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2009-12-08

私の「怒り」とは?

| 22:39 | 私の「怒り」とは?を含むブックマーク 私の「怒り」とは?のブックマークコメント

※「在特会」のレポートや動画は、暴力的で差別的な行為・発言が含まれていて、やはり気分が悪くなりますので、お取り扱いには注意してください。そして、現段階で、「在特会」サイドのメディアを利用しなければならないことも、また悔しいのですが、お断りしておきます。 


2009年12月4日(金)13:00に、京都朝鮮第一初級学校に「在特会在日特権を許さない市民の会)」が押し寄せ、1時間の「抗議活動」をしていった。


 これに先立って、彼らは、京都朝鮮第一初級学校の隣の公園を、学校が「不法占拠」しているとして、視察にいった模様とどこかの役所に問い合わせにいった模様を公開している。以下、その動画。

京都朝鮮学校が児童公園を不法占拠【主権関西/在特会関西】


 その後、朝鮮総聯京都本部前での抗議活動において、「12月初旬」に朝鮮学校に抗議しにいくことが「忠告」された。以下、その動画。

(5/16)H21.11.21【関西支部】こちら京都朝鮮総連本部前!

 動画の限りでは、彼らはいつ来るのか、何を起こすか分からない、学校側も不安を抱えたまま日常を過ごすしかなかった。

 結局、私も何もできないもどかしさを抱えながら、とうとうその日がやってきてしまった。


 ○学校側が撮影した動画

 ○「在特会」のレポート

 ○youtubeで検索すると、一部始終が更新されていた。

(日記初稿の際は、全てのURLをアップしていたのですが、あまりにも学校関係者の肖像権が侵害されているものなので、youtubeにおける「在特会・関西支部」のページに飛ぶようにしました。)

12月4日京都児童公園を無断で校庭として使う朝鮮学校から奪還 1〜6


(この日の状況説明が不足していましたので、補足します。)

 京都朝鮮第一初級学校は、そもそもグランドがありません。それでも、子どもたちの保健体育を保障することは絶対に必要であり、だからこそ勧進橋公園において、学校の僅かな資材を持ち寄り確保してきたのです。京都市もそれを非公式にでも認めてきたはずです。因みに、京都市高速道路の建設工事によって、それさえも奪われようとしています。

 当日、学校では、京都滋賀全ての初級学校の生徒が集まって、交流会が持たれていたようです。そんな楽しいひと時の最中の出来事でした。生徒の中には、怖くて泣き出す子たちもいたそうです。

 私がこれを知ったのは、二日後の12月6日(日)。結局何も力添えできず、怒り、憤り、悔しさ、恥ずかしさ、いろんな感情がこみ上げてくる。絶対にこんなことを許してはならない。

 ただ、「在特会」を例外や特殊なものとして扱ったり、未熟さを嘲笑うことは、日本社会が内在している暴力や、日本人の責任を曖昧にしてしまう。そういう意味で、彼らは私の「鏡」だと思うのだ。

 学校関係者の方の言葉=訴えが、ずっと胸に突き刺さっている。


子どもたちの心に影が出来、教育上大きなマイナスになるであろうこの件はだれが責任をとってくれるのですか?

 保護者たちの不安はどう取り除いたらいいのですか?」


 ほんとに酷い。子どもたちの心理的なショックや保護者の不安は、計り知れない。今後、二度と「在特会」が来ないようにすること、これに刺激された市が変な方向に動かないかということも憂慮されるし、そしてこれらの不安をどのように取り除くかという問題が残る。

 どうしたらよいのか今は頭真っ白だが、何らかのアクションは起こさなければと思っている。ほんとに自分の無力さを痛感しつつ、やっぱり具体的に何ができるかを考えたいと思う。独りでもやる。


 

 ちょっと、話はズレるけど、今回改めて思ったこと。「在特会」は、かなり象徴的だと思うが、それに対する私つまるところ日本人の「怒り」というものは、一体何なのかということ。

 何に対する「怒り」で、誰のための「怒り」で、何のための「怒り」で、何を守るための「怒り」なのか。

 私は今まで何に対して「怒って」いたのだろうか。

 もちろん、当事者を代弁できるはずもない。確かに、日本人として恥ずかしいからというのはあるが、私は彼らとは違うってことを証明したいという欲望だったのではないか。真意は、当事者にそれを示すための「怒り」ではなかったのか。

 それは、ほんとに傲慢で、エゴで、マッチョな姿勢だった。先述したように、彼らと私は同類。「日本人として恥ずかしいから」というのも、逆を返せば、ナショナリズム的だしね。

 では、私の「怒り」はどこに向かえばいいのか?その「怒り」は、どうあるべきなのか?「当事者」でない私は、この問題にどう携わるべきなのか?

 明確な応えはないけれども、今までの固定的な主体性や立場性だけでは、不十分だということは確かである。もう一度、問い返す必要があるのではないだろうか*1





追伸:

 最初何もできていないし、警察を誉めるわけでないけど、動画い療喘罅銑Δ暴个討る警官にちょっと感心。「朝鮮学校に言うてもしゃーないやろ」などと、説得をしている。弁護士が駆けつけたおかげもあって、その説得の間、マイクパフォーマンスが少し鎮静化されている。youtube等では、この警官に対する批判が殺到していて、ちょっと滑稽。今までの「在特会」のデモでは、見られないレアな光景だった。



追加(2009.12.9):

※知人からのメールからの転載です。第一初級の保護者の方の文章です。

皆様

私は朝鮮第一初級学校に二人の子どもを通わせている保護者の金と申します。

ご存知の方もいらっしゃると思いますが先日4日に名前を言うのも忌まわしいようなレイシスト人種差別)団体が京都朝鮮第一初級学校のすぐ前で騒乱を起こしました。

http://corea-k.net/date/000.wmv

今まで生きてきてこんな腹立たしく悔しい思いをしたことがありません。

学校の前で子どもたちに聞こえるように“スパイの子どもたち!”“朝鮮学校を日本からたたきだせ!”などと人として信じられない暴言を拡声器の爆音をもって騒ぎ立てました。

子どもたちはおびえて、中には涙を流すこどもたちもいたそうです。

私が悔しい、腹立たしいと思ったのは、何もその団体に感じたことではありません。

朝鮮語のことわざに“糞を避けるのは怖いからで無く汚いからだ”という言葉があります。

私が本当に許せないのはこのような事態が許されている“この社会の規律と良識”に感じています。

当日警察も子どもたちがおびえてるにもかかわらず“自分たちは間に入っている立場”とし制御しようともしない。スピーカを校門のまん前で校舎に向けて騒いでるにもかかわらず禁止させない。

これが言論の自由ですか?法や警察はこどもを守ってくれないというのがむなしくてたまりませんでした。

自由使用の公園なのにも関わらず“不法占拠”とののしり、地域の方々も使っているゴールポストを動かしたり、利用する子どもの安全のために設置されたスピーカーの線を切り、朝礼台と一緒に校門前に投げつける暴挙。

器物破損ではないのですか?強制執行は一般市民に権限があるのですか?

子どもたちがおびえ、泣いているのに脅迫罪ではないのですか?

そこにいる個人や団体を誹謗中傷し侮辱罪ではないのですか?

そこに駆けつけた私たちは声がかれるまで警察に訴えたのに取り合ってくれませんでした。

私は学校に駆けつける前に、某大学で人権教育の招かれ、“人権とこどもの学ぶ権利”を物知り顔で語っていました。

このときほど“人権子どもの学ぶ権利”が虚しく聞こえたときはありません。

私はこの問題が一部のレイシスト集団の問題ではなく、それを許容する日本社会の“良識”を問いたいです。

たしかにこのような集団は日本人の一部かもしれません。

“日本人は悪い人ばかりではありません。信じてください”とおっしゃりたい方もいるでしょう。

そういう意味では日本の方々も被害者かもしれませんが、今回の問題の本質ではありません。

明確にこのような事態が起こったことは、これが許されたことになると思います。

いまこそ“日本社会の良識”にとうべきだと思っています。

いままで本当に悔しい思いをいっぱいしてきましたが、もうたくさんです。

今後このような事態が起こったとき、また私たち朝鮮人は門扉の前で歯を食いしばり、血の涙をのみながら我慢に我慢を続けないといけないのでしょうか?

正直に今回子どもたちに“守ってやれなくて申し訳ない”との考えが頭を離れず夜も悔しくて眠れませんでした。

無くなった祖父母や一世たちが空の上からこの事態を見ているならば、どんな思いをしてるでしょうか?

自分たちの曾孫までもこんな仕打ちをされているのかと嘆き苦しんでいるでしょう。

長々と書きたて、最後まで読んでいただきありがとうございます。

もうこのような事態が起こらぬよう皆さんどうかこの社会を良識とあるべき姿を考えてください。。。

*1:追記:
一番最初の「在特会」の学校調査報告動画が送られてきた日の夜、いろんな複雑な感情に震えて涙が止まらなかった。第一初級学校は、前の大学の近所だったこともあって、とても思い入れがあったし、よくしてもらったから。さらに、その前に、証言集会に「在特会」から「妨害予告」が出ていたこともあって、私の精神状態は不安定極まりないものだった。「怒り」のあり方と同様に、この「涙」や「悲しみ」も、何なのかということは突き詰めないといけないと思う。ただ、証言集会の「妨害」では、「セカンドレイプ」が起こるかもしれないという恐怖があったから、よく説明できないけど、今回の件も私にとったら重なってしまった。とりあえず、冷静ではおられなかった。

tukinohatukinoha 2009/12/09 01:34 カルスタの思想家ホミ・バーバは『文化の場所』において「私が試みようとしてきたのは、一般理論を打ち立てることなのではなく、さまざまな生活の場所において、異国の言葉へのとまどいがもたらす稔りある緊張感を説くことであった。私が……ベンヤミンの「共約不能な語り」を通して示そうとしたのは、救済の方法などではなく、人々のもつ文化を生き延びる不可思議な力であった。歴史や言語の境界線上で、あるいは人種やジェンダーの臨界で暮らしていくことで、そこに生じるもろもろの差異を、ある種の連帯へと移し変えていけるような場所に私たちは立つことができるのだ」と述べていますが、この記事を読んでそのことを思い出しました。
他者と向き合う上で重要なことは、自分を観察者として絶対的な高みに祭り上げることではなく、自分を他者の前に曝し、自分の同一性に亀裂を入れ、自分自身のなかにある他者性に気づくことである、と僕は思います。理解しがたさ、居心地の悪さというのは他者との関係においてだけでなく、自分自身との関係においても存在するものなのでしょう。
しかし、バーバの言葉に従うならば、この居心地の悪さは我々の新たな絆にもなる、両義的なものです。夏目漱石は『こころ』で「私は死ぬまえにたった一人でいいから、ひとを信用して死にたいと思っている。あなたはそのたった一人になれますか。なってくれますか」と書きましたが、他者理解の困難さ、深い孤独を引き受けたときに初めて、他者の苦しみに対する痛切な共感に基づいた絆が生まれてくるのだと思います。
ブログ主様がどのような形で「日本人としての怒り」を問い直していくのかはわかりませんが、もし現在「日本人として在日朝鮮人の問題を考えること」にとまどいや居心地の悪さを感じているのだとしたら、その居心地の悪さを大切にしてください。
長文失礼しました。

toledtoled 2009/12/09 02:25 こんにちは。
京都でお話しさせていただいた常野雄次郎です。

「ただ、「在特会」を例外や特殊なものとして扱ったり、未熟さを嘲笑うことは、日本社会が内在している暴力や、日本人の責任を曖昧にしてしまう。そういう意味で、彼らは私の「鏡」だと思うのだ。」

というのは、本当に共感しました。
「行動する保守」の「幼さ」や「無邪気さ」をあざ笑ったり、一般市民から隔絶した暴力集団として切断することは容易です。しかし、「はてなハイク」で id:mujigeさんが指摘しておられましたが、本来であれば日本帝国主義によって「日本」に組み込まれてしまった在日の民族教育を経済的に・インフラ的に公費でまかなうべきところが、日本政府本体がその責任を放棄しているという実態があります。そのことを背景として公園を体育の授業に利用する、といったことを余儀なくされている面があるわけで、この問題は、たんに一部の極右思想の持ち主の横暴ということでまとめられるべきことではなく、日本社会のつらぬく民族差別が象徴的に現れているような気がします。
 そこで、ただ「在特会」(そのほか)を蔑視するのではなく、(もちろんそれは必要なのですが)、「表面上は在特会の横暴を非難しながら、日本人としての排他的特権を手放そうとしない日本人」にとって怒りとはなにか、なにに怒るのか、ひょっとしたら、鏡のむこうに最も適切な対象が写っているのではないか、そんなことを考えました。

なお、宣伝になって恐縮なんですが、いぜん、「良心的」日本人と「ならずもの」との共犯関係について書きました。お暇なときに目をとおしてくださると嬉しいです。

http://d.hatena.ne.jp/toled/20070726/1185459828
http://d.hatena.ne.jp/toled/20070727/1185546389

tukinohatukinoha 2009/12/09 19:47 ものすごくどうでもいい訂正ですが、バーバはカルスタではなくポスコロでした。すいません。

kiimikikiimiki 2009/12/10 00:30 <tukinohaさん
コメントありがとうございます!
私の拙い記事に、ほんとに示唆的なご意見を下さって、大変嬉しく思います。
まさかホミ・バーバを思い浮かべていただけたとは、恐縮です。
悶々として言葉にならなかったことが、とても明瞭になりました。

「他者と向き合う上で重要なことは、自分を観察者として絶対的な高みに祭り上げることではなく、自分を他者の前に曝し、自分の同一性に亀裂を入れ、自分自身のなかにある他者性に気づくことである」

一つ一つの言葉に刺激を受けたのですが、激しく同感です。
残念なことに、まだまだ私たちは分断されている現実があるなと思います。
その上で、他者との関係、自己との関係においての「居心地の悪さ」から紡ぎ出せたらと思います。

kiimikikiimiki 2009/12/10 00:43 <toledさん
その節は、大変お世話になりました。楽しかったです!
ひっそりとブログを始めたつもりだったのですが、すぐバレましたね(笑)
今後ともよろしくお願いいたします!

「在特会」を批判する左翼活動家たちが、案外民族学校の現状を知らなかったりするんですよね…。

「「表面上は在特会の横暴を非難しながら、日本人としての排他的特権を手放そうとしない日本人」にとって怒りとはなにか、なにに怒るのか、ひょっとしたら、鏡のむこうに最も適切な対象が写っているのではないか」

ほんとにそう思います。私が、かつてそんな風にしか「怒れ」なかったということに、気付けたことはとても良かったです。
彼の行動を「蛮行」と名づけたり、「ならず者」と呼ばわりすることは、きっと己を見失うことになると思います。

記事読ませていただきますね。

匿名匿名 2009/12/14 16:31 もっと、分かりあえるやり方が有るのなら、話し合いで公園を使わせてもらえるように許可してもらえばいいんではないですか?そうでないと、どんなことを言っても在特会の人々からしてみれば奇麗事にすぎません。安心できる場所に居たいなら朝鮮に帰れ!って言われても仕方ないと思います。この問題は直接関係のない在日朝鮮人の方々にまで迷惑をかけています。誰からも文句が言われないように公園を使っていたらこんな事にはならなかったんでは無いでしょうか?もう一度解決策を良く考えてみてください。土地がないなら、購入してグラウンドにすることは出来ないのですか?嫌なコメントだと思わず、暴動になる前に和解出来るやり方を双方話し合ってほしいです。子供のためというのなら、どのように解決するかを見せるのも子供のためではないのですか?

匿名匿名 2009/12/14 16:31 もっと、分かりあえるやり方が有るのなら、話し合いで公園を使わせてもらえるように許可してもらえばいいんではないですか?そうでないと、どんなことを言っても在特会の人々からしてみれば奇麗事にすぎません。安心できる場所に居たいなら朝鮮に帰れ!って言われても仕方ないと思います。この問題は直接関係のない在日朝鮮人の方々にまで迷惑をかけています。誰からも文句が言われないように公園を使っていたらこんな事にはならなかったんでは無いでしょうか?もう一度解決策を良く考えてみてください。土地がないなら、購入してグラウンドにすることは出来ないのですか?嫌なコメントだと思わず、暴動になる前に和解出来るやり方を双方話し合ってほしいです。子供のためというのなら、どのように解決するかを見せるのも子供のためではないのですか?

scolopaxscolopax 2009/12/15 08:58 英訳字幕つけました。
http://www.youtube.com/watch?v=2szx-WWR0rw

kiimikikiimiki 2009/12/16 00:56 <匿名さん
コメントありがとうございます。
長年、公園を使用できるように、学校と行政と近隣住民で話し合ってきた経緯があるんですよね。公園は公共の場なので。そのような対応は、やはり在日朝鮮人の歴史的な背景があるからであり、正式に判子をついた契約書はないけれども、非公式であれ認知されてきました。そうえいば、学校の60周年記念式典で、公園を使用したとき、市議などが出席していたという事実もあります。
もし、朝鮮学校に財政力があるなら、グランドに使用するための土地を購入することができたかもしれませんが、「各種学校」だとして国の補助もなく、在日朝鮮人が手作りで築いている現状においては、到底不可能だと思います。
日本政府と地域行政の民族教育への対応、さらに各地域の朝鮮学校にさまざまな背景や事情があることを、多くの日本人はなかなか知りません。こちらもそういったことを宣伝するにあたり、かなり力不足だったことを反省しています。

「双方」というのは、「在特会」と「朝鮮学校」でしょうか?話し合えるなら、話し合いたいです。しかも、「朝鮮学校」に責任を負わせるのでなく、そうしてテーブルにつけるような環境を創り、積極的に私たちが受けて立つことも役目かもしれません。

kiimikikiimiki 2009/12/16 00:59 <scolopaxさん
お知らせいただきありがとうございます!
英語字幕!すごいです!
世界に配信できますね。
機会が得られれば、使用させていただくかもしれません!

通りすがり通りすがり 2009/12/17 04:34 日本の警察は右翼勢力を暴力装置として利用していた過去があり、いわば身内の扱いです。こうした市民団体を装う右翼団体の横暴に対する警察の態度に疑問の声が色々な所で聞かれますが、デモなど見ていますと、警察は彼らのガードマンとして動いている事が明白です。警察による対処はアテに出来ません。
警察がアテにならないことで、最近では彼ら「行動する保守」と自称する輩への民事訴訟が次々と起こされ、そしてそれは彼らを黙らせる事に見事に成功しています。嘆いているばかりでは彼らが図に乗るばかりですよ。

kiimikikiimiki 2009/12/21 14:50 <通りすがりさん
コメントありがとうございます!
そうですね、彼らは、警察に守られて、デモや情宣を行っていますね。
民事訴訟のことも聞いていますが、今後勢力が大きくなっていくにつれ、果たして一人一人黙らすことができるのか…、とやはり嘆いてしまいます…。
でも、確かに、嘆いてばかりではなく、それで何する?ってところを、具体的に考えていかなければならないと思います。

朝鮮人を見下すな朝鮮人を見下すな 2009/12/22 01:08 >彼らは、警察に守られて、デモや情宣を行っていますね。
右翼側からしたら左翼デモは警察に守られていると言ってるんですよ。

>ものごとをもっと複眼的にみていきたい。
どう読んでも朝鮮組織よりじゃないですかw

そもそも自分は被害者根性でいながら判り合いましょうと言うのが無理な話ですよ。貴方も京都に多いとされる左翼と同様なだけじゃないですか?自身のアイデンティティの為に朝鮮人を利用するな。
教職者のくせに校庭のある学校も用意しないで都合のいい時だけ甘えておいてルールは無視ですか?ルールが無くなったら秩序なんて無いんですよ。貴方が言うような過去の責任はルールがあってこそです。学校側は生徒が怯えたとか言う前にそれを防ぐべく行動を起こしたんですか?被害者ずらだけして自分に責任は無いとでも?学校側は親に伝えていなかったのか?知っていたなら親はそんな事態を見過ごして子供を学校に送ったのか?危機管理能力が低すぎます。学校の思惑が見え見えですよ。
財政力と言いますが、グラウンドも借りれない組織が民族繁栄の為に学校を作ろうと言うのが独善的で子供のことなんて考えてないじゃないですか。東京の一等地の未払いで問題になった朝鮮学校だってそうでしょ。本当に子供のことを考えるなら朝鮮学校を統合でもして郊外かもっと外の安い土地でやり繰りすればいいんですよ。子供の為を思うと言うのはそういうことです。(もっと言えばナショナリズムを高揚させる為に作る民族学校なんていりません、ウルトラナショナリズムは友好(笑)の邪魔でしょ?)努力もせずに過去の歴史を穿り返して日本が悪い、何とかしろで済まそうとする根性とそれを支える自称人権派の日本人のせいで今にいたっているんじゃないですか?親玉の総連には朝鮮の国会議員がいるんだから民主主義の国らしく御国から在日にもっと資金を流してもらえば良いじゃないですか。

私の友達に「元」在日朝鮮人がいますが民族学校より公立学校に来ておいて良かったと言っています。かと言って改名もしていませんし彼が民族的朝鮮人であることに変わりありませんし、彼の家に行ってもそれを感じます。どうせ日本人の中に入ったらイジメられるから無理と言うのでしょうが、イジメは朝鮮人じゃなくてもあるでしょ。というより私の友人は仲良くやってましたよ、適応出来ないとか決め付けるのは日本社会への差別と朝鮮ナショナリズムのエゴですよ。第一、過去といっても60年も前ですよ?既に3〜4世代目に入っているのに何時までも甘やかして何が共存ですか?国に認められていない学校で学んで就職が厳しいとか、単に民族団結の誇りとやらのナショナリズムで負の連鎖を続けているだけじゃないですか。日本のナショナリズムは駄目なのに朝鮮ならいいんですか?努力している朝鮮人だっているのに一部朝鮮人と自称人権派の日本人せいで彼ら家族まで同類扱いされるんですよ。

ちなみに私は過去日本が悪くないとは言いませんし、在特会を支持する気なんてありません。勝手に怒って挙句の果てには在特会ではなく我々日本を侮蔑したレイシスト朝鮮右翼の勘違い共と日本でも何でも分断しといてください。私は差別ばかりする両者に怒りを覚えます。そして彼らのナショナリズを都合よく解釈する貴方にも怒りを感じます。


まぁ私の意見をどう思うか知れませんが、少なくとも私は貴方方より対等な「対等な!」友好関係ではなく友人関係を朝鮮人と築けています。kiimikiさんは優越感に浸って努力してきた私の友人達を見下しているんですよ、ふざけるなレイシスト、以上。