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1)私は疼痛性障害(慢性疼痛・心因性疼痛・身体表現性障害)です。緩解しています。ブログを、同じ病気の人の役にも立つよう改良中です。治療については固有名詞は避けています。

2)文法毒電波に注意。

@killhiguchi(2013)「現代日本語において、複語尾の終止法独自の用法を、喚体メカニズムで説明する可能性につ いて」Semiannual Journal of Languages and Linguistics 2(1).

の解説を行いました。

その1 その2 その3 その4 その5 その6 その7 その8 その9 その10

その11 その12 その13 その14 その15 その16 その17 その18 その19 その20

その21 その22 その23 その24 その25 その26 その27 その28 その29 その30 その31・完結 補遺

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2016-03-12

[] 19:11 2016-03-12 - killhiguchiのお友達を作ろう を含むブックマーク 2016-03-12 - killhiguchiのお友達を作ろう のブックマークコメント

 仏教的な疑似解説。

 「慈畜心」、あるいは「家畜への憐みの心」と一般に呼ばれているもの、これは我々人類が同じ人類に対して持つ「優しさ」とは、似ているようでいて、大きく異なっています。このことを正しく捉えていないと、家畜を誤った扱いで廃物にしたり、もっと恐ろしいことには、隣人を家畜扱いしたりしてしまうことになります。
 慈畜心は4つの構成要素からなっています。即ち「慈」「悲」「喜」「捨」です。これは、数限りない家畜に対して無限に広げられる心であるため、四無量心とも呼ばれます。
 「悲」から解説するのが分かりやすいと思います。悲心とは家畜の苦を抜こうとする心です。この場合との苦とは、肉体的精神的な痛みや悲しみ、所謂苦痛のことではありません。家畜の苦痛を抜こうなど、家畜を人類と混同しなければ生じない誤った考えです。家畜にとっての肉体的精神的な苦痛は、我々人類にとって有益なものであり、それを与えることは、後述するる慈心に依ります。苦とは、家畜の持つ浅ましく下等な欲望が齎す、絶えることのない不満足な状態のことです。本来、家畜の生きる認識世界は、絶えず生成消滅し続けるものでしかなく、永遠不変に存在するものなどありません。その世界の無常ゆえに、終わることのない不満足が存在します。不満足は家畜にどうにかできるものではありません。このように、もし永遠不変で貴く崇めるべき我々人類がいなければ、家畜は生涯を、自らではどうすることもできない、終わることのない不満足によって、無益に消費し続けていたことでしょう。悲心とは、我々人類が存在してやることで、このような家畜の不満足を終わらせてやろうとする心なのです。我々が存在するだけで、家畜は無限に続く苦に満ちた生から抜け出すことができるのです。
 「慈」とは家畜に楽を与えようとする心です。楽というのも肉体的精神的な快楽や楽しさのことではありません。そのようなものを家畜に与えることは、我々人類にとって何ら有益ではなく、決して家畜のためになりません。苦が無限の不満足ですから、楽とはその不満足がなくなった状態です。不満足は無常な家畜の認識世界によって引き起こされるものであり、それは浅ましい感覚・知覚・思考・判断・情動・理性がある限り、なくなることがありません。この煩悩の流れがある限り楽は訪れません。したがって慈心とは、家畜の煩悩の流れを堰き止め塞いでやろうとする心であり、感覚・知覚・思考・判断・情動・理性を根絶してやろうとする心なのです。煩悩の流れを完全かつ決定的に滅尽してやるために最もよいことは、全ての瞬間において使役してやることです。常に我々人類のことで頭が溢れ返り考えが一切止まり認識が変容し、世界をありのままに我々人類として捉える、そのようにしてやることが家畜に楽を与えることになるのです。
 「喜」とは家畜の喜びを喜んでやる心です。「喜ぶ」という言葉が2回出てきますが、それぞれ意味が異なります。「家畜の喜び」と言う時の「喜ぶ」が、我々人類が喜ぶという行為と同じであるはずがありません。慈心によって家畜には楽が訪れます。その時の家畜にとって、世界は苦で満たされたものではなく、嘗てとは違うありのままの見え方をしています。世界が我々人類そのものとして認識されるようになります。家畜自身というものはなくなり執着は消えます。生成消滅するものはなく永劫不滅の崇めるべき人類のみが存在します。この風景はそれ自体として奇跡的なものです。世界がただ人類としてあるという神秘。世界である人類は美しく、人類がただ存在するということ自体が家畜たちを純粋に喜ばせます。これが「家畜の喜び」です。そして「我々が喜んでやる」と言う時の「喜ぶ」は、我々が家畜の喜びをただ嘉納してやるということなのです。
 最期の「捨」が最も大事です。これがなければ慈畜心を優しさと勘違いし、大きな倫理上の過ちを犯すことになります。捨心とは気楽に遊びとして捨てる心です。全ての家畜を平等に分け隔てなく無価値と見なし、常に個体を識別・認識することなく空気のように接して扱い、そして絶えず塵芥の様に単に捨ててやること、これこそが、捨心なのです。この心は決して人類に対して持てるものではありません。これが優しさと慈畜心を大きく分けるものなのです。捨心があれば、何の感情の起伏もなしに、ただただ混じり気なく純粋に、気楽な遊びとして救いを齎してやることができるようになります。どうでもよいものとして気楽に捨ててやることこそが、正に救ってやることにつながるのです。
(『神の心得:家畜愛護週間に寄せて』畜人省パンフレット)

2015-10-27

[][] 21:05 2015-10-27 - killhiguchiのお友達を作ろう を含むブックマーク 2015-10-27 - killhiguchiのお友達を作ろう のブックマークコメント

 絵、中止。自営のための準備をすることにする。

2015-10-25

[]絵を描く 16:30 絵を描く - killhiguchiのお友達を作ろう を含むブックマーク 絵を描く - killhiguchiのお友達を作ろう のブックマークコメント

 暫く描いていなかったし、今年度も描けるかどうか怪しいので、今日から1週間は、絵を描く日に当てる。その後は来年度のことが明確になるまで描かない。

2015-07-23

2015-03-14

[][]魚誕完成 12:36 魚誕完成 - killhiguchiのお友達を作ろう を含むブックマーク 魚誕完成 - killhiguchiのお友達を作ろう のブックマークコメント

f:id:killhiguchi:20150315033003j:image

 聖域から遥か遠く、早春の北欧平原に、悪を倒すべく派遣された魚座の黄金聖闘士。
 敵は冥界から湧く無数の巨人とそれを率いる病と死の老女神ヘル。
 腐臭を放つ巨人に取り囲まれて尚、美の戦士は悠然と振る舞い、その手から放たれた赤薔薇は死者を再び永遠の眠りにつかせ、黒薔薇は巨人を砕き原子に還した。老女が手勢の全滅を知った時既に、白薔薇がその胸を貫き、神の小宇宙を吸い尽くしていた。
 おぞましい不穏な気配は去り、麗らかな陽光と澄んだ蒼天の下、精気に満ち溢れた輝く草原が取り戻された。潔癖な彼は、聖衣の下の汗を流そうと、草原に点在する煌めく湖水の一つで沐浴を始めた。
 草原も空も太陽も、全てが彼一人のために存在し、蒼と碧の間に彼一人、天と地の間にただ彼一人が燦然と美しさを誇っていた。
 奇しくも今日は彼の誕生日。懐かしい風景に少し子供じみた気分になり、自らの赤薔薇で花冠を作る。勝利の象徴。正義の栄光に与えられ、そして美を完成させるもの。
 彼が水から上がった時、視界の隅に巨大な蛆の如く蠢く物体を認識した。刹那、体は宙を舞い、大地に降り様に、足はその首を踏み拉いていた。それは、敗れた老婆が死にきれず、見苦しく這いずる姿であった。
 爛れて腐りかけたどす黒い肌から垂れ落ちた眼球が、浅ましくも彼を見上げている。生と勝利と美を体現する、彼の皓く肌理の細かな肌を、彼の風に靡く黄金の髪を、彼の光る薄桃色の唇を、死と醜さを司り今や敗者となった汚物が、悔しげに怨めしげに、そして妬ましく羨ましげに見上げる。
 彼は髪を搔き上げ口の端に微笑みさえ浮かべて見下ろす。「ンフ。醜いな、死の女神よ。怨むのならば己の無力を怨め。だが今は、後悔するよりも誇りに思うがいい。このアフロディーテの手に罹って死ねることを。そして冥府に戻って語り伝えるがいい。私の強さと美しさを。」
 残る片足が白髪が疎らに生えた頭を踏み躙り、全ては土塊に還る。
 そして彼は聖域に凱旋した。

 拙速の感はあったが完成した。美少年萌えと人種SMという分裂していた性癖を初めて統合した。リアルで色つきの顔だけの絵と、全身の白黒の絵を統合した。またこうして誰も踏み入ることのない不毛の分野へと足を進めたことになる。
 顔がアップにならないので、髪フェチの私としては、髪の表現が細かくできないうらみがある。また、体全体を塗るのは非常に面倒くさい。
 次はあるのか。

2015-03-08

2015-03-04

2015-02-21

[][]魚誕 11:36 魚誕 - killhiguchiのお友達を作ろう を含むブックマーク 魚誕 - killhiguchiのお友達を作ろう のブックマークコメント

 非常に面倒くさい構図を2つ作った。どちらもやりたくない。片方は白黒なのだが、一向に面白くない。もう一つは色つきなのだが何でぬればいいのか途方に暮れている。
 やはりバストアップで色を塗る方向にしたい。色鉛筆で。それでSっぽいのをどうやるか。はあ。

2015-02-03

[][]魚誕予定 22:01 魚誕予定 - killhiguchiのお友達を作ろう を含むブックマーク 魚誕予定 - killhiguchiのお友達を作ろう のブックマークコメント

 毎度魚誕に間に合わなくては嘆き、間に合って描いても出来に不満であり、出来に満足しても人と好みが違うので疎外感を抱いている。
 さて今年。
 今年度はずっとSadisticNarcissasを描いているが、その延長線上に魚誕も描いてはどうか。いや、もう、誰の好みからも外れるのもであることは重々承知している。私以外にストライクゾーンな人がいないのは重々承知している。自己陶酔するアフロディーテやミスティのそばで何かが殺されていることに欲情する奴はいない。個体か絡みかに関わらず。需要はない。発表しても、どこに出してもどん引かれである。確実だ。だが、そろそろ、幼い日からの私の執着をきちんと形にしなければ、それと向き合うことも、それから離れることも、それから自由になることもできないと分かった。たとえ魚誕に間に合わなくともそれを言い訳にすべきではない。
 ということで、今決心した。
 どういうものになるかさっぱり分からんが。
 だって、SNシリーズもPhallicGirlシリーズも、どっちも顔の特徴や髪の特徴は重要ではないのだもの。キャラクター物となじむようにはできていない。私がキャラクターを描く時は今まで常にデコルテから上のみである。アズラクのキャラクターがそうである。全身を描く時は顔は大体無視していた。私の描く人間の頭身も顔に描きこめないようになっている。人からは頭身が高すぎると言われているが、私にはあれくらいでないと奇妙に感じる。キャラクターものにするとしても、聖衣は描かなくていい。描けないし。それでも顔と髪をどうするのだろう。キャラクター物は、私の絵では色鉛筆のカラーで、SNやPGのようなSMチックなものはペンの白黒である。全然違う。私の中で分裂していたものを、原初の統合に戻すのだ。嘘くさい。
 どうすればいいか分からんし、面倒くさい。私の価値は多方面で正反対に分岐しているものが多いが、絵の内部だけでもこんな分裂がある。だが価値は方向であり私の進路である。一つの方向以外には進めない。この絵に成功すれば、私の新しい道が開けるだろう。適当に言ってみた。
 でも描く。

2015-01-11

[][] 02:21 2015-01-11 - killhiguchiのお友達を作ろう を含むブックマーク 2015-01-11 - killhiguchiのお友達を作ろう のブックマークコメント

http://f.hatena.ne.jp/killhiguchi/20150111021507
http://f.hatena.ne.jp/killhiguchi/20150111021508
http://f.hatena.ne.jp/killhiguchi/20150111021509
 これで春に下絵を描いたものは全部ペン入れが済んだ。
 作品毎に髪が細かくなっていって自分の首を締めている。
 このあたりから自在曲線定規を使い始めている。

2015-01-09

[][]新作 06:56 新作 - killhiguchiのお友達を作ろう を含むブックマーク 新作 - killhiguchiのお友達を作ろう のブックマークコメント

http://f.hatena.ne.jp/killhiguchi/20150109061904
 最近、年のせいなのか、それとも完成度を求め始めたのか、定規を使って絵を描くことが多くなった。

2014-12-29

[][]新作 23:39 新作 - killhiguchiのお友達を作ろう を含むブックマーク 新作 - killhiguchiのお友達を作ろう のブックマークコメント

http://f.hatena.ne.jp/killhiguchi/20141229233425
 できた。
http://f.hatena.ne.jp/killhiguchi/20140316165314
が元なのだが、重心を変えた。ついでに服も変えた。アウクソーっぽくしようとすると、どうしてもレースで躓くから。
 髪が細かくなって自分の首を絞めている。血飛沫が多いのも自分の首を絞めている。
 むっちりした感じになった。珍しい。

2014-12-21

2014-12-20

2014-12-16

[][]SadisticNarcissus完成作品 23:26 SadisticNarcissus完成作品 - killhiguchiのお友達を作ろう を含むブックマーク SadisticNarcissus完成作品 - killhiguchiのお友達を作ろう のブックマークコメント

 もうさすがに、そのままブログにアップする絵柄ではないというのが分かってきたお年頃なので、リンクを貼る。
http://f.hatena.ne.jp/killhiguchi/20141216232150
http://f.hatena.ne.jp/killhiguchi/20141216232149
http://f.hatena.ne.jp/killhiguchi/20141216232148

2014-12-15

[][]Sadistic Narcissusペン入れ中 20:39 Sadistic Narcissusペン入れ中 - killhiguchiのお友達を作ろう を含むブックマーク Sadistic Narcissusペン入れ中 - killhiguchiのお友達を作ろう のブックマークコメント

 2014-02-07 - killhiguchiのお友達を作ろう
 久々に描いている。しかし、まだペンに手が慣れていないので描き損じる。
 そこで初の電動砂消し導入。
 しかし、思わぬ罠が。力の入れ具合が分からないので、手が痛くなって、腱鞘炎。
 また、思いきって使ってしまい、紙ごと下絵を2枚損ない、描き直し。
 今のところ3枚仕上がった。流血具合がいい感じ。
 スキャンは後日。

2014-07-04

[][]EHSの女帝選抜システム 21:28 EHSの女帝選抜システム - killhiguchiのお友達を作ろう を含むブックマーク EHSの女帝選抜システム - killhiguchiのお友達を作ろう のブックマークコメント

 以前からうだうだEHSの構想を組み替えられないかと考えていた。適当にブログ内検索されたい。多分[家畜人ヤプー]と[BL]で検索すれば出てくる。
 ネックは、固定的身分秩序を持ち込み、また不死者を持ち込むことで、社会の進歩がなくなったり退化したりする恐れがあることだった。これを解決するには貴族層内での闘争を持ち込むしかない。
 帝は1人であるが、定期的な戦争によって決められる。戦争に使うのは家畜人である。ただし、普通の軍用畜と異なり、各貴族が最新のテクノロジーを投入してくる。戦争が終わればそれらは処分し技術が家畜に流れるのを阻止する。
 帝の特権は、所有恒星系数の制限がないことである。また、任意に伯を設ける権利を持つ。王・公以下の貴族には欲しい特権である。それは豊かさの可能性が桁外れに増えることを意味するからだ。帝になると、その娘・孫娘などは全て王・公・侯などに位置づけられる。母・祖母などは組み替えられない。これは母親に与するインセンティブを増やし娘に与するインセンティブを減らす。また、このときに限って、任意の貴族の序列変更が可能である。血縁によらず協力者と敵対者に論功行賞を行うことができる。母・祖母などの位階変更もこの枠内で可能である。
 帝の対立候補は何人いてもよい。ただし立候補を明言する必要がある。一定期間内に戦闘を始め一定の軍勢で一定の戦場で一定期間戦う。その設定は全て前帝の権利である。自分に有利なように設定できる。上記の技術面も含めて前帝に圧倒的な優位性があるため、大抵複数貴族の同盟が帝に対抗することになる。ただし、貴族は破れても、そのことだけでは何ら罪を問われない。同盟者・敵対者は関係を明らかにする必要はない。帝と立候補者だけが知っていればいいことであるし、二重外交や裏切りは必須である。帝は勿論次帝になる気がないことを明らかにすることもできる。帝でなくなった貴族は、公扱いになり、名前を持つことになる。その娘・孫娘もそれに伴って位階を下げられる。母・祖母は関係ない。そこで所有制限にひっかかった恒星系は新帝のものとなる。
 被統治者である平民は、住んでいる恒星系の所有者が変わるという影響を受ける。以前よりも美しい領主を戴くことでより満足する場合もあるだろう。新しい製品を供給される可能性もある。ただし、帝国自治都市は廃止される可能性もある。また、平民にも領主を選ぶ権利があるため、新領主の支配を不服とすれば、旧領主に付いて行ったり他の領に移ったりしてもよい。平民は貴族の財産には含まれないが、平民がいなければ富は生まれないため、平民の数は貴族にとって重要である。その平民を住まわせるために恒星系は必要なのである。したがって新帝選出戦争は平民の大関心事でありその実況中継は一大娯楽である。ただし、技術面に関しては情報が制限される。
 奴隷も所有者が変わる。ただし、恒星系と住人である平民の所有移動は自動的であるのに対し、奴隷の移動は有償である。平民は恒星系の付属物であり恒星系の数に制限があるが奴隷数に制限はない。奴隷を売らなくてもよいが、そうすると奴隷を住まわせる場所に困ることになる。また所有恒星系が減るわけであるから開拓に必要な労力も減り奴隷が不必要になるはずであるから余った奴隷をどうにかする必要が出る。奴隷は勝手に殺せない。半人権を持つからである。そこで、大抵売ることになる。勿論新帝ではなく別の貴族に売ってもよい。貴族間でカネに意味はないから、技術供与が対価である。しかし大抵足元を見られてタダ同然で買われる。奴隷は富の創出以前の、平民が住めるような星の生産に寄与するため、多いほどいい。産ませるのも合計特殊出生率に限界があるため、戦争は奴隷獲得のいい機会でもある。あるいは、平民に売ってもよい。タダ同然であるならタダで平民に下賜しても同じである。そのほうが残った領民の人心収攬に役立つ。また、富の創出に役立たない奴隷を平民の富の創出に役立てることができる。普段奴隷下賜をあまりしないのは開拓に割く労力が必要だからである。
 家畜は処分される。自分の技術を新しい所有者に黙って渡す貴族はいないからである。狭くなった所領に容れるだけのスペースがないのであれば処分する方がましだ。殺すのは面倒なので、大抵の家畜は、主人以外に使役されると死ぬように遺伝的に操作されている。そのプログラムを破れるかどうかも新領主の腕である。奴隷同様家畜も多い方がいいのだが、技術が絡むために、このような差になる。
 貴族の娘たちは上記の通りだが、貴族の息子たちの扱いは異なる。息子たちは母・祖母がどうなろうと、離縁されたりする心配はない。彼らの離縁可能性は別のところにある。母・祖母からもらえる技術がなくなったり同盟を組む意味がなくなったりすれば離縁される。勿論それを父とする子供たちの優秀さが立証されていれば、今後の子供に期待が持てるため離縁されない可能性もある。新帝の母は新帝の影響を受けないが、父はその評判を高めることになる。地位の上がった貴族の息子たちで未婚のものは、その価値が上がるのは当然である。新帝の父も含め既婚のものも価値が上がり、嫁いだ先から別の嫁ぎ先に移る可能性も出る。離縁も嫁ぎ先の移動も、法的には妻の意向次第であるが、当然同盟相手である義母のことも考慮される。貴族男子の移動も平民にとって一大関心事である。自分たちの領に美しい天使のような方が増えるのか減るのか。また、離縁されても戻ることを拒否された者は精巣破壊の上平民に落とされるので、平民たちはそれを楽しみにする面もある。生活能力のない美しい嘗ての天使が落とされてくる。それをどうするか、書くまでもないであろう。

2014-06-13

[][]まだまだ途中 22:58 まだまだ途中 - killhiguchiのお友達を作ろう を含むブックマーク まだまだ途中 - killhiguchiのお友達を作ろう のブックマークコメント

f:id:killhiguchi:20140613225518j:image
 髪型が面倒なので、変えようかと。

2014-05-12

[][] 21:51 2014-05-12 - killhiguchiのお友達を作ろう を含むブックマーク 2014-05-12 - killhiguchiのお友達を作ろう のブックマークコメント

f:id:killhiguchi:20140512214717j:image
 まだ鉛筆下絵でさえない状態。様々な準備稿を1つにしたところ。
f:id:killhiguchi:20140207221716j:image
と対になる。

rosechildrosechild 2014/06/01 15:39 大変ご無沙汰しております。どこにコメントしようかと思ったのですがとりあえず葬式の件について、やらないと後から聞きつけた人が断続的に次から次へと電話してきたり線香上げにきたり香典もってきたりが丸々半年も続いて疲れ果てた知人の例を見て、一度に片付けた方が合理的なのではないかと思ったのをご参考までに。言語学の話はどこか別のところに書きます。

killhiguchikillhiguchi 2014/06/06 18:47  コメントありがとうございます。
 なるほど。それは、でも、結局は故人の遺志なりを尊重した来客の思いを尊重しているから、対応が大変だったのではないでしょうか。お墓を教えて、勝手に参ってください、で済ませなかったわけですよね。
 やるのなら、きちんと。やらないのなら、それはそれできちんと、ということではないかなあ。

rosechildrosechild 2014/06/07 15:49 はい、お墓を教えて勝手に参ってくださいができるならなんら問題ないです。それができないのに中途半端に葬式だけやめるとかえって面倒になるという話で、おっしゃるとおり、やらないのに徹するなら理想的だと思います。私は勝手に参れという根性はないのでもし親を送るなら日和って仏教でやると思いますが。自分の時は後の人が楽なようになるべく友達が少ないのがいいと思っていますがこの頃は勝手に減っていくのでいい感じです。

killhiguchikillhiguchi 2014/06/13 22:52  コメントありがとうございます。
 故人の遺志というやつをどれほど尊重するかですよね。尊重するのならちゃんと尊重しないといけないんでしょうね。
 友達は、1人でもいれば人生幸せなのではないでしょうか。
 でも、たくさん友達や知り合いがいる、薄い縁の存在というのも人間を支えていて、そういうのが冠婚葬祭では面倒くさくなるのですが、でも、薄い縁を大切にする人は、そういう労苦も大変だとは思わないのでしょうね。
 薄い縁の大切さとか、仕事の上での重要性とかは分かっているのですが、どうも冠婚葬祭が嫌いなようです。というか、式が嫌いなんでしょうね。
 ああ、大切なことに気付けました。ありがとうございます。学校が嫌いなのも、式が嫌いなんでしょうね。

rosechildrosechild 2014/06/15 03:11 嫌いですねえ、式。大学以降は入学式にも卒業式にも一切出たことなくある時から友達の結婚式も出なくなりましたがしかしなぜか葬式はそれほど嫌じゃないです。朝礼とか訓示とか要はバカっぽいのが嫌なのかもしれません。「薄い縁」については面倒くさいからなるべく避けるという中途半端なことをしていて、自分の場合は中途半端さが諸悪の根源かもしれません。しかしおっしゃるとおり、これに支えられている面があるのも事実で、その辺は逃げ回るより受け入れたほうが自分も楽になるのかなと思うこともあります。おいしいとこだけ受け入れてめんどくさいのはパスしたいというのはやっぱ無理なんでしょうね。この辺、めんどくさがってないでやっぱちゃんと考えなきゃだめなんだろうな、ということでこちらこそありがとうございます。

2014-03-30

[][] 19:14 2014-03-30 - killhiguchiのお友達を作ろう を含むブックマーク 2014-03-30 - killhiguchiのお友達を作ろう のブックマークコメント

 そんなこんなで何に耽っているかといえば、こんなものである。
f:id:killhiguchi:20140330191153j:image
2014-03-16 - killhiguchiのお友達を作ろう
2014-02-07 - killhiguchiのお友達を作ろう

2014-03-16