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2006-08-08 「百人斬り競争」野田元少尉の手記

[]日本国民に告ぐ。日本男児の血の叫びを聞け。〜「百人斬り競争」野田元少尉の手記 16:19

 8月でありますし、今回は時事を離れて戦争の話を少し。



●スポニチのたわいもない「由伸“百人斬り”」記事で思い出した毎日の「百人斬り競争」報道

 昨日(8日)のスポニチ紙面記事から・・・

由伸“百人斬り”も欲求不満

 【巨人4―1横浜】巨人は6日、東京ドームで横浜と対戦し快勝。高橋由伸は初回にマークした9号3ランで、本塁打を放った投手が100人に到達した。

 手放しでは喜べなかった。サインボールを投げ入れるヒーロー儀式を終えた高橋由は、右翼席に頭を下げた。チーム2カ月ぶりの2カード連続勝ち越しに導いても、心からは笑えなかった。「ジレンマは当然ある。自分自身もチームも結果が出てないし、責任は十分感じているつもり。僕らが結果を出さないといけないから」と高橋由。

 “百人斬り弾”は初回だった。無死一、二塁から送りバントを試みた二岡が守備妨害、李スンヨプが空振り三振。嫌なムードを振り払う特大140メートル、先制9号3ランを右翼席に運んだ。本塁打を放ったのは牛田で100人目。「多いのか少ないのか分かんないよ」と首をひねったが、阿部が6号ソロで続き、上原の100勝王手をアシストした。

(後略)

[ 2006年08月07日付 紙面記事 ]

http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2006/08/07/04.html

 巨人の「高橋由伸は初回にマークした9号3ランで、本塁打を放った投手が100人に到達した」という、別にどうということのないスポニチのスポーツ記事なわけですが、不肖・木走は別に巨人にも高橋由伸選手にも関心はないのですがこの記事タイトルには少し苦笑してしまいました。

 由伸“百人斬り”ねえ。

 「“百人斬り弾”は初回だった。」そうですが、このスポニチ記者がたわいもない意図で「本塁打を放った投手が100人に到達した」ことを“百人斬り”という表現で見出しにしたのだろうことは察しがつくのですが、広島の原爆記念日に当たる8月6日の試合に由伸“百人斬り”の見出しを見てしまうとね・・・

 私などは、スポーツニッポンの親会社である毎日新聞(当時は大阪毎日新聞と東京日日新聞)が1937年にしでかした戦意昂揚記事「百人斬り競争」報道を思い出してしまうのであります。

百人斬り競争

百人斬り競争(ひゃくにんぎりきょうそう)とは、日中戦争初期の南京攻略戦時に、日本軍将校2人が日本刀でどちらが早く100人を斬るかを競ったとされる競争である。この模様は、当時の大阪毎日新聞と東京日日新聞において報道されたが、この行為が事実か否か、誰を斬ったのかを巡って論争となり、訴訟問題としても発展している。

概要

この競争の模様は、大阪毎日新聞と1937年11月30日付けと12月13日付けの東京日日新聞(現在の毎日新聞)によって報道された。その報道によると、日本軍が南京へと進撃中の無錫から南京に到る間に、日本軍の向井敏明少尉(歩兵第9連隊-第3大隊-歩兵砲小隊長)と野田毅少尉(歩兵第9連隊-第3大隊副官)のどちらが早く100人を斬るか競争を行っていると報じた。

1937年11月30日付けの東京日日新聞記事では、無錫−常州間で向井少尉は56人、野田少尉は25人の中国兵を斬ったと報じている。また、1937年12月13日付けの記事では、12月10日に記者と会った時のインタビューとして、すでに向井少尉は106人、野田少尉は105人の中国兵を殺害しており100人斬り競争の勝敗が決定できず、改めて150人を目標とする殺害競争を始めると報じている。

戦犯裁判

戦後、向井・野田両少尉は、東京日日新聞の報道などを基に南京軍事法廷において起訴され、死刑判決を受け、1948年1月28日に南京郊外で処刑された。

論争

その後この事件は忘れられていたが、1971年に本多勝一が書いたルポルタージュ『中国の旅』(朝日新聞連載、のちに単行本化された)でこの事件とその報道が取り上げられた。これに対し、イザヤ・ベンダサン(山本七平とされる)が百人斬り競争は「伝説」だとし、これに対し本多が反論した。その後、鈴木明が議論に加わった。更に、山本七平は『中国の旅』批判の一部として“100人を斬り殺すなど不可能”として議論した。これらの議論に対して洞富雄が批判を行った。

それ以来、南京大虐殺について虐殺「あった」派から「百人斬り競争」が言及され、大虐殺「なかった」派は『肯定論の非論理性』を指摘するという構図となっている。そもそも南京大虐殺は日本軍による組織的な事件とされていることから「百人斬り競争」をその事実肯定の根拠とするのは見当はずれとの見方もあり重要視されていない。

近年、本宮ひろ志の漫画『国が燃える』が南京大虐殺をとりあげ、この事件が事実かのような描写が含まれていたが、抗議を受けて謝罪と訂正がなされた。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BE%E4%BA%BA%E6%96%AC%E3%82%8A%E7%AB%B6%E4%BA%89

 その真偽が裁判沙汰にもなったわけですが、ここで「百人斬り競争」の真贋論争をするつもりはさらさらないですが、裁判を通じて「肯定派」も「否定派」も共通認識として認めたのは、当時のメディアの戦意昂揚記事の裏付けを取らないいい加減な記事掲載行為でありました。

 それはさておき・・・



●月刊WiLL8月号に掲載された野田元少尉の手記

 「百人斬り競争」の当事者の一人である野田元少尉が戦後1948年1月28日に南京郊外の雨花台で銃殺処刑されるまでに獄中で綴った手記が月刊誌『月刊WiLL 8月号』に掲載されています。

特集南京大虐殺の真実

「百人斬り」野田元少尉銃殺までの獄中日記

月刊WiLL 8月号 P.212〜P224

 これは読み応えがありました。いつ処刑されるかわからぬまま、一日、一日を過ごしていく野田氏。不安と希望に苛まれる日々。手記は処刑当日まで綴られています。

 1947年12月18日に南京の法廷で「百人斬り競争」の罪に問われた野田元少尉は銃殺刑の宣告をついに受けます。

 おそらくその判決を受け覚悟を決めたのであろう12月28日の手記、「一.日本国民に告ぐ」と題した一文は、とても考えさせられる読み応えのある文章でした。

 『月刊WiLL 8月号』より12月28日の該当個所を引用。

一。日本国民に告ぐ

 私は曽って新聞紙上に向井利明と百人斬競争をやったと云われる野田毅であります。自らの恥を申し上げて面目ありませんが冗談話をして虚報の武勇伝を以て世の中をお騒がせし申し上げた事につき衷心よりお詫び申上げます。「馬鹿野郎」と罵倒嘲笑されても甘受致します。

 只、今般中国の裁判に於て俘虜住民を虐殺し南京屠殺に関係ありと判定させられましたことに就ては私は断乎無実を叫ぶものであります。

 再言します。私は南京に於て百人斬の屠殺をやったことはありません。此の点日本国民はどうか私を信じて頂きます。

 たとい私は死刑を執行されてもかまいません。微々たる野田毅の生命一個位い日本にとっては問題でありません。然し問題が一つ残ります。日本国民が胸中に怨みを残すことです。それは断じていけません。私の死を以て今後中日間の怨みや讐(あだ)や仇(かたき)を絶対にやめて頂きたいのです。

 東洋の隣国がお互いに血を以て血を洗うが様な馬鹿げたことのいけないことは常識を以てしても解ります。

 今後は恩讐を越えて誠心を以て中国と手を取り、東洋平和否世界平和に邁進して頂きたいです。

 中国人も人間であり東洋人です。我々日本人が至誠を以てするなら中国人にも解らない筈はありません。

 至誠神に通じると申します。同じ東洋人たる日本人の血の叫びは必ず通じます。

 西郷さんは「敬天愛人」と申しました。何卒中国を愛して頂きます。

 愛と至誠には国境はありません。中国より死刑を宣告された私自身が身を捨てて中日提携の楔となり東洋平和の人柱となり、何等中国に対して恨みを抱かないと云う大愛の心境に到達し得た事を以て日本国民も之を諒とせられ、私の死を意義あらしめる様にして頂きたいのです。

 猜疑あるところに必ず戦争を誘発致します。幸い日本は武器を捨てました。武器は平和の道具でなかった事は日本に敗戦を以て神が教示されたのです。

 日本は世界平和の大道を進まんとするなら武器による戦争以外の道を自ら発見し求めねばなりません。此れこそ今後日本に残された重大なる課題であります。それは何でしょうか。根本精神は「愛」と「至誠」です。

 此の二つの言葉を日本国民への花むけとしてお贈り致しまして私のお詫びとお別れの言葉と致します。

 桜の愛、富士山の至誠、日本よ覚醒せよ。さらば日本国民よ。日本男児の血の叫びを聞け。

(月刊WiLL 8月号 P.220〜P221より抜粋)

 いかがでしょうか。 全文は『月刊WiLL 8月号』を是非お読みいただくとして、とても考えさせられる文章ではありませんか。

 南京戦犯所の獄中に於いて10日前に銃殺死刑を宣告を受けた後の手記です。

 彼はすでに死刑を宣告されてますから、この文章にはいっさいの生への執着も力みもてらいも感じられません。

 「自らの恥を申し上げて面目ありませんが冗談話をして虚報の武勇伝を以て世の中をお騒がせし申し上げた事につき衷心よりお詫び申上げます。「馬鹿野郎」と罵倒嘲笑されても甘受致します。」と深く日本国民に詫びを入れつつ、しかし、「私は南京に於て百人斬の屠殺をやったことはありません。此の点日本国民はどうか私を信じて頂きます。」と自らの「百人斬競争」に関しては最後まで冤罪であると訴えます。

 そして考えさせられるのは、「愛と至誠には国境はありません。」とし、「中国より死刑を宣告された私自身が身を捨てて中日提携の楔となり東洋平和の人柱となり、何等中国に対して恨みを抱かないと云う大愛の心境に到達し得た事を以て日本国民も之を諒とせられ、私の死を意義あらしめる様にして頂きたい」と強く訴えているのです。

 とても深い感銘を与える文章だと思いました。



●野田毅元少尉の獄中手記がなぜ話題にならないのか私には理解できない

 「百人斬り競争」の真偽が裁判にまで取り上げられてきたわけですが、私にすれば当時からメディアの報道などいいかげん極まりないわけですから、本人も認めているとおり「冗談話をして虚報の武勇伝を以て世の中をお騒がせ」したのがもっとも実態に近いのではないかと思います。

 戦時のことですから当人達も「虚報の武勇伝を以て」母校で自慢したりもしたことでしょう。また、100人はともかく似たような修羅場があったことも否定はできないでしょう。

 しかし、ここでは「百人斬り競争」の真偽を論じたいのではなく、上記の手記に吐露された野田元少尉の心情について想いを馳せたいのです。

 「百人」斬ったかどうかの実証も重要なのでしょうが、私にはこの手記の内容のほうがより多くのことを語っているとすら思えるからです。

 銃殺刑を宣告され、自らを「馬鹿野郎」と罵倒嘲笑されても甘受するとしつつも、「中国より死刑を宣告された私自身が身を捨てて中日提携の楔となり東洋平和の人柱となり」と日中友好を訴えているわけです。

 ・・・

 この「一。日本国民に告ぐ」で始まり「日本男児の血の叫びを聞け。」で終わる文章は、事実上の野田元少尉の日本国民に対する悲痛な遺書であると考えられるでしょう。

 そして死刑宣告された彼のこの文章には、後年の共産主義教育を受け自らの軍国主義的犯罪を認め減刑を受け帰国してきた戦犯達とは明らかに違う強いメッセージ性があると思いました。

 まず彼は御覧の通り、自らに科せられた軍国主義的罪状を完全に否定し続け、その意味では中国戦犯法廷に決して迎合してはいません。

 それにこの文章は死刑宣告後の文であり彼には減刑のため中国に媚びる理由はありません。

 結語。

 桜の愛、富士山の至誠、日本よ覚醒せよ。さらば日本国民よ。日本男児の血の叫びを聞け。

 すばらしい文章だと思いました。

 ・・・

 この野田毅元少尉の獄中手記がなぜ話題にならないのか私には理解できません。

 ・・・

 1948年1月28日、南京郊外の雨花台に連行され多くの中国人が見守る中、野田毅元少尉は銃殺されます。

 1948年1月28日、手記もその日で終わっています。

 1月28日

 南京戦犯所の皆様、日本の皆様さよなら

 雨花台に散るとも 天を怨まず 人を怨まず

 日本の再建を祈ります。

 万才 万才 万才

 メディアが創出しただろう無責任な記事を肯定する人達に云いたい。

 そのような不毛な真贋論争をして故人の名誉をいたずらに傷つけることはもう止めて、この手記の切実なる平和希求の精神を、強く世論に訴えるほうがよほど大切なことなのではないのか。



(木走まさみず)






■<追記>2006.8.9 14:15

 コメント欄やトラバ・リンク等で、賛否両論、活発に議論いただきありがとうございます。

 そもそも「ここで「百人斬り競争」の真贋論争をするつもりはさらさらない」とした上で、「百人斬り競争」野田元少尉の手記をご紹介したのですが、この手記が肯定的にせよ批判的にせよみなさまに注目いただいたことは、手記のご紹介がこのエントリーの一番の主旨でありましたのでとてもありがたく思っています。

 さて、「「百人斬り競争」の真贋論争をするつもりはさらさらない」としたわけは、目下法廷で最高裁まで争われている係争中の問題でもあり一ブログで取り扱うのは荷が重すぎるとの判断からでしたが、うーむ、ここを避けての手記の紹介だけのエントリーはやはり論法に無理があったようで、どうにもこうにも、不肖・木走の認識が甘かったようです(苦笑

 それはさておき、コメント欄のご意見やトラバのご意見を拝読していて、いくつか誤解いただいている点もあると感じたものですから、論点整理だけはする必要があると思い、ここに追記させていただきます。

 ・・・

●「百人斬り」訴訟で争われている争点

 まず、コメント欄で議論されている内容がまさに、現在進行形で「百人斬り」訴訟として法廷で争われていますので少しこの裁判の内容を整理しておきます。

 原告側(遺族側)が裁判で問題視している報道は3点です。

1、報道

(1)当時の報道

◎昭12.11.30 東京日々新聞が両少尉は百人斬り競争を企てたと報道

◎12.12.4   第2報

◎12.12.6   第3報(野田89名、向井78名斬る)

◎12.12.13   第4報(野田105名、向井106名。更に150名斬りを目指すと写真入りで報道)

(2)朝日新聞;昭46.11.5 より本多勝一の記事「中国の旅」を連載し、二人は上官にけしかけられ、百人斬り競争を行ったと伝聞記事を掲載。

(3)本多はその他の著書「南京への道」「南京大虐殺13のウソ」でも同様の記事を載せた。

 で原告側は主に4つの理由により本件は「冤罪と判明」されたと主張しています。

2、冤罪と判明

(1)月刊誌「諸君」昭47年1月号〜48年10月号でイザヤ・ペンダサン、鈴木明、山本七平が「百人斬りは虚構」と論評。更に鈴木明、ペンダサンは自著でも虚報と発表した。

(2)昭和46年田所千恵子(向井少尉の娘)は両少尉に対する判決文を含む資料を法務省から入手し、その一部が平成12年1月産経新聞と月刊誌「正論」に公開され、これにより南京軍事裁判の不公正さが明らかになった。

(3)平成13年3月野田マサ(少尉の妹)は野田少尉の遺品の中から少尉の手記を発見、その中に東京日日新聞記事の真相は浅海記者に持ちかけられた創作であったことが記されており、その内容が「正論」平成13年8月号に掲載された。

(4)浅海記者は南京の軍事法廷に説明書を提出し「百人斬りは住民・捕虜に対する残虐行為ではありません」と弁護している。

以上の論争を経て我が国では百人斬りが虚報だったと判明したが、関係者の謝罪はなかった。

 以上をふまえて原告側は本多勝一、朝日新聞社、毎日新聞社(元東京日日新聞社)、柏書房の4被告に対し以下の通り訴訟を起こしました。

訴訟の内容

(1)原告:向井少尉遺族(田所千恵子、エミコ・クーパー)野田少尉遺族(野田マサ)

(2)被告:本多勝一、朝日新聞社、毎日新聞社(元東京日日新聞社)、柏書房

(3)訴因:上記3書籍の中で、百人斬りに関する記述が原告等遺族の名誉を毀損しているから「出版の差し止め」「謝罪広告」「損害賠償」を求める。

 ここで話を整理すればそもそも原告側が訴えている「百人斬り」報道自体、時代背景の異なる3つをまとめて訴えている点に留意が必要です。



●三つの「百人斬り」報道

 そもそも、この裁判で原告側が虚偽だと訴えている「百人斬り」は三つあります。

 まず一つ目は昭和12年、東京日日新聞の記事で「戦闘行為」として伝えられたものです。

 二つ目は、昭和46年、本多勝一氏の『中国の旅』で書かれた内容です。この中で書かれている「百人斬り」は日日新聞の記事とは違っていて百人斬りを斬った対象については中国兵なのか人民なのかは明らかにしていませんが、「上官命令による殺人ゲーム」であり、「勝った方に賞が与えられる」などとしています。

 三つ目は『中国の旅』の追記や『南京への道』、『南京大虐殺否定論13の嘘』における百人斬りです。ここでは「捕虜すえもの斬り、百人斬り競争」がメインになってしまっています。

 原告側弁護士は『中国の旅』以降、鈴木明氏の『南京大虐殺のまぼろし』などが出て、どうも日日新聞の記事は「ウソくさい」ということになってきたので、そのために、本多勝一らは途中から「確かに戦闘行為で百人斬るのは無理だが、あれは捕虜すえもの斬りだったのだ」と内容をすり替え始めたと主張しています。

 一つ目に対しては主に毎日新聞が、二つ目、三つ目に対しては、主に本多勝一氏、朝日新聞社、柏書房が被告として扱われてきました。

 ご存知の通り、この裁判は、一審、二審と原告側の訴えは棄却され現在最高裁に上告されています。



●一貫して「適正に取材し、正確に記載した」と主張する毎日新聞

 さて上記裁判に於いて、そもそもの元記事に関して、平成15年9月22日第二回公判以来、毎日新聞側は一貫して「適正に取材し、正確に記載した」とし、「記事訂正」や「謝罪広告」の必要はないと主張しています。

 私は前回のエントリーで次のように結語を結びました。

メディアが創出しただろう無責任な記事を肯定する人達に云いたい。

 そのような不毛な真贋論争をして故人の名誉をいたずらに傷つけることはもう止めて、この手記の切実なる平和希求の精神を、強く世論に訴えるほうがよほど大切なことなのではないのか。

 それに対して、コメント欄とトラバで次のようなご意見をいただきました。

kemu-ri

『>メディアが創出しただろう無責任な記事を肯定する人達に云いたい。

>そのような不毛な真贋論争をして故人の名誉をいたずらに傷つけることはもう止めて

「肯定する」という言葉の意味がよくわかりませんが、「東京日日」の記事を「事実」だと思っている人って日本に居ないのではないでしょうか。私は、東京日日の記事を「事実」だとは思っていません(同記事よりもっと酷いことが行われたではないかと考えています。望月五三郎手記参照http://d.hatena.ne.jp/kemu-ri/20050827/1125089638

木走さんは、どこにもいない「無責任な記事を肯定する人」に向かって呼びかけているのではないでしょうか。

 少なくとも「無責任な記事を肯定する人」は法廷にはいるようです。

 ・・・

 さて、この「百人斬り」報道論争は上記の通り原告側は三つのフェーズに分けて訴訟を起こしているわけですが、コメント欄で御指摘いただいた「あれは捕虜すえもの斬りだったのだ」という点は、最も後年の3つ目の報道で登場してきた論点であります。

 原告側はもちろんこの点でも被告側に論拠を明示せよとせまり、法廷に11人の証人の喚問を要求いたしました。

 しかしなぜか許可されたのは1名だけでありました。

 ・・・

 本件は現在最高裁上告中であります。

 元記事の真贋、「捕虜すえもの斬り」の検証、全ては今だ確定されていません。

 私も、おそらくはご意見いただいた多くの方々も同様だと思っていますが、真実の検証こそがなにより大切なことであると認識しております。

 

 以上、いくつか議論を整理させていただくために追記させていただきました。

考察NIPPON考察NIPPON 2006/08/08 17:12 最近、こちらを拝見させていただくようになった者です。
WiLLに掲載された野田元少尉の手記、少し前に私も引用して自分の所で紹介しようとしたのですが、ミスって書き上げた分全部飛ばしてしまい、そのままになっていました。
しかし、WiLLのこの記事は写真まで出ていたのでこたえました。最後のほうは、もう心臓を掴まれているかのように苦しかったです。
「この手記の切実なる平和希求の精神を、強く世論に訴えるほうがよほど大切なことなのではないのか。」は強く同意いたします。今のメディアはその本質を忘れ商業主義に走りすぎで、非常に懸念しております。

うしうし 2006/08/08 20:27 >当人達も「虚報の武勇伝を以て」母校で自慢
故郷の小学校で講演は武勇伝の実態の告白であって自慢話でもなんでもありません。
野田少尉は殺人競争しても「何ともない」とのことですが
木走さんはこれを読んでも「何ともない」でしょうか?

「郷土出身の勇士とか、百人斬り競争の勇士とか新聞が書いているのは私のことだ……
 実際に突撃していって白兵戦の中で斬ったのは四、五人しかいない……
 占領した敵の塹壕にむかって『ニーライライ』とよびかけるとシナ兵はバカだから、ぞろぞろと出てこちらへやってくる。それを並ばせておいて片っぱしから斬る……
 百人斬りと評判になったけれども、本当はこうして斬ったものが殆んどだ……
 二人で競争したのだが、あとで何ともないかとよく聞かれるが、私は何ともない……」
http://homepage3.nifty.com/m_and_y/genron/data/nangjin/hyakunin/shijime.htm

TEPOTEPO 2006/08/08 23:38  これはプチリベラルを自称する木走さん一流の癖球エントリーですね。しかし、このような観点で問題提起する視点は斬新です。私は支持します。

>うしさん。

 たぶんこのエントリーの論点は、うしさんが提起されているような、そのような議論に拘泥していていいのかという左右両方の論法に対する一石なのだと思いますが、いかが。

ほるほるほるほる 2006/08/09 00:12 うしさんは、中国人のチベット人虐殺をどう思いますか?

kemu-rikemu-ri 2006/08/09 00:36 >メディアが創出しただろう無責任な記事を肯定する人達に云いたい。
>そのような不毛な真贋論争をして故人の名誉をいたずらに傷つけることはもう止めて

「肯定する」という言葉の意味がよくわかりませんが、「東京日日」の記事を「事実」だと思っている人って日本に居ないのではないでしょうか。私は、東京日日の記事を「事実」だとは思っていません(同記事よりもっと酷いことが行われたではないかと考えています。望月五三郎手記参照http://d.hatena.ne.jp/kemu-ri/20050827/1125089638)
木走さんは、どこにもいない「無責任な記事を肯定する人」に向かって呼びかけているのではないでしょうか。

ひろみひろみ 2006/08/09 01:34 kemu-riさんは誰に怒っているのでしょう。木走さんのような人にこそ正に平和主義を同意してもらう対象なのではないでしょうか。ここでけんかしていいのでしょうか。言葉尻で自分の考え、基準で判定するのはけっこうですし、トラバするのもかまわないですが、そのような自己満足戦略で何を今まで得たのですか、エゴだけで理論は多数派にはなりません。私は納得できません。私は高校2年生ですが、戦争は大反対です。どうか変に揚げ足を取らないで真摯に木走さんのエントリーを全文もう一度お読みください。

kemu-rikemu-ri 2006/08/09 02:13 >ひろみさん

困りますね。誰にも怒っていない私に向かって「誰に怒っているのでしょう」という言葉を向けるのは「挑発」っぽいですよ。まあいいですけど。
繰り返しますが、私は怒ってません。ただ、木走さんの「‥肯定する人たちに云いたい」という発言が意味不明に感じたから質問したのですね。

ここからは新しい意見ですが、補足すると近年「不毛な真贋論争」を仕掛けたのは、名誉毀損裁判を仕掛けた側のはずですが。これに対し訴えられた側が「野田さんは自分で吹聴しまくっているのに他人を名誉毀損で訴えるのはお門違いでしょう」と反論したわけで。「故人の名誉をいたずらに傷つけることはもう止めて」といいますが、それはまず「不毛な論争」をしかけた側に向けられる言葉では無いでしょうか。

野田大尉の言葉を積極的に受けとめたいという木走さんの気持ちを否定するつもりはありません(あまり共感はしませんが)。
しかし野田大尉の遺志を称揚しつつ「論争」の片方に対し「故人の名誉をいたずらに傷つけることはもう止めて」等の言葉を向ける動機が、私にはピンときません。

というのは野田氏が死刑前に東洋平和を希求したということと、野田氏が南京戦で農民を大量殺害した可能性がある(望月手記)ことは別個に論じられるべきで、前者をもって後者を免責するかのような見解には私は立っていないからですね。野田氏は単に戦闘で人を殺したのではなく、本来の戦闘とはかけ離れた「殺人遊戯」を行った可能性がある。それはそれで、別個に検証されなければならない事柄のはずです。

kemu-rikemu-ri 2006/08/09 02:58 ついでに、野田少尉の手記に関していえば、ブクマで言われているように「本人の将来の名誉」に留意した文章、という印象を持ちましたね。だから野田本人の心からの慟哭がここに表現されているとは、私には読み取れませんでした。ただ野田が述べている事のいくつかは実に正当だと思います。

鮎川龍人鮎川龍人 2006/08/09 08:41 南京攻略におけるいわゆる事件と、この百人切りの問題は、そもそも別物でしょう。
木走さまは当時のマスコミの戦争迎合のあり方を批判し、1級資料である手記を読み直すべきだと言われている。
全くの正論ですね。
当時の世界情勢の中で、それでも日本を悪者に仕立てたい人達は
http://www.geocities.com/TheTropics/Paradise/8783/
でも読んで、紹介されているビデオを虚心坦懐に見てみる必要がありますね。
また、非常に多くの場合、日本は国際法を守ろうと努力してきたことを、今一度歴史資料から読み直した方が良いです。
戦争中の“間違い”ということなら、いわゆる連合軍にどれほどの“間違い”があったことか。
原爆や各都市への空襲も含めて見直すべきです。

鮎川龍人鮎川龍人 2006/08/09 09:32 連投失礼。
紹介したサイトは↓に変更されました。
http://www.history.gr.jp/~nanking/

kemu-rikemu-ri 2006/08/09 09:53 鮎川さん、話を南京事件全体に拡散させるのはどうしてですか。拡散させる必要を感じませんが。それから、南京戦で日本軍が国際法を守る気があったのかどうか、http://d.hatena.ne.jp/bluefox014/20060804にある日本軍の史料をそれこそ虚心坦懐に見られてはいかがですか。

malmal 2006/08/09 11:07 野田元少尉とゆー人がどんな人か知らんおバカな私ですが、この人がやった事が本当ならば、デマによって戦意高揚をやらかした極悪非道の大馬鹿者でしょう。このデマにより、無駄に命を散らした兵士や中国人等に対する虐殺を促した可能性が充分考えられるので、こんな馬鹿の手記に対しナニ敬ってるんですかと思うんだけど。無視して当然。てゆ〜か無視すべき。

ダートダート 2006/08/09 12:31 kemu-ri氏の資料を読むと
どれもこれも軍の上層部による綱紀粛正が語られていて
軍の上層部が国際法を遵守していることがわかりました。
いい資料ですね、

こえだこえだ 2006/08/09 13:30 歴史&当時の状況をよく知らないお馬鹿なワタシに誰か教えてください。
貼られたリンクを見ると母校で講演したのは1942年ですね。戦争末期?真っ最中?
野田氏は一時帰国していて?その時講演をしたのでしょうか?それともこのときには既に帰国していて戦後裁判を受ける為に再び中国へ送られた?のですか?中国戦線の最前線(?)にいたであろう人が敗戦色が濃くなり、戦況も不利になりつつある中に、どうして帰国できた(した)のでしょうか?
戦争モノの小説は好きでないので余り読みませんが、体とかを著しく壊さない限り、一旦派兵されたらオクニへは終戦までもどって来られないのだと思っておりましたが・・・

kibashirikibashiri 2006/08/09 14:15  管理人の木走でございます。
 活発なご意見やトラバ、ブクマ、本当にありがとうございます。
 個別のご意見にレスするのも煩雑になると考え、当エントリーに追記の形で、私の考えや少し議論を整理する意味での補足をさせていただきました。

kemu-ri様に一言だけ。
 ご無沙汰しております。例の映画パンフ事件でトラバさせていただいて以来ですね。
 ご意見およびトラバありがとうございます。
 kemu-ri様との真摯な議論は、なにやら木走にとって自分が守旧派みたいでとても心地よいのでした(苦笑)。
 追記にてお名前を出させていただきましたが、あくまで論点整理のためですのでご了承下さい。

オケラオケラ 2006/08/09 15:19 う〜ん、追記をなされても疑問が消えないですね。
真贋論争が不毛なのではなくて、真であるということ、を止めて欲しいんですよね?
無責任な記事を肯定する人達にだけ言葉を向けるのなら、「論争は不毛」といういかにも中立を装った言い方でなく「肯定は止めよ」とすべきなのでは?

『私にすれば当時からメディアの報道などいいかげん極まりないわけですから、本人も認めているとおり「冗談話をして虚報の武勇伝を以て世の中をお騒がせ」したのがもっとも実態に近い』

というふうに管理人さんも贋の立場から論争の一方に加担してるんですから。

まあ記事の内容がたとえ真実でなかったとしても、確実に言えるのは、そういう記事を真実として受容し賞賛したいという需要が日本の大衆に間違いなくあったということ。これは真ですね。
同じ東洋人でも日本人の指導に従わないものは殲滅してしまってもいい、という傾向が日本人のなかにはあった、ということです。

それを念頭に置きながらこの手記を読むと、なんだ、結局「五族協和」を「愛」や「至誠」と言い直してみただけ?としか思えません。
まずかつて自らに武勇伝を吹聴せしめた、民族蔑視の傾向に対する内省が希薄ですからね。なのにいきなり「大愛の境地に達した」などと言ってみる。なにコレ?ですね。
ま、「日本国民に告ぐ」となってますから、率直な心情というよりパブリック・コメントとしてみればアリかもしれません。まあ、いずれにしろ、感銘には遠いかな。

かつての「五族協和」は帝国主義を隠蔽する美しい理念でしたが、この手記に感銘するのも似たようなものかも、と危惧してしまいました、管理人さんには失礼ではありますが。

でんでんでんでん 2006/08/09 16:05  何だか無茶言うコメントが目立ちますが。

オケラ様

>う〜ん、追記をなされても疑問が消えないですね。

 管理人は論点整理のため追記したのであって特定の意見を排除しようとか特定の人の疑問に応えようとは意図してないでしょう。むしろ賛否両論の議論自体に謝意を示してるんじゃないですかね。

>真贋論争が不毛なのではなくて、真であるということ、を止めて欲しいんですよね?
無責任な記事を肯定する人達にだけ言葉を向けるのなら、「論争は不毛」といういかにも中立を装った言い方でなく「肯定は止めよ」とすべきなのでは?

>『私にすれば当時からメディアの報道などいいかげん極まりないわけですから、本人も認めているとおり「冗談話をして虚報の武勇伝を以て世の中をお騒がせ」したのがもっとも実態に近い』
というふうに管理人さんも贋の立場から論争の一方に加担してるんですから。

 どこをどう読めば本件で管理人が中立を装うと読めるのかなあ。
 管理人はかなりはっきり立ち位置を示してると思うけど。

 追記ではこの論争は複雑で報道のフェーズを3つに分けて考えるべきと言っているわけで、加えて明らかに管理人さんの「メディア」とは元記事の毎日新聞を指しているわけですよね。 管理人さんの「不毛の論争」とは「メディア」に掛かっているわけで、少なくとも元記事はおかしいんじゃないかと言ってるわけですよね。
 二つ目と三つ目の争点に関してはエントリー自体では全く触れてもいないわけだし、特に「捕虜すえもの斬り」に関しては別の人のコメント欄での発言だけでしょう。

 重い話題なのは事実であり賛否両論あって言いと思うし、異論・反論あっていいと思うけど、揚げ足取りのような曲解に終始するのは建設的じゃないと思うわけですが。

 オケラ様のほうにこそ一つの価値観に偏った視野の狭さを感じてしまいます。

masashimasashi 2006/08/09 16:25 100人斬り論争については、正確な資料等を十分見たことがないので、そのこと自体についての真偽は私にはわかりません。
ただ、現実問題として同じ日本刀で100人を切ることは不可能ですし(通常、日本刀は2〜3人を斬れば刃こぼれしてもう切り落とすことなどはできなくなる)、何本も日本刀を変えながら切り続けたというのもよくわかりません。・・・もちろん、何年もかけてそういうことが行われたというのであれば、可能性はなくはありません。
勝手な想像で言わせていただければ、世間の自慢話を求める声にたきつけられて、虚構のヒーロー(当時としての)を演じた(あるいはマスコミが祭り上げた)というのが、腑に落ちるところです。亀田兄弟も同じですよね。時代が過ぎて、亀田兄弟が「私は真面目で紳士的であった」と言っても、今を知る人がそれを是とはしないでしょうから、似たような状況であったのでは?と推測してしまいます。

個人的には、kemu-riさんのお話にはちょっとついて行けませんが、木走さんの獄中日記を大きく捉えすぎるのもどうかと思います。もちろん、木走さんはその点も考えられていると思いますが、あくまで全体的な構図における一資料として見るべきだと思うので、ウエイトを上げすぎる(感情移入し過ぎる)のは少し気になります。
ただ、自己保身のために、当時の報道の再検証をしないメディアがあるのであれば、それは批判に値すると思います。そして、その保身が故人を「不当に」辱める行為であれば、それも問題だと思います。・・不当であるかどうかがまず検証されるべきですよね。

基本的には戦争状態の中では、通常考えられないような残虐なことが、ある程度の頻度で生じることは否定しません。おそらく日本軍も、公式に出されている軍紀が守られないようなことも数多くあったでしょう。
それは、現在のイラクに展開する米軍が、この時代(の観念)においても問題視される行為が表面化していることからも明らかでしょう。当時は現在とは社会情勢も違い人権の扱い方も異なっていたはずです(そこに、蔑視感情ともうあったでしょう)。ただ、それはあくまで当時の社会的通念の下で批判検証されるべきものですから、私としてはそれ即極悪と断じるつもりはありません。現在、同様の行為がなされるならば、私も当然反対に回ります。

ただ、ことさら現在の判断基準をもって当時の問題を断じようという雰囲気には、あまり気持ちのよい感じは持っていません。日本軍は悪いところも数多くあったが、それは当時の他の国の軍隊と比べて異常なほどであったのでしょうか?私はそう思っていません。
日本が当時のような状態になることをよしとは思いませんが、単なる否定ではなく良い部分と悪い部分をバランスよく評価していきたいと思います。

荏原仲信荏原仲信 2006/08/09 18:16  木走日記はずっと読んでいますが”考えさせた”という意味で、私にとってはベストスリーに入るエントリーでした。
 最近読んだ「私家版・ユダヤ文化論」内田樹著(文春新書519)につぎのような一節がありました。「スレ違い」と言われそうですが自分の中では実に的確な物言いに思いました。
 (引用開始)
 被害者との同一化によって「告発者」の地位を得ようとする戦略そのものは別に特異なものではない。「周知の被迫害者」とわが身を同一化することによって、倫理的な優位性を略取しようとする構えはすべての「左翼的思考」に固有のものである。「告発者」たちは、わが身と同定すべき「窮民」として、あるときは「プロレタリア」を、あるときは「サバルタン」を、あるときは「難民」を、あるときは「障害者」を、あるときは「性的マイノリティ」を・・・・と無限に「被差別者」のシニフィアンを取り替えることができる。「被差別者」たちの傷の深さと尊厳の喪失こそが、彼らと同一化するおのれ自身の正義と倫理性を担保してくれるからである。
 (引用終了)
※余分なことですが「今だに」という表記は避けた方がよいと思います。「未だに」とするか「今でも」と言い換えるべきと考えます。

seiryu95seiryu95 2006/08/09 18:37 >木走様
 追記の部分も読んだのですが、やはり「真贋論争をするつもりはさらさらない」と仰るのであれば、真贋についてどちらかにつくような発言はされるべきではなかったと思います。野田毅元少尉の平和への思いを取り上げたいのであれば、そこに議論を絞るべきではないでしょうか。
 真贋論争をするつもりはないと仰りながら、真贋についての一方の主張だけを取り上げるのは、言い逃げのような印象がします。普段の木走様のフェアな議論の仕方を見ている私としてはとても残念です。

>少なくとも「無責任な記事を肯定する人」は法廷にはいるようです。

 地裁・高裁の判決文を読んだ限りでは、毎日新聞は戦争中のあの記事が間違いではなかったとは主張していません。原告側は訂正・謝罪請求の前提として、当時の記事が名誉を毀損すると主張しています。毎日新聞側はそれに対して戦時中は当該記事は彼らの名誉を毀損するようなものではなかったことと、その後憲法や社会情勢の変化に伴い当該記事の評価が変わったからといって、直ちに訂正の義務を認めることは法律不遡及の原則に反し不当であると主張していますが、当該記事が正しかったとは主張していません。このあたりの認定はもう少し慎重にされるべきのように思います。

>ほるほる様
>鮎川龍人様

 どうして、百人斬り訴訟の真贋の議論に中国のチベット侵略や日本への原爆・空襲が持ち出されるのか理解に苦しみます。
 私はチベット侵略も原爆投下も疑いようもない犯罪行為だと思っていますし、これらの行為は徹底的に追及されるべきだと思っています。しかし、それは決して、日本の戦争犯罪を相殺したり正当化したりする文脈で持ち出すべきではありません。原爆・空襲でで日本人が甚大な被害を受けたことも、中国がチベットを侵略し重大な人権侵害を行っていることも、日本が中国で行った戦争犯罪の追及とは独立して問題にされるべきでしょう。
 最近の議論(特に右よりの人)を見ていると、チベット侵略が持ち出されるのはほとんど日本の戦争責任追及に対抗する文脈であることに私は不快感を隠せません。
 チベット人民や原爆・空襲の被害者の犠牲を真剣に考えればこそ、彼らの犠牲をこのような相対化の文脈で利用する行為は厳しく非難されるべきだと思います。

桂木桂木 2006/08/09 20:08 百人切り論争については日本刀に限定する時点でもう眉唾です。ただ、それに類
する行為がまったくなかったかどうかという話になると、それは議論の余地があ
るでしょう。
旧日本軍は比較的規律のしっかりした軍隊だとは思いますが、それもケースバイ
ケースで米軍の不祥事(戦時、平時の)の事例を見てもさまざまなことがあった
であろう事は容易に想像されます。
だからといって、そのようなことが日常茶飯事であったかと言うとまったく違う
話になると思えます。規律のない軍隊が勝ち続けるなどありえないからです。

昭和12年時点での報道はある程度の誇張があったでしょうし、当人達にも時流
に流されたきらいもあったのかもしれません。
しかし、論点整理2,3の本多氏等による報道は事実の検証も甘く、あまりにも
情緒的に、しかも戦後の絶対平和主義の視点でしか述べていません。
その影響の大きさを思えばもう少し真摯な検証の上で引用してもらいたかったと
ころです。

一方野田元少尉の手記ですが、個人を貶めるつもりは毛頭ありませんがあまり大
きく取り上げるのもいかがかと思います。
読めばその心根に賛同すること多ではありますが、すでに故人であり、富田メモ
のお心のごとく推量でしか判断することが出来ません。
ただ、なぜ戦犯として処刑されたのか、それはどういうことだったのか現時点で
の評価はどうしても時代の背景に左右されがちですが、善悪の判断はさておいて
検証する必要はあると思います。
この日記もそういう意味で見られるべきではないでしょうか。

momongaamomongaa 2006/08/09 23:19 こんにちわ

 木走りさんのブログは、基本的には好みなのですけれど、時々は拙速と思われるものもありますね、マア、人間ですから、カンペキなどありませんし、今回のエントリーも、論争を引き起こすという意味では、毒クスリにもならぬ、屁のようなブログより、遥かに良いエントリーです。

 けれど、今回の感想を言わせてもらえば、木走りさん、「センチメンタルですねえ〜」という感じですね。

 野田少尉さんの「獄中手記」という代物、僕の目から見れば、死の間際になっても、「自己顕示欲」という、煩悩の消えない人だなあ、と言う感じでしか読めないのですよねえ・・・ 、ホント、「桜の愛、富士山の至誠、日本人よ覚醒せよ」って、美辞麗句がウザイし、あんたが言うのは、おこがましいのよ、百人切りを自慢しとった人間が、何言うとるねん、全く「死ななきゃ直らない人だなぁ」と言う感じですね。

 御遺族の方も、戦後になって「名誉毀損」とかナントカ、騒いでいるようですけれど、戦争中は、名誉だと思って、自慢してたんじゃないでしょうかね? ホント、遺族ともども、往生際の悪いと言うか、なんと言うか、血は争えないという感じがしますですねえ・・・ 。

jimusiosakajimusiosaka 2006/08/09 23:38 初めてお邪魔致します。
>そもそも、この裁判で原告側が虚偽だと訴えている「百人斬り」は三つあります。

 まず一つ目は昭和12年、東京日日新聞の記事で「戦闘行為」として伝えられたものです。

 二つ目は、昭和46年、本多勝一氏の『中国の旅』で書かれた内容です。この中で書かれている「百人斬り」は日日新聞の記事とは違っていて百人斬りを斬った対象については中国兵なのか人民なのかは明らかにしていませんが、「上官命令による殺人ゲーム」であり、「勝った方に賞が与えられる」などとしています。

 三つ目は『中国の旅』の追記や『南京への道』、『南京大虐殺否定論13の嘘』における百人斬りです。ここでは「捕虜すえもの斬り、百人斬り競争」がメインになってしまっています。

 原告側弁護士は『中国の旅』以降、鈴木明氏の『南京大虐殺のまぼろし』などが出て、どうも日日新聞の記事は「ウソくさい」ということになってきたので、そのために、本多勝一らは途中から「確かに戦闘行為で百人斬るのは無理だが、あれは捕虜すえもの斬りだったのだ」と内容をすり替え始めたと主張しています。


 追記の「この「百人斬り」報道論争は上記の通り原告側は三つのフェーズに分けて 訴訟を起こしているわけですが、コメント欄で御指摘いただいた「あれは捕虜すえもの斬りだったのだ」という点は、最も後年の3つ目の報道で登場してきた論点であります。」という部分から考えますと、木走様はこの原告側の主張を肯定的にとらえておられるように思われます。
 しかしながら、「「あれは捕虜すえもの斬りだったのだ」という点は、最も後年の3つ目の報道で登場してきた論点」とおっしゃるのは、事実に反しているのではないでしょうか?
 『中国の旅』において、「百人斬りを斬った対象については中国兵なのか人民なのかは明らかにしていませんが、「上官命令による殺人ゲーム」であり、「勝った方に賞が与えられる」などとしてい」るというのは、本多氏がインタビューした「姜さん」から聞いた話として、本文で記述されているものです(なお、「上官命令」ではなく、「上官がけしかけた」となっています)。しかし、注釈においては(コメント欄でうしさんが紹介しておられる)いわゆる志々目証言が挙げられており、「すえもの斬り」という言葉は使われていないものの、「百人斬り」の実態が「捕虜のすえもの斬り」であったことが示されています。なお、この注釈は昭和47年発行の単行本から既に書かれています(299ページ)。
 よって、原告側の「本多勝一らは途中から「確かに戦闘行為で百人斬るのは無理だが、あれは捕虜すえもの斬りだったのだ」と内容をすり替え始めた」という主張は、原告側のとんでもない勘違いか読み落としか、あるいは嘘を承知の上でのことなのかはわかりませんが、いずれにせよ誤りであると考えるほかないだろうと思います。

つーさんつーさん 2006/08/10 00:03  なんだかみなさんアツイ議論されていますな。けっこう、けっこう。しかしですな、このエントリーはmomongaaさんのご指摘「センチメンタルですねえ〜」に尽きてますな。ここのブログ主は以前も特攻隊の生き残りの手記に涙したり、ポーランドの親日逸話に感動したり、ある種の話に極めて感情移入しやすい癖があるわけですな(爆笑)。まあプチナショナリストの悪癖であるとご本人も自覚しているようですが、かたや冷静にプチリベラルとして夕張市の不正を暴いたりする面も持ち合わせているところが興味深いところなのでしょう。このテーマですが、いいじゃないですか、センチメンタルな感情移入で。私は好きですな。このような切り口はいかにもここのブログ主らしいですよ。そうは思いません、みなの衆?

ダートダート 2006/08/10 00:22 次から次と日本の過去を断罪して悦に浸る日本人が
現れますね。いいエントリーです。

そういった人に
「沖縄戦で苦しんだ私の母の前で、日本人の一人として
腹を切って詫びろ」と言っても逃げるだけでしょうね。

kawakawa 2006/08/10 00:29 この手記に普遍性があるなら背景や前提を無視しても汲み取るべきものがあるんだろうと思いますが、やはりこの手記の肝は後世向けたメッセージ性なんだと思うんですよ。

もう他の方も仰られてますが、メッセージ性に共感するには感情移入が不可欠です。
感情移入するには、やはりこのメッセージを発した人の言動や、それが発せられた状況を無視できないんですよね。

そこをあえて切り離して考えようという趣旨なのだとは思いますが、それはむしろやらないほうがいいんじゃないかと。
肝心のメッセージ性・希求性が弱くなっちゃいますから。

ダートダート 2006/08/10 00:38 この手記を知って私は驚きましたし、感動もしました。

しかしmal氏の意見ももっともだと思い、この手記の評価は
難しいですね。

いまごろになっての手記の感想ですいません。

鮎川龍人鮎川龍人 2006/08/10 07:16 kemu-ri さま
>鮎川さん、話を南京事件全体に拡散させるのはどうしてですか。
とのことですが、私は
南京攻略におけるいわゆる事件と、この百人切りの問題は、そもそも別物でしょう。
と書いています。良く読んでくださいね。
また御指摘の資料ですが、如何に東京裁判を始めとする戦勝国による復讐劇が不当なものであったかという事を裏付けるものでしかありませんね。

seiryu95 さま
仰るとおり、事件は個別具体的に検証すべきものであるとは思います。
しかし、申し訳ないですが国際法の観点から述べれば日本の反省など済んでおりますので。
この、いわゆる百人切り事件についても、死刑判決は甚だ不当としか言いようが無いのです。

本当に申し訳ないのですが歴史と国際法(特に戦争に関するもの)について、より一層お調べ戴きます様。

seiryu95seiryu95 2006/08/10 11:30 >鮎川龍人様
 日本が反省したかどうかと百人斬り報道の真相も、また別個独立の問題です。ここで問題になっているのは死刑判決の是非ではなく、報道が名誉毀損となるか否かであり、その前提として百人斬りの真相が問題になっている点をお忘れなく。
 また、鮎川様ご紹介のHPを拝見しましたが、正直あのレベルの南京事件否定論を持ち出されると困ってしまいます。ここではテーマからはずれますので詳述はしませんが、日本軍の陣中日誌や戦闘詳報などからも不法殺害の事実はいくらでも出てくるのに、なかったと主張し続けるのは正直理解に苦しみます。
 また、kemu-ri様ご紹介のHPも拝見しましたが、これは戦時中の軍旗の乱れや不法行為を示す日本側の資料を紹介したものでした。このHPの資料が信じられないというのであれば(その当否は別として)まだ論理の流れは理解できるのですが、あのHPがなぜ「戦勝国による復讐劇が不当なものであったかという事を裏付ける」ものとされるのか、理解できませんでした。

kou.kou. 2006/08/10 12:58 >日本は世界平和の大道を進まんとするなら武器による戦争以外の道を自ら発見し求めねばなりません。此れこそ今後日本に残された重大なる課題であります。それは何でしょうか。根本精神は「愛」と「至誠」です。

「誰がいつ言ったか」を抜きにしてこの文章を読めないとは、想像力豊かというかその逆というかいやはや。
日本軍の行為に対して批判的な人の多くは戦争や軍事力に否定的で、上記の文章のような理念には賛同すると思ってましたが、どうもそう単純ではないようですね。

オケラオケラ 2006/08/10 16:26 そう遠くないむかし、ある財団の理事長だか会長だかがCMで盛んに、
「世界は一家、人類は皆、兄弟」「一日一善〜」とか言ってたことがありました。

言っていること自体は、たいそう立派な理念ですから、誰が・いつ・どのように
といったことに拘らない人は、そりゃ賛同するでしょうね。

幼かった私は、その会長さんのことをなぜみんな取り上げないのか不思議でした。
こんなに良いこといつも言ってるのに、いつもCMにばかり出てくるだけで、
あまり新聞や、TV番組のなかで見たりしなかったからです。

父にそのことを聞くと、語るのも嫌な様子。

その後級友から、戦犯の事等々会長さんの素顔についていろいろ教わりましたが、
会長さんの理念に共鳴し積極的に賛同するような人は私の周りでは皆無でしたね。
幼かった私は、なんで皆そんな昔のことに拘ってるのかなあ、と思ったものです。

鮎川龍人鮎川龍人 2006/08/10 16:55 seiryu95さま。
法治主義の立場から死刑判決は妥当でしょうか?
当事者が否定しているのに?
決定的証拠はなにも無いのに?

この時点で報道の不当性は明らかではないですか?

kemu-riさまご提供の“資料”についての一々の検討は控えますが、私が考える南京大虐殺の定義、つまり「政府または軍の指揮・命令による南京の非戦闘員に対する意図的・組織的虐殺行為」の資料はどこにもありません。kemu-riさま以外の方の資料においてもありません。
これでは日本や日本軍が責められるのは不当としか言えません。
現在までに出ている資料から公平に言って「当時の日本軍は、あの時代にしては、なんと良心的な軍隊であったのだろう」という感慨しかありません。
残念ながら。
なにしろ日本人が被害者の場合が凄すぎますのでね。

こえだこえだ 2006/08/10 17:13 外はすっごい暑いですが・・・ここも暑いですねえ。
>オケラさん
あまりに面白かったので賛同の一票を。
このコマーシャル、バージョンが幾つかあって、確かこの会長さんが母親を背負って階段をあがるみたいなのもありましたよね。未だくそがきの頃でしたが、覚えてますよぉ。
私も大人になって、御母さんがおばあちゃんになっても背負ってあげるんだ、って思いましたもの!その話を母にするとこのじいさんと同郷である母は「オオワル、A級戦犯」と言ってましたね。偽善者って言葉を覚えたのはこの人がきっかけだったような・・・・

masashimasashi 2006/08/10 18:41 >オケラさん、こえださん
懐かしいフレーズを聴いた感じです(笑)。
私も、当時何故親が毛嫌いするのか、理由がわかりませんでした。
強いてあげると、ギャンブルで収益をあげているからだと。。くらいのイメージでした(笑)。
人間は、徐々に知識を積み重ねていくものだと感じ、子供たちにも少しずつでいいからいろいろな知識を自分のものにする努力を続けてほしいと感じました^^

木走さんの今回のエントリは、かなり批判も浴びているようですね。
私自身は、木走さんの日の当たらない資料に日を当てたいという、天の邪鬼っぽい性格が少し出過ぎたものであり、目くじらたてるほどではないと思いますが。
でも、久々に(少しかみ合わないものの)議論になっているのが、興味深いです。最近、ここでの議論が少なくなっていたので、実はみんな木走さんの釣りに見事にかかったのかな(笑)?
冗談はさておき、冷静に議論できる場所とネタをいつも提供していただいている木走さんに感謝です。ちなみに、ここのところ忙しくて、まともなコメント無くすみません(苦笑)。

dokendoken 2006/08/10 19:53 このエントリー、センチメンタルな私のつぼにヒットしました。
そしてコメント欄の一部の意見を読んで暗澹たる気持にさせられました。知りもしない故人をそんなにも貶めなくても・・・

rice_showerrice_shower 2006/08/10 21:08 Seiryu95さん、
>〜チベット侵略が持ち出されるのはほとんど日本の戦争犯罪を相殺したり正当化したり〜<
日本軍の(戦時には不可避な)部分的悪行を挙げ、自らの正戦論を主張するから(and/orそれに便乗するから)、「どの面下げて? お前が言うな!」とツッコミを入れているに過ぎないでしょ。
私、20年くらい前、初めて南京を訪れた際、その現場に行ってみました。 “血の酩酊状態”に陥った人間が何をやらかすかを承知しているので、そこで多くの蛮行が行われたであろう事は容易に想像し得、故に愚かな人間を(もちろん日本人だけではない)赦せ、の思いで、黙って手を合わせてきました。 
少し離れたところで人民解放軍の若い兵士が、もちろん笑顔とまでは行かないけれど、口の端を緩めて私のその姿を見つめていたのを憶えています。
戦争を知らない世代の現地の若者が、私の「南京弁で聞かないね」の問いに、「生粋の南京弁をしゃべれる人間はみんな日本人に殺されたんだ!」という相手の“イノセントなギャグ”に、一緒になって大笑い出来る感性が備わっている私からすると、貴方は日常においてもリアルな体験に基づいて、face to faceのリアルな議論や、ブラックな笑いを駆使したり捌いたりする機会、能力が著しく希薄なのだろうなぁ、と憐憫の情を覚えるものです

seiryu95seiryu95 2006/08/10 23:54 >鮎川龍人様
>この時点で報道の不当性は明らかではないですか?
 まず、東京日々新聞の報道については、誰もあの報道が真実だとは主張していません。問題はあの報道が名誉毀損に当たるか否かであり、毎日新聞が名誉毀損に当たらないと主張している理由は既に木走様へのコメントで指摘しています。
 また、南京国際法廷の裁判が不当なものだったとしても、それは百人斬り(または据えもの斬り)の事実がなかったことには直結しません。望月五三郎手記等の新証拠が出てきている現時点においては戦闘中の百人斬りではなく、捕虜若しくは民間人の据えもの斬りだったという本田氏の主張は大筋で妥当だと考えます。
 
>、私が考える南京大虐殺の定義、つまり「政府または軍の指揮・命令による南京の非戦闘員に対する意図的・組織的虐殺行為」の資料はどこにもありません。

 虐殺肯定派の人々はこのような定義の虐殺があったとは主張していません。
 相手が主張していない定義を勝手に持ち出してその証拠がないことを批判するというのは議論の仕方としては妥当でないように思います。

>「当時の日本軍は、あの時代にしては、なんと良心的な軍隊であったのだろう」という感慨しかありません。

 はあ、どこまで資料を読まれたのかは知りませんが、「従来派遣軍第一線は給養困難を名として俘虜の多くは之を殺すの悪弊あり、南京攻略戦に於て約四、五万に上る大殺戮、市民に対する掠奪、強姦多数なりしは事実なるか如し。」という資料を御覧になって、上記のような感慨しか湧かないのであればもはや何を言っても無駄でしょう。

>rice_shower様
>日本軍の(戦時には不可避な)部分的悪行を挙げ、
 戦時には不可避ですましてしまうのですか。万単位の犠牲者が出ている事件を部分的悪行ですましてしまうのにはちょっとついて行けません。
 それに南京事件を肯定している日本人で、だから中国のチベット侵略は正しいのだと主張しているような人がいるのですか?そんな人は見たことがありません。
 中国が日本の侵略を持ち出してチベット侵略を正当化しているのならそれは非難されるべきですが、それはチベット侵略を持ち出して日本の侵略を相対化しようとする行為も同様に非難されるべきです。本当に侵略されたチベット人民の痛みを理解し、共感しているのであればそれを自己の免罪の道具として利用するような行為は恥ずべき行為として批判されるべきだと思います。

>私、20年くらい前、初めて南京を訪れた際、その現場に行ってみました。

 おや、奇遇ですね。私も10年ほど前に南京にいったことがあります。記念館も訪れましたが、当時の人々の犠牲を思うと胸が痛みました。
 その後、現地の復旦大学の学生と会食する機会がありましたが、そのときには戦争についての話題は出ず、楽しいひとときを過ごしました。

うしうし 2006/08/11 02:11 >TEPOさん

百人斬りの真贋の話ではないのはお分かりいただけますか?
「すばらしい文章」を残した同じ人物が何を言っていたかは大事なことだと思いますよ。
馬鹿なシナ人を騙して片っ端から斬ってやった、と言っていた人が
「根本精神は「愛」と「至誠」です。」などとよく言えるもんだと思うんですが、
木走さんは美辞麗句に心奪われて、それと相反する物は信じたくない心境のようです。

真田孝高真田孝高 2006/08/11 03:20 単純に考えて、「歴史上の出来事」を政治利用しようとする方が悪いでしょう。
そのように考える人がいるから問題になるだけでしょう。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060810-00000111-yom-int

(1)圧政の結果、本来、自分達に向けられる国民の不満・反発を反日キャンペーンによってそらす。
(2)現在進行形の深刻な人権弾圧から目をそらさせる
(3)日本に外交的、経済的譲歩を迫り、現在の日本人から搾取をする。

何が目的かわかりませんが、どうせこんなところでしょう。
それにまんまと乗せられて圧政者の片棒を担ぐ愚は避けたいですね。

masashimasashi 2006/08/11 05:08 >seiryu95さん
お久しぶりです^^
チベット問題が昔の日本の行いに対する免罪にならないと言うのは、おっしゃるとおりだと思います。ただ、当時の日本軍は他の国家の軍隊と比べて不当に悪いことをしたのでしょうか?私には、どうもそこに合点がいかない部分があります。
もちろん、その所業が良か悪かと問われれば、当然「悪」な部分が多いのでしょう。ただ、それは現時点での比較であり、当時の戦争状態において必ずしも相対的に不当とは言えないのではないかと感じています。
・・戦争なんて、基本的に不当な行為の連鎖なのですから。
もちろん、中国から見れば当時の日本軍に軍事力で圧倒されたわけですから、日本=即悪でしょうね。しかし、中国人の気持ちの問題は理解できますが、それが必ずしも「日本軍が特殊に悪」には結びつかないと感じています。
青龍さんもその点は理解されていると思いますので、私の勝手な思いこみかもしれませんが。

日本軍においても絶対的に悪いことが数多くあったことは事実でしょう。しかし、それを現時点での絶対的尺度で見るのは少し厳しすぎるのではないかと思っています。
他方、中国のチベット侵略&圧政や、北朝鮮の人権問題、ダルフールでの虐殺などは現在進行形の問題であり、通常考えればこちらの方が強く非難されるべきかと思うのですが、リベラル系の方々があまり強く叫んでいるように見えないのが、私としては非常に不思議な部分です。
・・・実は、上記についてはすべて中国が関わっていますよね。

両者が相殺されないことは、鮎川さんも、riceshowerさんも十分認識されていると思います。ただ、中国との対話の中で戦時中の日本軍の行為がことさら取り上げられていることに違和感を感じている私がいます。
日本人として、過去の問題があった行為については、当然反省して今後そうしないように誓う必要があるのは当然ですが、それは感情面での対応だと思っています。理性的には、現在の絶対的な判断基準に照らしてではなく、当時の相対的判断基準で考えなければならないと思っています。
この点について、青龍さんはどう考えられますでしょうか?

少し、百人切りから話が離れてしまったことをお許しください。
なお、私も20年以上前に一人旅で上海他を訪れましたが、当時日本人を非難するような状態に遭遇したことがありません。現状での日本憎しの状況には不当な違和感を感じています。

rice_showerrice_shower 2006/08/11 07:03 >masashiさん、
貴方におかれては、くどくど説明せずとも、私の言わんとすることを理解頂けるので、嬉しい限りです。
ホロコースト、南京、百人斬りetc.etc...、これらを“特異な出来事”と思わず、“人の本性”なのだと自認する。 この自己認識出来てこそ、邪悪な快楽を
コントロールし得る、同じ過ちを繰り返さない、ということなんですね。 
「ボクシングは殴り合いだから野蛮」と単純に嫌悪する人が、極度の怒りに我を失い人を殺してしまったりする。
加虐性は人の本性で、それが時に死すらを求める、という事を自覚していてこそ、ギリギリの状況での自己抑制が可能なんですね。

GedolGedol 2006/08/11 08:45 コトの真偽は問題にしないとのコトなので、それ以外についてヒネクレ分多めで。

私はこの引用文を一読して「胸糞悪いなぁ」と感じました。なんとなく、です。で、その胸糞悪さの源泉は何だろうかとイロイロ分析して見ましたが、おそらく「私の死を以て今後中日間の怨みや讐(あだ)や仇(かたき)を絶対にやめて頂きたいのです」の一文ではないかと思います。
 この一文が入る事によって、この文章は「自分の刑死」が日中国民の怒りと恨みを捨てる契機に足るものであると言う前提であるコトが判ります。この「責任能力のない事項について自分が責任を取るかの様な態度」、つまり「夜郎自大」的感覚が私の拒絶反応を起こしたのだと思います。これが東条英機の手記だったら、また感想が変わって来ると思いますけど。

 勿論、近々死にゆく事が判っている人の手記としては特に不自然でもおかしい事でもありません。私が死に立ち会った人の中にもやはりこの様な精神状態になった人は幾らかおりますし、私が同じ立場になった場合でも同様の事を言うかも知れません。死への恐怖をやわらげるための本能的な「一工夫」とも言えると思います。
 ただ、コレは基本的に自己消費のために供するべき文章であって、余人が「感銘を受ける」のに向いているモノだとは思えません。

seiryu95seiryu95 2006/08/11 22:37 >masashi様
 ご無沙汰しております。また私の拙い主張にお付き合いいただければ幸いです。
>ただ、当時の日本軍は他の国家の軍隊と比べて不当に悪いことをしたのでしょうか?私には、どうもそこに合点がいかない部分があります。

 「不当に悪いこと」という表現は少々おかしいように思います。悪いことならばそれが不当なのは当たり前だからです。masashi様の仰りたいのは、日本軍の行った不法行為の程度が当時の他の国家の軍隊のそれと比べて特にひどいものだったのか、ということだと思います。
 これについての答えは難しいです。なぜなら、評価の前提となる事実についてmasashi様がいかなる認識をお持ちなのか判らないからです。
 私の認識(例えば、南京事件においては少なくとも4万人以上の捕虜・民間人の不法殺害があり、それに付随して虐殺・強姦も多数生じた)からすれば、当時の軍隊を基準にしても、その不法の程度はかなりひどい部類に属するものだった、と考えています。
 もちろん、原爆投下やホロコーストのように規模・程度の上でさらにひどい事例が存在することは否定しませんが、それは日本軍の不法行為の有無・程度を議論する際にはほとんど意味がありません。問題とされるべきは日本軍の行為が「当時の国際法」に照らして合法な行為だったか否かであり、その点では南京における日本軍の行為が違法であったことは疑いがないと思います。

>もちろん、中国から見れば当時の日本軍に軍事力で圧倒されたわけですから、日本=即悪でしょうね。しかし、中国人の気持ちの問題は理解できますが、それが必ずしも「日本軍が特殊に悪」には結びつかないと感じています。

 そもそも、「日本軍が特殊に悪」だと主張しているひとがこのコメント欄での議論ではいないように思います。あえていうなら、日本軍は、中国において当時の国際法を基準としても違法な行為を数多くした、ということ主張しているにすぎません。それ故、理性的に考えて、当時の相対的判断基準で考えても日本軍は非難されるべきことをした、というのが私の考えです。

>ただ、中国との対話の中で戦時中の日本軍の行為がことさら取り上げられていることに違和感を感じている私がいます。

 うーん、日本軍の行為が取り上げられる原因を作っているのは、他ならぬ日本人ではないかと思うのですが(もちろんそれを中国側がうまく利用しているという面は否定しませんが)。小泉首相の靖国参拝や南京事件否定論などわざとやっているのではないかと思うような行動が目につきます。今回の百人斬り訴訟にしても百人斬りがあったと主張している側が訴訟を起こしたのではないことに留意すべきだと思います(訴訟を起こした結果、都合の悪い新証言が出てきたのはまさに藪蛇というしかありません)。
 国交も回復し、賠償問題も解決している以上、日本が変に当時の侵略を正当化するような主張をしなければ、戦争問題の政治的利用価値はかなり小さくなるでしょう。

ダートダート 2006/08/12 00:13 seiryu95氏による
「日本は中国に口答えするな」という姿勢は一貫していて
天晴れですね。

「歴史問題、永遠に言い続けよ」江沢民氏、会議で指示
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20060810i111.htm

靖国参拝、「どんな条件でも反対」中国5割 日中世論調査
http://www.asahi.com/politics/update/0803/001.html

↑を読む限り
中国は日本人が滅びるまで許さないようです。凄いですね。

それにしても
過去に囚われて現在進行している悲劇から目を逸らすの
はいかがなものですかね。ダライ・ラマ14世が平和的に
チベットへ帰国出来ることを願ってます。

トリルトリル 2006/08/12 19:51 中国にとって、歴史とは未だに中華王朝イデオロギーそのものなんじゃないかなー。
その部分を卒業しないと、日本とだけじゃなく、世界ともその内に衝突するよ。

南京の4万?・・・そんなモノだろうね。
これは城壁内に限らず外から逃げ込んだ分なども考察しなけりゃいけないだろうし、周辺地域も入れなければならないと思うが、そうなるともう少し多いと思う。
が、正確な数を弾くのは無理だろう。
少なくとも中共がウダウダ言うより、国民党の持っているプロパガンダでない状況を正直知りたい。
そういうモノがあるならば、だけど。

ApemanApeman 2006/08/13 00:40 >少なくとも中共がウダウダ言うより、国民党の持っているプロパガンダでない状況を正直知りたい。

犠牲者30万人、というのは国民党政府が行なった南京軍事法廷における事実認定に起源をもつ数字なんですけど…。

masashimasashi 2006/08/14 00:55 >rice showerさん
ここでのご挨拶はお久しぶりですね^^
私などは、まだまだ物事の表面面しか捉えられないので、気の利いた言葉は言えませんが、rice showerさんのコメントは興味深く拝見させていただいています。また、よろしくお願いします。

>青龍さん
こちらからメッセージを投げかけながら、所用でお返事が遅れましたこと、深くお詫び申し上げます。
しかも、変な問いかけで申し訳ございませんでhした(笑)。

まず、私の文章がいつもながらつたない日本語で、うまく伝えられていない点、毎度のことですが申し訳ございません。「不当に悪い」というのは変ですね。「相対的に見て過度に悪く捉えられている」というのが実際の印象に近いです。例えば、ロシア兵の日本人に対する行為なども大きく「政治」問題にされていないだけで、ひどいものがあったようですし、韓国のベトナムでの行為などは下手すれば日本の中国における問題以上に凄惨かもしれません。
私の認識は、(いつもながら)青龍さんとは違うと思いますが、ひどい行為もあったものの、おそらく他の国の軍隊と比して「平均的には」秩序だっていたと考えています。もちろん平均値であり、局部的にひどい事例があることは想像をふまえ認識しています。
少なくとも、日本の軍隊が形式的にではあっても戦地において問題を起こさないように数多くの綱紀粛正指令が出ていることは、他国の軍隊(特に欧州がアジアに行っていたこと)と比べると格段に異なると思っています。仮に、それが誤った優越意識(アジア解放)であったとしてもです。
なお、綱紀粛正の発布が多いことは、逆に考えればそれを守らない人も多かったことを表すので、小さなレベルでは無茶なことをする兵士もいたのでしょう。ただし、全体としてそういう行為を無視したり、推奨していたわけではないというのは、公式資料から読み取れると思っています。さらには、私が元々武道をしていたこともあり、武道精神を持つ日本人からは弱者を虐げる行為は想像しにくいという気持ちを持っています。当時の日本人にも全てではないでしょうが、やはりそういう精神が受け継がれていたことは想像に難くありません。
・・・何故かと問われて、それに答えるのは難しいですが、武道とはそういうものだと私は思っています。・・もちろん、ここでも武道精神のかけらもない人も当然居るでしょう。それは否定しません。

以上のような観点から、私は当時の日本の軍隊が他の国の軍隊と比較して、相対的にひどい軍隊であるとは考えていません。それと、私自身南京事件はあっても南京大虐殺に対してはやや懐疑的な見方をしているのも理由になるのでしょう。中国人は一度公式に言い出したことは決して曲げませんし、その言う数についてはあまり意味を持ちませんから。
私は1万程度と個人的な感想は持っています。それでも非道い事に違いはありませんが、それも全て日本軍が行った事かどうかはわかりません。当時は、中国国民党兵が中国人を殺していることも多いので。
数についての議論をしても始まりませんね^^

なお、当時の日本軍の行為が当時の法律に照らし合わせて合法的であったかを問うことは、私自身はあまり意味があることではないと思っています。
それと同等以上に中国国民党軍が不法行為を行っている可能性もありますよね。便衣兵などは、国際法上は許されない行為だと思うのですが(自国の一般民衆を巻き込むわけですから)、日本軍の不法行為は問題にされ、数多くの戦犯がすでに刑を受けましたが、他国の不法行為は現在まで裁かれたことすらありません。それは、ある意味戦勝国としては当然のことかもしれませんが、ここで青龍さんに批判的な方々は、もう戦後60年もすぎた現在だからこそ、日本の不法行為のみを取り上げる現状に疑問を持っているのではないでしょうか?

日本軍が行ってきた不法行為に対して、問題があるというのはそのとおりでしょう。また、他国が行った不法行為を持ってして日本軍が行った行為が免罪されるわけではないというのも、おっしゃるとおりかと思います。しかし、私たち戦後世代の感覚で言わせていただくと、もう60年たっているにもかかわらず、戦争責任により私たちの活動まで制限されることには疑問を持っています。そして、中国や韓国のそういう制限を付けようとする行為は、感情的なものと言うよりは政治的な圧力と感じています。
本来であれば、第2次世界大戦中の中華民国の不法行為をあげて、その不法性を別途追求すればいいのでしょうが、現実には東京裁判を経た(その上、多くの年月を経た)現在そんなことはできないでしょう。
だからこそ、日本人が自分自身で冷静にかつなるべく客観的に、日本軍の良い点も悪い点も明らかにする必要があると思っています。それは、中国や韓国の言うことではなく、日本人自体が自分自身で考えて行うべきだと思います。
私自身、最近の無分別な愛国表現は、正直悲しい感じで見ています。私がバランス良いかどうかはわかりませんが(苦笑)、現状においては青龍さんのおっしゃる内容は、やや厳しすぎると感じる次第です。
百人斬り訴訟については、おそらく青龍さんと私の考えはそれほど離れてはいないと思います。日本軍に対しては過度の幻想を抱きすぎるのも問題だと思います。そういう時代なのですから。

seiryu95seiryu95 2006/08/14 03:59  かなり長くなってしまいました。木走様すみません。
>masashi様
 お互いかなり長文になっているのでこれ以上続くのであれば、次回からは
私のBlogの方でお返事しようと思います。

>私の認識は、(いつもながら)青龍さんとは違うと思いますが、ひどい行為もあったものの、おそらく他の国の軍隊と比して「平均的には」秩序だっていたと考えています。もちろん平均値であり、局部的にひどい事例があることは想像をふまえ認識しています。

 「平均的には」どうであったかを問うことは意味がないのではないでしょうか。問題とされているのは、局部的(かどうかは議論の分かれるところですが)なひどい事例の有無とその評価なのですから。
 日本が被害者であった事例を見ればそのことは判ると思います。たとえ、アメリカが「平均的には」秩序だっていたとしても、原爆投下や空襲のような事例の有無や責任を問うことは何もおかしいことではないのです。


>なお、綱紀粛正の発布が多いことは、逆に考えればそれを守らない人も多かったことを表すので、小さなレベルでは無茶なことをする兵士もいたのでしょう。ただし、全体としてそういう行為を無視したり、推奨していたわけではないというのは、公式資料から読み取れると思っています。

 仮に、綱紀粛正の命令がなされていても、それにもかかわらず日本軍の不法行為が続いていたのであれば日本軍の責任であることには変わりありません。不法行為が継続していることを認識しながらその実効的な防止策(日本軍にはそれを採る義務があるのですから))を採らなかったことは、それらの行為を推奨はしていなくても黙認していたといわれても仕方がありません。また、綱紀粛正の命令があったから、命令違反が小規模なものだったというのは少々論理のすり替えがあるように思います。
 また、この論理は、不法行為を防ごうとした軍上層部とその命令を無視した個々の兵士、という図式を持ち出すことで戦争責任を個々の兵士に押しつけている点で妥当でないように思います。
 
>・・・何故かと問われて、それに答えるのは難しいですが、武道とはそういうものだと私は思っています。・・もちろん、ここでも武道精神のかけらもない人も当然居るでしょう。それは否定しません。

 ここでも、戦争における不法行為の責任を、兵士個人の資質に帰している点に問題があると思います。もちろん、不法行為の実行を行った兵士個人に責任はあると思いますが、補給が不足したまま先の見えない行軍を続行したことにより、兵士の精神状態が悪化していた点や、捕虜の殺害については実際に命令が出ていることなど、軍上層部の責任は決して軽くありません。

>私は1万程度と個人的な感想は持っています。それでも非道い事に違いはありませんが、それも全て日本軍が行った事かどうかはわかりません。当時は、中国国民党兵が中国人を殺していることも多いので。
数についての議論をしても始まりませんね^^

 この点については俄には首肯しかねます。日本軍の戦闘詳報などの公式記録からでも
数万の殺害の事実は確認されていますから(現存する戦闘詳報や陣中日誌が全体の一部にすぎないことを考えると1万程度というのはいくら何でも過小評価しすぎであると考えます)。

>なお、当時の日本軍の行為が当時の法律に照らし合わせて合法的であったかを問うことは、私自身はあまり意味があることではないと思っています。
それと同等以上に中国国民党軍が不法行為を行っている可能性もありますよね。便衣兵などは、国際法上は許されない行為だと思うのですが(自国の一般民衆を巻き込むわけですから)、日本軍の不法行為は問題にされ、数多くの戦犯がすでに刑を受けましたが、他国の不法行為は現在まで裁かれたことすらありません。それは、ある意味戦勝国としては当然のことかもしれませんが、ここで青龍さんに批判的な方々は、もう戦後60年もすぎた現在だからこそ、日本の不法行為のみを取り上げる現状に疑問を持っているのではないでしょうか?

 まず、便衣兵については、軍服を脱いで攻撃を仕掛けるという意味での便衣兵は日本の記録にも存在していないことを指摘しておきます。敗走の過程で軍服を脱いで逃走した兵士は存在しましたが、それ自体は犯罪行為ではありません。特に日本軍が捕虜を殺害している(これは日本側の記録にきちんと残っています))状況では、日本側がそれを責めることはあまりにも勝手でしょう。
 次に、日本軍の不法行為と対置させるのに中国国民党軍の不法行為の「可能性」を持ってくるのは少々不公平にすぎるように思います。日本軍の不法行為は日本軍の公式記録や兵士の日誌などからかなりの確実性を有しているのですから、それと中国側の不法行為を対置させたいのであれば、中国側の不法行為を認定するに足りる資料を持ってくる必要があるのではないでしょうか。
 最後にこれが一番重要ですが、masashi様は最初現在の基準で裁くことの不当性を主張されていました。それに対して私が過去の基準においても当時の国際法に違反していることを指摘したら、それすらも意味がないと仰られています。現在の基準でも過去の基準でも裁くことができないとしたら、いったい戦争犯罪というのは何を以て裁くべきなのでしょうか。
 他国の戦争犯罪が裁かれていないことを理由に自国の戦争犯罪が指摘されることを批判するのは、チベットを免罪の道具にすることと何ら変わりはありません。
 また、近年の南京事件に関する論争は、否定論に対する反論という形でなされていることは押さえておくべきだと思います。日本政府自身が南京事件を始めとする中国における戦争犯罪についてその存在を認め謝罪している以上、虐殺があったと考える者にとってそれ以上何もなければ、虐殺の有無を議論する意味はほとんどありません。しかし、このような不法行為の有無や評価について否定論が出てくるのであれば虐殺肯定論を採る者として、その主張の問題点を指摘するのはごく当たり前のことです。このような反論行為を、いつまでも日本の戦争犯罪だけを非難しているととらえるのは、前後の文脈を無視した不公平な評価でしかありません。

>しかし、私たち戦後世代の感覚で言わせていただくと、もう60年たっているにもかかわらず、戦争責任により私たちの活動まで制限されることには疑問を持っています。そして、中国や韓国のそういう制限を付けようとする行為は、感情的なものと言うよりは政治的な圧力と感じています。

 中国の主張に政治的な側面があることは否定しません。そのことは前回も申し上げました。しかし、そのような中国の主張を効果的にしているのは、他ならぬ日本側であることは指摘しておく必要があります。


>私自身、最近の無分別な愛国表現は、正直悲しい感じで見ています。私がバランス良いかどうかはわかりませんが(苦笑)、現状においては青龍さんのおっしゃる内容は、やや厳しすぎると感じる次第です。

 繰り返しますが、私が今回問題にしたのは南京事件と百人斬りの有無・内容とその評価についてです。問題とされるべきは個々の不法行為であって、それを超えて日本軍全体が悪辣だったとか質が悪かったとか評価しているわけではありません。
 それを厳しすぎるといわれると、ちょっと困ります。今回のように過去の戦争犯罪の事実すら否定されているようなときに、それが間違っていることを主張するのは決して過去の問題の蒸し返しではありません。むしろ、蒸し返し政治問題に発展させているのは否定論者の方なのですから、masashi様が問題にするべきだとしたらそちらなのではないでしょうか。

kemu-rikemu-ri 2006/08/14 04:18 話が南京事件全体や日本軍一般に拡散しているようですが、野田少尉の話に戻します。
野田少尉は「今般中国の裁判に於て俘虜住民を虐殺し南京屠殺に関係ありと判定させられましたことに就ては私は断乎無実を叫ぶものであります」と述べていますが、しかし鹿児島で野田は「据え物斬り」を行ったことを自ら披露しています。
http://t-t-japan.com/bbs2/c-board.cgi?cmd=one;no=2632;id=sikousakugo#2632
「野田が鹿児島を訪問したのは三九年五月に戦地から岐阜へ帰り、八月に北朝鮮の会寧へ転勤した合い間の七月で、鹿児島一中、付属小、それに父が校長をしていた田代小学校と少なくとも三ヵ所に顔を出したようだ。その時、鹿児島一中の三年だった日高誠(のち陸士五十八期を卒業)は、野田が全校生徒を前に剣道場で捕虜の据え物斬りの恰好をして見せたのを記憶している。彼は違和感を持ったが、あとで剣道教師からも「とんでもない所行だ」と戒められたという。どうやら一般住民はともかく、野田が白兵戦だけでなく、捕虜を並べての据え物斬りをやったと「告白」したのは事実らしい。」
これは東京日日での「虚報の武勇伝」とは独立した問題です。野田が言う通り「捕虜殺害をやっていない」のなら、なぜ地元の学校の剣道場で「捕虜の据え物斬りの恰好をして見せた」のでしょうか。

こういう調査の結果を踏まえると、野田の手記には、肝心な自らの所業に関して「ウソ」をついている可能性大、とみるのが妥当でしょう。

私が野田の手記のいくつかの発言を「正しい」と思いつつ、決して感動も共感もしないのは、このように野田がウソをついている可能性が大きいと判断するからです。
むしろ野田を誤審の犠牲になったイノセントな存在、それでも復仇を戒める高潔な存在であるかのように見せるのは、それこそ「原告団」が流布したい「イメージ」にすぎず、そのイメージ操作を批判的に読み解くのが「メディア・レテラシー」ではないかと思うのですが、この点で木走さんのリテラシーに疑問を持ちます。

asdfasdf 2006/08/16 01:18 議論?が白熱してる所申し訳ない

>>この野田毅元少尉の獄中手記がなぜ話題にならないのか私には理解できません。

たぶん手にとって立ち読みするにしても購入するにしても
相当勇気が要る雑誌に載ってしまったからだと思います

せめて文藝春秋か中央公論辺りならば、もう少し読まれたでしょうね

しかし…
>>チベット侵略を持ち出して日本の侵略を相対化しようとする行為

相変わらずですなぁ

asdfasdf 2006/08/16 01:34 >>たぶん手にとって立ち読みするにしても購入するにしても
相当勇気が要る雑誌に載ってしまったからだと思います

補足しますが勿論笑うところです(恥)

masashimasashi 2006/08/19 10:40 >青龍さん

またまた、お返事が遅くなってしまったこと、深くお詫びいたします。
また、非常に長くなったので、この場をお借りするのは難しいですね^^。木走さん、どうもすみません。
個々の内容にコメントを返していると長くなりすぎるので、簡単に。

まず、私の文章が細かいところに矛盾がある点は、深くお詫びします。言葉尻まで気にせずに一気に書いているため、ちょっと書きすぎがあることは申し訳なく思っています。
では、要約して何点か。
日本軍に局部的に悪い点があったことは認めます。そもそも戦争なんてそんなものでしょう。ただ、その事実がもっとも重要で、その量や内容が(それを私は「平均的」という曖昧な言葉で表現してしまいましたが)問題にならないとは思っていません。本来戦争などは、殺し合いなので狂気の連鎖です。当時の法に基づいても問題があることは、私も認めています。
あくまで、日本軍が他国と比較して相対的に悪いとは思えない。。と私が感じているが、敗戦国という点から日本軍が事実以上に悪く言われているのではないか?という疑問点が、今回の問いかけの発端です。
綱紀粛正の件は、愚問でしたね。それを違反する人が多かったことと、それすらしない国が数多くあることでは比較対象にもならないと言いたかったのですが。

私も、第2次世界大戦で中国への侵攻したことは、現時点で評価すれば決して良かったことではないと思います。そう言う意味で当時の指導者は問題視されるべきでしょう。・・・歴史的評価の上でですが。

しかし、実際の蛮行は戦闘の延長線上で現れますよね。そして、その蛮行が問題とされておると思うのですが、そこで兵士個人の資質に押しつけていると言うのは、私の感覚からして言えば違和感があります。・・・それは、結局中国への侵攻を決定したやつが全て悪いという、戦争そのものの責任に広く拡散させすぎているように思います。・・もちろん、それが問題であることは私も認めますが、実際の蛮行の主因をそこに求めるのは変じゃありませんか?

あと、南京大虐殺で、戦闘による死亡者数を加えるのは意味が違うと思うのですが、あくまで戦争は事実ですから、問題とされるのは虐殺されたとされる一般市民の数を考えるべきだと思うのですが。
このあたりも青龍さんと私の評価軸が全く異なっているように思います。
数万人を殺すことなど、決して容易なことではありません。特に、建物の破壊があまり無いことは、南京攻略後の映像でもわかるのですが、爆弾等の武器を使わずに、通常の銃や刀のみで数万人を殺すことなど(当然逃げることを考えると)決して容易なことではありませんよね。

中国国民党軍の話は余分でした。持ち出したことはお詫びします。
また、「当時の日本軍の行為が当時の法律に照らし合わせて合法的であったかを問うことは、私自身はあまり意味があることではないと思っています。」これは、変な事書いていました。問題がないわけではありません。これも深くお詫びします。勢いでかくと駄目ですね(苦笑)。
趣旨は、戦争というものは不法行為の連鎖がお互いに起こりやすいものである。という事を書こうとしたのですが、変な文章になってしまいすみませんでした。

私は、戦争から学ぶことは多いと思っています。それは、過去の行為をこれからの糧にすることに意味があると思っています。過去の過ちを反省することは非常に重要ですが、それは単純に過去を断罪することにはイコールではないと考えています。

青龍さんのおっしゃることが理解できないわけではありません。ただ、根本認識の違う部分で、その歩み寄りが決して容易でないことは、「日中間の問題と重なり合うな」と思うところです。

clawclaw 2006/08/20 15:10 ▼「痛憤」とか「感銘」とか「断罪」とか「反省」とかはしたい人がすればよろしい。(@∀@)
大事なことは「記録」でしょう。多数・複数の証言記録を突き合わせていけば事件の概要は把握できるものです。たとえそれらの間に矛盾が生じていたとしても、全体として何が起こったかは見えてくる。そのなかで「遺書」は資料のひとつにすぎません。

▼さて、当時の南京周辺には50万人ほども日本兵がいたので、1人の兵士が1人の中国人を殺せば
50万人の死者を出すことも実に容易です。(@∀@)
また殺害方法にしても、第16師団にいたわたしの祖父のように「捕虜の手足を針金でしばって川に投げ込む」という方法であれば銃弾すら必要がない。(実際には死にきれない捕虜が浮いてきたところを銃撃したりしていますが)
ゆえに「日本刀でそんなに殺せるわけがない」というのは反論として意味を持ちません。

▼要するに「虐殺」なんてのは簡単に起こせるってことです。
ルワンダの大虐殺ではナタを持った民間人がウン十万を殺害しましたが、皇軍兵士はアフリカの民間人にすら劣る殺傷能力しか持たなかったのでしょうか?(@∀@)

▼そろそろ現実を直視して、「なぜ虐殺が発生することになったのか(そして今も発生しているのか)」について考えるべきでしょう。虐殺が発生する条件を知れば、それを防ぐことも可能になるかもしれない。

▼もう一つ。「戦略なき国家が吹きまくる笛に調子に乗って踊っていると、いずれ破滅する羽目になる」というのも、この事件の教訓でしょう。うちの祖父は「中国や英米と戦争して勝てるはずがない。上司にゴマをすって取り入って、危険な戦いを回避しよう」という戦略で戦場を生き延び、もちろん軍隊生活では勲章の一つももらいませんでしたが、戦後はある功績で叙勲されています。政治的には保守派ながら、口癖は「国の言うことは信じるな。逆目を張れば間違いない」。(@∀@)

KYKY 2007/12/06 12:47  ↑
 実際に「日本軍最強伝説」を盲信する人を見ると、マジでドン引きしますね。

 >皇軍兵士はアフリカの民間人にすら劣る殺傷能力(以下略)

 「軍隊の役目」を知らない馬鹿が抜かすパターン。「殺すこと」が主目的なのではなく「敵地の占拠」が本来の目的(の1つ)。無意味な殺戮と破壊は目的の遂行を阻害するばかりか部隊の危機を招きかねない。

 他に言いたいことはあるけど、いい加減脳内妄想は止めてね。

とうとう 2013/08/15 12:09 お疲れ様です。

この「百人斬り裁判」について分かりやすく解説したサイトを見つけましたので、
ご紹介します。

やる夫で学ぶ百人斬り裁判
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/12973/1373676357/