木走日記

場末の時事評論

日本がTPPに遅かれ早かれ加盟せざるをえない理由

 20日付け読売新聞電子版記事から。

TPP参加巡り、農水副大臣が外相に抗議へ

 政府が検討している環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)への参加を巡り、慎重姿勢を崩さない農林水産省を前原外相が批判したとして、農水省筒井信隆副大臣は20日の記者会見で、近く抗議する考えを示した。


 前原外相は19日に都内で開かれた講演で、TPPに参加するべきだと強調した上で、「国内総生産(GDP)の1・5%しか占めていない1次産業を守るためにかなりの部分が犠牲になっている」と主張していた。

 20日に開かれた民主党農林水産部門会議に出席した筒井副大臣は「(会議でも)一部分だから捨ててもよいという趣旨の発言で、抗議してほしいという声が多かった。どういう形にするかは検討する」と話した。

 TPPは米国や豪州など太平洋を囲む9か国が交渉中の経済連携協定で、貿易自由化の例外を原則として設けないことを掲げている。国内農業への打撃を懸念する農業団体などが反対の動きを強めている。

(2010年10月20日21時39分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20101020-OYT1T01046.htm

 「国内総生産(GDP)の1・5%しか占めていない1次産業を守るためにかなりの部分が犠牲になっている」と農業保護策を批判しつつ環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)への参加の意向を示した前原外相に対して、まあ当然農業関連者から猛抗議を受けたのでしょう、農水省の筒井副大臣は、近く抗議する考えを示したわけです。

 19日付け農業協同組合(JA)新聞では、さっそく「TPP参加で日本農業は崩壊する」と悲痛なタイトルで記事がおこされています。

TPP参加で日本農業は崩壊する コメの需給状況の改善など訴え全国集会  JAグループ
http://www.jacom.or.jp/news/2010/10/news101019-11294.php

 19日に東京・永田町の砂防会館で開かれたJA全中の全国代表者集会で採択された【特別決議】は以下のとおり。

【特別決議】(概要)
 政府は11月のAPEC首脳会議までにEPA基本方針を策定するが、その中で米国、豪州など9カ国が行うTPP交渉への参加を検討している。TPPは関税撤廃の例外措置を認めない完全な貿易自由化をめざした交渉であり、TPPを締結すれば日本農業は崩壊する。
 日本がTPP交渉に参加しても、交渉参加国の相互発展と繁栄という、交渉本来の目的は達成できない。日本の食料安全保障と両立できないTPP交渉への参加は断じて認めることができない。

 この【特別決議】にあるように、JA全中など農業従事者が今回の日本のTPP参加意向に激しく反発しているのは、2国間のFTAと比較し「TPPは関税撤廃の例外措置を認めない完全な貿易自由化をめざした交渉」である点であり、関税が完全に廃止されれば外国の安い農産物が大量に輸入され国際競争力のない日本国内農業は壊滅する恐れがあるためです。

 国民新党亀井静香代表も20日に反対を表明しています、国民新党は5年かけて食料自給率を50%に引き上げることや米飯給食を週4回以上にするなどの食料安全保障政策を提言してきた経緯があり、TPPによる農産物関税撤廃は食料自給率を押し下げる要因となるからです。

 TPP・環太平洋戦略的経済連携協定に関しては、石川幸一亜細亜大学教授の以下のレポート(PDFファイル)が詳しいです。

環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の概要と意義
http://www.iti.or.jp/kikan81/81ishikawa.pdf

 当該レポートからTPPの要約を抜粋してご紹介。

環太平洋戦略的経済連携協定(Trans-Pacific Strategic Economic PartnershipAgreement:以下TPP)は、ブルネイ、チリ、ニュージーランドシンガポールの4カ国が参加する自由貿易協定であり2006年5月に発効した。
・TPP は、例外品目がなく100%自由化を実現する質の高いFTA である。物品の貿易、サービス貿易、政府調達、知的財産権、協力など投資を除く幅広い分野を対象とする包括的なFTA であり、労働と環境も補完協定として協力が規定されている。
・TPP が戦略的協定とされているのは、APEC のモデル協定として作られAPEC 諸国の加盟を企図し、APECFTA 協定への発展性を内包している点にある。
・当初加盟国に加え、米国、豪州、ペルー、ベトナムの8 カ国が交渉に参加しており、マレーシアが8 月に参加を決定した。コロンビアとカナダも参加の意向を明らかにしており、今後参加国が増加する可能性が高まっている。

 ブルネイ、チリ、ニュージーランドシンガポールの4カ国が先行して、現在、米国、豪州、ペルー、ベトナムを加えた8カ国が交渉に参加、マレーシアも参加を決定し9カ国の構成となっています。

 コロンビアとカナダも参加の意向を明らかにしていますが、カナダは日本と同様国内農業保護の問題を抱えており参加決定までにいたっていません。

 TPPが「例外品目がなく100%自由化を実現する質の高いFTA」であり、その目的が「APEC のモデル協定として作られAPEC 諸国の加盟を企図」するものであるわけですが、ここまでTPPが注目されるのは、やはり世界最大の経済市場である米国が参加表明したことが大きいと思われます。

 TPPが発動すれば米国市場において関税撤廃したTPP加盟国商品の優位性はゆるぎないものになり、分野によっては非加盟国の商品がすべて駆逐されてしまう可能性もゼロではありません。

 当然ながら今後APEC加盟国の中でTPP参加の動きは強まることになりましょう。

 ・・・

 この21世紀の世界経済において特定地域でTPPなどの非関税同盟の動きが始まれば、私は良し悪しはともかくなだれをうつように各国は加盟していくのが必然であろうと考えています。

 非関税同盟に出遅れればその国の産業の空洞化が一気に加速して結果的にその国の経済を萎縮してしまいかねないからです。

 今年の1月に、パナソニックが生産拠点を大きく海外にシフトする方針を決めたとき、当ブログでは「通商戦略のない国家は産業空洞化する」とFTAの動きが遅い日本政府に警鐘を鳴らしました。

(前略)

パナソニックが生産拠点を大きく海外にシフトする方針を決めたようです。

 12年までに、マレーシア、中国、メキシコ、そして欧州とインドに生産拠点を設け、そこを輸出拠点として各エリアに供給体制を敷くという戦略です。

 この動きの背景には、記事にもありますが「東南アジア諸国連合ASEAN)が豪州などと自由貿易協定(FTA)を相次ぎ締結」という大きな世界的規模の新市場形成のうねりがあるわけです。

 例えば豪州とFTAを締結していない日本から豪州に輸出しても、製品に高い関税がかかるので日本製品に競争力はなくなります、これからはマレーシアに生産拠点を移しそこから豪州に輸出すれば関税が掛からないというわけです。


 12年までに、マレーシア、中国、メキシコ、そして欧州とインドに生産拠点を設け、そこを輸出拠点として各エリアに供給体制を敷くという戦略です。
 
(後略) 

自由貿易協定(FTA)から完全に出遅れた日本〜通商戦略のない国家は産業空洞化する より抜粋
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20100108

 また自由貿易協定(FTA)はゲーム理論で分析可能であり、多くの国とFTAを結べば結ぶほど有利になることにも触れました。

 経済学では、ゲーム理論を用いて、経済主体の社会的行動の戦略的相互依存関係を分析ことが多いですが、FTAに関してもネットワーク形成のゲームとしての分析が進んでいます。

 自由貿易協定(FTA)は2国のみで合意すれば締結することができるので、1つの国が多くのFTAを同時に結ぶことができます。

 そこで多くの国とFTAを結べばその国は自由貿易の通商上ハブ(中心)となり、多くのスポーク(枝葉)を従えることになります。

 FTAをネットワーク形成ゲームとみれば、理論的にはスポークに甘んじるよりもハブになった方が有利なのは自明です。

 ハブとしての成功事例をメキシコに見ることができます。

 日本はFTAには消極的でしたが2002年にシンガポールと結んだのはシンガポールが農業輸出国ではなかったことが大きな要因でしたが、二番目に結んだメキシコとは完全にメキシコのハブ戦略が成功したからでした。

 メキシコのFTA締結国は、日本との協定発効により43カ国になり、他方、日本にとって、メキシコとのFTAは、シンガポールに続く2番目のものでありました。

 メキシコのFTA拡大戦略は、結果的に同国の交渉力を高めています。

 日本がメキシコと締結した背景には、北米自由貿易協定(NAFTA)に加え、メキシコと欧州連合(EU)のFTA発効により、欧米企業と比べて日系企業がメキシコ市場において関税や政府調達などの面で著しく不利な状況に置かれたことが理由です。

 そうした状況で日本の製造業界は政府にFTAの締結を強く求めます。

 他方で、日本の農家は、豚肉などの安い農産物が日本に大量流入するのを恐れ強く反対しましたが、結果的に前者が優勢となりメキシコとのFTAに日本は踏み込んだのです。

 今回のTPPは多国間による自由貿易協定ですが、これは参加国全体が通商上ハブ(中心)となり地域そのものの貿易を底上げする効果を呼びます。

 もし日本がTPPに参加しなければ、先のパナソニックの海外生産拠点拡大の記事にもあるとおり、TPPに非加盟の国の輸出企業は、サバイバルのために、競争力と生産を維持するために生産拠点をTPP圏内に移設することが加速されることでしょう。

 つまり広域の非関税同盟が構築されるならば、非加盟国家は産業空洞化の危険にさらされることになります。

 ・・・

 日本の農業政策は、冷静にTPP加盟を前提にした善後策を探る方向で考えるべきだと思います。
 TPP加盟で食料自給率など食料安全保障政策の見直しは必至であります。

 加盟することにより発生するそのようなデメリットと、加盟しない場合に発生するデメリットを比較すれば、その流れはおそらく止めることはできないでしょう。

 遅かれ早かれ日本はTPPに加盟することになるでしょう。



(木走まさみず)