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喜びカタツムリの歩み

2017-07-27

救出活動37年和賀真也牧師とのインタビュー記事、もともとは阿部正紀元名誉教授の紹介で

救出活動37年和賀真也牧師とのインタビュー記事、もともとは阿部正紀元名誉教授の紹介で
http://www.christiantoday.co.jp/articles/21287/20160628/kagaku-no-honshitsu-42.htm

 クリスチャントゥデイの記事そのものを自分で読む方々にとって、今回掲載されている救出活動37年和賀真也牧師とのインタビュー記事の連載は、決定的な重要性を持つに違いありません。

 私の高校の後輩で、ご自身貴重な本格的読み物を連載くださった、阿部正紀元名誉教授が、お二人が同じくセブンスデー・アドベンチスト教会に属する関係で、クリスチャントゥデイへ紹介下さり、和賀先生の寄稿が実現したのです。その上での今回の機会です。

★異端・カルトシリーズ(6)救出活動37年の和賀真也さんと元統一協会員の桑田尚子さん対談 その1
記者 : 守田早生里

統一協会(世界平和統一家庭連合)からの救出活動を37年前から行っているエクレシア会の和賀真也さん(セブンスデー・アドベンチスト教会名誉牧師)。千葉県袖ケ浦(そでがうら)市にある同会事務所を訪ねると、高額な壺(つぼ)や、統一協会の教理解説書『原理講論』、石像などが棚の上に所狭しと並んでいた。和賀牧師は「戦利品だね」と言って笑う。救出された元信者が「もう2度と見たくない」と言って置いていったものだという。
一方、42年前に統一協会から救出された桑田尚子さんは、その後、小学校教師を経て市議会議員になった。2期4年務めて、現在は政党代表として、地域に根差した政治を目指し、一人一人の市民の声に耳を傾けている。
そんな2人に話を聞いた。
――和賀先生が救出活動を始めたのは?
1974年くらいです。牧師インターンとして金町教会(東京都葛飾区)に遣わされていた時に1件の相談があって、それがきっかけでした。若い女性が男性ものの服を着させられて、ふらふらと教会に入ってきたのです。よくよく話を聞いたら、池袋にある統一協会のホームに戻るのに迷って、金町教会に入ってきたらしい。しかし言動が異常で、これは1人で帰すわけにはいかないと送り届けたのですが、また翌日、やって来たんですよ。訳の分からないことをずっと話していて、これは大変なことになっていると感じましたね。彼女から実家の電話を聞き出して連絡しました。
――ご家族はどうされたのですか。
ご両親が統一協会側と話がしたいと言うので、相手側に乗り込んでいくのは危険だし、ことを荒立ててはいけないと思ったので、金町教会でミーティングをセッティングしたんです。私が立ち会って、統一協会の責任者に来てもらう約束をしたのですが、当日、統一協会側は誰も教会に現れませんでした。電話をしてみたら、「こちらも忙しい」と言われてね。しかし、彼女は心が壊れるまで真剣に求道していたわけですよ。「1人の魂がかかっているのに、忙しいとはどういうことですか」と言ったら、「こちらにもたくさんの魂がある」ってね。これは何か違うとはっきり感じました。キリストは1匹よりも多い羊を追いかけましたか。違うでしょう。
――相談に訪れるのはどういう方ですか。
以前は大学生の親や親類が多かったように思います。昔は各大学に「原理研究会」という統一協会の組織があったのでね。やっと大学に入って、受験が終わった頃、人生の目的のようなものを見失った真面目な学生を巧みに誘うのが「統一協会」なのですね。「キリスト教の精神で、世界平和のために」と言ったら、当時は大勢の学生が信じてしまいました。
――桑田さんも原理研究会がきっかけですか。
はい。「平和な世界統一のために」と言われて、正義感だけでその道に進もうと決めてしまいました。当時はまだ統一協会が社会問題になる前で、「世界平和のために」と思っていたので、おかしなものに自分が傾倒しているとはまったく思っていませんでした。いくら親に反対されても、「後になれば分かる」と思っていました。
――和賀先生も、学生にとって統一協会は魅力的だと感じられていましたか。
一般の教会って、政治に対してあまり意見も言わないし、活動もしないところが多いでしょう。しかし統一協会は、世界平和のために行動するところだったのですね。「平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる」(マタイ5:9)という御言葉実践しているのが教祖の文鮮明だと教えられて、「本当はイエス様も2千年前に地上の天国を作る予定だったのに、失敗した」と刷り込まれるのです。
――桑田さんはどのように救出されたのですか。
私は鹿児島大学入学して間もなく原理研究会に出会って、『原理講論』を学び始めました。当時、「ホーム」と呼ばれる集会場があって、そこに出入りしながら仲間たちと活動をしていました。いよいよ卒業が近くなってきた時、統一協会に「献身」を考えていた頃、姉から、「あなたの人生だから、あなたが決めればいいと思うけど、キリスト教だというなら、聖書を少し勉強してみたらどう。その代わり私もあなたの原理講論を勉強するわ」と言ってくれたんですね。姉はその時、クリスチャンではありませんでしたが、なんとなく「それもそうだな」と納得しました。その前にも両親が私を心配して、地元のキリスト教会牧師宣教師のところに連れて行ってくれたことがあったのですが、話を始めた途端に、「あなたのやってることは異端だ」と言われたんですね。そう言われると、私も心を閉ざし、耳もふさいでしまって、「この人たちには、今は分からないけど、いずれ分かる時が来るから」と思っていました。
――桑田さんのお姉さんが紹介してくれたのが和賀先生?
そうです。私は大学卒業後、教師になろうと思い、関東の自治体の試験を受けたのですが、その時、ちょうど東京に来る機会があったので、姉が紹介してくれた牧師に会うことにしました。それが和賀先生です。1975年のことですね。それまで私はホームに毎日のように入り浸って、「兄弟」「姉妹」と呼び合った仲間と、「聖書の勉強」と称して『原理講論』を学んだり、夏休みには高麗人参茶を売りに行ったりしていました。
――和賀先生は桑田さんについて何か思い出がありますか。
尚子さんが金町教会にいらしたのは、3日間くらいにわたる聖会の時で、放っておくしかなかった。しっかりと話し合う時間もとれたかなといった感じでした。
――桑田さんはがっかりされたのでは。
ところが、それが私にとってよかったのです。もう散々、牧師宣教師にも会ってきて、「またか」といった感じだったので。それに、「この人が何と言おうと、私の信仰は変わらないんだから」と意固地にもなっていたところだっただけに、放っておかれて何か拍子抜けしちゃいましたね(笑)。聖会の後も、しばらく金町教会に滞在して、和賀先生から聖書のお話などを聞いたのを覚えています。
――和賀先生も桑田さんのことは気になっていた?
聖会が終わって、やっと一息ついたところで、尚子さんとじっくり話をしようと思ったら、礼拝堂からピアノの音が聞こえてきたんですよ。尚子さんの姿が見えないし、どうしたんだろうと思ってのぞいてみたら、何とももの悲しい音色で泣きながらピアノを弾いているのが彼女だったんですね。その姿を見て、本当に聖霊の導きを感じました。彼女はその聖会を後ろの席に座ってずっと聞いていたんです。そこで、「あれ、何か違うな。若気の至りでついつい突っ走っちゃったな」と自分で感じて、悟ったというか、理解してくれたのですね。
――桑田さん。今から考えると、統一協会の魅力って何だったのでしょう。
『原理講論』うんぬんよりも、そこにいる人々が魅力的だったのだと思います。それから、やっぱり真面目な人が多いのは確かですね。「このままじゃいけない。何か目的を見つけなければ」と思っている時に、うまく心に入り込んでくるんですよね。「聖書を一緒に学びませんか」と言われれば、「そうだな」と思うのですが、実際は『原理講論』を学ぶわけです。それでもキリスト教の土台がある人はよいのですが、何もないと、『原理講論』の何が間違っているのかなんて、まったく気付かない。でもやはり、その真理だと思っていたものが「違うのかな、違うんだな」と思い始めた時は苦しかったですよ。だって、大学4年間をかけてそれを信じてきたのですから。足元から崩されている感じでしたね。

★異端・カルトシリーズ(6)救出活動37年の和賀真也さんと元統一協会員の桑田尚子さん対談 その2
記者 : 守田早生里

統一協会(世界平和統一家庭連合)からの救出活動を37年前から行っているエクレシア会の和賀真也さん(セブンスデー・アドベンチスト教会名誉牧師)と、42年前に統一協会から救出された元市議会議員の桑田尚子さんとの対談。2回目は、実際の救出活動について話し合われた。
――救出された後、桑田さんはどうされたのですか。
セブンスデー・アドベンチスト教会で洗礼を受けて、タイミングよく三育学院(セブンスデー・アドベンチスト教会が設立母体)の小学校教員に空きが出たので、そこで先生をしていました。穏やかで楽しい仕事でしたよ。
――ご結婚後、市議会議員に?
そうですね。しばらくは専業主婦だったんですよ。子どもが5人もいましたから。それから、いちはら市民ネットワークの活動に加わるようになって、チャンスをいただき、市原市議会議員を2期8年、務めさせていただきました。
――議員活動にも、統一協会から脱会した時の経験は生かされていますか。
弱き者の話をきちんと聞く。何でも決めつけないで、まずは話を聞いてみるということですね。
――和賀先生、エクレシア会の設立について教えてください。
1980年に救出活動をするための会を作りました。(桑田)尚子さんたちを救出した後ですね。全国に会員がいて、定例会も行っています。
――和賀先生は全国各地に行かれるのですか。
以前は統一協会も活発に活動していましたから、当然、被害者も後から後から出てくるわけですよ。「うちの子がおかしな宗教に入ったので助けてください」と言われれば、何とかして本人に会おうとしていましたね。一度は徳島まで引っ越しのトラックに乗って会いに行ったこともありました。今、彼女は牧師夫人になっています。
――わざわざ遠くまで行って、1回の面談では、間違いに気づいてもらい、脱会するまでには至らならないのでは?
1回の取り組みで分かってもらい、救出に至ることもありますが、まず第一は、本人との信頼関係を、時間をかけて築いてゆくことが必要です。責めたり非難したりというアプローチでは、当人は心を閉ざしてしまい、真の対話には入れないんです。とにかく相手と対話をすることによって、まずは会話のチャンネルを作るのですね。
――桑田さんも先生から非難されるようなことはなかったのですか。
それが一番、私はうれしかった。もう分かっているのですよ、自分で何をやらかしたのか。十分傷ついているのです。4年間を注ぎ込んだものは真理ではなかったのですから。そこで、先生や両親に「ほら見たことか。やっぱり言ったとおりだろう」なんて言われたら、心を閉ざしてしまいますよね。でも、私の両親も姉も一切そんなことは言わなかった。それは、和賀先生が「決して尚子さんを責めたり非難したりしないでください」と言ってくださっていたからなんですね。
――徳島まで行かれて、その女性とは話ができたのですか。
「お母さんたちもあなたや家族ことを心配していて、一緒に来てほしいというので、何か役に立てるならと、東京から来ました。こちらの活動も大事でしょうが、ご家族のことでもあなたには大きな役割があるのでは・・・」と聞いたのですが、彼女は、「もし家族のことで自分にもしなければならないことがあれば、考えていきたいと思います」と言っただけで、短いやりとりで終わりました。30分だけラーメン屋にいて、面談は終わってしまいました。でも、それが大切なんですよね。
――せっかくトラックに乗って何時間もかけて行かれたのに?
その後、その女性が東京の実家に里帰りした時、お母さんがこんなふうに促したそうです。「あの時、和賀先生がわざわざ徳島まで来てくれたんだから、あいさつに行ったら?」と。それで彼女のほうから金町教会を訪ねて来てくれたんですね。
――彼女から教会に来たのですか。
統一協会は、牧師にも伝道するんですよ。だから彼女は、私にも伝道するつもりで金町教会に来たようですね。その時、「先生はイエス様が雲に乗って再臨されるという聖書の言葉をそのまま信じているのですか」と聞かれたので、「それは、信じていますよ」と答えると、「先生、あれは比喩象徴ですよ。そんなことが本当に起こるわけないでしょう」などと言うのです。統一協会では普通の常識では考えられないということで、そう理解しているんですね。それで、「イエス様が海の上を歩かれたことも信じていないのですか」と聞くと、「それは信じています」と答えます。「同じ聖書の言葉なのに、一方は信じ、一方は信じない。それはどういうことなのか教えてくれないかな」と言って、互いに聖書と照らし合わせて学んでゆくと、だんだん違いが浮き出てくるのですね。
――先生は今まで何人くらいの方と面談して、救出まで導いてこられたのですか。
今までで580人から600人くらいの間です。よく今まで生き延びてきたと思いますよ(笑)。中には暴力的な人もいて、まだ若者ですからね。以前、東京地検特捜部に「名誉毀損(きそん)だ」と訴えられたことや、盗聴マイクを仕掛けられたこともありました。嫌がらせ告訴でしたから当然不起訴となりましたが。
――相談はどのように?
以前は、全国でエクレシア会の定例会を行っていて、脱会者の証しを聞いたり、皆で交わりを持ったりしていたのですが、その場に時々、「うちの子が統一協会にいるんです」という親御さんがいらっしゃいます。ところが、たまにこの定例会に統一協会からのスパイも参加している時があるんですよ。「反統一協会対策委員会」のようなものがあって、ちょうどキリスト教会の「カルト対策委員」の逆バージョンですね(笑)。
――そんな時はどうするのですか。
「出て行け」と言うのは簡単です。でも、相手だって必死なんですよ。一度、たまたま救出したばかりの方が会場にいて、「先生、あの人、統一協会の人です」と教えてくれたことがありました。それで私はその方に、「今日初めていらっしゃったのですね。よくいらっしゃいました。でも、あなた、何か胸騒ぎしませんか」と尋ねたのです。すると彼は、「胸騒ぎがしないと言ったら、ウソになります」と正直に答えたんですね。私は、「偉いね。それで胸騒ぎもしないようになったら、人間終わりだよ」と言ったのです。
――それからその人にどう言われたのですか。
「なぜここに、統一協会に入った子どもの親御さんが集まっているか分かりますか。統一協会に対して疑問があるのに、その答えが統一協会側から出てこないから悩んで私のところに相談に来られているのですよ。いい機会だから、今日はここで答えていってあげてください。反対派の対策委員なんでしょう」と言うと、「いいえ、別に。そんなことをしに来たのでは・・・」と困っていました。もし本当に統一協会の教えが真実なら、そこできちんと説明すればよいのです。親御さんが納得してくれれば、何も私が全国を飛び回る必要もない。しかし、説明なんかできないのです。真実ではないから。
――桑田さん、統一協会ではウソも容認されるのですか。
そうですね。教理を守るためなら、ウソも方便、ウソが知恵だと教えられて、それを信じてしまうのですね。おかしなことですが、当時はそう刷り込まれていました。自分もウソをついているのが分かっているので、相手のことも信じなくなってしまうのです。「この人の言っていることは本当なのかな」と常に疑って。自分で自分の首を絞めているんですね。
――和賀先生、これは負のスパイラルですね。
そうですよ。自分もウソをついている。人のことも信じられない。誰のことを信じたらいいんですか。文鮮明でしょうか。彼だってウソをついているかもしれないでしょう。

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