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夢界拾遺物語

2012-11-23 なんにもできないお嬢さんのはなし

 なんにもできないお嬢さんのはなし

 あるところに、なんにもできないお嬢さんがいました。お嬢さん、と呼ばれていましたが、貧しい洗濯女のむすめでした。
 ある日、洗濯女が言いました。
「さあ、お嬢さん。これから、とってもいいことを教えてあげる。あんたが今までと同じように、なんにもできないままで生きていかれる、すてきな魔法だよ。」
「そんな魔法、聞くのも習うのも、めんどうくさいわ。」
 と、なんにもできないお嬢さんは言いました。
「あたしは、おっかさんのそばにいて、おっかさんが洗濯をしているところを眺めていられれば、それでじゅうぶん、しあわせなんだもの。」
「まあ、そんな、もったいないことをお言いでないよ。」
 と、洗濯女は嘆いてみせました。
「今まで黙っていたけれど、あんたの顔はね、このおっかさんの洗濯かせぎだけで、細々と暮らしていくような器量じゃないんだ。もっともっと、幸せな暮らしができるはずなんだよ。」
 言われてむすめは、なるほど、自分は器量がよかったのかと、初めて思い当たりました。
 そして、それならおっかさんの言う通り、もっともっと、幸せな暮らしをしてもいいのかもしれない、思いました。
「じゃあ、教えてちょうだい。でも、あんまり長いのはだめよ。あたし、きっと眠くなってしまうから。」
「なあに、雑作もないさ。」
 と、洗濯女は言って、ふところから、小さな灰色のせっけんを取り出しました。
「これを持って、まっすぐ南へ歩いてお行き。そこに、青い芝生に囲まれた、小さな泉がある。そのほとりに座って、洗濯しているふりをしておいで。すると、いろんな男たちがやってきて、あんたになにかを洗ってほしいと頼むだろう。その男たちの中から、いちばん服が汚れていて、髪に泥がついていて、顔が汗びっしょりの男のもちものだけを洗っておやり。それで、万事うまくいく。」
「洗濯のふりなんて、あたしできないわ。」
「だいじょうぶ。あたしの洗濯板も持ってお行き。これを泉の水に浸して、そばにしゃがみこんでいれば、洗濯しているように見えるから。」
 そういうわけで、なんにもできないお嬢さんは、おっかさんの洗濯板と、小さな灰色のせっけんを持って、南のほうへ歩いていきました。
 しばらく行くと、洗濯女の言った通り、青い芝生に囲まれた、小さな泉に行き当たりました。お嬢さんは洗濯板を、泉の水に半分ほど浸けて、そのそばに座りこみました。
 すると、たいそう立派な毛皮のマントに身を包んだ、きれいな金髪の若者が、真っ白な馬に乗ってやってきました。
「おや、これはなんと美しい洗濯女だ。」
 と、金髪の若者は言いました。そして、マントを脱いで、お嬢さんのそばの芝生の上に、ぽいと投げつけました。
「このマントを洗ってくれ。ゆうべの宴で、葡萄酒のしみがついたのだ。うまく洗えたら、おまえを城に連れて帰って、私の嫁にしてやろう。」
「残念だけど、できないわ。」
 と、お嬢さんは、泉のほとりに座りこんだまま、面倒くさそうに答えました。
「あたしは、なんにもできないお嬢さんなの。おっかさんは、あたしが生まれてから今まで、なんの苦労もさせずに育ててくれたのよ。だから洗濯なんか、したこともないの。」
「顔は美しいくせに、無礼な女だ。」
 金髪の若者は、マントを拾い上げると、ぷんぷん怒って、行ってしまいました。
 しばらくすると、今度は荷車にいっぱいの絹を積んだ、長いひげの商人がやってきました。
「ほう、これは美しい洗濯女だ。」
 と、長いひげの商人は言いました。そして、荷車から、白い絹の反物を1本とりあげると、お嬢さんのそばの芝生の上に、ぽいと投げつけました。
「この絹の反物を洗ってくれ。虫を潰したしみのおかげで、安く仕入れることができたものだ。うまく洗えたら、おまえを店に連れて帰って、嫁にしてやってもいいぞ。」
「残念だけど、できないわ。」
 と、お嬢さんは、泉のほとりに座りこんだまま、面倒くさそうに答えました。
「あたしは、なんにもできないお嬢さんなの。おっかさんは、あたしが生まれてから今まで、なんの苦労もさせずに育ててくれたのよ。だから洗濯なんか、したこともないの。」
「なんという無駄な女だ。美しいだけで、役立たずとは。」
 長いひげの商人は、絹の反物を拾い上げると、ぷんぷん怒って、行ってしまいました。
 またしばらくすると、今度は茶色い雌牛を連れた、牛飼いの男がやってきました。
 粗末な服には、干し草と牛のふんが、あちこちこびりついています。髪には泥がついていて、顔は、汗でびっしょりです。
 牛飼いは、泉のほとりのお嬢さんを見つけると、びっくりした様子で立ち止まりました。
 そして、ずいぶん長い間、立ち止まったままでいたあげくに、泉のほうに、ゆっくり歩いてきて言いました。
「こんにちは。あのう、あなたは、とてもきれいなむすめさんですね。」
「どうもそうらしいわね。」
 と、なんにもできないお嬢さんは答えました。
「昨日、おっかさんに言われるまでは、そんなこと、思ってもみなかったけれど。」
「よかったら、これを洗ってもらえませんか?」
 と言って、牛飼いはふところから、小さなハンカチを取り出しました。
「一日働いて、汗を拭いたハンカチです。もしうまく洗えたら、明日も帰りにここへ来て、また仕事を頼むことにします。」
「残念だけど、できないわ。」
 と、お嬢さんは答えました。
「あたしは、なんにもできないお嬢さんなの。おっかさんは、あたしが生まれてから今まで、なんの苦労もさせずに育ててくれたのよ。だから洗濯なんか、したこともないの。」
「洗濯をしたことがないって?」
 と、牛飼いの男は、ますますびっくりした様子で言いました。
「じゃあ、その洗濯板とせっけんを、ちょっと貸してごらんなさい。」
 そう言って牛飼いは、ハンカチを泉の水にじゃぶんと浸けて、洗濯板の上に、ぴたん! と張りつけました。
 それから、灰色の小さいせっけんを、ハンカチにこすりつけると、たちまち白い、きれいな泡が、魔法のように、ぶくぶくぶくぶく立ちました。
「これで、あとは、こうすればいいんですよ。」
 ハンカチを手のひらで、なでなで、なでなでこすって、
 裏返して、なでなで、なでなでこすって、
 泉の中で、ひらひら濯いで、
 ひらひら濯いで、ひらひら濯いで、
 それから取り出し、ぎゅうっとしぼって、
 最後に端を持って、ちからいっぱい、
 ぱぱんの、ぱーん!
 とやって、しわを伸ばしました。
「さあ、これで真っ白です。」
 と、牛飼いが言って、洗濯板とせっけんを返そうとすると、おじょうさんはまあ、青い芝生の上を、笑って、笑って、笑いころげています。
「すごいわ、すごいわ、あたしもやってみたい!」
 と言って、牛飼いの手からハンカチをむしりとると、泉の水にじゃぶんと浸けて、洗濯板の上にぴたん! と張りつけて、灰色のちいさいせっけんをこすりつけて、きれいな泡を、ぶくぶく、ぶくぶく立てて、
 ハンカチを手のひらで、なでなで、なでなでこすって、
 裏返して、なでなで、なでなでこすって、
 泉の中で、ひらひら濯いで、
 ひらひら濯いで、ひらひら濯いで、
 それから取り出し、ぎゅうっとしぼって、
 最後に端を持って、ちからいっぱい、
 ぱぱんの、ぱーん!
 とやって、しわを伸ばしました。
「どう? きれいになったでしょう?」
 と、お嬢さんは誇らしげにたずねました。
「やあ、ますますきれいになったね。」
 と、牛飼いの男は、お嬢さんを褒めてやりました。
「もっとやりたいわ! ねえ、あなたのチョッキを貸して。」
 と、お嬢さんは言って、牛飼いの着ていた、干し草と牛のふんのついた粗末なチョッキを、半分ひっぺがすようにして脱がせました。
 そして、泉の水にじゃぶんと浸けて、洗濯板の上にぴたん! と張りつけて、灰色のちいさいせっけんをこすりつけて、きれいな泡を、ぶくぶく、ぶくぶく立てて、
 チョッキを手のひらで、なでなで、なでなでこすって、
 裏返して、なでなで、なでなでこすって、
 泉の中で、ひらひら濯いで、
 ひらひら濯いで、ひらひら濯いで、
 それから取り出し、ぎゅうっとしぼって、
 最後に端を持って、ちからいっぱい、
 ぱぱんの、ぱーん!
 とやって、しわを伸ばしました。
「どう? きれいになったでしょう?」
 と、お嬢さんは誇らしげにたずねました。
「とてもきれいになったよ。どうもありがとう。」
 と、牛飼いは言って、濡れたままのチョッキを受け取りました。
「もっとやりたいわ! ねえ、今度は、あなたのズボンを貸して。」
 と、お嬢さんは言って、牛飼いの穿いていた、干し草と牛のふんのついたズボンを、半分ひっぺがすようにして脱がせました。そして、泉の水にじゃぶんと浸けて、洗濯板の上にぴたん! と張りつけて、灰色のちいさいせっけんをこすりつけて、きれいな泡を、ぶくぶく、ぶくぶく立てて、
 ズボンを手のひらで、なでなで、なでなでこすって、
 裏返して、なでなで、なでなでこすって、
 泉の中で、ひらひら濯いで、
 ひらひら濯いで、ひらひら濯いで、
 それから取り出し、ぎゅうっとしぼって、
 最後に端を持って、ちからいっぱい、
 ぱぱんの、ぱーん!
 とやって、しわを伸ばしました。
「どう? きれいになったでしょう?」
 と、お嬢さんは誇らしげにたずねました。
「とてもきれいになったよ。どうもありがとう。」
 と、牛飼いは言って、濡れたままのズボンを受け取りました。
「もっとやりたいわ。」
 と、お嬢さんは言って、牛飼いの姿を、上から下まで眺めました。
 そして、牛飼いの髪についた泥に気がつくと、首っ玉に飛びついて引き倒し、泉の中にざんぶと浸けて、灰色のちいさいせっけんをこすりつけて、きれいな泡を、ぶくぶく、ぶくぶく立てて、
 髪の毛を手のひらで、なでなで、なでなでこすって、
 顔も手のひらで、なでなで、なでなでこすって、
 耳の後ろまで、なでなで、なでなでこすって、
 泉の中で、ひらひら濯いで、
 ひらひら濯いで、ひらひら濯いで、
 それからひきあげ、ハンカチで拭いて、
 きれいなった顔を、じっと見つめると、
 飛びついて、唇にキスをしました。
「どう? きれいになったでしょう?」
 と、お嬢さんは誇らしげにたずねました。
「うん……どうも、ありがとう。」
 と、牛飼いの男はこたえました。
「もっとやりたいわ。」
 と、お嬢さんは言って、牛飼いの姿を、上から下まで眺めました。
 でも、もう、汚れたものは、なにもありませんでした。
 おまけに、涼しい夕方の風が吹いてきて、濡れた牛飼いが、
「はっくしゅん!」
 と、クシャミをしました。
「まあ、あんたは早くうちへ帰らないと、風邪をひいてしまうわよ。」
 と、お嬢さんは言いました。
「もし、よかったら、一緒にうちへ来ないかい?」
 と、牛飼いの男は言いました。
「うちにはまだ、汚れたままの、シーツと、毛布と、まくらカバーがあるよ。」
「まあ、そんなら一緒に行くわ。明日になったら、それを全部、真っ白になるまで洗うわ。」
 そしてお嬢さんは、牛飼いの家に行き、シーツと、毛布と、まくらカバーを、心ゆくまで洗濯しました。
 今も毎日、そのシーツと、毛布と、まくらカバーで、牛飼いと一緒に眠っています。