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2014-01-07-Tue

ホリエモン炎上騒動と帰省問題について

 こちらの記事の後半について考えたことを書きます。

 【炎上】ホリエモン、新幹線で泣く子供に対し「舌打ちもしょうがない」「睡眠薬飲ませればいい」と発言 - NAVER まとめ

 タイトルは睡眠薬がどうのこうのですが、そちらについては暇がある時に書きたくなったら書きます。どちらかというと、後半の『帰省問題』に関してです。

 炎上? とされる件がまとめられている先では以下のようにありました。

【炎上】ホリエモン、新幹線で泣く子供に対し「舌打ちもしょうがない」「睡眠薬飲ませればいい」と発言 - NAVER まとめ

 こういったかたちで言及されており「ああ、確かに」と軽々しく思って、ブクマする時に次のように記載しました。

『後半の帰省の話は完全同意だなー。分かるわー。何で、お盆と正月に実家に帰る必要があるんだ?』

 すると、はてなブックマカーに大先輩であるid:guldeen氏より有り難い言葉を頂きました。というか、返信というか。

『つ『耳栓id:kikinight 親戚一同が集う場で『お披露目』をしたい親(そしてその親:子にとっては祖父母)の欲目があるからですわね。Skype的な遠隔TV会議システムとか活用すりゃいいんじゃね?と思う自分ですが。』

 それで「なるほど!」と同時に自分の想像力のなさを痛感しましたので、改めて帰省問題について考えてみようと思った所存でございます。

 私は常識としてお盆や正月に帰省ラッシュがあって、世の中の大多数の方々が実家に帰るという風習があるのを勿論理解しております。両親が親の顔を見るために、また成長した子どもの姿を見せるために、家族を伴って里帰りをするのは日本文化的に当然のことです。ですから、年内で最も帰りやすい時期(お盆や正月は大抵の仕事がお休みですからね)に合わせて帰省するのは当たり前かも知れません。

 ただ、私はそうした時期に実家に帰ったことがありません。社会人になってからずっとです。全く親不孝な野郎だと思われても仕方がありませんが、事実としてそうなのです。

 私は仕事がサービス業で、更にシフト制ですから稼ぎ時の大型連休は一切お休みが取れません。お正月やお盆以外にも、ゴールデンウィークシルバーウィーク(秋の大型連休)など含め、年内で休めるのはどこかよく分からない時期に三連休程度です。もっと余計なことを書くと、私は16歳でアルバイトとして働き始めてから社会人の現在に至るまで、一番長い連休は四連休しかありません。他人から見たら頭がおかしいと思われても仕方がありませんね。

 そうした仕事を続けていると、家族に対しての思いが希薄になってしまうかというと、そうでもなく、三連休などがある時は実家に帰ることもあります。年に2回程度でしょうか? そうした時は大抵が平日で、世間は仕事をしています。私が実家に帰る時なんて明らかにJRがスカスカで居心地の良さがあるのですが、そんな折りに「なんで世の中の人はほとんどが、わざわざ大型の連休に重ねて里帰りをして移動の労苦を厭わないのだろう?」なんて思います。

 正月など、首都圏から田舎に帰省する際の映像をテレビなどで観たことがありますが、かなり大変そうで、呼吸すら困難そうな状態だったりして……別に時期をずらせば良いのでは? なんてずっと思います。

 せっかく有給休暇という制度もあるのだし……まあ、会社によってはそれを取ると嫌な目で見られたりする事情もあるのでしょうが、労働者の権利としては存在するわけですよね。ならば、何故それを利用しないのかと。

 そこで今回の堀江氏の発言でしたから「ああ、言う通りだな」と思ったのですが、id:guldeen氏の一言で、これまで私に欠けていたワードが分かったのです。そう『親戚』だったんだな! と。

 私、親戚が殆どいないんですよ。その分、想像力が欠如していたのですが、正月って親戚一同が集まるイベントなんですね。私は両親の兄弟が自殺とかしちゃったりして、極端に親戚がいないし、子どもの頃に貰っていたお年玉は3,000円程度でしたし、大金貰ってる友人が羨ましかった……あ、話が逸れましたが、親戚一同とも顔を合わせる必要がある場合、そりゃ特定の期間に休まなきゃいけませんよね。皆が示し合わせて有給休暇を取るのは現実問題として無理があります。普通の企業に勤める暦通りに休みがある方々でしたら、正月に合わせた方が楽だという視点がありませんでした。一年に一度程度は親戚が集まる機会を設けることを考えたら、どこかの大型連休にしなくてはならない、それが正月だと。

 親戚と顔を合わせたことがほぼない私からは目から鱗が落ちましたね。そこで、移動の労苦と親戚一同の休暇を合わせる労苦を考えたら前者を取ることも想像に難くありません。他に親族が一堂に会するシーンといえば、結婚式や葬式くらいですが、それらの時に集まっても落ち着いて話をする時間が取れないのでしょう。

 あとで、こうした思考に行き着いてから考えたのは、やはり自分の発言はポジショントークにしか過ぎないのだな、という再発見です。私には二つの問題点があって「大きな休暇は基本的に取れない」「親戚がほとんどいない」という己の中に存在する勝手な常識から、テーマに対しての評価が正しく下せなかったのだと思います。*1

 もともとIT畑で働いてきた堀江氏も、仕事柄あまり大きな休みなんて取れないでしょうから、休暇を取るのは有給で、いつでも良いという考えなのかも知れません。ただ、現状の私の仕事でも似たような思考に片寄ってしまいます。彼が親戚が多いのか少ないのかは分かりませんが、もし多ければ「今年も彼は来ないのか?」と言われてしまいかねません。親戚が多い人ほど、その繋がりは重要でしょうし、正月という機会を利用して、そうした結束を確認し合う必要があるのかも知れませんね。何年も顔を見せない親族に良い顔をする人はあまりいないでしょうし……。

 そこまで考えると、正月に帰省ラッシュが起きるのも仕方がないのでしょうね。

*1:一応の釈明をしておきますが、この文脈だと世間と同様に休めないことを僻んでいるようにも取れるかも知れませんが、そうした意図は全くありません。そもそも、そんなことを不満に思っていたら転職をすれば良いだけの話ですから。

2013-05-22-Wed

対岸の火事の爆発炎上について

 お久しぶりです。没個性テーマパークのお時間がやって参りました。

 日々、はてなをだらだら眺めている私にとって、驚愕の事態が発生しているわけですが、それは何を隠そう「乙武イタリアン爆発炎上騒動」についてです。

 スマートフォン版の「はてなアプリを開くと、まーあこの話題が沢山出て来て、サービス業に携わる私としては「乗るしかない! このビッグウェーブに!」と思ったのかどうかは自分でもよく分かりませんが、とりあえず所感を書いておこうと思う。

 すっごく端的にいってしまえば、乙武氏が、土曜日にイタリアンのお店にご飯を食べに行ったら、事前に車椅子であることを伝えていなかったために、そのお店の店主から入店拒否された。という感じです。詳しいことは乙武氏のブログにて。

 あのー……皆さん様々なご意見があるようで、障がい者に対する差別意識が――とか、日本のバリアフリーが遅れてる――とか、海外ならこうなのに――とか、まあそれは沢山のご意見があって、乙武氏側に立つ方や、件のイタリアンレストラン店主側に立つ方や、色々といらっしゃるわけですよね。

 えーと……ここまで話がこじれてしまった段階で、インターネット特有の大炎上を目の当たりにした私として思うことは、これ、単純に『他人の喧嘩』ですからね? この問題を起因にして、赤の他人が争って、北斗の拳修羅の国状態になってどーすんのよ。って思っちゃったわけ。

 そりゃ、個人的な見解を書かせてもらえば、色々と、自分の仕事柄もありますし、言いたいことはいくつかありますよ? あとで「じゃあ、てめえの意見はどうなんだド阿呆!」って指摘されるのも嫌なんで、先に書いときます。

 乙武氏に関しては、他所で多く書かれている通りで『事前に車椅子で来店することを示すべきであった』の1点だけだし、イタリアン店の店主に関しては『断るなら断るで、謙虚な姿勢であるべきだった』ってだけです。本当に、それだけです。

 まあ、それを世に問うってことで、乙武氏自身がTwitterを利用してそのお店を名指しで批判しちゃった日には、冷静さを欠いていたとはいえども、彼ほど思慮に富んだ人であれば何が起こるかくらいは想像に難くなかったでしょう。結果、昨今のトレンドは<乙武イタリアン騒動>ですよ。国内外入り乱れての大論争。Google検索欄に『乙武』って入れるだけで予測候補に『乙武 イタリアン』って出ちゃう程だし、Yahoo!ニューストピックスにも掲載されちゃうくらいで、僕も「やっほー……!」なんて呟いちゃいます。

 サービス業として、店主の対応は「ちょっと浅はか過ぎたかなぁ」とは思うし、乙武氏には「Twitterに書いたら、そりゃあ炎上しちゃうよー、それはちょっと……」なんて風にも思うし、言いたいことは「俺たちが眺めてるのはただの個人同士の喧嘩だ!」それに尽きます。まあ、今のインターネットが隆盛である世の中だと、ちょっとした呟きでこんなことになっちゃうんだね! ある意味では、良いケースステディにはなったんじゃないでしょうか。

 有名人の方の声って、確かに大きいんですよね。ウェブ拡声装置とか、Twitter炎上装置とか使っちゃうと、こうしてメガ粒子砲並に世界がひっくり返っちゃうのは自明の理のわけですが、それでもこれは「ただの個人同士の喧嘩だ!」それを強調したかったりします。しかし、こうした問題を可視化した上で議論するのは重要なことではあるから、批判や批難は置いといて『じゃあ、どーするのが良かったのよ?』ってとこでインターネット評議会を開くのは正しいとは思うんです。お互いを批難しないことを前提にしてね。

 だけど「これは個人の喧嘩だ!」それは念頭に置いて欲しいんですよね。

 職場でAさんとBさんがお互いの口の利き方がなってないとか下らない理由で喧嘩してても、どっちの側に立ったりとかしないじゃないですか? 「あんたら落ち着きなよ〜」って仲裁に入っても「Aが正しい! Bは死ね!」なんて言わないじゃないですか。

 今回のケースはもっと酷くて、路上で喧嘩してる赤の他人のCさんとDさんのどっちの味方に付くか? くらいの話で、そんなこと普通あり得ないじゃないですか。俺たちは第三者なんだから。殺し合いやってたら、関わりたくないじゃないですか。

 俺が腹立ってるのは、議論に参加してブログを更新している人達ではなくて(それはまだマシなのだ)、どちらかに同調してどちらか一方を『間違ってる!』と声高に糾弾する人達なんですよ。インターネット使ってるだけで、当事者でもない第三者の名無し達。まだ、ネタにして笑ってるだけの2ちゃんねるの方がよっぽど健全で、イタリアン店主Twitterアカウント「最低の店だ!!!!」なんだの罵詈雑言云々だけで突撃仕掛けてる馬鹿共は一体何がしたいんでしょうね? 乙武氏とイタリアン店主の間に対話が成り立っているとは到底思えないのは事実ですが、それでも第三者がそれぞれを攻撃するような言説って、なんか意味あるんすか? って正直感じたよ。

 特に、Twitterで無粋な発言撒き散らしてるだけの奴らはちょっと反省した方が良いと思う。お前ら、関係ないから。

 俺はこうした日本人的な個人叩きって本気で嫌いだからね。関係ない馬鹿がでしゃばんなって思うわ。何か建設的な意見があるならまだしも、ただ叩きたいだけで、叩くための何かを日々探して叩くのは人間の小ささを感じる。

 障がい者に対するケアや、バリアフリー推進の世の中ってのが大切なのは大抵の人が分かってることだろ。そんなの当たり前過ぎるし、今回の話をその域に持っていくのは問題の本質の捉え方が根本的に間違っている。入店拒否した時の対応が問題だった店主に対して「障がい者差別野郎が!」なんて言説を標榜するだけで、代案を提示しない奴らは叩くことで溜飲を下げているだけだろ? 暇だから叩いて楽しー! ってだけだろ? あと、関係ないくせに件のイタリアンレストランに苦情電話してるノータリンは何がしたいんだよ。お前はどこに住んでんだよ。1回でもその店利用したのか? 近くに住んでて、利用する可能性があんのか? 意味ないことすんな。そもそも、例のイタリアン店主は謝罪文を既に書いてて、それ以上求めることが出来ないだろ。それ以上何を求めてるんだ。店畳めっていいたいんでしょうか? 甚だ、疑問であります。

 乙武氏の意識的な問題が起因か、イタリアン店主の接客が劣っていたのか。それだけの問題で、こんなに炎上する意味が分からん。

 俺は今回の騒動は、乙武氏でもなく、イタリアン店主でもなく、関係ない第三者が一番悪かったんじゃないかな〜って思います。

 ただ、今回の騒動で一点だけ、どっかのブコメにも書いたことを懸念事項として記載しておきます。

 障がい者に対しての接客というどこのサービス業にも訪れる事案について、こうした騒動が起こってしまうとサービス業はもとより、飲食業とかあらゆる業種が、障がい者の顧客に対しては出来うる限りの『腫れ物に触るような』いわゆる萎縮したサービスを提供しなくてはならない世の中が来るんじゃないか。それは、ちょっと怖い。

 障がい者の方に対して、彼らが快適なサービスを受けることや不自由のない楽しみを得て頂くのは、今でも当たり前なんですよ! でも、もっともっとその事柄に対して気を払っていかなくてはならない。インターネットで叩かれないために、あらゆることを犠牲にして障がい者の方々に死ぬほどの全力サービスを提供しなくてはならない、なんてちょっとズレた意識を抱く接客業者が増えてしまうのではないか? って懸念します。

 障がい者の方だけじゃなくて、健常者の方に対しても、全ての方に素晴らしいサービスをするのが当然なのです。ただ、この風潮が、障がい者優先の顧客サービスを生みかねないと考えると、それは間違っているんじゃないかな。と感じるわけです。

 誰しもが、お店に来てくれて、お金を落としてくれて、商売は成り立っているわけです。誰かを優先するわけじゃなくて、誰に対しても丁寧であり且つ親切で気持ちの良いサービスを提供するのが商売をやっている人間が目指す所です。それを第三者の関係ない人達のDisに怯えながら仕事を営むような世の中になったら……ちょっとやだなぁ……と思いました。