「詰めるには「球より楕円」、米グループがチョコで実験」 @yomiuri
reference なり入れとかないと、週刊誌と変わりない > 読売
調べたら、元ネタはどうも "Sweet science: Common candies yield physics discovery" @princetonA.Donev et al, Science, Vol.303 pp.990-993: "Improving the Density of Jammed Disordered Packings Using Ellipsoids"
みたいだな
D.A. Weitz, Science, Vol.303 pp.968-969: "Packing in the Spheres"
研究者には二種類いて、 nature なり science なりを狙う奴と、狙わない奴
のどかだけど厳しかった stokes 流れの世界にも、 御存じの通り最近前者の方々が出現してきて、 流行ってしまった今日このごろ
悪いとは言わないけど、 S/N 比は落ちる
「のどかだけど厳しい」世界の悪い側面は、 日本 (の流体力学など) に個人的に感じることがあるけど
一長一短である、という無難な結論、か
個人的には so what なんだけど、どうなんだろう
あれらは要するに一般向け科学誌で、載る / 載らないは、 一般受けする / しないに過ぎない訳で
もちろん、一般受けする要素って大事だとは思うけど、 ポイントは「それだけ」では絶対に成立しないということ
PRL は、ちょっときわどいと思う (あれを一般人は読まないから)
だから、個人的にはあそこは good challenge だと思う
個人的に first で挑戦した事はないが
付記 : positive に書き過ぎているので補足
PRL のために何でもかんでも 4 ページにまとめるのは、本末転倒だとおもう
更に困ったことだと思うんだが、 4 ページにまとまる (或は、まとめようと思えばまとめることができる) 研究がよい研究だみたいな雰囲気は、おかしいよな
← 10/13/2004
タイトル、アブストラクトだけ見た時点の感想
確かに「random packing を越えた」とか 「closed packing に迫った」とか言われるとすごいと感じる
けど、 「球の」 random packing, 「球の」 closed packing と ellispoid を比較しての話だし
皆知ってるように cubic particle(!) の closed packing は 1 だ
粒子の contact point 数 Z がポイントと言われると、なるほどと思う
だけど、 cubic particle は、周知のごとく、 Z = ∞ だし
∞ 2 と言うべきかな、よく分からんが
科学的な結果 (ただの数 (のあつまり)) のプレゼンについて、やっぱり考える
彼らのプレゼンは、「うまいこと」言ってると思う
上のような私のいちゃもんが、 そこにある「面白さ」を台無しにする、 「悪い」プレゼンなのは分かるんだけども
cf. 12/14/2003
日本でこいつの物真似研究が流行することに 10 ポイント
評価と研究の関係と、過去と未来について、思った事
研究者には peer-review という、同業者を評価するという、ある義務がある
日常の研究、日常の議論の phase と、 義務としての評価 phase の分離は、かなり大事なことだと思う
教師の生徒に対する態度にも、 普段の教育モードと、試験の採点、単位の認定などの評価モードがある
ポイントは、両者は相容れない、両立しない、ということ
評価は過去指向で、 研究は未来指向 (少なくとも、新しい事をしようという、創造活動をしている場合は)
もちろん、今どき車輪を再発明するような愚を侵すことに (あんまり) 意味はない
両者を混同すると、色々と弊害があると思う
評価モードで、未確定な要素 (将来の可能性) を考慮することにすると、 客観性を欠く
別に、主観的な評価自体を否定しないけど、 そんなものやりたい奴が勝手に個人的にシコシコとやればよい
創造モードで、過去の establishment に目が行くと、 「それをこなすこと」に気持ちがいって、 下手すると創造性ゼロの応用問題 (教科書にある「演習問題」) になるし
もちろん、過去の偉人 100 人がそれぞれの人生を掛けて築いたものを 現代の凡人が一人で一生で再構築できる訳はない
その意味で、これは程度の問題だが
付記 (2/27/2004) : 2/2/2004 は、 本来私的側面の強い「未来指向の研究 (創造モード)」を excuse 的に外へ提示することへの違和感の表明だったが…
これも極論すれば、 本来過去指向である評価に、未来の要素をおまけして欲しいって意味での 混同とも言えるか
10/19/2004: 「評価」@kshara
3/19/2008: 「偉大さ」なんか普段の日常で意識するものではない。
「ハルウララ切手シートに 限定2万組、3月発売へ」 @yahoo
こんな馬鹿な企画はとっとと実現できるのに、 やるべきことは出来ない郵政公社を内藤さんがどう思うかな
cf. 4/26/2004, 12/14/2003, 2/8/2002
と思って、ひさしぶりに 日本国の研究 に行った
「第279号【論説】(2月5日)「日本の郵政(13):竹島切手騒動をめぐって」(内藤陽介)」 @inose
のんびりと観光気分で philadelphia を見始めたが、間違いだった
大変よい映画だったけど。
しかし Antonio Banderas (cf. 1/22/2004) には、たまげた (って、今どき誰も言わないか)
field of dreams で口直し (これは、今みると随分と能天気だな、主人公 (夫婦))
kevin costner の言った 「俺はもう 36 才になって、まだ自分の衝動に従ったことがなく、後悔しそうで恐い」 みたいなセリフを聞いて、考える
自分の場合、 実は今の境遇がむしろ、畑を潰して野球場を作ってるようなもんだから、 そういう後悔は、今年年男だけどない
いや、むしろ、田舎でとうもろこし畑を耕すくらいに、落ち着きたいなぁと思ってる
娘役の Gaby Hoffmann は 昨日 見た sleepless in seatle にもでていたらしい