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2018-12-06 M-1グランプリ2018の感想

とろサーモン久保田とスーマラ武智の審査員批判 17:39 とろサーモン久保田とスーマラ武智の審査員批判を含むブックマーク とろサーモン久保田とスーマラ武智の審査員批判のブックマークコメント

一つは、批判した側・された側含め、全員が毒舌芸なんです。概要リンク

二人一組でやる漫才の過激な毒舌で笑いを取る側=漫才台本を書く側と、

「およしなさい」byビートきよし

「そんなこと言ってはダメですよ」byナインティナイン矢部

「(批判された相方に向かって)ごめんなさい、後で、コイツ、ぶん殴っておきますんで。」by爆笑問題田中

フォローツッコミを入れる側で言えば、今回のM−1の審査員席にも、あの飲み会の席にも毒舌芸=イジリ芸の人しかいなくて、イジられたゲストフォローを入れる、謝罪芸・ヨイショ芸の相方がいなかった。じゃない方芸人と言われる相方の存在がいかに大事であるかが分かる騒動でした。

審査員批判をした側のフォローをすると、若さルックスで勝負したいなら、アイドルモデル俳優で、芸能界を目指しているわけです。ルックスがイマイチでも、実力があれば勝てる世界だからお笑いをやっている。なのに、芸歴8年以下の若手芸人養成用の劇場無限大ホールなど)では、若い女性人気投票ランキングが動きます。

私も無限大ホールの一番下のランクの、無名の若手育成枠のショーを観に行って、客席の様子も見るのですが、人気投票というシステム女性心理が加わると、ややこしいことになるのを知っています。ブサイクだけれども面白い芸人AさんのファンがAさんを観に行って、Aさんの登場でキャーキャー盛り上がって、でも投票になると、劇場に通う女性ファン同士のコミュニティがあって、他の女性ファンからブサイク好きと思われたくないから、ルックスの良い=笑いを一切取れないBさんに投票するという場面が多々あります。

「今回登場した中で、あなたの好きな芸人は誰ですか?」という質問の「好き」を、「恋愛対象」の意味でとらえて投票してしまうのです。少年ジャンプアンケートで「一番面白かった漫画はどれですか?」という質問の「面白い」を「ギャグ漫画」の意味でとらえてしまう小学生と似たミスが、そこで発生します。

M−1で優勝したトレンディエンジェルも言ってますが、吉本の若手育成用の劇場だと、ブサイクアンケートで勝てない。アンケートが「一番、笑ったのは誰ですか?」でなく、「あなた恋愛対象となる芸人は誰ですか?」に成ってしまっているので、勝負のフィールドがお笑いでなくなっている。

ブサイクを自覚する芸人は、劇場では勝てないから、M−1などの賞レースに賭けるしかない。その賞レースで、女性審査員が「(若くてルックスの良い)ミキが好き」と言ったら「劇場と同じかい(怒!」となる。

ただ、今のご時世、権力の場を男性だけで独占すると、それ自体が批判の対象となるので、審査員女性を入れておくことも重要です。毒舌芸で、女性高齢者に対する侮蔑的表現を使ったのは、今の時代のコンプライアンス的に良くなかったです。

二度売れなきゃいけない過酷さ 18:20 二度売れなきゃいけない過酷さを含むブックマーク 二度売れなきゃいけない過酷さのブックマークコメント

松本人志はかつて「関西芸人は、関西で売れて、そのあと東京でも売れなきゃいけない」と愚痴をこぼしました。関西で下っ端からスタートして、「4時ですよ〜だ」で冠番組を持って、関西お笑いで天下取ったのに、東京に進出したらまた下っ端からで、関西では考えられないような扱いを、東京テレビではされた。

これは、東京で賞レースに出る若手芸人も同じなんですよ。お笑いに限らず、コンテスト本質は、主催団体の下働き募集です。賞金だ栄誉だと言いますが、受賞したら主催団体に入って、一番下っ端の新人として下働きをしなきゃいけない。

お笑いの賞レースで、決勝まで残るような人達は、若手育成用の劇場だと、ベテランの域に入る芸歴5年以上の人たちがほとんどで、劇場だと後輩からペコペコ頭を下げられて、偉くなっているし、舞台でも一番笑いを取っているし、後輩の悩み相談にも乗って解決をしてやっている劇場番長です。劇場で売れて、天下取って偉くなった芸人が、TVに出るための賞レースに出ると、優勝してTVに出られるようになったところで、TVの世界の一番下っ端からスタートで、どっきりでバケツの水かぶってリアクション要求されたり、司会者からイジられて、お笑い対応力がない奴扱いされたりします。

R−1で優勝した三浦マイルド天狗問題は、劇場番長番長のままTV局に入ったら、TV局スタッフはじめ、出演者や裏方さん全員から、ほされたという話です。劇場で下っ端からスタートして、頑張って売れて、寄席ライブシーンではカリスマに成って、ちやほやされたのに、TVの世界に入ったら、また下っ端からスタートしなきゃいけない。偉くなった自分意識下方修正するのが追い付かない。

レース審査員コメントが素晴らしいなと思うのは最近キングオブコントです。

松本人志・さま〜ずの二人・バナナマンの2人の5名で、それぞれにコメントの役割分担が行き届いています。審査員の中で一番大御所松本人志が、出演者に対して厳しいことを言います。TV局側の事情、TVの持つ制約やレギュレーション。耳の痛い嫌な話ですが、松本人志が言うなら仕方がない。

次にバナナマンの設楽が、つい先日まで一緒に舞台に出ていた優しい先輩役としてコメントを出します。君たちの気持ちは非常によく分かる。ワンマンライブでは2時間使ってネタをやって、伏線を何重にも張って、最後のオチに行くのに、TVだと持ち時間4分と言われ、伏線も張れないままオチを言わされて、変な感じになる。舞台での俺達の実力はこんなもんじゃないんだ。TVでは実力が100%発揮出来てないけど、ライブでの実力はこんなもんじゃないんだという気迫は伝わってくる。

さま〜ずの二人は、プロの目線で、一緒に仕事をするとしたら、大会出場者のコンビと、さま〜ずの二人、4人でどんなコントが出来るだろう?という話を始める。シュールで奇抜な設定が好きな松本人志と違って、日常些細なあるあるネタを好むさま〜ずが、どういう共演の仕方が良いのか、様々なアイデアを出してきます。

最後にバナナマンの日村が「いや〜爆笑したよ、なにこれ?頭おかしいの?後ろの客席も、すげーウケてるし、見てて、すげー楽しかった」とプロ目線の分析一切なしで、素人丸出しの感想を言います。人をほめるのに「頭おかしい」とか放送禁止用語ギリギリを出す辺りは、TVのレギュレーションを知らない素人さんですか。始めはプロとしてちゃん客観的に分析しろよと、怒っていた私も、TVの前の素直な視聴者として振舞う日村に、こういう審査員も必要かもなぁと、最後には好印象に変わりました。

5人それぞれ違う立場、違う観点で物を言っていて、トータルのバランスが取れています。

それと比べたときの「M−1 2018」の審査員コメントの偏り方。じゃない方芸人がいない。素人目線がいない。全審査員が演者で、若手漫才師をイジって笑いを取る大喜利になっています。他の審査員が、若手をけなして笑いを取ったら、自分もっと上を行かなきゃいけなくなる。イジられている芸人テレビでは無名の「見取り図」劇場では、後輩から90度のお辞儀をされている大御所なんですよ。

復活後のM−1 20:47 復活後のM−1を含むブックマーク 復活後のM−1のブックマークコメント

M−1が一時期なくなって、THE MANZAIが後を継いだ時期がありましたが、その復活後のM−1の過酷さや、そもそも目的大会なのか?キャリア10年未満から15年未満に出場資格が変更されたことで、大会目的が、あいまいに成ってしまったなど、以前と比べると出場者側の負担が大きい大会に成っています。


  • ネタを何本隠しておかなければいけないのか

M−1の一回戦は8月スタートで、本戦決勝が12月。約4カ月の戦いです。コント55号萩本欽一さんが書いたTVに出始めると寄席で作ったネタストックが無くなるという主旨のコラムによると、TVに出てない寄席芸人は3カ月で1本のネタを完成させます。客前で新ネタを演じて、ウケた箇所、ウケなかった箇所をチェックし、台本を書き換えていくのに1カ月、台本が完成してネタを演じるのに慣れる、動きやテンポや間の微調整に1カ月、完成したネタが客前でウケにウケて、でも使いすぎることで、演者が徐々に飽きてきて、常連のお客さんにも飽きられるのが1カ月。

以前のM−1は番組上、決勝のネタと、ファイナルの2本目のネタ、2つネタを用意しなければいけなくて、8月9月ぐらいに完成したネタを、劇場やTVでは出さずに、別のネタをやって、3〜4カ月隠した本ネタを、いきなりM−1にぶつけるのが、優勝するためのセオリーでした。ナイツ漫才で優勝できなかった理由の一つとして挙げられているのは、一番良いネタをM−1前にTVやCMスポットで流されまくったから、2番手3番手ネタをM−1でやらざるを得なかったからだとされています。

TVで散々披露した方の一番人気のネタをやったら優勝したかもという話もありますが、一般のお客さんは昨日見たネタと同じネタを見ても、笑いません。新ネタ、もしくはしばらく見ていなかったネタをぶつけた方が笑い声が大きい。

M−1が一度無くなって、復活後のM−1では、三回戦・準決勝に残った漫才師ネタが公式スポンサーのGYAO!で、ネット動画としてUPされます。数カ月に渡って、みんなが無料で見れる形で公開されます。これは三回戦・準決勝で落ちる無名の若手にとってはチャンスでありがたいことですが、決勝まで上がる出演者にとっては過酷です。和牛がM−1で毎回ネタを変えることで有名ですが、本戦の2本のネタと別に、三回戦・準決勝ネタを2本別に用意しないと、厳しいです。

TVで放送されるM−1決勝で、ネットに上がっている三回戦・準決勝ネタと同じネタをやると、お客さんが笑ってくれない。もっと言えば、準決勝で敗退して、敗者復活でネタをやると、敗者復活戦も放送されるので、合計5本の新ネタをM−1用に持っておかなくてはいけない。

M−1復帰一回目の第11回大会だと、皆さん4〜5本のネタを用意して、三回戦・準決勝・本戦・ファイナル、全部ネタを変えていましたが、回を重ねて毎年出るコンビが固定してくると、ネタストックが無くなって、苦しくなってきます。今回の14回大会だと初出場の3組が、三回戦・準決勝・本戦、3本とも同じネタだったり、ジャルジャルファイナルでやったネタが昔のネタだったり、M−1常連組の新ネタも、M−1的には新ネタですが、TVで散々やったネタマイナーチェンジだったりして、漫才開始10秒で客席にネタがバレて、笑いが生まれにくくなる現象が、発生していたと思います。

  • 誰のための大会なのか

M−1が第十回大会で終わって、THE MANZAIが5大会あった後に、復活しますが、そのとき出場資格キャリア10年未満から15年未満に延長されます。M−1が無かった5年間に活躍した漫才師にもチャンスを与える配慮と、THE MANZAIに出場している人気漫才師をこちらへ呼び戻すための配慮ですが、これが大会目的をぼやかしています。

関西ローカルお笑いコンテストが、NHK+民放四局の関西支部(在阪キー局)で合計5本あります。

NHK上方漫才コンテスト上方漫才大賞フジサンケイグループ系列関西テレビ)、ABCお笑いグランプリ(テレビ朝日系列)、ytv漫才新人賞読売放送系列)、漫才アワード毎日放送系列)。

どれも多かれ少なかれ吉本興行と提携した大会ですが、キャリア1〜5年目ぐらいの若手が、出場して優勝し、これをきっかけに関西ローカルのTV番組に出て、スターに成っていきます。吉本お笑いスクールNSCに入って、劇場に出て、関西の賞レースで受賞して、関西のTVに出る。関西における芸人ルートが出来ています。

在阪キー局吉本主催する、関西ローカルの賞レースでは、賞の目的がはっきりしています。劇場で人気があって、かつテレビでは無名の新人を発掘してTVに出すのが目的です。かつてのM−1、芸歴10年未満に出場資格があった大会でも目的は明確でした。関西含む地方のTV局では有名でも、東京全国ネットでは無名の芸人を発掘して、全国ネットのTVに出すのが目的です。ブラックマヨネーズが典型ですが、関西冠番組を持つ芸人東京進出する上での看板がM−1だったわけです。この地点で、地方冠番組を持っていない、東京劇場叩き上げ組では、経験不足で勝てない大会にM−1は成ってました。

復活後のM−1出場資格キャリア15年未満に拡大されたことで、TVで既に有名な人たちが出るようになって、TVで無名の人達が勝てる大会で無くなり、発掘目的が薄れ、2017年とろサーモンの優勝によって、一度天下を取った芸人が、天狗に成り、干され、挫折し、謙虚に成って、復活する、消えた中堅芸人の再起を見せる大会に成っていった。GYAO!の煽りVTRもラストイヤー芸人の特集が組まれ、無名の若手の発掘から離れていった。これが良いのか悪いのか。M−1大反省会でトムブラウンが言った「バース・デイに出たい」「それ、ケガで戦力外通告されたスポーツ選手が出る番組や!」は、象徴的です。

キャリア15年未満の出場資格になることで、既にTVで有名でレギュラー番組を何本も持っている人が、毎日ネタ番組に出ながら、M−1用の新ネタも年に5本用意しなきゃいけないと成ったときの、動機や目的が分からなくなっています。

私的な勝敗予想 06:25 私的な勝敗予想を含むブックマーク 私的な勝敗予想のブックマークコメント

今まで一度も優勝者予想で当たったことがない私ですが、ネタだけ見ると「何故、こっちの勝ちなんだろう?」と首をかしげる場面が多々あって、例えば2015年コロコロチキチキペッパーズが優勝した回は、個人的にはバンビーノの勝ちだろと思ってました。でも、コロチキが優勝して、ゲストバラエティ番組を回るときに、ナダルリバースエボリューションをして、ナダル奇行エピソードを話して笑いを取っているのを見て、これかと。TVの視聴者である私は、放送された2本のネタコントしか見てませんが、審査員楽屋でのフリートークの面白さとか、劇場での他のネタトーク、先輩・後輩芸人からの人望など、様々な要素込みで判断して点数を入れているのではないかと。

TV見ている側は、公開されたネタしか見てないけど、吉本社員芸人は、未公開のネタトークも込みで勝敗の判断をしているとして。まだ東京のTV視聴者にはバレていない=鮮度は保っているが、吉本内ではウケているネタを持っている芸人を探したときに、ギャロップのハゲてない方、毛利さんが自分スーパースターだと勘違いしている「スーパースター毛利」ネタが、使えるのではないかと。個人的に、キングコング西野の、いまのキャラは、スーパースター毛利のパクリじゃないかと思っていて、時系列を調べたこともありますが、大阪のTVでスーパースター毛利がイジられるようになってから、西野勘違いキャラ特集がTVで組まれているので、西野元ネタは毛利というのも、あながちデタラメではないと思います。

M−1 2018の審査上沼恵美子ギャロップに言った「自虐ネタはウケない」というセリフは、ハゲネタでなく、スーパースター毛利ネタで勝負しろよと、私は解釈しましたし、あのネタなら、毛利の自惚れや勘違いキャラもっと出せるし、毛利のナルシスト振りをもっと入れられたはずとは思いました。

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2018-10-11 平凡パンチの時代

平凡パンチ時代1996年刊行)、ポパイ時代2002年)に続く本だが、個人的平凡パンチの方が好きだ。

証言構成『ポパイ』の時代―ある雑誌の奇妙な航海

証言構成『ポパイ』の時代―ある雑誌の奇妙な航海

自分人生にとって最も興味のある問いは

1968年学生運動5月革命ベトナム反戦含む)が、どんな問題提起をして、何を変えて、どんな未来を夢見たのか?」

であって、それ以外はあまり重要じゃないと思った。

浅田彰の「構造と力から始まるニューアカデミニズムも、五月革命ベースにしているし、オルガン学派(竹田青嗣小阪修平)も1968年ベースだし、米中貿易戦争も、習近平文化大革命1968年前後)をどう解釈しているのかが問題なわけです。


モダニズムからポストモダニズムへの変化も、この時代大学生に強いられたものだったわけで。

モダニズム単一の正しい答えがある状態。1+1=2みたいな話で。

ポストモダニズムは、単一の正しい答えが無い中で、自分独自の正解を提示して周囲の同意を取り付けなければいけ居ない状態です。「学級のみんなを感動させるような絵を描いてください」みたいな問いです。


ポストモダニズムルーツは、ニーチェショーペンハウエル世間では言われているが、個人的にはキルケゴール経由のプロテスタンティズムルターカルヴァンだと思う。

カトリックでは、単一の正しい教えが教会司祭から与えられていたが、プロテスタントは、個人聖書を読むことによって、私個人解釈、私にとっての正しい教えが生まれて、10人いれば10種類の解釈があって、全部が正しい教えになる。


アメリカアメリカニズム理解しようとしたとき特に現代美術系だと自律(autonomia)という語が頻出する。アメリカ人の言う自由が、日本語自由よりもむしろ自律、マイ・ルールに近い。デリダの「法と正義」がよく持ち出されるが、法律と私の中の倫理観対立した時、私の中の正義を優先させるのが、プロテスタントの正しい在り方だ。

モダニズム―――ポストモダニズム

  単一性―――多様性

 ヘーゲル―――ニーチェ

カトリック―――プロテスタント

   孔子―――老子

国家公務員―――自営業者


ありがちな例でいえば、ナチスドイツ政権下で、法律上ユダヤ人を見つけたらナチスに引き渡さなければいけないが、個人倫理を優先させて、ユダヤ人をかくまった人たちの話が出てくる。

社会的ルールよりも、個人ルールを優先させるのは、必ずしも良い結果をもたらすとは限らない。でも社会より個人を信じるのがアメリカニズムであり、プロテスタンティズムだ。

反抗する若者像 06:52 反抗する若者像を含むブックマーク 反抗する若者像のブックマークコメント

アングリー・ヤングメンとか反抗する若者像が、どのように称賛されて、どのように潰されていったのか。私的な結論を言えば、スチューデントパワーを戦ったベビーブーマー世代は、オリジナルのコピーだったのではないかと。彼らの親世代は第二次大戦で戦場に行ってます。軍国主義教育を受けて、お国のためにと戦場で闘い、戦争が終わって本土へ戻ってきたら、日本のような敗戦国の場合、戦争責任を問われるわけです。戦場で人を殺した君たちの行為は犯罪であったと責められます。正義だと思ってやった行為を悪だとして責められたときに、自分の中の折り合いの付け方として「あれは反抗期だったんだ、若い頃ってそういうのあるよね」という理屈で自分を納得させ、自分を許します。戦場で機関銃をぶっぱなし、殺戮を繰り返した経験を、反抗期・青春の思い出として、映画やドラマで描いたときに、その子供たち(ブーマー世代)が親の行動を反復する。それがスチューデントパワーで、親世代も最初はそれを応援して、青春って良いよねと懐かしさ込みで支持していた。


その反抗の刃が自分たちに向かってきたときに、力でもって彼らを潰したと。

フリーメイソンアソシエーション 06:16 フリーメイソンはアソシエーションを含むブックマーク フリーメイソンはアソシエーションのブックマークコメント

橋爪大三郎が「フリーメイソンアソシエーションだ」と書いていて、ここで柄谷行人用語を持ってくるかと思った。橋爪が書いているのは今のアメリカフリーメイソンで、私が思うフリーメイソン中世ヨーロッパのそれなので、当然ズレるが、石工組合ゼネコンフリーメイソンルーツで、国家予算の内の何割かはインフラ整備に振り分けるので、国家予算の何割かはゼネコンを通過する。フリーメイソン世界支配しているという陰謀論は、誇大広告だが

ゼネコンが国の政策に何の影響も与えていない」とするのも極端な論かと思う。

十字架死刑執行のための処刑器具 06:16 十字架は死刑執行のための処刑器具を含むブックマーク 十字架は死刑執行のための処刑器具のブックマークコメント

中世ヨーロッパでは教会裁判所役割をしていた。裁判所はある一定価値観を持ち、善悪ヒエラルキーを作る。その一番下のヒエラルキーにいるのが死刑囚で、死刑象徴する処刑器具である十字架ヒエラルキートップに持ってきて崇め奉るのが、矛盾していて興味深い。

クラインの壺のように、最底辺最上階が十字架でつながっている。

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2018-09-04 米中貿易戦争ーー中国はパブリックをどう語るのか

個別の事案に関しては中国側の言い分が正しく見えるが

全体の大きなビジョンに関して言えばアメリカの言い分の方が正しいという印象を持った。


中国経済取引/dealの話だと思っているがアメリカミリタリー・バランスや新世界秩序、

これから先の国際社会ルールをどうやって作り、運営していくのかの話をしている。

もっと言えば、習近平が信用できる人物なのか、倫理人格の話をしているように見える。


世界GDP比較 http://ecodb.net/ranking/imf_ngdpd.html

アメリカ側の事情を推測すると、このまま行けば早ければ2023年中国GDPトップに躍り出る可能性がある中、国際社会ルールを作るヘゲモニー国家としての地位を、このまま中国に譲り渡して良いのかの最終判断を迫られている。


貿易戦争は米中両方にダメージがある。アメリカとすれば、自国利益を削ってでも、中国にダメージを与える必要があったわけだ。


それに対して中国は、貿易戦争によってアメリカにもこれだけの被害がありますよと、アメリカ側の不利益提示するが、そんなことはアメリカ自覚の上でやっている。


中国側に求められる正しい反論は、貿易戦争によって、米中の経済が低迷すると、米中と貿易をしてる第三国善意第三者に対してこれだけの被害が生じますよと、公共利益/public interest を代表して話すことだ。


中国自国利益だけでなく、取引先の利益にも配慮win-win関係を築こうとする国家だと、いうだけでは、ヘゲモニー国家になる器とは認められない。アメリカ大統領トランプの娘、イヴァンカがやっているアパレルブランドに便宜を図って、win-winを名乗る。一国の代表者の親戚に便宜を図る、間接的な賄賂を贈ることで、関係性を作るのは、第三者から悪人に見えてしまう。


戦争終結には、敵側窓口との落としどころを探ることになる。交渉相手である敵側の利益にも配慮必要になる。


でも、自国相手国だけでなく、善意第三国にまで配慮をする器でなければ、GDP一位の座を譲り渡せない。世界全体が良くなるには、どうすれば良いのかについて、常にしゃべるぐらいの器でなければ、信用が出来ない。


アメリカアメリカンファーストアメリカ第一)を掲げれば、国際社会から批判を浴びる。中国にも同等かそれ以上の責任が今後発生することになる。中国が掲げる「中国夢」も、見方によっては、中国ファースト中国第一に見える。


語源アメリカンドリームかも知れないが、アメリカンドリームは、貧しい移民がアメリカに来て成功して金持ちになる話で、アメリカ国民個人の夢を実現させる話です。中国夢は、中国国民個人の夢を実現させる話でなく、中国覇権の及ぶ範囲を広げる話になっている。新植民地主義と誤解を受けるような言い回しだ。GDP世界第10位ぐらいの国が、自国第一主義を掲げても何の問題もないが、GDP一位になる可能性がある国なら「人類夢」や「地球夢」ぐらい言わないと、中国第一主義批判されるだろう。


アメリカ大統領は、悪ぶってアメリカンファーストを口にするが、中国は「中国夢」を語ることが悪だという自覚がない。中国代表から人類代表に成らなければいけないのに、自覚がない。人類全体の利益について語らなければいけない立場だと分かっていない。

アメリカ視点 12:00 アメリカ視点を含むブックマーク アメリカ視点のブックマークコメント

アメリカ目線勝手想像すると。


米ソ冷戦時代アメリカ西側諸国派遣していた米軍を、費用的に維持できなくなりつつある。


オバマ時代G2という語を使って、中国アメリカが合同で費用負担し、平和維持のための軍隊を維持しようとしたが中国に断られている。中国側からすれば、何故、中国米軍費用負担しなければいけないのか?という話だ。


世界の警察として世界中派遣している米軍撤退させれば、世界は再び第二次大戦前や第一次大戦前のような、紛争の絶えない混沌状態になるかも知れないと、アメリカ政府懸念している。


それぞれの国が軍隊を持って武装他国から侵略に備え、国境沿いでは常に紛争が起きる、軍事力によって国境線は常に移動し、万人の万人に対する戦いが常に起きる。それが国際社会にとってベスト状態とは言えないだろう。


インターポール/国際警察国連軍など、国際組織に軍備を集中させて、個別の国は軍備を減らし、国際紛争は、国際司法裁判所平和的に解決する。という理想主義的な物語はあって、第二次大戦敗戦直後の日本ドイツに与えられた戦後民主主義教育は、理想主義的な物語を前提にしている。


米軍とは言っているが、実際には、世界の警察/public servant であって、米国一国の利益のために動く軍隊ではない。という理想現実折衷案的な物語もある。


G2という語でアメリカ提案したのは、米中で「世界の警察」となる合同の軍隊を作りましょうという話だ。


中国南シナ海をめぐる国際司法裁判所判決2016年)に従わず南シナ海軍事拠点を作っている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E3%82%B7%E3%83%8A%E6%B5%B7%E5%88%A4%E6%B1%BA


この裁判も、象徴的な所があって、中国側古代中世の古地図を出して、昔から南シナ海中国領海であることを正面から証明しようとしたのに対し、対立する側は、公海/public sea公共利益/public interest について語っている。


南シナ海中国領海になると、今現在南シナ海を通っている各国の石油タンカーが、南シナ海を通れなくなり、迂回しなければならなくなる。すると、善意第三国に対して、様々な不利益が生じる。公共利益に反すると主張している。裁判戦術としては変則的な戦い方ではあるが、公共利益を主張することで、僅差で中国に勝った。


仲裁裁判判決を下す立場にいたオランダに対し、中国は事前に接触しようとしたが、オランダ丁重に断った。中国オランダに対し賄賂代用となるような便宜をはかるのではないかと、疑念を抱かせるのを避けるためだとされている。中国型のwin-winが、ここでも否定されている。


仲裁裁判所の判決に従わず軍事力に物を言わせる国が、GDP一位になって、国際社会ルールを作る側に回って大丈夫なのかという不安はある。中国南シナ海領海だと主張するなら、再審請求をするなどの法的手続きを経るべきだ。


ただでさえ、中国は他の先進諸国と違って、非アルファベット圏で、非英語圏で、非キリスト教圏で、非白人で、社会主義国で、文化の異質さが際立っている。誤解を受ける余地は多分にある。

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2018-08-11 現代美術ヤミ市の感想2 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

http://d.hatena.ne.jp/kidana/20180728の続き

無名画家志望者が展覧会で受賞して一夜にしてスターになる。

自分の絵が一枚二千万円で売れる。

普通に考えれば、すごく幸運なことに思える。

でも、本当にそうなのか?


大手ギャラリーからスカウトが来る。

大手ギャラリー所属成る

新人大手ギャラリー契約だと、売り上げを7:3で分けたとして

ギャラリーが7、作家が3。

3年5年頑張って、中堅やベテランに成れば

、5:5や作家が7の7:3に成るとして

最初は売り出しに金掛かるし、

作家3の7:3でスタートして

2000万円で売れた絵の作家の取り分が600万円。

大手場合新人は中々個展が出来ないから、次の個展は3年後で、

大手ギャラリー所属である以上、

個人勝手にグループ展や貸画廊での個展は出来ない。


売上も発表の場も無いまま、3年後の個展に向けて作品作りを

ひたすらやって、3年間で600万円食いつぶす。

1年200万だと、東京一人暮らしだと普通に生活保護水準の生活費

画材買って制作しなければいけない。

それで3年後、個展やって売上出なかったら、自己責任

収入ゼロ

80年代後半から92年ぐらいまでのバブルだと

そういう感じで、受賞後3年前後で消える作家がいっぱいいたらしい。


日本独自の悪癖とされるが、絵の値段が、作家名×号数(サイズ)で決まるので

例えば1号3万円の作家が、100号の絵を描けば300万円になる。

画家としての実質的デビュー作が一枚2000万円で売れたとして、

次に売る時には、その値段を下回ることが出来ない。

絵が投機的に売買されている以上、作家自ら値段を下げるのは

以前に買ってくれたお客さんを損させることに成るので

2000万なら2000万の金額を下回る値段で販売できないのだ。

受賞時、デビュー作が高値を付ければ付けるほど

その後の活動に高いハードルを設けられてしまう。

西洋美術業界なら同じ作家が作っても

作品ごとに質や値段が違って当然という扱いだが

日本に関して言えば、一度上がった値段を作家自ら下げる訳に行かないシステムがある。


一枚二千万円で絵を売るのが仕事となると

友達や親せきや家族でも気軽には売れないし買えない。


ヤミ市GEISAIのようなワンナイトシンデレラを期待した30代半ばの男性画家

上記のようなバブル経験した一人だ。

彼は言う。


画家なんてのは水商売ホストのようなものだ。金持ち相手に、形の無い物を売っている。

ギラギラしたシャンデリアの下で、ネオンサインを光らせて、レーザー光線飛ばし

重低音の音楽流して、半裸の男女が入り乱れて酒飲んで、パーティやって

大金払って店を出たら、手元に何も残ってない。形に成らない物を売っている。

形の無い物に大金を消耗したいという金持ちを連れて来なければダメだ。


バタイユ著「呪われた部分」の一般経済学的な放蕩なのかな。

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2018-08-01 中国系暴露サイト このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

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