木走日記

場末の時事評論

借金国家と預金国家ではゼロ金利政策の意味は国民の立場からすると正反対

●ゼロ金利、日米で正反対 日本では暴挙、米では徳政〜夕刊フジ記事から

 どうも電子化はされていないようですが、23日付け夕刊フジのあるコラム記事がたいへん興味深いのです。

 テキスト化して読者のみなさんにご紹介いたしましょう。

ゼロ金利、日米で正反対 日本では暴挙、米では徳政

 米国も金融恐慌に対応しておりゼロ金利をとった。「日本がやったことと同じことをやっている」との見方が多い。これに日米金融筋が反論した。
 「ゼロ金利は日本と米国では正反対だ。事情が全く違う」
 そして次の説明をした。
 「クレジットカードの機能が全く違う。10万円の服を買ったら、日本では翌月か翌々月に口座から自動的に引き落としされる。しかし米国では自動引き落としは圧倒的にない。預金者が銀行を信用しないから自動引き落としを認めない。支払いは自分で確認して、自らの個人小切手を送る」
 国民が皆、小切手を持っているのか。
 「高校生からほぼ例外なく小切手帳を持っている。広い大陸国家の決済方法でもある。しかし10万円の買い物をしてもミニマムしか払わない」
 どういうことか。
 「10万円の買い物なら支払は5000円ぐらいでいい。これが慣例化している。米国人は常にこの種の借金がある」
 銀行預金はしていないのか。
 「預金はしない。金が必要なら、仕事さえあれば、米国の銀行は預金がなくとも貸してくれる。住宅ローン、自動車ローン、カードローン、日本人から見ると借金まみれの国民だ」
 どのくらい借金しているのか。
 「年収の3倍は借金がある感覚だ。それが米国の消費を支えてきた」
 なるほど、日本は預金国民、米国は借金国民なのだ。
 「だから今回のゼロ金利は、米国民に対して徳政令に近い。対して日本のゼロ金利は銀行に対する徳政令。うるおうのは国民ではなく大銀行だ」
 米政府がゼロ金利に踏み切った目的は。
 「まず、消費マインドを冷やさない。次に国民の負担軽減だ。ゼロ金利は米国民は大歓迎だ」
 金融界やカード会社の収入は減らないのか。
 「当然減る。しかし米政府は国民救済に走ったのだ」
 ゼロ金利の意味が全く違うのだ。
 「日本のように国民の金融資産が1500兆円でゼロ金利をやるのは暴挙。民主国家と大企業国家の差がはっきり見える」

12月23日付け 夕刊フジ 4ページ コラム鈴木棟一の風雲永田町』より

 これですね、アメリカ人は借金漬けなので政策ゼロ金利は負担軽減に繋がり多くの国民にとっては『徳政令』なのであり、一方貯金国家日本においては政策ゼロ金利はあくまで大銀行・大企業向けの施策なのであり多くの国民にとり『暴挙』なのだ、という主張ですが、借金国家と預金国家でのゼロ金利政策の意味は正反対なのだとは、なかなか鋭い指摘なのであります。

 この政治評論家の鈴木棟一氏のコラムですが、記事内容は日米金融筋からの聞き取りの形式で構成されていますが、いくつか記事内容に間違いとはいえませんが誤解を生みやすい気になる記述もあります。

 たとえば「10万円の買い物なら支払は5000円ぐらいでいい。これが慣例化している」という記述は、米国ではまるで借金を支払わずに放置していてもよいような印象を与えかねませんが、さすがに米国といえども支払いが滞れば、何らかのペナルティが科せられますから放置していてよいということではありません。

 また「高校生からほぼ例外なく小切手帳を持っている」との指摘も正しいのは正しいのですが、正確には「高校生からほぼ例外なくカードを使用している」のが実情でありまして、カード決済するには銀行に支払口座を持ってないといけないわけで、で、アメリカで銀行口座を開設すると自動的に『チェック』と呼ばれる小切手帳が銀行から個人に渡されるのであります。
 
 細かいことはさておき、この記事の内容は概ね事実に則しており、確かに米国人は預金などせず、お金が必要ならば『チェック』(個人小切手)を切りまくって借金漬けの消費生活をしてきたのはその通りであります。

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●入金後に不渡りとなる恐ろしい『チェック』(小切手)のからくり

 かつて私自身が米国の金融機関に口座を開設して米国企業と商取引をしたときの恐ろしい体験談を披露します。

 アメリカでは給与の支払いやレストランでの食事などの小口取引から企業間の大口取引まで、あらゆる支払いに『チェック』(小切手)が利用されています。

 驚くのは教会への献金ですら小切手が使われています。

 当時、私の関わるクライアント企業はアメリカ企業相手に工作機械の売り込みの商談を進めていました。

 私はコンサルタントとしてその商談に参加していました。

 初回は3万ドル弱の小口取引ではありましたが初めて契約が取れ商品を米国企業の顧客に無事納めることができた時のことです。

 支払は当然のごとく『チェック』が使用されました。

 電子取引に慣れている日本人にとってこの『チェック』取引はなんとも非効率的で前時代的にうつります。

 流れは基本的には日本の小切手取引と同様で、まず、アメリカ企業の顧客は自分の『チェック』に支払金額をサインし、わたし達に送ってきました。

 『チェック』が届いた後、わたし達はその『チェック』にサインをしてわたし達自らの足で取引銀行に持っていきました。

 銀行窓口が処理をし、口座残高を記帳すれば取引金額分入金されているのを確認できました。

 まあ、スピード感には問題ありながらも、日本でならこれにて無事に入金完了、ひとつのビジネスの商取引が無事終了ということになります。

 今にして思えば、私もクライアントもアメリカでの小切手取引は初めてでしたが、アメリカの『チェック』(小切手)取引の本当の恐ろしさを何も知らなかったのです。

 実はこの段階で決済はまったく済んではいなかったのです。

 しばらくしてクライアントから「銀行口座からこの前の小切手取引で入金された金額が消えてしまった。それどころか以前の残高より逆に減ってしまっている。何が起こったんだか訳がわからない」という悲痛な連絡がありました。

 急ぎ銀行に問い合わせて見ると担当者が訳のわからないことを言います。

 「残念ながらお客様の小切手(check)はゴム(rubber)であることが判明しました」

 小切手がゴムだったとは、最初相手が何を言っているのか理解できませんでしたが、米国では不渡り小切手のことを俗語でrubber checkと表現することを後で知りました。

 つまり、わたし達の受け取った『チェック』は、rubber checkいわゆる不渡りだったというのであります。

 驚くべきことにアメリカではいったん入金後に不渡りとなることは決して珍しくはないというのです。

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 担当員の説明によれば、私達が入金確認後に起こったことはおおよそ次のようです。

 実はアメリカでは一般的なのですが、わたし達が金額を確認した振込金額はわたし達の口座を有する銀行がとりあえず入金処理したものであり、その時点では相手先銀行からはまだ振り込まれてはいなかったのです。

 日本人の私達としてはとても違和感がありますが、わたし達の銀行は相手の口座の残高も確認せずにわたし達の口座に入金していたのです。

 で、電子自動取引に慣れている者としてはなんとも信じられないことなのですが、わたし達の銀行は『チェック』処理決済を完結するため、わたし達から受け取った『チェック』を顧客の取引銀行へメール便で送ることになります、その金額を送金させるためにです。

 顧客の取引銀行では、届いた『チェック』から、ようやくその段階で口座残高を確認しました。

 この時点でなんと相手の口座残高はまったく足りないことがわかりました。

 つまり残高不足が確認され、『チェック』はrubber check、不渡り扱いとなり、またしてもメール便でわたし達の取引銀行へ戻されたのです。

 そして取引銀行は、わたし達の口座から一度は入金された『チェック』の額面金額を容赦なく引き落としたのでした。

 なんという恐ろしい、しかしのんびりとした、時間差攻撃、時間差不渡りではないですか。

 それだけではありません。

 『チェック』がrubber check・不渡りになると、銀行はNSF(Non Sufficient Funds)という訳のわからないつまり残高不足手数料なるものを自動的に付加して入金したよりも多くの金額を引き落とします。

 これは引き落とし一回につき、金額等にもよりますが、20ドルとか50ドルとかかなり高額の手数料なのです。

 そしてこのNSFは不渡りを出した方にもかぶる方にも引き落とされるのです。

 つまり私のクライアントの口座が「それどころか以前の残高より逆に減ってしまっている」状態になったのは、『チェック』の額面金額+NSF残高不足手数料まで引き落とされてしまったからなのでした。

 不渡りを食らった方にも手数料を取るなんてちょっと信じがたいのです。

 いずれにせよ、電子取引に慣れている日本人の感覚からは、ちょっと恐ろしいほどののろまな決済手順なのでありました。

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 顧客企業へクレームしスッタモンダの挙句、最終的にはこの商取引は無事に成立しましたが、それにしても顧客担当者が別に悪びれることもなかったのには少しばかり驚かされました。

 顧客企業は事務的手続き上の問題があったと認めたものの謝罪すらありませんでした、また、再度同額の『チェック』を切りなおして再送してきました。

 今度はすべて無事に完了しましたが、金融機関も含めて普通のことのようにこなしていました。

 日本と違って、アメリカでは何度不渡りを出しても、銀行と取引停止になったり、倒産に追い込まれたりすることは一切ないようなのです。

 NSFなる残高不足手数料が存在するほどに不渡りが普通に頻繁に起こっているのでありましょう。

 アメリカではこんなこと日常茶飯事なのかと考えさせられてしまいました。

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●借金国家と預金国家ではゼロ金利政策の意味は国民の立場からすると正反対

 上述したように、米国においては、大企業の高額取引などは別として、小規模の『チェック』による決済は、すべてが紙に基づく手作業で行われることが多いため、『チェック』を切った人に支払能力があるのかどうかを確認できないことが多いのです。

 支払能力確認ができないということは、誰でも口座さえあれば『チェック』に金額を書き、小切手を安直に切れることができるわけです。

 私達が経験した『チェック』の不渡り決済もアメリカにおいては決して珍しいことではないわけです。

 このような甘い慣習がアメリカ人の借金体質に心理的な面で影響を与えていることは想像にかたくありません。

 多くのアメリカ人が、さほどの預金を持たず、貰う給与以上の消費生活におぼれてしまった原因のひとつには、このアメリカ特有の個人小切手乱切り習慣もあるのだと思います。

 そしてこの習慣がクレジットカード決済にも大きく影響します。

 「クレジットカードの機能が全く違う。10万円の服を買ったら、日本では翌月か翌々月に口座から自動的に引き落としされる。しかし米国では自動引き落としは圧倒的にない。預金者が銀行を信用しないから自動引き落としを認めない。支払いは自分で確認して、自らの個人小切手を送る」

 上述のコラムのこの指摘どおりクレジットカードの支払ですら個人小切手なのです。

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 政策金利をゼロにするという施策は、当前ですが借金している者の利子負担を軽減する救済策『徳政』となります。

 逆にこのゼロ金利政策は、これも当然ですが預金している者の利子収入を奪ってしまう『暴挙』となります。

 平均して年収の3倍もの借金を国民が負う米国と1500兆円もの個人預金を有する日本では、確かにゼロ金利政策の意味合いが平均した国民個人のレベルから見ると正反対にうつるでありましょう。

 借金国家と預金国家ではゼロ金利政策の意味は国民の立場からすると正反対なのであります。

 もっとも日本人ではありながら私のように運転資金にキュウキュウとしつつ借金まみれの零細企業経営者の立場からは、ゼロ金利政策は利子負担軽減という意味で恥ずかしながら大歓迎ではあるのであります(ため息)



(木走まさみず)