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2009-04-27

"配列の最大要素のインデックスを返す"は既に"How"かも

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http://www.kmonos.net/wlog/96.html#_2319090427の話。

「値」の単位での非決定性には、少なくとも、速度面のメリットは全く見出せない。たぶん、複数の値を束ねた「集合」をまるで「値」のように表現するべきだと思う。

具体的に

この場合、実装するべきはwhere_is_the_max_element()ではなくthe_set_of_the_max_elements()となる。評価値が最大になるものの「集合」を返す関数だ。この「集合」に対してone_of演算子を作用させると「集合」の任意の一つの値が取り出せる。

非正格評価なら最も簡単に取り出せる「値」を代表値とみなす最適化もできる。正格評価でも副作用がない部分を省略することでかなりの最適化ができるはず。

いや、まあ、本題は

"これが綺麗にわかりやすく書けるようなシンタックスは何かないだろうか"に対する

one_of(values);

というone_of演算子なのですけども。

何故、全勝したがるのかな。

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http://anond.hatelabo.jp/20090427211534から連想した話。

世界ランキング

あなたにとって、今やろうとしていることが「壁」である時点で、すでに、もう決着はついているんだよ。競争社会では、壁につまづいて、それを乗り越えたことは評価されないの。壁を壁と思わず、進める人が評価されるの。壁にぶつかった人は、もうその時点で、負け犬なんだよ。壁にぶつかったら、もう、その時点で、評価は決まっているんだ。

まず「壁を軽々と乗り越える人」は「壁にぶつかった人」よりも評価が高いという点は認めよう。それはそれとして、「壁にぶつかった後、乗り越えられるようになった人」は「壁にぶつかった後、諦めた人」や「壁にぶつかるようなことをしなかった人」よりも評価が高いのではないかと思う。「壁にぶつかった後、諦めた人」と「壁にぶつかるようなことをしなかった人」との評価は人によって違うかもしれないけれど。

トップ総取りの場では「壁を軽々と乗り越える人」以外の取り分は変わらないだろう。しかし、大抵の場では2位には2位なり、ビリならビリなりの取り分がある。スーパースターにはなくても。

努力よりも結果、才能よりも結果

あなたにとって、今やろうとしていることが「壁」である時点で、すでに、もう決着はついているんだよ。競争社会では、壁につまづいて、それを乗り越えたことは評価されないの。壁を壁と思わず、進める人が評価されるの。壁にぶつかった人は、もうその時点で、負け犬なんだよ。壁にぶつかったら、もう、その時点で、評価は決まっているんだ。

「競争社会では努力よりも結果が評価される」というのは事実だろう。「壁につまづいて、それを乗り越えたこと」自体は評価されないかもしれない。少なくとも次に似た壁が現れたときにその壁にも同じようにつまづいたとしたら「壁につまづいて、それを乗り越えたこと」の評価はほとんどゼロになる。

しかし「競争社会では才能よりも結果が評価される」というのも事実だ。最初の壁でつまづいたとしても、その後の壁を次々乗り越えれば「壁を壁と思わず、進める人」と同じ評価を受けることができる。"すでに、もう決着はついている"のなら次の勝負を始めれば良い。

まあ、こんな喩え話に意味はないのだけどね。

逆説的ではあるけれど、参照先の言うような「勝ち」「負け」が決定的な社会は、競争社会でもなんでもなく、自由と平等に基づいた「階級社会」にすぎない。日本はこの「階級社会」で、私はそれを息苦しいと思う。ただ「階級」間の待遇の差が比較的小さく、私はそれを心地良いと思う。

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