木走日記

場末の時事評論

日本語表現「○○の中のXX」の四つの用法を使いこなそう

kibashiri2007-08-23




●「インドの中の日本」建設だああ?〜朝鮮日報

 今日(23日)の朝鮮日報のビックリするタイトルの記事から。

日印首脳会談:「インドの中の日本」建設へ

 インドと日本が同盟レベルの強固な友好関係を誇示した。

 両国はアジアの盟主を自認する中国をけん制するという共通の目標がある上に、製造業の誘致(インド)、新興市場の確保と戦略的産業拠点を確保(日本)したいお互いの利害関係も一致する。インドを訪問中の安倍晋三首相は22日にインドのシン首相と首脳会談を行い、経済・軍事などさまざまな分野での緊密な協力関係を維持していくことで合意した。

◆会談のキーワードは経済

 両国の緊密な経済協力関係は、日本にとって経済面で非常に有利だ。製造業の基盤に乏しいインドとしては、当分の間日本製の家電・コンピューター・自動車などをより多く輸入するようになる。

 両国はさらに、インドの産業化を進める上で基盤となるデリー−ムンバイ間の産業大動脈建設プロジェクトにおいても緊密に協力していくことで一致した。1400キロにわたるこの産業大動脈は、いわゆる太平洋ベルトを通じて産業化に成功した日本のアイデアだとされている。日本は内陸のデリー近郊に進出している日本企業にとって必要な物流基盤を提供するために、高速貨物鉄道建設などを中心に今後5年間で100億ドル(約1兆1534億円)を投資する。日本の国土面積に匹敵するこの地域が日本企業にとっての産業ベルトとして育成されれば、インドの中にもう一つの日本が作り上げられることになる。スズキやホンダがデリー周辺に自動車工場を新たに建設し、ソニー東芝などの電機メーカーもインド市場への再進出を狙っている。

◆中国に対するけん制で一致

 安倍首相の持論は米国−オーストラリア−日本―インドの南太平洋ベルトを通じ、イスラム教勢力を基盤にアジア全体への影響力拡大を狙う中国をけん制するというもの。インドも国境を接し、戦争の経験もある中国の急成長を常に警戒している。

 とりわけ両国は軍事協力を強化することでも一致した。来月インド洋で行われる海上訓練には日本の自衛隊が参加する可能性が高いとみられている。

李仁列(イ・インヨル)特派員
朝鮮日報朝鮮日報JNS
http://www.chosunonline.com/article/20070823000018

 ええええ!? 「インドの中の日本」建設だああ? とタイトルだけ読むとビックリしちゃうこの朝鮮日報記事なのですが、よく読むとなんのことはない、日本・インド両国により「デリー−ムンバイ間の産業大動脈建設プロジェクトにおいても緊密に協力」することにより、「日本の国土面積に匹敵するこの地域が日本企業にとっての産業ベルトとして育成されれば、インドの中にもう一つの日本が作り上げられることになる」ということのわけですね。

 なんだかなあ、人騒がせな記事タイトルなのであります。

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 それにしても「インドの中の日本」ねえ。

 おもしろい表現だなあ。

 この「Bの中のA」という日本語表現なのですが、興味深いです。



●日本語表現「○○の中のXX」の四つの用法を使いこなそう

 考えてみるとこの「Bの中のA」、「○○の中のXX」という日本語表現ですが、用法としては四通りあるのであります。



【最もポピュラーな使い方:Bが大きくてAが小さい場合】

 一般に「Bの中のA」と表現した場合、大きな母集合Bの中の部分集合Aという関係がイメージされます。

 地理的な使い方で言えば、例えば「アジアのなかの日本」とか「世界の中の日本」とかよく使われるわけでありまして、一般的には「Bの中のA」とは地政学的にBという広い領域に所属しているAという一地域といった感じでありますね。

 まあここまでは数学的話。

 で、日本語がおもしろいのはこの「Bの中のA」という表現は、ただその数学的集合関係を示しているだけでなく、使い方によっては所属するグループの選択、隷属、あるいは同化といった微妙なニュアンスも込められるのであります。

 たとえば、「アジアのなかの日本」ってくくりは、最近じゃ「アジアとなかよくしなきゃ」ってニュアンスで使われる場合が多いのでありまして媚中派の人たちが好んで使ったりするわけですよね(苦笑)

 そういえば我らが安倍首相の「美しい国日本」という最近落ち目のスローガンですが、初めて聞いたとき、その昔川端康成ノーベル文学賞の授賞式で演説した講演のタイトル「美しい日本の中のわたし」を思い出したのは私だけではありますまい。

 この川端の「美しい日本の中のわたし」という使い方も実に興味深いものがあります、「美しい日本」に属している「わたし」なのであります。

 ニュアンスとしては「わたし」は「美しい日本」の一部分に同化している感が醸し出されているわけであります、うーむ穿って読めば「保守」の香りが香ばしい(苦笑)。

 つまりこのポピュラーな表現は、数学的に単純に大小の集合関係を表現していながら、使い方によっては、そこに政治的なある種の従属関係や同化関係をもたらすことに利用できるのであります。

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【ちょっとおしゃれな使い方:Bが小さくてAが大きい場合】

 もう少し分析してみると、私たち日本人は「Bの中のA」と表現するとき数学的な母集合Bと部分集合Aという大小関係を無視した使い方をしばしばするときがあります。

 例えば「日本の中のわたし」を倒置して「わたしの中の日本」としたら意味は微妙にちがってきますよね。

 物理的には小さな「わたし」の中に大きな「日本」を取り込んだ奇妙な表現でありますが、このような使い方の場合、「わたし」に従属する「日本」は、日本的なるもの、日本的要素というニュアンスになるわけですね、じゃないと「わたし」に入りきれませんからね。

 これは高級な頭の賢そうな使い方なのであります。

 つまり、いっけん大小関係が逆転している集合でもってこの表現を用いると、あら不思議、その対象を要素に分解して考察しているような発言者が「頭のよい」雰囲気が醸し出されるのであります(あくまで雰囲気であって本当に頭がいいわけではありません(苦笑))

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【ひねくれた使い方:BとAの集合関係が無縁な場合】

 この部分集合Bの方に大きなものを置くと「的要素」となるのは、これは地理的にまったく従属関係のない場所を用いても成り立つようです。

 例えば「日本の中の中国」とすれば、日本の中の中国的要素、たとえば地理的には中華街のような中国人街を想起する人もいれば、仏教寺院や漢字などの日本の中に息づく中国文化をおもう人もいることでしょう。

 上記の記事タイトル「インドの中の日本」もまさしくインドの中の日本的産業地域を指しているわけであります。

 このBとAの集合関係が無縁なケースですが、これも応用が利きマスですね、例えば「木走の中のアメリカ」とか表現すると、わたしの中のアメリカとの関わり(留学経験とか滞在経験とか)とか、わたしのアメリカ人の友人関係とか、いろいろと想起されておしゃれなんでありまして、ひねくれた使い方ではありますが賢そうな表現なのであります。

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【要素を純化する慣用的使い方:BとAを同じ集合とした場合】

 日本語として慣用的に一番特殊化した使い方としては「Bの中のA」のBとAを同じ集合としてその要素を純化する使い方であります。

 「男の中の男」とか「女の中の女」とかであります。

 木走は男の中の男であるなんて(言われたこと一度もないですが(苦笑))一般には誉め言葉に使われることがおおいですが、つまりは男という集団の中でももっとも男的な要素の持ち主であるといったニュアンスが醸し出されるのでありますね、その集団のもつ特性が純化される表現なのであります。

 もっとも「悪人の中の悪人」とか「へたれの中のへたれ」とか、負の純化作用もあるので使い方にはご用心なのであります。

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 ね、「○○の中のXX」という日本語表現ですが、ポピュラーな使い方から賢く見える使い方までいろいろございますでしょう。



●すばらしい、さすがS君だ、『SEの中のSE』だ、SEの鑑(かがみ)であある

 ではさっそく実践練習してみましょう。

 不肖・木走の経営するIT関連零細企業なのですが、従業員の中で最も扱いづらくて私に反抗的なS君がおります。

 今日もS君は自分に与えられたプロジェクトがやりたくなくて私にわがままを言っています。

S「社長、このプロジェクトは僕の技術スキルには合いません、僕に向いていません、担当をはずして下さい」
木走「おいおい、今更何をいっているんだ。確かに君にとってはつまらないシステムかもしれないが、ここも小さいとはいえ大切なお客様なんだぞ。会社の利益のためここは我慢してくれないか」
S「こんなシステム、他のやつでもできるでしょ、僕はもっとやりがいのあるプロジェクトにかかわりたいです」
木「(やれやれ)、いいかいS君、君は組織人なんだぞ、フリーランスの技術者じゃないんだ、『会社の中のS』として振る舞えないのか」

(さりげなく政治的なある種の従属関係や同化関係をもたらす表現を使用する木走(苦笑))

S「でも僕には向かないと思うんです」
木「S君、君の中で会社とはどういう位置付けなんだい、『Sの中の会社』とはいったい何なの」

(ここで木走、高等テクを出しました、いっけん大小関係が逆転している集合でもってこの表現を用いると、あら不思議、その対象を要素に分解して考察しているような発言者が「頭のよい」雰囲気が醸し出されるのであります(苦笑))

S「うーん・・・」
木「いいかいS君。仕事とはいつも自分の好きな分野のことだけをすることができるわけじゃないんだ、そんなことは君も百も承知だろう、このプロジェクトは半年だ、な、我慢してくれや、それにこのプロジェクトは専門知識を勉強するいい機会でもあるんだよ」
S「そういえばこのお客様の業種は病院・医療系ですよね、レセプト(医療事務)の勉強には少しはなるかな」
木「勉強になるとも(たぶん)。たずさわれば『Sの中のインテリジェンス』がきっと目覚めることだろうよ」

(わがままSとインテリジェンスはまったく結びつきはしませんが、人はこういう言い方に実に弱いのであります(苦笑))

S「よおし、それではひとつがんばりますか」
木「すばらしい、さすがS君だ、それでこそ『SEの中のSE』だ、SEの鑑(かがみ)であある」

 なんか臭い具体例だなあ(爆)

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 さあみんなで日本語表現「○○の中のXX」の四つの用法を使いこなそう。

 ジャンジャン。



(木走まさみず)