木走日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2009-01-06 『派遣切りのジレンマ』

[]『派遣切りのジレンマ』 16:17



 『囚人のジレンマ』は、ゲーム理論で登場する代表的な問題でありますネ。

 ちょっとサワリを。

 今ここに、共犯で犯罪をおこし捕まった二人の囚人がいたとします。

 決定的な証拠がないため警官は囚人達の自白が必要でした。

 そこで警官は、囚人達を別々の牢屋に入れ、互いに意思の疎通ができないようにした上で、それぞれ個別に同じ条件の取引をします。

 警官の出した条件は次の通りです。

 条件1:お前達の犯した罪は懲役20年に値するが、残念ながら決定的な証拠がない。そこで2人とも黙秘したならば1年後に釈放されることになる。

 条件2:もしお前が自白し共犯者が黙秘ならば、お前は無罪放免、共犯者が懲役20年となる。

 条件3:逆に共犯者だけ自白しお前が黙秘ならば、お前は懲役20年、共犯者は無罪放免だ。

 条件4:お前も共犯者も両方自白したら、仲良く懲役10年づつだ。

 二人にとって最適の解は、当たり前ですが互いに協調して黙秘し、二人そろって一年後に釈放されることですが、彼らが互いに独房に入れられていて意志の疎通が図れないことから彼らは相手の取る行動を推測して自らの行動を決めるしか方法がありません。

 そこで囚人Aの立場で論理的に考えてみると興味深いことに、共犯者の囚人Bが黙秘しようが裏切って自白しようが、彼・囚人Aは共犯者を裏切ることのほうが得策であると判断してしまいます。

 具体的にはこうです。

<囚人Aの判断>

 もし囚人Bが黙秘するならば、俺が協調して黙秘したら1年後に釈放、俺が裏切って自白したら懲役20年の罪はすべて相手がかぶり俺は無罪放免だ、これは裏切って自白したほうが得策だ。

 もし囚人Bが自白するならば、俺が黙秘したら俺だけ懲役20年でヤツは無罪放免だ、俺も裏切って自白したら、二人そろって懲役10年だ、これも裏切って自白したほうが得策だ。

 囚人Bも論理的に同じ判断をします。

 こうして囚人達は、互いに協調し黙秘したほうが得であるにもかかわらず、互いに裏切りあって10年の刑を受ける事になります。

 警官は見事二人の自白を得ることができました。

 合理的な各個人が自分にとって「最適な選択」(裏切り)をすることと、全体として「最適な選択」(協調)をすることが同時に達成できないことから、これをゲーム理論では『囚人のジレンマ』と呼んでいるわけです。

 実に興味深いことですが、個別のプレイヤーを支配している戦略が導く最適解は、必ずしも全体の利益には合致しないというこの問題は、実際の政治・経済においても「行き過ぎた値下げ競争」など多くの具体的事例をあげることができるのです。

 ・・・

 で、派遣切りの問題。

 大手16社で33兆を超える内部留保を蓄えたまま、投資家や株主への配当は据え置いて、「派遣切り」などの雇用調整を急ぐ大企業なのでありますが、彼らはまさにある種の『囚人のジレンマ』問題を露呈していると思います。

 『派遣切りのジレンマ』とでも命名しましょうか。

 ゲームの条件は『囚人のジレンマ』とそっくりです。

 全社が内部留保を切り崩しつつ雇用調整を控えれば、全体的な財務体質は弱まるが派遣切りの問題は沈静化する。

 もし自社が派遣切りしライバルが控えれば、自社の財務体質は強化されライバルは弱体化する。

 逆にライバルだけ派遣切りし自社が控えれば、自社だけ財務体質が弱体化しライバルは強化される。

 自社もライバルも両方派遣切りしたら、全体的に財務体質は強化される。

 このような条件下では、個別のプレイヤーを支配している戦略が導く最適解は、当然ながら派遣を切って雇用調整をすることになります。

<大企業Aの判断>

 もしライバルが派遣切りを控えれば、ウチも控えれば全体的な財務体質は弱まる、ウチだけ派遣切りしたら財務体質が弱まるのはライバルだけでウチは強化される、ウチが有利だ、これは派遣切りしたほうが得策だ。

 もしライバルが派遣切りしたならば、ウチが控えればウチだけ財務体質が弱まる、ウチも派遣切りしたら全体的に財務体質は強化される、ウチが不利になることはない、これも派遣切りしたほうが得策だ。

 彼ら大企業が、株主や投資家の顔色ばかり見ている限り、つまり自己の財務体質の強化だけを行動基準にしているかぎり、労働分配率を高めるような振る舞いは決して選択はしないでしょう。

 そして、合理的な各企業が自分にとって「最適な選択」(派遣切り)をすることは、社会全体として「最適な選択」(雇用安定)をすることとは同時に達成できないのです。

 これはまさに社会的責任を有しているはずの大企業の『派遣切りのジレンマ』と呼べましょう。



(木走まさみず)



<関連テキスト>

■2008-12-25 大企業は蓄えてる「内部留保」の一割でいいから社会還元してみては?

http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20081225

■2008-11-03 「筋肉質」になった企業が大量の非正社員からクビを切る地獄絵が始まる

http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20081103

■2007-09-28 不思議な経済大国ニッポン

http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20070928

■2005-10-21 世にも不思議な「靖国のジレンマ」〜ゲーム理論からの一考察

http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20051021

ト 2009/01/06 18:08 ダ・カ・ラ前に誰かが言ってたけど、これこそ国内企業だけの談合や規制だけではどうにもならない事じゃない?
「雇用調整が駄目というなら、海外に移せる工場はもっと前倒しして移す」って言い出す企業は多いと思うよ。
まぁ実際は既にそう簡単に引っ越せない企業だけが残ってるんだろうけどさ。
個々の企業についてはその企業に理念や文化に任せるしかないと思うし、先ずはデスマーチやブラック企業は口コミや情報交換で周知するようにして自衛するのがいいんジャマイカ?

chengguangchengguang 2009/01/07 01:09 本年も宜しくお願い申し上げます。
『囚人のジレンマ』というのは、合理性のパラドックスとか合成の誤謬と呼ばれているものと同じもののように見えます。
望ましいのは仰る通りなのですが、グローバル化している企業は、ジレンマを感じるよりも先に、この機会によりスリム(体脂肪率を更に高める)になることを志向していると思います。世界のマーケットが縮小してきているからです。これにつれ、国内企業も生き残りを掛けスリム化に入ると思います。
従って、雇用機会の増大を図るには、既存の事業ではなく、新たな事業創出が必要不可欠になるかと思います。この新たな事業創出のためにも、各業種のさらなる規制緩和が必要かもしれません。
然し、昨今の『何でも資格』制度は廃止すべきではないかと思います。個人の利益追求が、権力機構を強権化させ、結果として自らの首を絞めつつあるからです。詰り、合理性のパラドックスが此の資格制度に内包されているからです。
日本人は資格の有無を見て安心を得る一方で、自己判断を放棄してしまいました。しかしながら、此の資格制度の恩恵を一番満喫しているのは、一般人ではなく、省庁の機構改革により次々に出来つつある独立行政法人という組織です。
資格に関する法律を関係省庁が作成し、許認可の権限、解説書の発行、講習会開催と講習会テキストの発行、資格試験の実施を独立行政法人の夫々が分割して独占することで、業界の関係団体(財団や社団法人)を服従させ、権力を拡大させています。

dokendoken 2009/01/07 12:31 木走りさまお久しゅう御座います。

製造業にまで派遣を認める派遣法の改悪というとんでもない事を何故許したのか!
と私も思うものの、バブル後の出口の見えない不況の中、産業の空洞化を如何に防いで日本経済を立て直すかと考えた中での窮余の策の一つで、それなりに成果のあった政策だったのかという気もします。
そして株主の圧力が強くなった今、工場止めてやる事が無いから草むしりさせるわけにも行かないので首を切るという事情も判る。
しかし、そもそも食うや食わずの賃金で人をこき使うという事が問題だったわけで、最低でも300万程度の年収を貰える様にすべきだったと思います。

それにしても一昔前なら失業者が増えたら公共事業で人を吸収しようという議論が出てくるはずなんですが、全く出てこない事が寂しゅう御座います。
無駄に成らない箱モノだってあると思うのですが。例えば太陽光発電所造るとか。建設費取り戻すのに50年掛かるかもしれないけど、無駄な道路つくるよりは収入がある分マシです。建設事業は裾野が広く幅広く社会に行きますよ。全国民にお金配るのよりはマシな政策だと思いますが。10兆円くらいババーンと・・・無理だろうなぁ。