまったのは同朋であり、「隣人をかくまえますか?」という趣旨に結び付けるにはあまりにも論点が違うことが一つ。

 ほほう。

>もしも最後の一文が在日朝鮮人に向けたメッセージであったなら悪意ある逆差別と受け取りつつも、まぁ「書きすぎなんじゃね?」とは思うが、町山氏の文は明らかに日本人に対して「反省しろ」という悪意で書いたと受け止められてしまってる訳ですよ。そういう意味で余禄だったと思いますね。

 うん、なるほどです。

ふにふに様

>もし最後にあげた文章が、南京事件だったら、また別の反応が見られたでしょうねぇw
あちらなら、30万人は大嘘にしても、多数の死者が出たのは間違いないですから。
 しかし、現存する資料から類推するに、ルワンダの虐殺と関東大震災時における朝鮮人が殺害された事件を同列に評するかのような、まとめ方は(最後にさらっと一行入れているやり方に)逆に悪意を感じてしまいます。

 悪意ですか。

>虐殺の例なら、他にいくらでもあるでしょうに、わざわざ何人の死者が出たかもわからない、そもそも虐殺事件だったかも確定できない関東大震災を持ち出すのが、納得できない。

 なるほど。

> まあ、町山氏は、以前から色々とコラムなどで物議をかもす(スターウォーズのときもなんかやってたようなw)のが大好きな人ですので、今回のも絶対狙って自分の主張を入れたのでしょう。
そういう意味で、今回の町山氏の書き方は、本来と違う趣旨で議論になってしまったというところで、プロとして失敗のテキスト(町山氏のテキストとしては普通w)だったと、私は思います。
まあ、ハイハイワロスワロスで、スルーするのがいいのでしょうがねぇ〜

 そうだったんですか。

>ちなみに、関東大震災時に朝鮮人が井戸に毒を入れたとデマを大々的に誤報したのは、たしか大阪(名古屋かどちらか)朝日新聞だったりするwwww
戦前から、変わらないアサヒクオリティwwww

 プウ(爆。
 「朝日新聞」はこんなとこにも顔を出しちゃいますかあ(苦笑
 やめて下さいよ、朝日とか産経とか聞くと条件反射(脳内思考停止)的にイジメタクなってしまうので・・・

Baatarism様

>他の事例に言及するなら、虐殺が現在進行中であるダルフールのことを述べるべきではないかと思うんですが。

 「ダルフール」ってどこですか?(爆
 スミマセン、冗談です。最近いろいろなところで取り上げられ始めてますね。

American様

>パンフレットの文章(というか映画)の論点が本来の意味とはずれているというか、議論の方向性がよく分からん方向性になっているというか。
「もうちょっと熱が冷めてから冷静に議論した方が良いんじゃないのか?」
とちょっと戸惑っています。

 ええ、たしかに一部ブログの過熱気味議論はクールダウンが必要でしょうね。

>で、なんとなく分かったのが町山さんが
「この映画は単なるエンターテイメントとして消費せずに、自らの問題と受け取ってほしい」
と言いたかったということだと思うんですけども。

 はい、御意。

>所変わって、「キリングフィールド」の感想を探していたらこんなのを
見つけました。
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/8442/research/cambodia/munen.html

 おお貴重な情報ありがとうございます。
 そうか日本人記者の助手はもっと悲惨な運命をたどったのかあ・・・

ajita様

>私も、この騒ぎを拝見してすぐ思い出したのは『99・9%は仮説』(竹内薫)でした。でも、データをいくら積み重ねても本人の仮説を変えるのは、難しいんでしょう。
『ホテル・ルワンダ』劇中、フツ・パワー(ルワンダ虐殺を扇動したラジオ放送)がツチ族を「ゴキブリ(cockroach)」と連呼していたのが印象的でした。翻って日本の嫌韓ブロガーの言説を見ると、朝鮮系の人々を「ゴキブリ」呼ばわりしている人が人気を博していました。また、『ホテル・ルワンダ』には共感したとしても、自国に関わる事例を引き合いに出されたら途端に憎悪をむき出しにする人々が多数いる。

 はい、深い考察です。

>そういったデータを鑑みれば、『ホテル・ルワンダ』で描かれていることは、なるほど決して他人事ではない普遍的な人間のどうしようもなさである、と僕は納得したのです。
どうせ仮説の世界に生きるのであれば、情報戦気分で自分に都合のいいデータを集めるよりも、「どのようにデータに接すれば自分が品性ある人間になれるか?」という観点も必要かなと、僕は思います。なかなか実践は難しいですが…。
〜生きとし生けるものが幸せでありますように〜

 さすが仏教を極めてらっしゃるajita様ならではのご意見ですね。
 たしかに「自国に関わる事例を引き合いに出されたら途端に憎悪をむき出しにする人々」は、困ったものでありますね。

コルホーズの玉ネギ畑様

>前略 木走さん、立川でも上映していましたよ。ただ私が鑑賞したのが最終日だったため、パンフは売り切れでした。そのためインターネット上での論争はおろか、町山智浩氏のコラムも知らずに来た次第。

 おおそうでしたか、東京では渋谷だけかと思っていました。

> なので早速全文を読んでみたものの。最後の一文への批判が正当であるとは思えなくて。もちろん、朝鮮人の話題を出したのは氏の出自が要因していることは明らかだし。執筆者の町山氏の思い入れは過剰だとは思うけれど。可愛いじゃないですか。

 なるほど。
 しかし、あの文「可愛い」かなあ(苦笑

>とはいえ映画なんて公開された時点で受け手のものだから。大多数の観客が辛口の娯楽として消費しても、送り手は甘受すべき。そんなコラムで心情を吐露した町山氏にしても、この構造は重々承知しているはず。

 御意。

>で、映画そのものの感想も。いい意味で普通の映画でしたね。映画に限らず物語に必要な、主人公の目的はもとより。そこに行き着くまでの障碍、裏切り、救いの手などが配分され、まさに映画している作品。逆に作り事のハリウッド映画、発想の貧困さを指摘することに。

 ほほう、「ハリウッド映画」の定番通りのつくりだったと。

k様

>私は頭が悪いので「無関心」の残酷さのみを感じて帰り路に「ビッグイシュー」を買って帰ることくらいしかしていないのですし(例としては次元が違いますね。)自分は安全なところにいて修羅場に残されている人の正義不正義をあれこれ言えるほど立派な人間ではないと恥じることしかり。

 いやいや、そんなこと申したら人に厳しく自分に甘い愚かな私など居場所がなくなってしまいますですよ。(苦笑

ふにふに様

>アフリカは、色々な意味で日本から遠すぎるんですよ、ヨーロッパと違って

 本当ですねえ。

権兵衛様

>「シンドラーのリスト」しかり、「ホテル・ルワンダ」しかり、なぜそれが映画になるかというと、彼らのような人物が、常に絶対的少数であるからで…。それを称えるのはやぶさかではないのですが、「万人が彼等のように行動するべきだ」という理想論には、簡単に同意するほど無邪気にはなれませぬ。

 うん、理想論をとなえるだけでなく、しかもかってに押しつけるな、ってところでしょうか。

鮎川龍人様

>近代における韓半島関連の虐殺事件としては済州島4・3事件などがあるわけですが・・・
日本人が犠牲者になった例では戦争直後のソ連軍によるものなど・・・
大いなる歴史の流れの中で起こったこととは言え、あまりにも悲惨でしたね。
我々は樋口季一郎中将のことでも思い出しましょう。

 おお、2万人のユダヤ人を救った日本陸軍の関東軍・樋口季一郎中将のことですね。



 みなさま、さまざまな真摯なご意見、情報ありがとうございます。
 みなさまのご意見をうかがって、しかしこれはあらためて根の深い問題であると再認識しました。ここでのご意見も2分されているようですね。
 もう少し考えてみたいと思いました。

rice_showerrice_shower 2006/03/07 13:13 >「ロマンチックのかけらもない。作品の選び方があまりにもセンスがない」と徹底批判されました<
愛を語る映画を一緒に見ればよい、というものでもなく。  
昔『クレイマー・クレイマー』を彼女と一緒に見に行ったのですが、観賞後、そのあまりの素晴らしさに深く深く感動している私の傍らで、単に情緒的に感応しているだけの彼女の精神の浮薄がどうにも我慢ならず、別れてしまった経験が有りますです。 本筋から外れた与太部分に食いついてしまい失礼!

さて、評論文について一言だけ、町山氏はルワンダから関東大震災朝鮮人虐殺への“ワープ”が、マジョリティの読者に共有不可能だという事に気付いていない。(或いは共有可能だと錯覚している) 他の方も述べられているように、自意識過剰、独りよがり。 
有る意味“卑怯”だとも言える、朝鮮人差別に言及したいならば、他にいくらでも適当な作品が有る。 この作品が良く出来ている(らしい)のに乗じて、関東大震災時の話を持ち出されてもねぇ。 エッセーと評論は全く異質なもの。 評論で自意識を押しつけられても困るわな。

kaioukaiou 2006/03/07 13:38 まぁ、仮に「無関心でいてはいけない」という事への啓蒙活動として考えるなら最後の一文はパンフのコラム
ではなく、別の機会に大々的にキャンペーン組んですべき課題ではありますな。それなら皆抵抗無く考えられる
ものなのですが。

それにしてもこれはこのエントリーにとっては余禄になりますが、町山氏は関東大震災を出すなら、
関西大震災でも朝鮮人虐殺の可能性というのを考えにいれてなかったのだろうか?関西地方は歴史的にも
在日朝鮮人が多い地方であり、町山氏の啓蒙活動として捉えるならば感最大震災は世界中のメディアが驚嘆
したように「あれほどの災害で略奪行為が起きて無かったのはものすごい珍しい。普通なら火事場泥棒が多く
発生するのに・・・」というのをどう考えるのか聞かせて貰いたいですなぁ。日本人は結構無関心的な民族
だけど関西大震災ほど寝耳に水だった災害は無く、関東大震災以上に虐殺や略奪の可能性あったのを考えたら
教訓が生きた事例の傍証となりませんか?と。まぁ、逆に言えば略奪を起こさない程に無関心になりすぎたとも
言えますが(ブゥ

kibashirikibashiri 2006/03/07 14:14 rice_shower様

>>「ロマンチックのかけらもない。作品の選び方があまりにもセンスがない」と徹底批判されました<
愛を語る映画を一緒に見ればよい、というものでもなく。  

 そうそう。

>昔『クレイマー・クレイマー』を彼女と一緒に見に行ったのですが、観賞後、そのあまりの素晴らしさに深く深く感動している私の傍らで、単に情緒的に感応しているだけの彼女の精神の浮薄がどうにも我慢ならず、別れてしまった経験が有りますです。 本筋から外れた与太部分に食いついてしまい失礼!

 うんうんありますよね、そういうの。私の場合単に恋愛映画などまったく趣味に合わないので、映画を見るのは止めてその後は、後楽園の馬券売場がデート場所でしたが(苦笑(で、その後の食事は、勝ったら私の驕り、すったら彼女の驕りでした(苦笑))

>さて、評論文について一言だけ、町山氏はルワンダから関東大震災朝鮮人虐殺への“ワープ”が、マジョリティの読者に共有不可能だという事に気付いていない。(或いは共有可能だと錯覚している) 他の方も述べられているように、自意識過剰、独りよがり。  
 うん、たしかに「マジョリティの読者に共有不可能だという事に気付いていない」ですねえ。

>有る意味“卑怯”だとも言える、朝鮮人差別に言及したいならば、他にいくらでも適当な作品が有る。 この作品が良く出来ている(らしい)のに乗じて、関東大震災時の話を持ち出されてもねぇ。 エッセーと評論は全く異質なもの。 評論で自意識を押しつけられても困るわな。

 うむ、「エッセーと評論は全く異質なもの」はそのとおりですね。
 まあ、木走的には、もっと偏向しているトンデモ映画評論もたくさん見てきたので、この程度は全然気にならないですけどね。

kaiou様

>まぁ、仮に「無関心でいてはいけない」という事への啓蒙活動として考えるなら最後の一文はパンフのコラムではなく、別の機会に大々的にキャンペーン組んですべき課題ではありますな。それなら皆抵抗無く考えられるものなのですが。

 ほほう。

>それにしてもこれはこのエントリーにとっては余禄になりますが、町山氏は関東大震災を出すなら、関西大震災でも朝鮮人虐殺の可能性というのを考えにいれてなかったのだろうか?関西地方は歴史的にも在日朝鮮人が多い地方であり、町山氏の啓蒙活動として捉えるならば感最大震災は世界中のメディアが驚嘆したように「あれほどの災害で略奪行為が起きて無かったのはものすごい珍しい。普通なら火事場泥棒が多く発生するのに・・・」というのをどう考えるのか聞かせて貰いたいですなぁ。日本人は結構無関心的な民族だけど関西大震災ほど寝耳に水だった災害は無く、関東大震災以上に虐殺や略奪の可能性あったのを考えたら教訓が生きた事例の傍証となりませんか?と。まぁ、逆に言えば略奪を起こさない程に無関心になりすぎたとも言えますが(ブゥ

 おお、これは考えさせられる御指摘ですね。確かに阪神大震災のとき、海外メディアからは「あれほどの災害で略奪行為が起きて無かったのはものすごい珍しい」という指摘がありましたよね。

BaatarismBaatarism 2006/03/07 14:27 阪神大震災では、堂々と店を襲うような略奪行為は無かったですが、被災した家から金品を盗む泥棒行為はたくさんあったそうです。ただし地元の人よりは他地域からやってきた泥棒が多かったようですが。
あと強姦が多発したという噂もありますが、これは真偽が定かではないようですね。

kibashirikibashiri 2006/03/07 16:53 Baatarism様

 あ、聞いたことあります。他地域ってきっと大半が大阪人ですよね(←決め付けるな
って(汗))

BaatarismBaatarism 2006/03/08 16:35 >kibashiriさん
いや、日本全国からその筋のプロが集合したという話です。w
神戸以外でも被災地ではそういう話がよくありますね。