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2006-10-31 「広義のいじめ」とか「狭義の強制連行」とか

[]「広義のいじめ」とか「狭義の強制連行」とか〜元の言葉が負のイメージの場合の安直なカテゴリー分けの表現方法としての限界 17:20

 ある重要な言葉の意味にあいまいさが残るときに、日本人はときに「広義」とか「狭義」というカテゴリーでその言葉の意味するところを分けて議論しようとするのであります。

 ある言葉を一つの基準をもとに広い意味範囲と狭い意味範囲に分け、前者を「広義」とし後者を「狭義」とするこの論法ですが、ときに発言者によりその基準があいまいだったり、その分け方自体が恣意的・主観的で論理的・科学的な実証が難しい基準だったりすると、この論法は用い方によっては詭弁性を帯びてしまうこともしばしばなのであります。

 まして元の言葉に強烈な負のイメージがつきまとう場合、「広義」とか「狭義」とかをまじめに議論すること自体、その真摯な意図とは別に、第三者の心に負の印象を強調してしまうこともあるのです。



●広い部分でのいじめがあったということ〜朝日新聞記事から

 昨日(30日)の朝日新聞記事から・・・

「広い意味でいじめ」「原因かは難しい」岐阜・中2自殺

2006年10月30日12時33分

 岐阜県瑞浪市の市立瑞浪中学2年生の女子生徒(14)が自殺した問題で、同校の佐々木喜三夫校長らが30日午前、同市役所で会見し、「『ウザイ』や『キモイ』といった言葉によるいじめはあった」と明らかにした。一方で、「今の時点では自殺に結びつけるかどうかの判断は難しい」と述べて、学校側は今後も調査を続ける考えを示した。

 会見で、佐々木校長は、「27日に遺族宅を訪問した際に撮影されたビデオを見た。その中で『いじめがあった』と表現した」とし、「広い部分でのいじめがあったということ。言葉足らずだったが、悪口も含めると、いじめがあったと思う」と説明した。 「言葉によるいじめやからかいはあったのか」という質問には、「言葉によるいじめやからかいはあった。ただ、自殺に結びつけるかどうかの判断は難しい。推測の域を出ないため確認が難しく、最終的には結びつけられないだろう。ただ、いじめと自殺の関係をうやむやにしようとは思っていない」と述べた。

http://www.asahi.com/national/update/1030/NGY200610300011.html

 中学2年生の女子生徒(14)が自殺した問題で、佐々木喜三夫校長は「広い部分でのいじめがあったということ。言葉足らずだったが、悪口も含めると、いじめがあったと思う」とし、「ただ、自殺に結びつけるかどうかの判断は難しい。」と述べたそうです。

 「広い部分でのいじめがあった」とはなんともあいまいな非論理的な表現であります。

 前後の文脈から、この場合の「広い」意味での「いじめ」と「狭い」意味での「いじめ」は、どうやらその「いじめ」が直接自殺に結びついたと認められるのが「狭義」の「いじめ」で、直接自殺に結びついたとは判断できないのが「広義」の「いじめ」として、校長は使い分けているようです。

 校長先生が決して不真面目に「広い部分でのいじめ」と表現したのではないことは理解しています。

 自殺と結びつくほどの深刻な「いじめ」は認められないというニュアンスを示したかったのでしょう。

 一般論としてですが、同世代の子供を持つ木走としても、この事件を聞いたときに「このぐらいのことで命を捨ててはいけない」という残念な想いは持ちました。

 しかしです、「広い意味でいじめ」という表現はいただけません。

 ・・・

 まず「広い意味でいじめ」という表現は、これは非論理的で苦しい範疇分けです。

 たしかに、この自殺した中学生が、周囲のどのような言葉やふるまいにどのような想いで心傷ついたのかは、当人でなければわからない領域の判断の難しい問題であり、校長がいうとおり「推測の域を出ないため確認が難しく、最終的には結びつけられない」でしょう。

 しかし「直接自殺に結びついた」か判断が難しいならば逆になにが「広い意味でいじめ」であり、なにが「狭い意味のいじめ」であるのか、そのカテゴリー分け自体極めて「推測の域を出ない」非論理的なあいまいさがつきまとうでしょう。

 事実としては自殺が起こってしまったわけです。

 この場合、校長先生は客観的事実に基づき、「広義」だとか「狭義」だとか不確かなカテゴリーで分けないで、「いじめ」はあった、あるいは「いじめ」はなかったと明言すべきなのです。

 もし「いじめ」はあったのならば、自殺との因果関係は現時点で学校として確認中である、と粛々と客観的に報告すべきです。

 なまじ「広い意味でいじめ」などカテゴリー分けをして表現しても、「いじめ」に対してマイナスイメージしか持っていない国民には、たとえ校長の分析が論理的な根拠に基づいていても、「いじめ」があったのだという安直な反発しか生じないのだということを、この校長先生は理解してないようです。

 ・・・



●河野談話の「継承」を表明した首相も「狭義の強制性」との表現〜読売新聞社説から

 今日(31日)の読売新聞社説から・・・

10月31日付・読売社説(1)

 [河野談話]「問題の核心は『強制連行』の有無だ」

 この発言のどこが問題だと言うのだろうか。

 いわゆる従軍慰安婦問題に関する河野洋平官房長官談話について、「研究」の必要性を指摘した下村博文官房副長官の発言のことである。

 民主党など野党側は、河野談話の「継承」を表明した安倍首相の答弁と矛盾するとして「閣内不一致」と批判する。

 下村氏の発言は、「個人的には、もう少し事実関係をよく研究しあって、その結果は、時間をかけて客観的に科学的な知識をもっと収集して考えるべきではないかと思っている」というものだ。

 元慰安婦への「お詫(わ)びと反省の気持ち」を表明した河野談話は、その前提となる事実認定で、旧日本軍や官憲による「強制連行」があったことを認める記述となっている。韓国政府から「日本政府は強制連行だったと認めよ」と迫られ、十分な調査もせずに閣議決定された。

 慰安婦問題は、一部全国紙が勤労動員制度である「女子挺身(ていしん)隊」を“慰安婦狩り”だったと虚報したことが発端だ。慰安婦狩りをやったと“自白”した日本人も現れたが、これも作り話だった。政府の調査でも、強制連行を示す直接の資料はついに見つからなかった。

 河野談話が、「客観的」な資料に基づく社会「科学的」アプローチより、「反日」世論に激した韓国への過剰な外交的配慮を優先した産物だったのは明らかである。そうした経緯を踏まえ、下村氏は「研究」の必要性を指摘しただけだ。

 民主党などがそれでも問題だと言うなら、強制連行の有無という河野談話の核心部分をどう考えるのか、自らの見解を示してから追及するのが筋であろう。

 河野談話の「継承」を表明した首相も、「狭義の強制性」との表現を使い、強制連行は「今に至っても事実を裏付けるものは出ていない」と指摘している。下村氏の発言は首相の答弁と矛盾しない。

 仮に首相答弁と違っていたにせよ、歴史認識も絡むような問題で、「個人的」と断った見解まで、完全な一致を求めるのは、かえって不健全ではないか。

 政府見解は、金科玉条のように継承しなければいけないと決まっているものではない。おかしなところがあればただすのは当然のことだ。

 大事なのは事実である。

 軍や官憲による強制連行はあったか、なかったか――。政治的な思惑や過剰な外交的配慮を排し、歴史学者らの「研究」にゆだねるべき性格のものだ。

 その「研究」の結果、やはり強制連行の事実が見つからないのであれば、河野談話は見直されるべきである。

(2006年10月31日2時9分 読売新聞)

http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20061030ig90.htm

 従軍慰安婦問題に関する河野談話について研究の必要性を指摘した下村博文官房副長官の発言ですが、「この発言のどこが問題だと言うのだろうか。」と主張する読売社説なのであります。

 ポイントはここ。

 元慰安婦への「お詫(わ)びと反省の気持ち」を表明した河野談話は、その前提となる事実認定で、旧日本軍や官憲による「強制連行」があったことを認める記述となっている。韓国政府から「日本政府は強制連行だったと認めよ」と迫られ、十分な調査もせずに閣議決定された。

 慰安婦問題は、一部全国紙が勤労動員制度である「女子挺身(ていしん)隊」を“慰安婦狩り”だったと虚報したことが発端だ。慰安婦狩りをやったと“自白”した日本人も現れたが、これも作り話だった。政府の調査でも、強制連行を示す直接の資料はついに見つからなかった。

 河野談話が、「客観的」な資料に基づく社会「科学的」アプローチより、「反日」世論に激した韓国への過剰な外交的配慮を優先した産物だったのは明らかである。そうした経緯を踏まえ、下村氏は「研究」の必要性を指摘しただけだ。

 そもそもこの従軍慰安婦強制連行問題は、「一部全国紙が勤労動員制度である「女子挺身(ていしん)隊」を“慰安婦狩り”だったと虚報したことが発端」であるとして朝日新聞を批判した上で、「慰安婦狩りをやったと“自白”した日本人も現れたが、これも作り話」とし、「政府の調査でも、強制連行を示す直接の資料はついに見つからなかった」わけで、「河野談話が、「客観的」な資料に基づく社会「科学的」アプローチより、「反日」世論に激した韓国への過剰な外交的配慮を優先した産物」なのは明白であるとしています。

 その上で、

 河野談話の「継承」を表明した首相も、「狭義の強制性」との表現を使い、強制連行は「今に至っても事実を裏付けるものは出ていない」と指摘している。下村氏の発言は首相の答弁と矛盾しない。

 としています。

 つまり従軍慰安婦強制連行問題においては、当時の時代背景から、悪徳業者が介在した娘売りや詐欺まがいの連行に近い「広義」の強制性はあったかも知れないが、日本軍や政府が直接関与した「狭義」の強制性を裏付ける事実は出ていない、という主張なのでしょう。

 この場合の「広義」と「狭義」の基準は、日本軍・日本政府が直接関与した「強制連行」があったかどうかで分けられて使用されているようです。

 ・・・

 読売社説の結語。

 大事なのは事実である。

 軍や官憲による強制連行はあったか、なかったか――。政治的な思惑や過剰な外交的配慮を排し、歴史学者らの「研究」にゆだねるべき性格のものだ。

 その「研究」の結果、やはり強制連行の事実が見つからないのであれば、河野談話は見直されるべきである。

 大切なのは「客観的」な資料に基づく社会「科学的」アプローチにより実証される事実であることは全く異論ありません。

 本件に関する「虚報記事」を掲載した張本人とも言える朝日新聞は今だ、いっさいの記事訂正も謝罪も行っていないことは周知のことですが、ことが当時の外交問題まで発展したことや今現在まで根強く国際的批判にさらされていることを考えると、朝日新聞のメディアとしての責任は厳しく問われて当然でしょう。

先月には米下院の国際関係委員会にて日本にたいし極めて厳しい従軍慰安婦動員に関する決議案(下院第759号決議案)が可決したのも、当ブログとして取り上げたのでありまして記憶に新しいのであります。

(前略)

 今回米下院の国際関係委員会で審議し可決された決議案は、日本による第2次世界大戦中の従軍慰安婦動員に関する決議案(下院第759号決議案)であります。

 同決議案は民主党のレイン・エバンズ議員が中心となって4月に提出したものでありまして、日本政府に以下の4点を求めているものです。

(1) Formally acknowledge and accept full responsibility of its sexual enslavement of those known as "comfort women.".

(2) Educate current and future generations about historical truth, including past crimes against humanity.

(3) Publicly, strongly, repeatedly refute that the comfort women tragedy did not happen.

(4) Follow Amnesty International and United Nations’ recommendations with respect to the comfort women tragedy.

(1)従軍慰安婦動員の事実と責任を認める

(2)従軍慰安婦問題が人権に反する問題であることを現在および次世代の日本国民に教育する

(3)慰安婦を否認するいかなる主張に対しても公に強く反論する

(4)国連やアムネスティ・インターナショナルの慰安婦関連勧告を履行する

(後略)

■[国際]米下院外交委員会歴史公聴会〜ロビー活動としては明らかに日本の敗北 より引用

http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20060918/1158572391

 ・・・

 さて、読売社説の主張「問題の核心は『強制連行』の有無だ」にはまったく異論ないのであり、ぜひとも「客観的」な資料に基づく社会「科学的」アプローチにより実証していただき、国際的に誤解されている内容があるならば、日本政府として堂々と主張を展開してもらいたいと思います。



●「広い意味でいじめ」とか「狭義の強制連行」とか〜元の言葉に強烈な負のイメージがつきまとう場合「広義」や「狭義」のカテゴリー分けは上手な表現方法ではない

 さて、本エントリーで論じたいのは、従軍慰安婦問題の真贋論争ではありません。

 「広義」と「狭義」の使い方であります。

 「広義」か「狭義」かを論じる議論そのものの持つ限界というか「あやうさ」に関してであります。

 かたや事実の検証もろくにせず「(1)従軍慰安婦動員の事実と責任を認める」ことを日本政府に求めている米下院で可決された決議案にたいし、日本国内で内向きに「強制連行」が「広義」か「狭義」を論じる議論はどのくらい説得力があるのでしょうか。

 方法論としては弱いといわざるを得ません。

 一般には、その意味も言葉の定義も負のイメージがつきまとうような元の言葉に、ある基準で「広義」と「狭義」に分けて論じる場合、元の言葉自体は「真」であるといった短絡的な印象を与えがちです。

 日本軍の従軍慰安婦の「強制連行」に関して先入観として非人道的なイメージしか持っていない人々に、「広義」としてはともかく「狭義」としては「強制連行」は「偽」であるといった論法は、それがいかに「客観的」な資料に基づく社会「科学的」アプローチであったとしても、一部とはいえ「強制連行」を「真」と認めている点で、議論の方法論としては弱いといわざるを得ません。

 阿倍首相や日本政府は「狭義の強制性」はなかったなどと弱い論法ではなく、「客観的」な資料に基づく社会「科学的」アプローチによる実証をして、日本政府・日本軍による直接の「強制性」はなかったと、明確に否定すべきではないでしょうか。

 ・・・

 「狭義の強制性」とか「広義の強制性」などというカテゴリー分けは、「強制性」そのものは否定していない点で、国内はともかく国際的にはときに説得力に欠く脆弱な表現方法であることを認識していただきたいです。

 ・・・

 「いじめ」しかり、「強制連行」しかり、元の言葉に強烈な負のイメージがつきまとう場合、「広義」とか「狭義」とかを表現すること自体、その真摯な意図とは別に、ときに第三者の心に安直に負の印象をすりこんでしまう危険がつねにつきまとうのです。



(木走まさみず)

masashimasashi 2006/10/31 18:34 お久しぶりです^^
ここにきて読売新聞、なにか気張っていますね。何か裏でもあるのでしょうか??
従軍慰安婦については、教科書問題と同様に特定のマスメディアの意図的な誤用が問題となっており、すでにネット上では多く語られているものの、一般社会では新聞が取り上げない限り大きな動きにはならないのでしょうね。

できれば、中国国内の遺棄化学兵器の問題についても、日本は武器を接収されて正式に引き渡しているということも取り上げて欲しいですね。
それを「善意で!!」処理しようとしているのですから。

しかし、文通相手の産経新聞ならともかく、読売もこう正面から朝日の事を取り上げるようになるとは思いませんでした。予想GUYです(笑)

paf/pafpaf/paf 2006/11/02 02:17 kibashiriさん。一年ぐらいぶりのお久しぶりです。

いじめの問題ですね 〜 僭越ながら少しばかり異論を。

>もし「いじめ」はあったのならば、自殺との因果関係は現時点で学校として確認中である、と粛々と客観的に報告すべきです。



私としては、

・いじめによってある子供が自殺に至った場合、それは殺人事件に当該する。
・いじめの実態を隠蔽し、ある子供が自殺に至った場合、それは殺人補助に当該する。

という決然とした態度で対処して欲しいですね。犯罪だと。これぐらいいわないとといじめを予防することはできないのではないかと。

教員がいじめに荷担して子供が自殺に至るなどということは論外であり、自殺者が出た時点で学校の範疇を超えており、警察や司法によって裁定されるべきことだと私は思うのですが。

いじめによる自殺を学校として隠蔽することが犯罪の領域にあるという認識があまりに薄すぎると私は思うのですが。

kibashiriさんのご指摘のとおり、校長が広い意味でのいじめ、狭い意味でのいじめなどと区分けして考えていること自体、根本的なズレがあるように私には思われました。



---
私なりに色々考えてみたのですが、子供だけではなく、頑張ってくれる教員を守る・犯罪者にしないという理由から、

・いじめはどの先生が担当しても状況によっては起こりえるもの、

という認識を共有し、教員がいじめの問題を1人で抱え込むことのない環境、いじめの事実を隠蔽しなくても良い環境として、

・クラスでいじめが発生したことをできるだけ早期に発見・報告した場合、報告した教員の評価が下がるのではなく、逆に教員の評価が上がるような評価システムが、大切なのではないかと。

できるだけ早期に発見・報告し、できるだけ早期に複数の教員で対応することが肝要ではないかと。

他の事柄については色々切磋琢磨して欲しいのですが、いじめや学級崩壊等の問題については、クラスでいじめの問題が発生していない、ないしは表面化していないから担当の教員が優秀だという評価は避けるべきなのではないかと。



---
いじめを完全に無くすのは無理でしょうが、いじめを完全に無くすことが無理だと、教育関係者の責任のある人がいった時点で、いじめを容認してしまうことに繋がるのでしょうね。

同様に、「いじめはどの先生が担当しても状況によっては起こりえるもの」と言い切ってしまうのも少し注意が必要かと。個々の教員がいじめ問題に真摯に取り組む、努力する姿勢が薄らいでしまう可能性も、非常に少ないとは思いますが、あるでしょうし。


では。

bobbob 2006/11/02 15:44 いじめで警察に被害届を出した例が報道されましたね。集団無視などでは難しいでしょうが身体的や金銭的ないじめは警察に任せるというのが一番の解決策だと思います。学校側も変に隠蔽するより警察に任せてしまうほうがいいと言う事に何故気が付かないのでしょうか?

昏太昏太 2006/11/02 16:56 「当事者Aにとっては意味がないけれども、当事者Bにとってはその区別が重要である場合、
広義狭義にこだわることが、当事者Bの視点に立って(暗黙のうちに加担して)いると
第三者からみえることがある。まずは出来事に立ち返り、事実関係を慎重に見極めることが
論じる者のミニマムの心得である」と誤読曲解いたしました。

masashimasashi 2006/11/04 11:38 いじめ問題については、少々気になるエントリがありました。
http://d.hatena.ne.jp/essa/20061103/p1

すべてのいじめに別の背景もあるのではないでしょうが、地方ならではの闇があぶり出される事は、ある意味地方分権の実質的な推進において避けては通れない事態なのかもしれませんね。
自殺(他殺?)せざるをえなかった、お子様には深く哀悼の意を表します。

広義狭義についてはレトリック上の問題なので、煙に巻くための議論としか感じられません。ディベートには最適な手法でしょうが、オウムを連想して嫌な感じしか受けないのが感想です。

kibashirikibashiri 2006/11/08 09:55 masashi様

>お久しぶりです^^

 こちらこそです。

>ここにきて読売新聞、なにか気張っていますね。何か裏でもあるのでしょうか??
従軍慰安婦については、教科書問題と同様に特定のマスメディアの意図的な誤用が問題となっており、すでにネット上では多く語られているものの、一般社会では新聞が取り上げない限り大きな動きにはならないのでしょうね。

 たしかに従軍慰安婦問題は、ネットほどには話題性がないようですね。

>できれば、中国国内の遺棄化学兵器の問題についても、日本は武器を接収されて正式に引き渡しているということも取り上げて欲しいですね。
それを「善意で!!」処理しようとしているのですから。

 しかも一兆円近くの大枚はたいてね(苦笑

>しかし、文通相手の産経新聞ならともかく、読売もこう正面から朝日の事を取り上げるようになるとは思いませんでした。予想GUYです(笑)

 読売って「予想外」なんですよね。

paf/paf様

>kibashiriさん。一年ぐらいぶりのお久しぶりです。

 おお、ごぶさたしております。

>いじめの問題ですね 〜 僭越ながら少しばかり異論を。

 はいはい、異論反論大歓迎の当ブログでございますよ。

>・いじめによってある子供が自殺に至った場合、それは殺人事件に当該する。
・いじめの実態を隠蔽し、ある子供が自殺に至った場合、それは殺人補助に当該する。

という決然とした態度で対処して欲しいですね。犯罪だと。これぐらいいわないとといじめを予防することはできないのではないかと。

 なるほど、いじめは「犯罪行為」であるという決然とした態度でのぞめ、ということですね。

>教員がいじめに荷担して子供が自殺に至るなどということは論外であり、自殺者が出た時点で学校の範疇を超えており、警察や司法によって裁定されるべきことだと私は思うのですが。

いじめによる自殺を学校として隠蔽することが犯罪の領域にあるという認識があまりに薄すぎると私は思うのですが。

kibashiriさんのご指摘のとおり、校長が広い意味でのいじめ、狭い意味でのいじめなどと区分けして考えていること自体、根本的なズレがあるように私には思われました。

 うむ、なるほどです。

>私なりに色々考えてみたのですが、子供だけではなく、頑張ってくれる教員を守る・犯罪者にしないという理由から、

・いじめはどの先生が担当しても状況によっては起こりえるもの、

という認識を共有し、教員がいじめの問題を1人で抱え込むことのない環境、いじめの事実を隠蔽しなくても良い環境として、

・クラスでいじめが発生したことをできるだけ早期に発見・報告した場合、報告した教員の評価が下がるのではなく、逆に教員の評価が上がるような評価システムが、大切なのではないかと。

できるだけ早期に発見・報告し、できるだけ早期に複数の教員で対応することが肝要ではないかと。

他の事柄については色々切磋琢磨して欲しいのですが、いじめや学級崩壊等の問題については、クラスでいじめの問題が発生していない、ないしは表面化していないから担当の教員が優秀だという評価は避けるべきなのではないかと。

 なるほど、いじめを隠蔽するような雰囲気を一掃するためには教員の評価システムから帰るべきというご提案ですね。

>いじめを完全に無くすのは無理でしょうが、いじめを完全に無くすことが無理だと、教育関係者の責任のある人がいった時点で、いじめを容認してしまうことに繋がるのでしょうね。

同様に、「いじめはどの先生が担当しても状況によっては起こりえるもの」と言い切ってしまうのも少し注意が必要かと。個々の教員がいじめ問題に真摯に取り組む、努力する姿勢が薄らいでしまう可能性も、非常に少ないとは思いますが、あるでしょうし。


 貴重なご意見ありがとうございます。

bob様

>いじめで警察に被害届を出した例が報道されましたね。集団無視などでは難しいでしょうが身体的や金銭的ないじめは警察に任せるというのが一番の解決策だと思います。学校側も変に隠蔽するより警察に任せてしまうほうがいいと言う事に何故気が付かないのでしょうか?

 なるべく警察沙汰にしたくないのでしょうか。

昏太様

>「当事者Aにとっては意味がないけれども、当事者Bにとってはその区別が重要である場合、広義狭義にこだわることが、当事者Bの視点に立って(暗黙のうちに加担して)いると第三者からみえることがある。まずは出来事に立ち返り、事実関係を慎重に見極めることが論じる者のミニマムの心得である」と誤読曲解いたしました。

 すばらしい、そのとおりでございますとも(苦笑

masashi様

>いじめ問題については、少々気になるエントリがありました。
http://d.hatena.ne.jp/essa/20061103/p1

 おお貴重な情報多謝でございます。
 福岡の事件ですが、これはすごい奥の深さですねえ。

>すべてのいじめに別の背景もあるのではないでしょうが、地方ならではの闇があぶり出される事は、ある意味地方分権の実質的な推進において避けては通れない事態なのかもしれませんね。
自殺(他殺?)せざるをえなかった、お子様には深く哀悼の意を表します。

 うーん、これは闇は深いのですねえ・・・

>広義狭義についてはレトリック上の問題なので、煙に巻くための議論としか感じられません。ディベートには最適な手法でしょうが、オウムを連想して嫌な感じしか受けないのが感想です。

 オウムでつか(苦笑



 みなさま、貴重なご意見・情報ありがとうございます。

ミッフィーミッフィー 2006/12/12 12:50 http://vision.ameba.jp/watch.do?movie=56957
元公安の菅沼光弘氏「ヤクザの6割が同和、3割が在日」 (完全版)
http://vision.ameba.jp/watch.do?movie=58332
(動画)強制連行されたと言っている朝鮮人の99.999%はウソ
http://vision.ameba.jp/watch.do?movie=49367
アイゴー、ウリたちに都合の悪い在日特権の話はやめて欲しいニダ
http://vision.ameba.jp/watch.do?movie=46335
靖国神社を参拝した朝鮮皇族
http://vision.ameba.jp/watch.do?movie=51137
南朝鮮に対して三輪氏が激怒
http://vision.ameba.jp/watch.do?movie=49029
アイゴー、ウリナラの触れてほしくない話を55分間もするのはやめてほしいニダ。
http://vision.ameba.jp/watch.do?movie=40642
在日朝鮮人のウソ 

ここがおもしろいですよ。

kibashirikibashiri 2006/12/13 10:41 ミッフィー様

 いやおもしろいサイト情報ありがとうございます。
 個人的には朝鮮問題研究家の「みや東亜」氏に惹かれました(笑