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きょふいくのかたち

2015-09-19

9月。学校から逃げられないって話。

9月に入って
(いや、入る少し前かな)
学校が嫌なら図書館においで、というツイッターが話題になっていましたよね。

学校が嫌で死ぬくらいなら「行くな!」という意見を聞きますが
それはそんなに簡単じゃないというのが今回のお話です。



ふじみ野近辺にフリースクールはあるのかな、と
思って調べて
ふじみ野駅東口に高校生向けのサポート校があるのと
そこで土日に小中学生の学習指導をしている
という情報を得ました。

ただ、
小中学生向けに日中開いている所の情報が無くて
ふじみ野の市民活動センター(NPOとかの支援をしている)に行きました。


■発見!文科省通達

市民活動センターに行った際に
もし、ふじみ野近辺にフリースクールが無い場合
フリースクールを作るなら(こういう話になった)学校と連携した方がいい。
その為にはNPOとか法人化してないと難しい
というような話を聞きました。
その方も学校にお願いをしにいった経験があり、苦労されたそうです。


法人化かあ。ちょっとめんどくさいなー」
なんて思ったのですが
調べてみると
文科省からの不登校についての
教育委員会への通達
「民間と連携をとっていくように。それは法人でも個人でもどっちでも」
みたいなのが数年前に出されています。
資料はコチラ
(最後の方 民間施設のガイドライン「実施主体について」)

あと、
不登校の小学生がいる
知り合いに聞いてみたのですが
その小学生が今、通っている民間の塾が
学校に連携を申し出た時も、だいぶ渋られたそうです。

現在、学校が認めてくれれば
出席日数として
外部の施設に通ったとしてもカウント
され
さらに定期などの学割適用される
というルールが文科省からは出ているのですが
一部の学校では、浸透していない様子。
定期についてはコチラ

ちなみに通信教育とかITを使った学習も日数としてカウントされるみたいです
資料はこちら

調べてたら
なんだか面白くなって来てしまったここ数日でした。


ゆとり教育

ゆとり教育やその時に導入された総合学習
理念的にはすごく良くて
70年代からの校内暴力とか受験戦争で自殺する学生とか
そういう背景から見直したり

また発展途上国の教育からヨーロッパなどの成熟社会の教育への模索、
工業化社会と情報化社会への変化
などなど
時代の変わり目として必要な変革だったと思うんですが
うまくいきませんでした。

僕は、これは塾などの「民間」のせいかなーとずっと思っていたのですが
円周率が3になる!って広告に載せたり)
お上の事を聞かない「学校ムラ」にも、というか「学校ムラ」が
がっつり言う事聞かなかったパターンかな、と思い始めてます。


■ムラというもの

ムラ、というのは中世とか前近代のムラで
昔は、村人は移動が不自由でしたし
そこに生まれたらずっとそこにいる訳です。

ムラの中にはムラのルールがあって
(基本的には長老が決めるのですが)
村人は表立ってその雰囲気や決定に反発出来ず
表面的には全員一致。
でも裏では納得してない(愚痴を話せばとまらない)。
けど従うしか無い。
目立つと生きにくいからです。
フラストレーションがたまります。心を煩いやすい。

そんな中ですから
上からの命令が来ても
素直には従えない。
空気に従う。
(従っても良いけどこれまでの愚痴を聞いてくれ!)
そんな感じです。



■ムラの責任
またムラで目立たないようにするには
「責任」も曖昧にするのがいいとされます。
なんとなーくな感じにするのが
丸くおさまります。
一揆も連名を円にして首謀者を分からなくしてましたよね。




「他に行けない」「辞める事が出来ない」ってことが
ムラのこうした特徴の原因です。




■年齢主義
学校のシステムには
大きく分けて
年齢主義と課程主義の2つがあります。wiki

例えば小学校2年生で不登校になったとしても
12歳になれば中1になる。
これが年齢主義です。

一方で課程主義はその学年の学習内容を習得したか
で学年が決まります。

ですので例えば外国から来た生徒に対して
年齢主義は
10歳なら5年生
課程主義は学力を見て
1年生にもなります。

それぞれがメリットデメリットがあり
しかもそんなに硬直してなくて
制度上は柔軟に対応しています。

日本も小中学校で原級留置(留年)が無い訳ではありません。
本人保護者の希望があれば、校長が許可出来るみたいです。制度上は。

明治や戦後はだいぶあったみたいですが
その数も相当少なくなってるみたいです。
具体的な統計はないようですが
0.何%。
ちなみに本人保護者が希望してもかなわなかった事例として
こんな事件もあったみたいです。


本人が他の生徒よりも年上だったら恥ずかしい、
という事もあると思います。
(生徒に聞いてみたのですが
「そうでもない。その方が嬉しい」って声もありましたが
それを考慮しても
学校の学習内容についていけている生徒が

小学校7割 中学校5割 高校3割

と言われていますので
こうした原級留置が「当たり前」になる
土壌はあるんじゃないかな、と思っています。

まあ、塾はお客が減って困るでしょうけど、、、笑(そんな事いってる場合じゃないですよね)



■責任

とはいえ、土壌があっても
原級留置は増えないでしょうね。

上記しましたが
ムラ社会では
問題は「ない」とする
力が働くので。
そういう生徒を出す
先生の「責任」にしている限りは。

「とりあえず次の学年の先生にパス!」って感じで。

年齢主義のメリットデメリットうんぬんではなく
ムラにとって責任が分かりにくくなる
年齢主義の方が都合がいいのだと思います。


そうして勉強が分からないまま
中学を卒業して
「つらいもの」「いやなもの」って思いこんでる
コンプレックスを抱えた
大人を作っていくんです。


不登校をするということ。

「問題はない」とするムラで
不登校という「問題」を起こす
勇気を
図書館に行く子どもは持っているのです。

中世の農村からの脱出
坂本龍馬脱藩
脱北ばりに勇気がいることだと思います。


■「安定」を捨てれるか。

これは先生たちが悪いのではなく
システムの問題です。

先生たちが他の世界に行ける
「やめれる」ようにしないといけない。
看護師は病院ごとの採用ですけど
おなじように先生も学校ごとの採用に。


あとそもそも
先生が「公務員」ってやめた方が良い。

若者が職業選択で「安定」って余計な価値観につられてしまう。



「安定」の反対は「自由」だなあとつくづく感じる事例です。



■ムラである整合性はなにか。

そもそもムラでありつづける理由はなんでしょう。
「安定」・・・以外ないんですよね。
今日と同じ明日が来る。
今年と同じ来年が来る。
そういう状況下で有効です。

そして今の社会はそうではない。
自由」「平等」「合理性」の元で
「不安定」になっています。
ヨーロッパ移民の問題とか。難しい問題が山積)


先述のふじみ野市民活動センターの方は
外国人の若者のサポートをされているそうで
お話を聞いたのですが
県はそうした外国の若者がしっかりと育って
働いて、税金を納めるようになって欲しいと
考えているそうです。

それで高校に入れようとするのだけど
外国の若者たちにはあまりそういう意識が無くて
困るし
また高校に行ったから、働けるような支援になっているか
疑問
というような本音を聞きました。

学校と外の世界が離れている訳です。
外の世界が学校になんて合わせませんから
学校が外の世界に合わせないといけない。

いつまでムラでいるんだろうって思います。

もちろんそれは職業教育をするって事ではないですよ。
例を一つあげれば「問題はある」って表に出して
話し合うって事だと思います。



■カタカナNPO

教育に関心があり
その資質がある若者の選択肢として

学校(公私立)
塾(民間)
の他に最近は
教育系のNPOがあります。

なんだか最近そういうのが多くて(しかも名前はカタカナが多い)
学校ムラも嫌だし
民間は労働環境最悪(教育業界離職率についてはコチラ)だし
って若者の受け皿になってます。
(私も大学4年の時にそういうのがあれば入ってたかも。)

そういう人の受け皿の幅がもう少し広がればいいなーと思います。
前回書いた「箕面子どもの森学園」とか。(記事はコチラ


ムラは内部からはなかなか解体出来ない。
外部からの圧力が必要です。
ただ、外国からの圧力が無い国内教育の問題ですので
日本という内部で「外部」を作る。

フリースクールとかオルタナティブスクールにはそういう役割があると思っています。

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