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2016-11-26

[]全国の提督待望!「劇場版 艦これ」が上映を開始! 全国の提督待望!「劇場版 艦これ」が上映を開始!を含むブックマーク

全国の提督が待望した「劇場版 艦これ」が本日公開初日を迎えた。

予告編はこちら

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本作では、アニメ艦これ」の後の物語となっている。

舞台南太平洋ソロモン諸島。連合艦隊は、ショートランド泊地まで進出していた。

重巡洋艦鳥海を旗艦とする第8艦隊は、哨戒中に敵艦隊と交戦。

その際、不思議な声を聞く。

偵察の結果、その声の発生源はアイアンボトム・サウンド鉄底海峡)であることがわかった。

そんな中、敵泊地を破壊した際、沈んだと思われたあの艦娘が戻ってくるのだが…。

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初日は大勢の人が映画館を訪れた


初日ということもあって、上映後には東京舞台挨拶も行われた。全国の映画館ではライブビューイングも実施。

赤城役などの藤田咲さんが司会を務め、加賀役などの井口裕香さん、吹雪役などの上坂すみれさん

長門役などの佐倉綾音さん、金剛役などの東山奈央さん、瑞鶴役などの野水伊織さん

睦月役などの日高里菜さん、夕立役などのタニベユミさん、古鷹役などの大坪由佳さん、衣笠役の中島愛さん

が登壇した。

舞台挨拶では、アフレコ時のエピソードが紹介され

上坂さんが海からの声を録った時、上坂さんの周りにマイクが置かれ

「一人輪形陣だった」と披露したほか

佐倉さんが軽巡洋艦「那珂」のアドリブを入れたものの「全カットされた」と吐露。

しかし「二水戦の3人がいなくなった時かすかに『那珂ちゃんもー』って聞こえるんです!」と

知られざるエピソードも。

今回アニメ初参加となった中島愛さんは舞台挨拶に慣れていないようで「自分もお客さんになってました」

と恥ずかしそう。

そこで藤田さんが「衣笠はいいカットインをしてくれるんですよ」とフォロー。…と思いきや

「最初に改になったのも衣笠が…」と熱が入り始めたところで佐倉さんに制止される場面もあった。

そう、藤田さんは「さっきぃ提督」として有名なのだ

なので「アフレコの時、絵はまだラフ画だったんですけど、タニベっちと『あれはこうだよね』と話していた」ほど。

一方、本作で最多の兼ね役となった東山奈央さんは「あと一人(で10人)だったのに!」と悔しそう。

アニメ榛名で始まって、劇場版では鳥海で始まったので嬉しい」とのこと。

ところで、藤田さんが好きなシーンで「瑞鶴が木の枝に座っていたところ」を挙げていたが

そこへ佐倉さんが「猿とアレは高いところが好きですよね」とコメントし、一時騒然。

「愛すべきアレだから!愛すべきアレだから!」とまったくフォローになっていないフォロー。

最後にそれぞれコメントを述べていたが、中島さんが「次はゴーヤも出たいでち!」とキャラ声で述べたほか

東山さん摩耶の声でコメントを述べ、ますますさっきぃ提督は「尺とか関係なくなるから!」と興奮した様子。

最後まで藤田さんの独壇場だったが、笑いの堪えない舞台挨拶となった。


本作品は、さっそくアニメ版同様、賛否両論が相次いでいるようだが

戦闘シーンはとてもよく動いていたし、新しいキャラも出ていたので

喜んだ提督もいたようだ。

それに、史実もちょいちょい入れてきている。舞台挨拶でも話題に出ていたが

比叡が探照灯を照らしたため、集中攻撃を受けたのは第三次ソロモン海戦の時と同じである。

本海戦においては、比叡と霧島米軍と交戦。霧島サウスダコタと初めて戦艦同士の砲戦を行い

サウスダコタを大破させたものの、霧島はあえなく沈没してしまう。もちろん、作中でそこまでは描かれていない。

劇場版艦これでは、吹雪の内面的な物語と、睦月如月の絆を描いている。

その点、日高さんの演技は実に涙を誘うものであったし、素晴らしかった。

惜しむらくは砲撃戦の最中にゆったり会話をしていたり、吹雪物語がいささか急であったことだ。

が、それ以外は満点ともいえる。

艦娘の魅力を十分に引き出した、優秀な作品と評価したい。

2016-11-20

[]提督必見!?呉を描いた「この世界の片隅に」が上映中 提督必見!?呉を描いた「この世界の片隅に」が上映中を含むブックマーク

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映画この世界の片隅に」を観てきた。

本作は昭和8年、広島県広島市で幼少期を過ごした、すず(CVのん)が

呉市北條周作のもとに嫁ぎ、厳しい戦争時代をたくましく生き抜く姿を描いた

ヒューマンドラマ。戦時中の「銃後」をリアルに描き

当時の様子をすずの視点から我々に伝えてくれる。

本作での魅力はやはりすずの生き方であろう。

いつもボーッとしていて、おっとりしていながら

一生懸命物事に取り組む姿は、戦時中であっても変わらない。

物資不足の中にあって、工夫を凝らしながら困難な日々を乗り越えていく様は

現代では考えられないことだらけだ。

もちろん、周囲の人間関係も重要なスパイスだ。嫁ぎ先の北條家は周作が軍属で

思いやりのある芯の強い若者。義父と義母も優しくすずを迎え入れ

すずの成長に一役買っている。

あの夏、すずはどのように受け止めたのであろうか。


さて、呉市といえば大日本帝国海軍の根拠地である。

その軍艦の姿も作中では描かれている。軽空母「飛鷹」「隼鷹」

重巡洋艦「利根」、すずの幼馴染・水原哲が乗り組む重巡洋艦「青葉」

そして世界最大の戦艦「大和」。最後のほうには戦艦「榛名」も描かれていた。

軍艦好きにも、魅力的な作品となっているであろう。


ところで、すずは絵を描くのが好きで、綺麗な呉軍港の見える自宅の庭で

スケッチをしていると、憲兵に叱られるシーンがある。

「これだから軍人は横暴だ!」と思われる方が大勢かと思う。

だが、これにはしっかりとした理由がある。呉はれっきとした要塞であり

「要塞地帯法」によって厳重に機密が守られていた。

撮影はもちろん、模写も禁止なのである。

「要塞地帯」であるから、その周辺の地形や建造物も模写してはいけない。

例えば海軍省が発行した写真であっても、要塞地帯が写っているものはNGであり

どうしても、という場合でも要塞地帯の部分は削除されるほど厳重だった。

地形がわかってしまうと、どこからが攻めやすいだとか、どの部分の守りが薄いだとかが

わかってしまうかもしれないからである。

実際、帝国海軍真珠湾の見える場所から湾の様子を逐一偵察しており

軍艦の数や、どの方向から攻撃するべきか、情報を集めていた。

真珠湾攻撃は、情報戦でもあったわけだ。


それにしても、呉軍港空襲は軍港ゆえだとして

終戦直前の無差別空襲は鬼畜以外の何であろう。

もちろん、本土をまともに守れない軍部にも責任はあるのだが

米軍の戦闘機が逃げまどう一般市民を機銃掃射するガンカメラの映像は

実に生々しい記憶とともに現在に伝わっている。

(本土空襲・ガンカメラの映像はこちら

http://www.nicovideo.jp/watch/sm22750279 )

日本軍はまったく歯が立たないじゃないか!と現在では言われているが

(実際そうだったのだが)

東京都杉並区久我山に配備されていた五式十五センチ高射砲は、対B29用に開発されたことで有名だ。

完成したのはわずか2門。だが、8月2日の空襲では、悠々と侵入してくるB29の編隊に対してこの高射砲が火を噴き

この日2機を撃墜したといわれている。そのため、B29は久我山を避けて通過するようになり

結局はそれで終わったのであるが、対高高度爆撃機への対策を行っていれば…と悔やまれるところだ。

戦争とはいつ何時、どのような理由で起こるかわかったものではない。

幸いなことにわが国は島国であることから、どのような備えをすれば良いか

選択肢は絞られている。

国土を防衛するためには、いかなる手段も惜しんではならない。

それが先の大戦の悲劇を繰り返さないために必要である。

2016-11-05

[]けいおん!聖地豊郷町の現状と課題 けいおん!の聖地、豊郷町の現状と課題を含むブックマーク

さて、実は10月28〜30日、京都滋賀に行ってきた。

これは、極めて親しい友人と「けいおん!の豊郷小学校に行きたいすねー」

いいね!いつ行く?」

というノリで日程を設定し、本当にサッと行ってきたものである。

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豊郷駅アニメ絵であふれている

豊郷に行くためには、京都から近江八幡近江鉄道に乗り換えるか

彦根から乗り換えるか、である。

いずれにせよ乗り換えは必要なので、便利であるとは言い難い。



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車道への飛び出し注意を呼び掛ける看板なのだ

正式な名称がわからず、「飛び出し君」と呼んでいたのだが

後で調べたところ、「飛び出し坊や」というらしい。

豊郷町では、けいおん!キャラクターの飛び出し坊やがあるわけだが

実は京都の出町胗商店街では「たまこまーけっとバージョンもあったのである。


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豊郷駅前のパン屋さんはこのようになっていた。

アニメ放送から6年が経っているということもあり

けいおん!ファンの客足は減少しているものの

根強いファンによる訪問は続いており、遠いところでは海外から来る人もいるそうである。


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商店街の看板には、けいおん!フォントで「とよさと!」とある

これがまちなかまで続いている。

こういう細かいところまでこだわっているのはおもしろい。


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けいおん!キャラたちが通っている桜が丘高校は旧豊郷小学校。

旧豊郷小学校は1937年、丸紅の専務取締役だった古川鉄治郎が出資し

高名な建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計によって建てられたもの。

新校舎建設に伴い、この旧校舎は解体される運命にあったが

地元住民により、保存運動が展開され、訴訟にまで発展

解体推進を掲げた町長がリコールされたことでも全国的に有名になった。

住民による反対運動により、町長も解体工事の中止を発表し保存が決定した。

2013年には国の有形文化財として登録され、貴重な建築技術を今に伝えている。

それがアニメ聖地だというのだから世の中わからないものである。


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アニメのオープニングでも使用された銅像のシーン。

古川鉄治郎氏の胸像である。

初代校長かな?と思い、それほど真剣に見ていなかったのだが

この方が丸紅と伊藤忠の役員を歴任した人物であり

とてつもない篤志家であるというので、今更自分の勉強不足を恥じる次第。

しかし改めて見ると、オープニングシーンで軽音部のメンバーで拝んでいたのも納得である。


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これは平沢唯が部員勧誘の武器として仕入れてきた「ケロ」である。

なんと実物があった。

多分これはサトウ製薬の「ケロちゃん」が元ネタじゃないかと思ったのだが…。

さて、このケロに迎えられいざ部室に入る。



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本当に部室になっているのである。びっくりした。

まるで本当に軽音部メンバーが集まっているかのようである。

小物までよく再現されていて、とても面白い。

この時、高校生がたくさんいたのも相まって雰囲気が良く出ていた。

にしても、高校生がたくさんいるのはどういうことだろうか。

で、近くにいた女子高校生に聞いてみたら、軽音楽の大会があるとのことで

県内の高校生が集まっているのだそうだ。

けいおん!聖地は、なんと軽音楽聖地になっていた。


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おや、これは第二期5話で登場した…。

で、引いてみると



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こうなるわけです。

作中では、このギミックが仕掛けられているのは部室ではなく

教室の澪の席なのであるが、教室は入室できなくなっているので

部室に置いてあるのだろう。


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このヨーロッパの紙は、劇場版で登場したもの。

卒業旅行の行き先を決めるのに、唯がズルをした罰として

貼られた。


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別棟では、物販・休憩コーナーやグッズなどの展示が行われていて

ここの部分だけは豊郷町観光協会の運営である。

観光協会ではより具体的な話を聞くことができた。

現在では、多い時で来校者は200人に上るそうだ。

軽音楽の大会は、今年で6回目。けいおん!に合わせて始まったもの。

県内から集まるというのは実に画期的である。

これによって、この日だけでも若者を中心とした交流人口が増えるわけだし

それを観に来る人もいよう。アニメからリアルへとうまくシフトできた成功例である。


実は、これまで気になっていたところがあった。

展示されている小道具はもちろん、パネルなどはCマークがない、つまりライセンスを得ていないのである。

つまり、無許可ということになる。コンテンツ産業はこのあたりはかなりシビアであると聞くが

観光協会によれば、「あくまファンが自主的にやっていることであり、二次創作の部類に入る」とのこと。

つまり同人誌歌い手などと同じく、運営サイドは黙認という形をとっている。

京都アニメーションさんとは相互不干渉の形をとっています。ですので、観光協会でも

大きく宣伝したりはしませんし、販売するグッズはTBSライセンスを取っています」と担当者は語る。

確かに販売されているものにはTBSのCマークが入っている。

この手法は、ガールズ&パンツァーで成功を収めた茨城県大洗町とまるで逆である。

大洗町では、OARAIクリエイティブマネジメントがライセンシーを一手に引き受け

パネルをはじめとする展示物はバンダイビジュアルの許可を得ている。それ以外のものは基本的にNGである。

ファンが作成したものを展示しているところもあるにはあるが)

これは、粗雑な模造品の氾濫を抑え、かつ一定以上のクオリティを維持するのに有効だが

その一方で、許可が出るまでは商品なり、小物類を提供することができないというデメリットが存在した。

が、豊郷町ではそういったものが存在しない。有志による活動であるから

基本的に手作りであり、もちろん公式の絵と違う。

公式の絵を求める人にとってはそこでギャップが生じるわけだが、単に作品を追体験したいというのであれば

まったく問題は存在しない。

もちろん、これは性善説を前提としているためで、二次創作リスクが高いことは事実である。

しかし、豊郷小学校に限っては、十分クオリティは維持できているようだし

ファンも十分わきまえているようである。


しかし、大きな課題として駅前商店街には飲食店はもちろん、店舗の数が少ないことが挙げられる。

本来であれば、豊郷小学校を核として地元商店街に回遊する仕組みをつくることは大事だ。

放送が始まった当初は、店舗ごとにキャラクターを配置したほか、スタンプラリーを実施するなど

したようだが、今となっては寂れた商店街に戻ってしまったようである。

「もともと、豊郷は観光地ではないので、仕方ないのですが」と話していたが

それにしても商店街の店舗の少なさはどうにかならないものか。

辛うじて、豊郷小学校の前に喫茶店が一つあるが、もっと多彩な店舗が欲しいところである。

そうでなければ、豊郷小学校は点としての拠点で終わってしまうであろう。

イベントの時限定で飲食店を行うのも方法としてアリだろう。

とにかく、商店街活性化のためには、安定した回遊の仕掛けづくりが必要である。

2016-10-27

[]三笠宮殿下薨去、仙台でも哀悼 三笠宮殿下薨去、仙台でも哀悼を含むブックマーク

寒暖の差が激しい今日この頃、いかがお過ごしだろうか。

だんだんと秋が深まってきた本日

畏れ多くも、先帝陛下の弟宮であらせられる三笠宮崇仁親王殿下が薨去遊ばした。

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仙台市内の公共施設でも半旗が掲げられた(泉区文化創造センターイズミティ21」)

親王殿下は、大正天皇の第四皇子として1915(大正4)年にお生まれ遊ばした。

学習院初等・中等科をご卒業後、陸軍士官学校へご入学。

陸軍騎兵学校陸軍大学校をご卒業後、陸軍大尉にご任官。

大東亜戦争では、支那派遣軍参謀として従軍なさった。

航空総軍参謀、陸軍少佐の際に終戦をお迎えになった。

戦後は、考古学に深い造詣をお持ちになり、東京大学文学部で歴史学をご専攻。

1979(昭和54)年、中近東文化センターを設立され、オリエント文化研究の第一人者としても知られた。

中近東の研究に長く従事遊ばしたこともあって、日・トルコ親善に大きくご貢献され

それは現在の日土関係にも生き続けている。


昨年には100歳をお超え遊ばし賜い、心臓病気により

車イスでご公務に臨まれることが続き、一般参賀では車イスからお立ちになり

国民にお手を振られるなど、ご回復の傾向が見られたものの

うっ血性心不全により、本日8時34分、東京の聖路加病院で薨去遊ばした。



親王殿下はリベラルなお人柄から、歴史政治的にもご自由にご発言されることがあり

批判が上がったことも事実である。

とはいえ、それは裏を返すと君臣一如やノブレス・オブリージュという見方ではなく

御自ら国民の中にお入りになられた結果なのである。

それは国民の皇室への敬慕の念をますます厚くし「開かれた皇室」を

内外に示すこととなったのである。


改めて、三笠宮親王殿下のご遺徳と優れたご実績を

お偲びし、衷心よりご冥福をお祈り申し上げ奉ります。


白雉日報社

主筆 菊地 内記

2016-10-15

[]ベルギー国王ご来日、各地で奉迎行事開催 ベルギー国王ご来日、各地で奉迎行事開催を含むブックマーク

ベルギー国王・王妃陛下が10日から来日され

さまざまな奉迎行事が行われている。

14日には大阪市をご訪問、両陛下のご希望により能を鑑賞され

大阪能楽堂の大槻文蔵理事長に、能で使用した面は350年も前のものと

説明をお受けになると、「なぜそれほど持つのですか」と驚かれた様子。

マチルダ王妃陛下には、能で使う扇が贈られたという*1


また、13日には愛知県庁などをご訪問され

ベルギーへの日本車出荷1000万台を記念する行事にもご出席。

国王陛下は、長久手町(現・長久手市)から特別名誉町民にもなっておられるそうだ*2


11日に行われた宮中晩餐会では

天皇陛下が「この御訪問が両陛下、ご一行にとって

思い出深いものとなり、両国の友好・協力関係を更に進展させるものとなることを願っております」

と歓迎なさった。

国王陛下は「ベルギー日本のその洗練された文明と文化に関心を抱き

日本芸術表現ベルギーの多くの芸術家にインスピレーションを与え

アール・ヌーヴォーの台頭に寄与しました。

私たちは、2011年の地震の際に日本国民が示された尊厳と勇気を今でも覚えています。

一致団結して苦難に立ち向かう、共に再起する、そして未来を描く貴国の能力に感嘆しています」

と答辞を披露された*3


今回のご訪日は、わが国とベルギーが修好通商航海条約を締結して150周年を迎えることから

実現したもので、今年を「日本ベルギー友好の年」としてさまざまな記念行事が行われているという。

*1ベルギー国王夫妻が能鑑賞 熱心に質問、大阪訪問 http://www.sankei.com/photo/story/news/161014/sty1610140022-n1.html

*2:「名誉町民」ベルギー国王、来県 日本車出荷1000万台記念式典http://www.chunichi.co.jp/article/aichi/20161014/CK2016101402000055.html

*3:ともに宮内庁公式サイトより抜粋

 
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