木走日記

場末の時事評論

これほど自己保身と責任回避に徹した欺瞞に満ちた非科学的な「科学レポート」を私はかつて読んだことはない〜東京電力の福島原子力事故調査報告書(中間報告書)検証

 東京電力が福島原子力事故調査報告書(中間報告書)を公表しました。

福島原子力事故調査報告書(中間報告書)
http://www.tepco.co.jp/cc/press/betu11_j/images/111202c.pdf

 レポートの「福島原子力発電所事故の概要」から抜粋。

 平成23年3月11日、福島第一原子力発電所では1号機から3号機、福島第二原子力発電所では1号機から4号機が運転中であったが、同日14時46分に発生した岩手県沖から茨城県沖の広い範囲を震源域とする東北地方太平洋沖地震を受けて、運転中の原子炉はすべて自動停止した。
 同時に福島第一原子力発電所では、地震によってすべての外部電源が失われたが、非常用ディーゼル発電機(非常用D/G)が起動し、原子炉の安全維持に必要な電源が確保された。また、福島第二原子力発電所では、外部電源の喪失には至らなかった。
 その後、襲来した史上稀に見る津波により、福島第一原子力発電所では、多くの冷却用海水ポンプ、非常用D/Gや電源盤が冠水したため、6号機を除き、全交流電源喪失の状態となり、交流電源を用いるすべての冷却機能が失われた。また、ツナミによる冷却用海水ポンプの冠水のため、原子炉内部の残留熱(崩壊熱)を海水へ逃がすための補機冷却系も機能を喪失した。さらに、1号機から3号機では、直流電源喪失により交流電源を用いない炉心冷却機能までも順次停止していった。

※文中太字は木走が付記(以下の引用部分太字も同様)

 要するに「襲来した史上稀に見る津波により」、「全交流電源喪失」「直流電源喪失」すなわち全電源喪失という異常事態を招いたのだと説明しています。

 今回の津波の規模がいかに「想定外」の規模であったのか、レポートでは「地震及び津波の規模」でこう説明しています。

 この地震に伴い発生し、東北地方太平洋沿岸に大規模災害を引き起こした津波は、津波の規模を表す津波マグニチュードで9.1とされ、世界で観測された津波の中で4番目に大きいとされ、日本では過去最大に位置づけられている

 「世界で観測された津波の中で4番目」、「日本では過去最大」の津波だったのでありこれは想定外の規模だったとの説明に繋がっていきます。
 レポートの「津波評価について」の結びから。

 以上のとおり、これまで様々な取り組みを行ってきたものの、今般の津波は当社の想定を大きく超えるものであり、結果的に津波に対する備えが足らず、津波の被害を防ぐことができなかった。

 このレポートは、要は今回の事故は「想定外」の津波による「想定外」の全電源喪失という事態が引き起こしたものであり、東京電力としては国の指示する対策はすべて行ってきたとする130ページもの膨大な言い訳レポートに過ぎません。

 なぜ今回の津波の規模を「想定外」として対策を取っていなかったのか。

 なぜ全電源喪失を「想定外」としてその可能性をゼロと判断して対策をたててこなかったのか。

 この2点に関し、当該レポートは何も説明できていません。

 極めて不誠実であり、逆に国の安全基準は守ってきたとの主張ばかりで、まるで国の基準の不備が原因と言わんばかりの内容となっています。

 そもそも今回の10mを越える津波規模が本当に東京電力に取り「想定外」だったのか、極めて疑わしいです。

 複数の研究者が東日本大震災の前から、福島原発を襲う大津波の恐れを警告していたし、それを元に東京電力社内チームが高さ10メートル超の大津波の可能性があると試算を出していながら、政府や学界がこの大津波について統一見解を示していないことを理由に「根拠がない仮定」として対策を見送ってきた点について、当事者や試算担当者の見解がいっさい示されていません。

 ・・・

 ここに活断層研究センターと東京大学地震研究所による、1100年前の連動型大地震である貞観地震による津波規模を、津波堆積物の分布状況をもとにコンピュータで精密に数値シミュレーションした3年前(2008年)の研究報告があります。

 「石巻・仙台平野における869年貞観津波の数値シミュレーション」
http://unit.aist.go.jp/actfault-eq/seika/h19seika/pdf/03.satake.pdf

 このレポートで、貞観津波の規模が海岸線から内陸部に場所によっては3km以上の距離まで津波堆積物がある非常に大規模なものであることと、地質調査からこの規模の大地震が約1000年規模で繰り返し発生している事実が明らかになります。

 浸水距離は仙台平野では当時の海岸線から1〜3km、石巻平野では3km以上であった。また貞観津波の下部にも数枚の津波堆積物が発見され、その繰り返し感覚は600から1300年程度と推定されている。

 彼らはシミュレーション結果から貞観地震震源域が広域にわたる連動型大地震であると特定します。

6.まとめ
 貞観津波による石巻平野と仙台平野における津波堆積物の分布といくつかの断層モデルからのシミュレーション結果とを比較した。プレート内正断層、津波地震仙台湾内の断層によるモデルでは両平野の津波堆積物の分布を再現することはできない。プレート間地震の幅が100km、すべりが7m以上の場合には、浸水域が大きくなり、津波堆積物の分布をほぼ完全に再現できた。
 本研究では、断層の長さは3例を除いて200kmと固定したが、断層の南北方向の広がり(長さ)を調べるためには、仙台湾より北の岩手県あるいは南の福島県茨城県での調査が必要である。

 しかも、この研究では「断層の長さは3例を除いて200kmと固定した」が、実際はもっと長い可能性があるとして「仙台湾より北の岩手県あるいは南の福島県茨城県での調査が必要」とまとめています。

 今回の大震災の400kmにわたる断層および被災地域までが「北の岩手県あるいは南の福島県茨城県」と重なっています。

 この3年前の研究レポートは、東北地方にて約1000年周期で連動型大地震が発生していること、さらに最後の連動型大地震である貞観地震から1100年の時間が経過していることを暗示しています。

 そしてこの規模の地震が起これば被害は岩手県から福島、茨城県にまで広域に及ぶ可能性も示唆しています。

 ・・・

 前述の研究報告を受け翌2009年6月24日、産業技術総合研究所活断層研究センター長(地質学)である岡村行信氏は原子力安全・保安部会ならびに東京電力との「耐震・構造設計小委員会」会議の席で、連動型大地震の危険性について強くその対策を求めます。

 ここに当会議の議事録が残されています。

総合資源エネルギー調査会原子力安全・保安部会
耐震・構造設計小委員会 地震津波、地質・地盤
合同WG(第32回)議事録
日 時:平成21年6月24日(水)10:00〜12:30
場 所:経済産業省別館10階各省庁共用1028号会議室
出 席 者 :主 査 纐纈 一起
委 員 安達 俊夫
吾妻 崇
阿部 信太郎
岩下 和義
宇根 寛
岡村 行信
衣笠 善博
駒田 広也
杉山 雄一
高島 賢二
古村 孝志
吉中 龍之進
<敬称略・五十音順>
http://www.nisa.meti.go.jp/shingikai/107/3/032/gijiroku32.pdf

 議事録から岡村氏の発言部分を抜粋します。

○ 岡村委員 まず、プレート間地震ですけれども、1930年代の塩屋崎沖地震を考慮されているんですが、御存じだと思いますが、ここは貞観津波というか貞観地震というものがあって、西暦869年でしたか、少なくとも津波に関しては、塩屋崎沖地震とは全く比べ物にならない非常にでかいものが来ているということはもうわかっていて、その調査結果も出ていると思うんですが、それに全く触れられていないところはどうしてなのかということをお聴きしたいんです。
東京電力(西村) 貞観地震について、まず地震動の観点から申しますと、まず、被害がそれほど見当たらないということが1点あると思います。あと、規模としては、今回、同時活動を考慮した場合の塩屋崎沖地震マグニチュード7.9相当ということになるわけですけれども、地震動評価上は、こういったことで検討するということで問題ないかと考えてございます。
○ 岡村委員 被害がないというのは、どういう根拠に基づいているのでしょうか。少なくともその記述が、信頼できる記述というのは日本三大実録だけだと思うんですよ。それには城が壊れたという記述があるんですよね。だから、そんなに被害が少なかったという判断をする材料はないのではないかと思うんですが。
東京電力(西村) 済みません、ちょっと言葉が断定的過ぎたかもしれません。御案内のように、歴史地震ということもありますので、今後こういったことがどうであるかということについては、研究的には課題としてとらえるべきだと思っていますが、耐震設計上考慮する地震ということで、福島地点の地震動を考える際には、塩屋崎沖地震で代表できると考えたということでございます。
○ 岡村委員 どうしてそうなるのかはよくわからないんですけれども、少なくとも津波堆積物は常磐海岸にも来ているんですよね。かなり入っているというのは、もう既に産総研の調査でも、それから、今日は来ておられませんけれども、東北大の調査でもわかっている。ですから、震源域としては、仙台の方だけではなくて、南までかなり来ているということを想定する必要はあるだろう、そういう情報はあると思うんですよね。そのことについて全く触れられていないのは、どうも私は納得できないんです。
○ 名倉安全審査官 事務局の方から答えさせていただきます。産総研の佐竹さんの知見等が出ておりますので、当然、津波に関しては、距離があったとしても影響が大きいと。もう少し北側だと思いますけれども。地震動評価上の影響につきましては、スペクトル評価式等によりまして、距離を現状の知見で設定したところでどこら辺かということで設定しなければいけないのですけれども、今ある知見で設定してどうかということで、敷地への影響については、事務局の方で確認させていただきたいと考えております。多分、距離的には、規模も含めた上でいくと、たしか影響はこちらの方が大きかったと私は思っていますので、そこら辺はちょっと事務局の方で確認させていただきたいと思います。あと、津波の件については、中間報告では、今提出されておりませんので評価しておりませんけれども、当然、そういった産総研の知見とか東北大学の知見がある、津波堆積物とかそういうことがありますので、津波については、貞観地震についても踏まえた検討を当然して本報告に出してくると考えております。以上です。

 「貞観地震というものがあって、西暦869年でしたか、少なくとも津波に関しては、塩屋崎沖地震とは全く比べ物にならない非常にでかいものが来ているということはもうわかっていて、その調査結果も出ていると思うんですが、それに全く触れられていないところはどうしてなのか」と鋭く追及する岡村氏に対し、東京電力担当者は「まず、被害がそれほど見当たらない」と無知をさらしています。

 会議の最後で岡村氏はもう一度貞観地震規模の発生リスクを「無視することはできない」と警鐘を鳴らします。

○ 岡村委員 先ほどの繰り返しになりますけれども、海溝型地震で、塩屋崎のマグニチュード7.36程度で、これで妥当だと判断すると断言してしまうのは、やはりまだ早いのではないか。少なくとも貞観の佐竹さんのモデルはマグニチュード8.5前後だったと思うんですね。想定波源域は少し海側というか遠かったかもしれませんが、やはりそれを無視することはできないだろうと。そのことに関して何か記述は必要だろうと思います。
○ 纐纈主査 名倉さん。
○ 名倉安全審査官 先ほど杉山先生から御指摘いただきました1点目につきまして、事務局から説明させていただきますと、中間報告提出時点におきまして、双葉断層ですけれども、東京電力は47. 5kmで暫定評価としておりまして、それで地震動価を実施した結果を報告してきました。途中で37kmに切り替えたのですけれども、それは地質調査の追加調査結果を踏まえた双葉断層の評価として短くしたということであって、地震動評価結果につきましては、37kmの補正は実は行われていなかったんですね。そういうこともありまして、当初報告がなされた暫定評価の47.5kmで審議を進めてきたので、それでまとめたと。結局、双葉断層の37kmの評価をAサブグループで最終的な評価として妥当なものと認めたのが最後の回でしたので、地震動評価につきましては37kmの評価は実施されていない状況で、基本モデルだけは実施していただいたんですけれども、不確かさモデルについては実施していないということで、これを実はこの評価書の中にも少し書いてございますが、東京電力では、本報告までに37kmの評価を実施することにしておりました。したがいまして、 47.5kmというのは、あくまでも中間報告提出時の評価、暫定的なものに対して評価を保安院の方でしたということでありまして、最終的な確定した双葉断層の長さとは少し違いが出てきておりますので、もう少し地質調査と地震動評価のところで明示的にわかるような形、一応書いてはいるんですが、もう少しわかるような形に修正させていただきたいと思います。以上です。

 「貞観地震についても踏まえた検討を当然して本報告に出す」と言っていますが、この議事録を読んでもわかりますが岡村氏の発言を、東京電力および原子力安全・保安院側が真剣に考慮する姿勢はまったく見られませんでした。

 これだけ具体的に、複数の権威ある研究者が東日本大震災の前から、福島原発を襲う大津波の恐れを警告していたし、それを東京電力に直接訴え、またこのレポートを元に東京電力社内チームが高さ10メートル超の大津波の可能性があると試算を出していながら、政府や学界がこの大津波について統一見解を示していないことを理由に「根拠がない仮定」として対策を見送ってきたのです。

 今回の東電のレポートはこれらの点について、なぜ「根拠ない仮定」としたのか、当事者や試算担当者の見解がいっさい示されていません。

 10m超の津波は「想定外」どころか、実際は東電は試算までしておいて、その結果を無視して対策をしてこなかったのが実態でしょう。

 ・・・

 東京電力が公表した福島原子力事故調査報告書(中間報告書)は欺瞞に満ちたものです。

 なぜ今回の津波の規模を「想定外」として対策を取っていなかったのか。

 なぜ全電源喪失を「想定外」としてその可能性をゼロと判断して対策をたててこなかったのか。

 この2点に関し、当該レポートは何も説明できていません。

 極めて不誠実であり、逆に国の安全基準は守ってきたとの主張ばかりで、まるで国の基準の不備が原因と言わんばかりの内容となっています。

 130ページに渡る技術報告書ですが、これほど自己保身と責任回避に徹した欺瞞に満ちた非科学的な「科学レポート」を私はかつて読んだことはありません。



(木走まさみず)