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2011-11-22

イソップ物語「なぜイノシシは、危険も迫っていないのに、一生懸命に牙を研ぐのか。ここに日常生活、ビジネスの心得だけでなく、悔いなき人生のヒントがある」

こんにちは、木村耕一です。


外の風景が、真っ白です。

ここは新潟県内を走る特急電車

窓から見える山も、田畑も、白い雪におおわれ始めました。


初雪だ、美しい」という心境にはなれません。

「しまった! もっと早く、車のタイヤを、雪道用に交換しておけばよかった……」

と悔やむ心が出てきます……。


こんな怠け心を戒める例え話が、イソップ物語にあります。



イノシシが、木の側に立って、牙を研いでいた。


キツネが、不審に思って尋ねた。

「猟師もいないし、危険が迫っているわけでもない。なぜ、そんなに一生懸命、牙を研ぐんだい」


イノシシは、あきれた顔で答えた。

「君には、無意味に思えるのかい。危険は不意にやってくる。猟師が現れてから牙を研ぎ始めたのでは、間に合わないじゃないか」


   (『こころの朝』より)


秋の次には冬が来きます。

冬になれば雪が降ります。

車のタイヤを雪道用に交換しておかないと、危なくて運転できません。事故のもとです。


やがて必ず雪が降ると分かっているのに、準備を怠り、あわててしまうのは情けないですね。


その点、この冷静なイノシシは立派だと思います。

イノシシは、猟師に狙われれば命を落とします。


しかし、必ず猟師に出会うとは限りません。

これから起きるであろう危険を予測し、ふだんから備えていれば、たとえ不測の事態に見舞われても、被害を最小限に食い止められるはずです。


これは、日常生活やビジネスだけでなく、人の一生を考えるときにも大切な心構えだと思います。


よく考えてから「猪突猛進」しないと、いつか大きな壁に激突してしまうことを、イソップは言いたかったのでしょう。



こころの朝

木村耕一編著

定価 1,575円(税込)

(本体1,500円)

四六判上製 296ページ

ISBN4-925253-18-2

http://www.10000nen.com/?p=592 


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2011-11-14

イソップ物語「こんな短い快楽のために、身を滅ぼすなんて」蜂蜜におぼれたハエの教訓

こんにちは、木村耕一です。


イソップ物語から、ちょっと怖い話を一つ紹介しましょう。

あまーいハチミツの話です。


蔵の中に置いてあった壺が倒れ、蜂蜜が流れ出した。

金色に光る液体が、床の上に広がっていく。


いい香りに誘われて、ハエたちが集まってきた。

こんなにおいしいご馳走は、めったにない。


蜜の甘さのとりこになって、夢中に食べ始めた。

そのうちに、彼らの足が、ねばねばした蜜にはまって、飛び立てなくなってしまった。


もがけばもがくほど、体が、蜜の中に沈んでいく。

やがて息もできなくなってしまった。


甘い蜜におぼれて死ぬ時に、ハエたちは言った。

「ああ、哀れなものだ。こんな短い快楽のために、身を滅ぼすなんて……」


   (『こころの朝』より)


蜂蜜に引き寄せられ、甘い密を楽しんでいたのに、やがては、その密のために身動きができなくなり、苦しみながら死んでいく……。


何か、ドキッとしませんか。


人生を凝縮したような例え話です。

「こんな短い快楽のために、身を滅ぼすなんて……」

とてもハエの言葉とは思えませんね。


お金や財産、地位・名誉、恋人、結婚、子供……。

私達にも、欲しい蜂密はたくさんありますが、はたして、このハエと同じ結末を迎える恐れはないでしょうか。


蜂蜜におぼれたハエのような死に方をした人が、歴史上、どれだけあったか分かりません。

大切な命だからこそ、悔いを残すような生き方は、したくないないですね。


こころの朝

木村耕一編著

定価 1,575円(税込)

(本体1,500円)

四六判上製 296ページ

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2011-11-11

イソップ物語「あきらめたら、可能性はゼロになる。前向きな種まきを続ければ、必ず目的がかなう」あきらめなかったカラス

こんにちは、木村耕一です。


「もうだめだ」とか「どうせ、これ以上は無理だ」と、あきらめてしまうことはありませんか。

それでは、カラスよりもお粗末……。


イソップは、次のような例えで教えています。



喉の渇いたカラスが、水が半分くらい入ったビンを見つけた。

しかし、くちばしが水まで届かない。

ビンを倒して、中からこぼれる水を飲もうと、何度も体当たりするが、かなわなかった。


普通は、ここであきらめる。

だが、カラスは、考えた。

小石をくわえてきて、次々にビンの中に入れ始めたのである。


石が入った分だけ、次第に、水面が上がってくる。

こうしてカラスは、目的を達して、水を飲むことができたのであった。

   (『こころの朝』より)


あきらめるのは、楽です。

そのかわり、目的を達成する可能性は、ゼロになります。


限りなくゼロに近いと思っても、なんとか、なんとかと、前向きに考えているうちに、いい智恵が浮かぶことがあります。


前向きな種まきを続ければ、いつかきっと、芽が出るはずです。

しかし、それは時間がかかるので、なかなか辛抱できません。


そこを頑張って、黙々と、種をまいた人が、成功を手にするという法則は、

2500年前のイソップの時代も、現代も、変わらないようです。


こころの朝

木村耕一編著

定価 1,575円(税込)

(本体1,500円)

四六判上製 296ページ

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キングペンギンとそのヒナです。タワシみたいで、とてもヒナには見えませんね……。

2011-11-04

恋はロマンチックといえるのか。恋の炎は理性を焼き尽くすのか。「百万本のバラ」と、イソップ物語「人間の娘に恋をしたライオン」の意味するもの


こんにちは、木村耕一です。


「大好きなあの人に

バラの花をあげたい

ある日 町中のバラを買いました……」


加藤登紀子さんの「百万本のバラ」は、恐ろしく心に響きます。

なぜでしょうか。


一目惚れした女性のために、貧しい絵描きが、家も、財産すべて売り払い、100万本のバラの花を買う……。


そして男は、恋する女性が、窓から見おろす広場に、真っ赤なバラを敷き詰める……。


美しい光景が目に浮かびます。

「こんな激しい恋に落ちてみたい」

「そこまで恋する人に出会えれば、幸せに違いない」

こんな思いがあるからこそ、「100万本のバラ」の歌声に、魂を揺さぶられるのだと思います。


はたして、ロマンチックといえるでしょうか。

「100万本のバラ」と、全く同じ恋心を、イソップは、次のように描いています。


ライオンが、人間の娘に恋をしてしまった。


どうしても結婚したいと、父親に迫った。猛獣に可愛い娘を嫁がせる気はない。さりとて、断れば、どんな目に遭うか……。

返事ができず悩んでいると、ライオンは、猛りながら催促に来る。


父親は一計を案じた。

「あなたのような勇ましい方ならば、婿として不足はありません。ただ、条件が一つあります。娘は、鋭い牙と爪が恐ろしい、それさえなかったらと言っています。牙と爪を抜いてもらえませんか」


娘に心を奪われているライオンは、愚かにも、この条件を、すんなり受け入れてしまった。


牙も爪もないライオンなど、猫よりも扱いやすい。

父親は、すっかりライオンをバカにして、近寄ってくるなり棒でたたきのめして、追い返してしまった。

    (『こころの朝』より)


全財産をなげうったロマンチックな絵描きと、牙と爪を抜いてしまったバカなライオンが、なぜ、同じなんだ! と思われるかもしれません。


恋の魔力にかかると、先のことが、まったく見えなくなってしまいます。

貧しい絵描きが、燃え上がる恋情にまかせて全財産をつかってしまったら、どうなるのか。


もし、彼女が結婚すると言ってくれたら、その後の生活は、どうするのか。

経済的な基盤がなく、愛情だけでは、家庭をもって、生きていくことはできません。

恋の激情は一時的でも、人生は長いのです。


ライオンが百獣の王と恐れられるのは、鋭い牙と爪があるからでしょう。

その武器を抜いてしまったら、どうやってジャングルの中で、恋した娘を守っていけるというのか。

娘を不幸にするのは、その浅はかな、先の見通せない心です。

 

恋をすることを「恋に落ちる」「fall in love」といいますね。

恋をしようと思ってそうなるのではなく、道を歩いている時に、急にマンホールのふたがはずれて、深い穴に落ちたとしかいいようのいない実感がから生まれた言葉だと思います。

ある意味、非常に恐ろしいです。


イソップは、2500年も前から、

「百獣の王のライオンでさえ、恋に目がくらむと、猫以下になってしまう」

と警告しているのです。


かといって、恋を否定するものではありません。

熱い恋は、すばらしいと思います。

ただ、恐れを知りながら、感情に流されずに、愛する人と、悔いのない人生を送りたいですね。


こころの朝

木村耕一編著

定価 1,575円(税込)

(本体1,500円)

四六判上製 296ページ

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2011-11-01

イソップ物語「使わないお金なら石と同じ」金塊を盗まれた男

こんにちは、木村耕一です。


「お金が、多ければ多いほど、幸せになれるのでしょうか?」

愚問かもしれませんね……。


2500年前のイソップ物語にも、次のような話があるくらいですから、これは永遠のテーマかもしれません。


全財産を金塊に換え、人里離れた所に埋めた男がいた。


しかし、盗まれていないだろうか、と不安でならない。

結局、彼は、こっそり通って掘り返し、無事を確認するのが日課になっていた。


その行動に不審を抱いた近所の悪党が、男の後をつけて、秘密を知ってしまったのである。


次の日、いつものようにやってきた男は、卒倒せんばかりに驚いた。

隠し場所が暴かれ、すべての金塊が盗まれているではないか。


彼は、髪の毛をかきむしり、「もう、生きる希望もない」と、いつまでも悲嘆に暮れている。


ある人が、言った。


「そんなに悲しむのはよしなさい。あなたは、実際は、お金を持っていなかったのと同じなのですから……。お金は、使うためにあるのです。お金があった時も、使わずにしまっておいたじゃないですか。


使わない金塊なら石と同じです。同じ場所に石を埋めて、金だと思ってはどうですか」


    (『こころの朝』より)


人間にとって、一番のつらさは、「お金がないこと」でしょう。

お金がなければ、食べることもできず、寝る場所もなくなります。

医者にもかかれません。

みじめです。


でも、お金を「ためること」が目的になってしまっては、苦しみはなくなりません。

あればあるほど、「盗まれないだろうか」「だまされないだろうか」の不安が多くなります。


その点、「使わないお金なら石と同じ」とは、なんて鋭い指摘でしょうか。

何のためにお金を使うのか、その目的が抜けていると、人生の最期は、必ず寂しい結末になることを、イソップは予告しているのではないでしょうか。


こころの朝

木村耕一編著

定価 1,575円(税込)

(本体1,500円)

四六判上製 296ページ

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