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2018-02-28 『朝鮮人慰安婦虐殺映像資料』は歴史的事実と矛盾しているとおもう

[]韓国の『朝鮮人慰安婦虐殺映像資料』は歴史的事実と矛盾しているとおもう 11:52



 今回はじっくり検証を試みたいと思います。

 少し長めのエントリーになることをお断りしておきます。

 お時間のある読者はどうか冷静にお付き合いください。

 ・・・

 韓国メディアによれば、韓国・ソウル市とソウル大人権センターは27日、韓中日の専門家が出席して行われた旧日本軍の慰安婦問題に関する国際カンファレンスで、同軍による朝鮮人慰安婦の「虐殺」を証明する映像を初公開いたしました。

 「旧日本軍の朝鮮人慰安婦虐殺 映像資料」を報じる朝鮮日報記事はこちら。

記事入力 : 2018/02/27 16:16

旧日本軍の朝鮮人慰安婦虐殺 映像資料を初公開=ソウル大研究チーム

http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2018/02/27/2018022702223.html

 上記朝鮮日報記事によれば動画はソウル大人権センターによりYouTubeにも公開されています。

D

https://youtu.be/DbmcBD2aN-k

 記事によれば、この19秒の映像は、1944年9月に中国・雲南省の騰衝で米中連合軍が撮影したもので、44年9月13日夜に日本軍が朝鮮人女性30人を銃殺したという内容の米中連合軍の文書を裏付ける記録ということであります。

 もっとも映像は日本軍による「銃殺」シーンそのものではなく、その二日後つまり44年9月15日に連合軍により撮影されたものであり、映っている兵士も日本兵ではなく、遺体を埋めようとしている中国兵であります。

 この動画の歴史的背景をその詳細を報じるハンギョレ新聞の以下の記事よりおさえておきます。

日本軍“慰安婦被害者虐殺”映像が初めて出てきた

登録:2018-02-27 23:36 修正:2018-02-28 07:24

1944年に雲南省で米軍が撮影 

裸の死体が大量に積まれ 

「朝鮮人30人虐殺」記録を後押し 

虐殺を否定した日本の主張に正面から反論 

19秒の映像に凄惨な現場 

米軍文書「日本軍が銃殺」と明示 

発掘教授「極端な人権抹殺事例」

http://japan.hani.co.kr/arti/politics/29893.html

 記事よりもう一度動画の静止画を確認します。

■ハンギョレ新聞記事より

f:id:kibashiri:20180301101740p:image

http://japan.hani.co.kr/arti/politics/29893.html

 なぜ、1944年9月に中国・雲南省の騰衝で、30人の朝鮮人慰安婦が日本軍により集団虐殺されたのか。

 当時雲南省(中国最南部ミャンマーとの国境沿い)において、米中連合軍が、当地を支配していた日本軍に対し歴史的反攻作戦を決行し、当地を守っていた日本軍も玉砕すなわち全滅したのであります。

 そして敗戦が差し迫った日本軍がこの凶行に及んだと記事は説明しています。

 1944年5月、米中連合軍は中国の西南側に沿って日本軍の通信線を切る「サルウィン作戦」を繰り広げ、日本軍が占領した雲南省のスンサン、騰衝、龍陵を順に占領した。敗戦が差し迫った1944年9月、当時日本の作戦参謀であった辻政信大佐は、中国のスンサンと騰衝に駐留していた日本軍に「支援兵力が到着する10月まで抵抗を続けよ」と指示した。歴史学者は、これを事実上の「玉砕(強制的集団自決)指示」と解釈している。スンサンと騰衝には朝鮮人慰安婦70〜80人がいたが、玉砕を拒否した朝鮮人慰安婦被害者の大部分を日本軍が殺害したと推測される。9月14日、米中連合第54軍が午後6時55分に報告した情報文書には「9月13日夜、日本軍は(騰衝)城内にいる朝鮮人女性30人を銃殺した」と記録している。

 さてここで一点、些細ですが極めて重要なこの「映像」と「米中連合第54軍が午後6時55分に報告した情報文書」の矛盾をおさえておきます。

 連合軍の情報文書には「9月13日夜、日本軍は(騰衝)城内にいる朝鮮人女性30人を銃殺した」と記録しています。

 「(騰衝)城内」とあるとおり、騰衝は中国明代に築かれた城壁都市であり当時人口4万人のこの地区の「戦略上の要衝」であります。

 城壁はほぼ正方形で一辺が約1キロで、城壁の高さは約5メートル、外側は石、内側は積土によって構築されていました。

 ここで重要な点は、9月13日に日本軍は玉砕するのですが、その場所は一ヶ月半もの間、四方を中国軍に完全包囲されたこの城壁内の一角北東の隅であることが分かっています。

 防衛省防衛研究所戦史部『戦史叢書 イラワジ会戦―ビルマ防衛の破綻 (1969年)』によれば、当時「騰越」と呼ばれていた騰衝に対し、中国軍は四方から城壁を囲むようにせめて来たことがわかります。

f:id:kibashiri:20180301014947p:image

http://www.awf.or.jp/pdf/0062_p061_088.pdf

 図でご覧いただければ城壁南部には『来鳳山』を山頂とする高地が広がっていることが理解できます。

 戦史では、この『来鳳山』高地への攻撃は6月27日に始まり、中国軍の総攻撃は7月10日、23日、26日に行われます。

 最後の総攻撃の際、城壁との連絡が絶たれそうになったので、守備隊は27日夕方に脱出し、以後その『来鳳山』陣地は放棄され、北に位置する騰衝(騰越)を取り囲む城壁戦、そして城壁を突破されてからは市街戦へと戦いの焦点は移ります。

 戦史によれば、城壁戦、市街戦により日本軍は城内北東の隅に追い込まれていきます。

f:id:kibashiri:20180301015219p:image

http://www.awf.or.jp/pdf/0062_p061_088.pdf

 日本軍が玉砕したとされる城内北東部の写真も9月15日に連合軍により撮影されています。

f:id:kibashiri:20180301015216p:image

http://www.awf.or.jp/pdf/0062_p061_088.pdf

 ここには日本軍と共に女性の遺体も写っておりますが、背景には城壁が写っております。

 さてここでもう一度動画の静止画を確認しますと、この背景は明らかに傾斜している山間部であり市街地ではないことが分かります。

 ハンギョレ新聞も記事に掲載している、動画と同じ場所で撮ったとされる写真を確認してみましょう。

f:id:kibashiri:20180228221909p:image

http://www.awf.or.jp/pdf/0062_p061_088.pdf

 これは一見して城内ではないことははっきりしています、また写真左上に『来鳳山』が覗いていることも確認できます。

 ここに些細ですが決定的に重要な矛盾があることがわかります。

 9月14日、米中連合第54軍が午後6時55分に報告した情報文書には「9月13日夜、日本軍は(騰衝)城内にいる朝鮮人女性30人を銃殺した」と記録しています。

 それは当然で、9月13日は日本軍が正に城内で全滅する当日であり、もし日本軍が慰安婦を「虐殺」するとすればその場所は「城内」でなければなりません、4万の中国軍に囲まれています、城外になど出れるはずもなかったからです。

 しかるにこの9月15日撮影の虐殺証拠写真は、日本軍が当時近づくことすら不可能な城外南部高地で撮影されています。

 この地を日本軍が放棄したのは7月27日夕方であり、9月13日の1ヶ月半前です。

 「9月13日夜、日本軍は(騰衝)城内にいる朝鮮人女性30人を銃殺した」との連合軍記録とは矛盾しますが、一歩譲って7月にここで虐殺が行われたとしましょう。

 そうすると当然激しく腐敗しているはずですが、動画で確認する限り中国兵が遺体から靴下をはいでいる様子から真夏に一ヶ月半も放置されていたとはとても考えられません、その可能性は少ないでしょう。

 では、やはり虐殺は9月13日に城内で行われ、2日後に中国軍が虐殺された城内から遺体を山中にわざわざ運んできたのでしょうか。

 先ほど同じ9月15日に撮影された城内の写真を確認しましたが、城内は散々たる惨状であり、そこから慰安婦30人の死体だけ連合軍がかき集めて1キロ以上離れた域外の山間部に運んで集めて埋葬する、その人道的あるいは軍事的動機も皆無です、考えられません。

 ここから推測できることは、少なくとも9月13日に城内で玉砕した日本軍に、その13日に「9月13日夜、日本軍は(騰衝)城内にいる朝鮮人女性30人を銃殺した」とする虐殺を行う余裕などなかったのではないか、もし仮に虐殺が行われたのならば当然死体は城内になければならないのではないか、ということです。

 9月15日に撮影された城外山間部の遺体は、その状態から城内に閉じ込められ玉砕寸前だった日本軍が虐殺することは物理的に不可能だったのではないか、という疑問がわくのです。

 さらに実はこの戦いで慰安婦は全員死亡したのではなく、18人が連合軍の捕虜となり取り調べを受けています。

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http://www.awf.or.jp/pdf/0062_p061_088.pdf

 その内訳は、日本人13人、台湾人3人、朝鮮人2人であります。

 彼女たちは連合軍の長時間にわたる取り調べを受けますが、その内容には城内における30人の朝鮮人慰安婦の虐殺に関してはまったく語られていません。

 そもそも当時の日本軍は慰安婦を『味方』と考えており虐殺する理由がありません、小さな戦場ですが生き残っている慰安婦がたくさん存在しているのもまた事実なのです。

 いずれにしても多くの疑問が残る『朝鮮人慰安婦虐殺 映像資料』なのであります。

 専門家によるしっかりとした検証がまたれます。



(木走まさみず)

genkaiwavegenkaiwave 2018/03/01 16:07 素晴らしい理論とメディアで構築されており、感心します❗韓国には、こうした理論的な反論の要素が無く感情的な無茶苦茶な抗弁で語られており、反論する人間は、学者でも刑務所に送り込む国柄なのです。

ひとことひとこと 2018/03/01 21:24 韓国人の生態は不思議でなりません。ストーリーを作り上げて楽しむのは勝手ですが、その70年前の物語を喚くことによりどんないいことが彼らにあるでしょう。韓国の国際的地位が上がる訳ではなく、韓国人の悲惨な現状が改善されるわけでもない。恐らく、このストーリーを唱えている時だけ日本より上に立っていると錯覚できること、それから妬みを吐き出して鬱憤晴らしができることくらいでしょうか。こういうメンタリティの国民では、少しずつ少しずつ状況が悪化してゆくだけなことだけは保証できます。韓国人、ガンバレよ!

反パヨク反パヨク 2018/03/02 12:43 これ、テキサス親父日本事務局の人が
「支那人が日本人の死体から靴下や身につけている物を略奪している光景」
とばらしている。
http://bit.ly/2oFJesm

2014-02-20 赤旗が決して触れない中国人民解放軍の「血に塗られた暗黒史」

[]赤旗が決して触れない中国人民解放軍の「血に塗られた暗黒史」をまとめておく 17:09



 衛藤晟一首相補佐官のネット上の動画が波紋を広げています。

 日本共産党機関紙しんぶん赤旗20日付け記事から。

衛藤首相補佐官

靖国参拝批判に挑戦

「米国は中国にものもいえない」

 衛藤晟一首相補佐官がネット上の動画で、安倍晋三首相の靖国神社参拝(昨年12月)に対する米国政府の「失望」表明について、「われわれの方がディサポインテッド(失望)だ。アメリカは同盟関係の日本をなんでこんなに大事にしないのか」と批判していたことが分かりました。米国をはじめ国際社会に広がる首相参拝批判への挑戦です。

 発言は「約束を果たした総理の靖国参拝」と題する動画で行ったもの。動画は同氏が17日までに自身の「ユーチューブ」サイトに投稿していました。

 動画で衛藤氏は「アメリカがちゃんと中国にものが言えないようになりつつある」と批判。米国の「失望」は日本にではなく、「中国に対する言い訳として言ったにしかすぎない、という具合に理解している」などと発言。安倍首相の靖国参拝は「慰霊」「不戦の誓い」のためのもので「当たり前」だと擁護しています。

 衛藤氏の発言は、日本の過去の侵略戦争を「正義の戦争」と美化する施設となっている靖国神社を「不戦を誓う場」であるかのようにごまかすものです。

 菅義偉官房長官は同日の記者会見で「(衛藤氏の)個人的な見解であって、日本政府の見解ではない」と発言。会見後、電話で衛藤氏に「(発言を)抑えてくれ」と注意し、衛藤氏は問題の動画を自身の「ユーチューブ」サイトから削除し、発言も取り消しました。

 一方で衛藤氏は記者団に、「(発言の)何が問題なのか分からない。(批判するのは)ばかじゃないか」などと開き直りました。

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik13/2014-02-20/2014022001_07_1.html

 うむ、アメリカのオバマ外交の特に安全保障上の優柔不断さは、シリア問題などで米国内のみならずサウジアラビアが安保理理事国を辞退するなど国際的にも大「失望」されているわけですが、それはさておき、さすがしんぶん赤旗です、記事の中で「われわれの方がディサポインテッド(失望)だ。アメリカは同盟関係の日本をなんでこんなに大事にしないのか」との衛藤晟一首相補佐官の発言を「米国をはじめ国際社会に広がる首相参拝批判への挑戦」と決めつけています。

 そもそも日本共産党機関紙に客観的な報道など読者は期待してませんから、記事を装い自己主張するのは大いに結構なことです、我々読者はその事象に対する日本共産党の主張も含めて赤旗記事は愛でるように愛を持ってリテラシーすべきであります。

 メディアウォッチャーとして当ブログではしんぶん赤旗記事もよくネットで読むことがありますが、日本の「軍国主義化」には声たかに批判しますが、中国の「軍事大国化」には驚く程沈黙を守ります、共産主義同士ですからね、「同志諸君」という感じで大目に見るのかしらん。

 冷静に考えてみれば、戦後日本は69年間、一度も他国に侵攻したことも交戦したこともありません、当たり前ですが日本の自衛隊は一人も殺害したことはありません、他国の人も自国の人も一人も傷付けていません。

 また日本の軍備費もGDP比1%が守られ今年度予算は久しぶりに微増しますが何年も減額されてきています。

 戦後69年間、平和国家としての道を歩んできています。

 そんな日本で軍国主義が復活するわけがありません。

 ・・・

 今回はこんなときにこそ、しんぶん赤旗が決して取り上げないだろう中国人民解放軍の「血に塗られた暗黒史」をまとめておきましょう。

 戦後中国では朝鮮戦争、ベトナム戦争(これは間接的支援に留まります)、ベトナムとの中越紛争と他国との戦いは公式的には3つであり、それぞれでアメリカ人や朝鮮人やベトナム人を殺戮しています。

 手元に正式な資料はありませんので各戦いで何名の命が双方で失われたのか定かではありませんが、中国人民解放軍が直接手を染めた殺戮はそれほど多くはないことでしょう。

 中国人民解放軍の「血に塗られた暗黒史」、実は人民解放軍の銃口による最大の犠牲者は中国人、チベット人ウイグル人、現在の中国の「国内」に集中しています。

 人民解放軍による犠牲者は数千万人という数であります。

 まず「チベット大虐殺」です。

 中華人民共和国が建国した1949年に同時に開始されたチベット併合以来、酒井信彦氏は、ガンデンポタンチベット亡命政府)や西側諸国政府による調査の結果、チベット動乱前後の中国によるチベット侵攻および併合政策の過程で、チベット全域で120万人にのぼる犠牲者が出たとしています。

 犠牲者120万人という数は、ガンデンポタンが統治していた中央チベットだけではなく、アムド、カムをも含んだチベット全域の数字であり、また当時のチベット地域の人口は600万人といわれるため、総人口の5分の1が虐殺または行方不明となったのです。

 次に「大躍進政策(1958年 - 1960年)」です。

 中華人民共和国が施行した農業・工業の大増産政策であります。

 毛沢東は数年間で経済的にアメリカ合衆国・イギリスを追い越すことを夢見て実施しましたが、結果は推計2000万人から5000万人の餓死者を出す大失敗に終わり、毛沢東は国家主席の座を追われます。

 まあこれは人民解放軍が直接殺戮したわけではないのですが、「大躍進政策」そのものが共産党主導、すなわち党直属の軍隊である人民解放軍による農地破壊の大失策であり、推計2000万人から5000万人の餓死者も人民解放軍の暗黒史に含めてもよろしいでしょう。

 次に「プロレタリア文化大革命(1966年から1977年)」です。

 「封建的文化、資本主義文化を批判し、新しく社会主義文化を創生しよう」という名目で行われた改革運動、その実態は大量殺戮です。

 文化大革命中、各地で大量の殺戮が行われ、その犠牲者の合計数は数百万人から1000万人以上ともいわれています。

 マルクス主義に基づいて宗教が徹底的に否定され、教会や寺院・宗教的な文化財が破壊されました。

 特にチベット・ウイグル・内モンゴル自治区ではその影響が大きく、仏像が溶かされたり僧侶が投獄・殺害されたり、一般人を弾圧、徹底的な殺戮が繰り返されました。

 この「文化大革命」における人民解放軍による大殺戮は、中国政府の徹底的な情報統制により今でも正確な犠牲者数の把握はできていません。

 そして1989年の天安門事件です。

 中国共産党の発表では、「事件による死者は319人」となっているが、この事件による死傷者については中国共産党による報道規制により客観的な確定が不可能であり、数百人から数万人に及ぶなど、複数の説があり定かではありません。

 米外交公電の1990年3月の内容には、軍兵士は下された「無差別発砲」命令を受けて、1000人以上の学生を死亡させたことが記されています。

 またソ連の公文書に収められているソ連共産党政治局が受け取った情報報告では、「3000人の抗議者が殺された」と見積もられていますが、正確な犠牲者数は把握できていません。

<参考サイト>

チベット問題

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%99%E3%83%83%E3%83%88%E5%95%8F%E9%A1%8C

大躍進政策

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E8%BA%8D%E9%80%B2%E6%94%BF%E7%AD%96

文化大革命

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%87%E5%8C%96%E5%A4%A7%E9%9D%A9%E5%91%BD

六四天安門事件

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AD%E5%9B%9B%E5%A4%A9%E5%AE%89%E9%96%80%E4%BA%8B%E4%BB%B6

 ・・・

 まとめです。

 戦後69年間、他国と一回も交戦したことがなく外国人も自国人も一人も殺戮したことがない自衛隊に比べて、中国人民解放軍は戦後だけで自国人などを中心に数千万人の殺戮を行ってきた「血に塗られた暗黒史」を有しているのです。

 現代人類文明史において、日本の自衛隊と中国の人民解放軍、どちらが暗黒の殺戮を刻んできたのか、将来も含めてどちらが世界の脅威となりうるのか、こんな自明なことはないでしょう。

 安倍首相の靖国参拝などかわいいものです。



(木走まさみず)