2011.04.16.
■99回目、涙の昼食会
今日はテツさんが行っているライフワーク、昼食会に参加させていただきました。
たしかブログがハテナで、すごく最初の頃から見させていただいていたのでまさか自分が呼ばれるとは思ってもいませんでした。
話した内容を少し。
- 「好きなものを撮りなさい。認められないなら餓死すればいいじゃない。」
- わたしの作品は毒がある。その毒々しさが強み。マルミヤンに近い作風。
- 作るときに何を考えてる?→何も考えていない。
- コラージュの著作権について。
- 母の話をすると未だに自然と溢れる涙。「泣きたい時に泣いたらいいよ」
- 親孝行。家族に心を開く照れ臭いあの感じ。それがなくならずもやもやしてるうちに亡くなった母。
- 後悔は、もうしてない。意外とさみしくない。ただ、日々の何処かにふと残る足跡。人の死、親の死。
- コラージュのやめどき。完成しないパズル。着膨れした森ガール。
なんとなく覚えてる限りで書いてみました。詳しくはテツさんの昼食会にて。
深く深く考える昼食会でした。後半はずっと泣いていました。ごめんなさい笑
表参道のカフェで食べたスパイシーツナパニーニ美味しかったです。
今度、100人の大昼食会も開催されるようで楽しみ*
2011.03.26.
■誕生日
22歳になりました。
このブログを始めた時はたしか14歳くらいの時。あの頃はネットが楽しくて仕方がなかったなぁ。
無限の可能性が広がってて自分と同じ仲間がいる、そして自分の周りの人よりもっともっとすごい人達がいる!
刺激的でした。あぁ、なつかしい。
もう10年がたちそうなんだね。
わたしは変われたんだろうか。
今も、変わらず刺激を受けている。
3月26日、早生まれ。21歳は変動期だった。死と喜びと寂しさと。
22歳は心を強く、笑顔で過ごす年にしたい。
2011.03.04.
■[memo] 振り向いて、そこに何が残る
一月に入って、中頃に母の49日があった。一週間前後からは親戚が家にきていた。
そして、学生生活が終わった。親と約束していた教習所も終わりに近づく。
二月初旬に免許を取得する。
へんてこな顔だ。
全てが終わってやっとゆっくりした休みの時間になる。
まだ少しぼーっとしてしまい、思うように動き出せなかった。
崩れてしまいそう、といえば言い過ぎかもしれないけど、なんだかそんな感じ。
下旬。祖父が亡くなった。
祖父は三重に住んでいる。関東からかけつけるも、亡くなった後だった。
人の死は続くものだと何処かで聞いたことがある。
祖父も入院していたけど特に大きな病気はしていなかった。
でも、精神的に大きな負荷を与えると思い、母が亡くなったことを伝えないでいた。
記憶がとびとびになりながらも、祖父は母の体調をずっと気にしていたらしい。
葬式の日、通夜の日、四十九日の日も祖父は母は元気か?と、祖母に訪ねていたそうだ。
祖父は幼い頃から左半身が麻痺していて、障がい者だ。
自分の力で歩けなくて、いつもいつも車椅子だった。
それでも、専用の車を運転するぐらい元気だった。
元気すぎて頑固で典型的な昭和の男性だったと思う。
昔から、祖父に人生を狂わされたと漏らす人は少なくない。
そんな祖父を結婚してからずっと支え介護してきた祖母も障がいをもっている。
毎日が祖父の介護で自分の時間が無かった祖母。
生活の中心だった人がいなくなってしまうとふらついてしまう。わたしは祖母のことが不安だ。
祖父と母は仲が悪かった。絶縁状態のようなものだった。
わたしは小学生のとき以来、葬式の日まで祖父母に会ってなかった。
母は病気のストレスは、ここの問題が原因だと常に愚痴をこぼしていた。
そんな祖父が母の死から三ヶ月後に亡くなるとは、なんとも言えない気持ちが込み上げてくる。
この一年、どうなるのだろう。何か大きなことが起きそうで不安で不安で仕方がない。
ポジティブに、前向きになりたい、と思うけど、思うようについていかない。
どうしたら立ち直れるのだろう。
わたしは甘えてるだけなのかな。
そうも考えてしまう。
メンタルがひよこみたいに弱い。
もう三月だ。歯車を自分で動かさなきゃ何も動かない。



