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2016/11/04 (金)

 「科学」と忠誠心、あるいは信心

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 「論文」という形式がある。いや、あるのはそんなもの知ってるしそれがどうした、なんだが、近年どうにも納得いかないのはその形式に対する忠誠心みたいなものをなんでそこまで要求されにゃならんのだろう、ということだったりする。まあ、一般的に言えば、「科学」の二文字に対する忠誠心と置き換えられるようなもの、では本来あるんだろうが、ただ同時にそれは、自然科学とそれに準じる約束ごとに対する信心深さに裏打ちされた忠誠心の身振り、でもあるわけで、日本語母語とする環境でのいわゆる「人文系」にとってそれはさて、どれほどの重さを持ち得るのか、そのあたりのことが正直、まるでわからんまんまの30年あまり、ではあるのだからして。

 「書く」という営み、書いて文章して何ごとかを表現するということと、その「論文」という形式関係もっと言えばその形式必然的要求してくる言葉もの言い、文体などに至るまでの約束ごとのあれこれまでもが、どうしてそんなに否応なしに必然として押しつけられる世間があるのだろう、という疑問。好き勝手に書けばいいじゃないの、という初発の時点に抱いた感慨が未だにずっと尾を曳いている。

 柳田国男がそういう「論文」という形式に忠誠を表明したものを果してどれだけ書いていたのか、てなことは大昔から言っていた。もちろんほとんど何の反応もないままスルーされてたのだが、玉石混淆汗牛充棟てんこもりのいわゆる柳田研究界隈でも、このへんのことを納得いくように解きほどいてくれたものは、寡聞にして知らない。彼が「科学」なり「学問」というもの言いを使う時におそらく込めていただろう何ものかの、時代を超えてゆけるだけの射程距離というのは、戦後過程自明になった(と思われてきていた)自然科学前提の科学そのままというわけでもなかったのではないか、という疑問は同じくずいぶんと前からわだかまったままになっている。

2016/11/02 (水)

 「読む」の射程距離

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 自宅はもとより仕事場その他の古本雑本の類の片づけ、をせにゃならんならんと思いながら、まるで作業が進まぬままいつもそのことを意識しないようにしないようにしてる、そのことがまたストレスの元になってたりするから、ああ、ほんとに何やってんだか、と。

 それでも、手のあいた時や気の向いた折に少しずつでも散乱混乱錯綜しとる本や紙の山を手掘りでいじっていると、自分ももう忘れていたようなあんな本こんな資料が「発掘」されたりするから、それはそれでありがたかったりする。

 引っ越しでも大掃除でも、身の回りの「片づけ」を始めると何か昔の記憶や回想につながるブツにぶつかってしまい作業頓挫するというのは誰しもあるある、だろうが、しかし考えてみたらこ現象、実は記憶体験とそれを自ら整理して使えるようにしてゆく方法意識からめて少し考えてみる余地はあるような気はする。

 本を、活字を「読む」ということについて、とにかく効率的合理的生産的に読むこと「だけ」を律儀に誠実に叩き込まれてきた世代というのがあるらしく、ざっくり今の40代そこそこくらいから下、俗にアラフォーと呼ばれるあたりの人がたに特にわかりやすく実装されている習い性のように感じている。一冊の本なり資料ためつすがめつ、手もとのそれこそ実際に手の届く範囲に置いておいて、何かの拍子にふと手にとって開いてみる。必要があって読むのでなく、だからあらかじめ何か目算をつけて「探す」ように読むのではなく、気まぐれにパラパラと「めくる」、そういう散漫と言えば散漫、ゆるいと言えばゆる過ぎるくらいの読み方なのだが、しかし実はこれ、方法的にちゃんと目算つけて位置づけておく必要があるらしい。少なくとも、そういう意味づけをしてやろうとすることで、先に触れたようないまどきの効率的合理的な「読む」を実装した人がたの仕事のありかたから、ひいてはそれらをなしくずし正義にしてきているかのようないまどきの情報環境と、そこに過剰に適応する/させられている日本語母語とする環境に宿っている「知」のあり方についてまで、まるっと相対化して射程にとらえることができるようになるかも知れない。

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2016/11/01 (火)

作られつつある「伝統」、てか?

「民俗」化するハロウィーン?

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 ハロウィーン、今年はにわかにえらいことになっていたようです。

 小生の暮らす北海道札幌では特段のこともなかったのですが、テレビその他のメディアを介して教えられる東京などでは、少し前までと違う様相を呈し始めているようでした。また、それに引きずられて京阪神九州あたりでも例年にない盛況だったらしく、いずれにせよこの外国由来の習慣、少なくとも首都圏やそれに準ずる「マチ」の若い人たちにとっては、かのバレンタインデーなどと同じような外国由来の新たな年中行事、とにかく街頭に出ておおっぴらに騒げる日、といった理解が定着したということかも知れません。

 振り返れば数年ほど前、観光客在留民か忘れましたが、外国人のグループが東京山手線車輌ハロウィーン異装で占拠、はた迷惑な狂態を見せたとかでニュースにもなっていた、その頃はまだ日本人の間にここまでの浸透はしていなかったはずで、せいぜいが菓子メーカーなどが仕掛けるハロウィーン関連商品を消費するくらいのもの、それも若者というより子どもたちの間で「トリック・オア・トリート」の合い言葉と共にお菓子をもらう形式が、それも大人の事情で流行らされているといった態でした。

 それがここに来て一気に自発的お祭り騒ぎに変貌、それこそ渋谷交差点を半ば占拠するほどの規模になっていたわけで、東京都内ではその他の場所でも思い思いの装束を身につけた人がたがそれなりに跋扈していた由。コスチュームプレイ、つまり敢えて普段と違うキャラクターに変身することを仲間同士で楽しむ「コスプレ」のための衣装類が安価に手に入りやすくなり、かつまたその様子を互いに動画写真撮影して共有、流通させることのできるスマホネット環境の普及ともあいまって、いまどきの若い世代の間でそれらの趣味趣向をおおっぴらに解放できる機会としてこのハロウィーン勝手に「翻訳」されてしまったようです。

 当初はある一部の世間で始まったものが、後に子どものために大人が設定する行事として市民権を得てゆき商業主義を介して若者をも対象に拡げてゆくというのは、かつてのクリスマスの普及過程とも似ています。そう考えると、異性同士がつながる機会というか方便としての性格を強めてゆくのも、また共通しているような。このへん、「出会い」が少ないなどと言われて少子化の一因にもあげられる、昨今の若い世代恋愛事情にも関わっているかも知れません。

 外国人の配ったお菓子に毒が入っていた、というデマが流されたり、はたまたなんと神社の祭礼にも「ハロウィーン」をうたった献灯があったとかなかったとか、さらに大学などでも日を限ってハロウィーンの扮装で登校しても可、にしたところも出てきた由。まあ、こうなってくると、かつて町衆が思い思いの異装路上にうかれ出たちょうちょう踊りやええじゃないかの類につながるような、予期せぬ尾ひれや想像を越えた展開を見せてくれる程度に、これは「民俗」の様相を呈し始めているようです。もとはキリスト教文化だから、などという通りいっぺんの理屈や、商業主義に踊らされて、といったしかつめらしい能書きの類はひとまずそれとして、まずは素直に眼前の事実、同時代の〈できごと〉としてこのハロウィーン騒動垣間見えたあれこれを、今後のためにもちょっと気をつけて見つめておきたいと思っています。

2016/10/31 (月)

「こち亀」が愛された理由

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*1

1.「こち亀」という漫画が、老若男女に愛された理由は何だと思われますか?

 当初から愛されたわけでもなかったんですがね。

 連載開始が1976年、当時すでに少年マンガ市場は「青年」読者を取り込みながら右肩上がりを続けて我が世の春を迎えていたとは言え、掲載誌の「少年ジャンプ」は後発誌だったこともあり、毎週の人気投票で連載打ち切りも早いという過酷システムを導入したのもそういう後発誌ならではの腹のくくり方のひとつだったわけで、そんな中でも「こち亀」だいぶ後になるまで、人気投票の上位に常時食い込むような、いわゆる看板連載とは言えなかったはずです。

 ただ、堅実に一定の読者を獲得して人気を確保してゆく、そういう安定感が読者の信頼を得ていったんだろう、と。もちろん、80年後半以降はマンガ市場自体ボーダーレス化というか、「少年」少女マンガといった枠組み自体が発展的に崩れていったこともあり、また読者も共に年を取ってゆくことで、おっしゃるような「老若男女」に愛される作品となっていったんだと思います。

 そういう意味では、定型の強みというか、決してムチャな冒険はしない、よくたとえられる「寅さんのような」という言い方に象徴的なように、少年マンガから発したギャグマンガとしての「ザ・マンガ」という、その商品としての信頼感を、世間は見ていたように感じています。


2. 1と関連しますが、人気漫画はたくさんありますが、他の作品にはない「こち亀」ならではの魅力とは何だと思われますか?

 先に言ったような「定型」の強み、違う方向から言えば「通俗性」ですね。連載開始当初はまだそういうマンガの「定型」は良くも悪くも生きていたんですが、時代が移り変わるに連れてマンガ表現の幅がさまざまに拡がり、そういう意味では「「こち亀」も明らかに「古くさい」ものになっていたはずなんですが、そんな中、生き延びてゆくことで逆に、その生き延びてゆく際に誠実に依拠していた「定型」と「通俗性」に、さらに磨きをどんどんかけてゆくことになった、それが結果的に最大の武器になっていったんでしょう。

 たとえば、昔からあるブランドキャラメルチョコレートみたいなもんで、店をのぞけば必ず置いてある、子どもの頃に食べていたのが大きくなって親になっても、また子どもに買ってやるようになっている、そういう大量生産大量消費の「商品」への信頼感が、いまやマンガという商品へも宿るようになったということじゃないですかね。

*1:某新聞より依頼。当初、電話取材希望だったのだが、コメント依頼は原則電話でなくしゃべった形での草稿にして送ることにしている旨伝えると了解してもらえてそのように。ただ、その後のやりとりが途絶したままなので採否含めて不明のまま

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2016/09/16 (金) iRONNA

【常民】の顔で

「こち亀」終了に寄せて

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 通称こち亀」。この短く端折った呼ばれ方こそが、今様読み物文芸としてのニッポンマンガ栄光である

 人気マンガ作品がこのように略して呼びならわされるようになったのは、概ね80年代から90年代にかけて。『少年ジャンプ』の600万部以下、週刊誌でのマンガ商品がそのようなとんでもないオーダーで流通し消費されるようになった戦後ニッポンマンガ黄金時代。そういう当時の情報環境があって初めて、「スラダン」「ゴー宣」その他、人気を博したマンガ作品にこのような呼び方があたりまえにされるようになっていた。連載開始以来今年で40年、ということは当時でもすでに20年ほどたっていた、そしてその間必ずしも第一線の人気を維持し続けていたとは言えない作品が「こち亀」と呼ばれるようになったのも、毎週の人気投票で生き残りが決められる最も苛烈な『少年ジャンプ』という場でその時期まで、そしてその後も今日まで、しぶとく粘りに粘って生き残っていたからに他ならない。まずはこのことを、あの両さん以下「こち亀世界の住人たち、そして作者の秋本治さんのために喜びたい。

 とは言え、すでにこの「こち亀」の終了をめぐっては専門家含めていろんな方がそれぞれの視点コメントしている。ここでいまさら屋上屋を架すのも野暮、ということで一点だけ。「こち亀はいま、この時期に自ら幕を閉じてみせることで、マンガが正しく「通俗であることに改めて思い至らせてくれた、このことをちょっと述べておきたい。

 足かけ十数年、のべ140本以上のマンガ作品を取り上げてきたテレビ番組BSマンガ夜話』でも、「こち亀」は扱っていない。何度か候補にあがってはいたけれども、結局流れたのは、分量が多くて出演者がきちんと読み込むのが大変という物理的な制約と共に、やはりどこかで「連載」もの殊にこのような長期連載となったある種国民的規模での「おはなし」が必然的に帯びざるを得ないある種の通俗性に対して、敬して遠ざける意識がどこかで働いていたのかも知れない。そう言えば、「サザエさん」も取り上げていなかった。「ドラえもん」や「ゴルゴ13」は頑張って取り上げたのだけれども。

 「連載」という形式での「おはなし」というのは、何も活字やそれに類する紙に印刷された媒体に限らず、寄席その他の生身の上演や口演における続きものなども含めて、どうやらわれらの社会にある時期以降、宿ってきたものだった。新聞雑誌には連載小説があったし、それらは売り上げを左右する重要コンテンツでもあった。NHKの「朝ドラ」が未だに「連続テレビ小説」と称していることを思い起こしてもらってもいい。それまで月刊だった子ども向け雑誌が週刊になり、活字主体の読み物など他のコンテンツと並べられていたマンガ独立した専門誌になっていったのは高度経済成長の始まる頃。ラジオもまた、戦前はともかく戦後はそれら続きものを主な武器にしてきたし、新しいメディアテレビもまたその習い性に従った。新たな情報環境に宿る「連載」「続きもの」の「おはなし」は、そのようなわれらの日常、日々の暮らしのあたりまえになってゆき、それらを介して浸透してゆく価値観世界観、素朴な道徳や世を生きてゆく上での約束ごとといったものもまた、わざわざそうと意識せずともある種の「教養」として人々に共有されるようになっていった。それはわれらの社会における「意識されざる公教育」でもあったのだ。

 そのように「連載」「続きもの」としての「おはなし」をそれこそまるで空気のように、自然にあたりまえに呼吸する/できる環境にわれわれは生まれ、育ってきたらしい。週刊誌マンガ専門媒体複数林立し、それらが最盛期には数百万部規模での市場を獲得、当然読み手もまたそのオーダーで編成されていった社会、そして時代というのがすでにあった。そのことの意味やとんでもなさについて、おそらく当のわれら日本人自身が未だよく思い至っていない。「サブカルチャー」などという目新し気なもの言いでひとくくりにして事足れりという考えなしが昨今、また事態さら不透明にしてゆき、同情薄い「分析」「解釈」「批評」のひからびたことばの手癖だけが得意げにそれらを後押ししてゆく。

 けれども、確かなことがある。今回の「こち亀」終了をめぐって、メディア舞台の外で、さまざまな人たちがさまざまにその「想い」を語っている。もちろん単行本を全部揃えているという人は少ないだろう。けれども、人生のある時期「こち亀」と出会ってそのことから何かを受け止めていっただろう、国民的規模での「意識されざる公教育」の果実は、全て見通すことはできずとも、間違いなくこの時代の眼前にある。40年という年月、単行本にしてのべ200巻という規模の「おはなし」の集積は、おそらく「研究」や「批評」「評論」の土俵に正当に乗せられるまでにはまだしばらくかかるだろう。だが、そんなことはどうでもいい。マンガは昔も今も、正しく「通俗」であり、「通俗であるがゆえの〈リアル〉を静かに宿しながら眼前にたたずんでいる。「こち亀」がいま、自ら幕引きすることで思い至らせてくれたそのことは、あらゆる知的なことばやもの言いが軒並み煮崩れ、信頼を失いつつあるかに見える〈いま・ここ〉の日本語環境において、それらのことばの失地回復を志す立場にとっての福音にもなるはずだ。

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2016/08/15 (月) 宗教問題

「世俗化」ということ

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 学生時代、と言っても、すでに還暦視野に入ってきた年格好のこと、ざっと30年以上も前のことになってしまいますが、宗教学宗教社会学人類学といった名前講義で「世俗化」ということを繰り返し聞かされました。「聖」と「俗」といった図式と共に、「宗教」という日本語を眼にし、耳にするたび、未だに半ば反射的に想起されるもの言いのひとつです。

 欧米キリスト教を前提にしたそれら「宗教」関連の冠のついたガクモン分野の枠組みは、そのままでわれらのニッポン適用できるものではない、そもそも「聖なるもの自体欧米のそれとは別もので、社会のありようやそこに否応なくまつわる歴史の経緯、それらを貫く文化態様など複雑な要素がからみあって、ひとくちにきれいさっぱり割り切れるものではない、だから世俗化」というのもそのまま教科書めいたリクツ通りに当てはめられるものではない――ざっとこんな議論が当時、盛んだったように覚えています

 宗教学であれ何であれ、そのような現象を「宗教」という枠組みから正面から考えるような仕事をこれまであまりしてこなかった身のこと、その後の斯界の事情はほとんど部外者のままと言っていいのですが、先日たまたま折り目正しい宗教系ガクモンの専門家お話しする機会があった時、この「世俗化」というのは高度経済成長以降、現在眼前のできごとしてニッポン社会に生起している現象相手取ろうとする時にずっと重要課題であり続けている、ということをさらっと聞かされて、ああ、なんだつまりはそういうことだったんだ、とひとり納得するところがありました。

 分野や専門領域の違いなどを超え、いずれとりとめないナマもの現在、目の前で生起しているさまざまな事象現象をどのようにことばにし、手もとで扱えるようにしてゆくか、ということが、日本語環境ものを考えようとする時の同時代的問いであり続けている。そう、問題はつねに「現在」であり〈いま・ここ〉なのであります。それらをなるべく活きた手ざわりのまま、ことばにし素材にしてゆこうとする時に、分野や専門領域の違いなどはひとまずどうでもいい。手にする術語や概念その他道具立ての違いなど以前に、素朴な問題意識としてのそのような「現在」が切実なものとして自分のものにできているかどうか、まずはその一点において信頼できる知性か否かの分岐点があらわになってくる。

 その専門家とはその時、昨今話題の「ポケモンGO!」についての印象などを軽くやりとりして別れましたが、かつて初めて「ポケモン」が世に出てきた時、「ポケットの中の野生」などと当時流行りの美辞麗句でまぶしてそれらをあげつらい、にわかに世の耳目を集めていた「宗教専門家などとはまるで違う、淡々と眼前の〈いま・ここ〉としてそれらの現象を、ただ「そういうもの」としてまずとらえようとしてきた視線が感じられて、あたしなどのガクモ外道にとってもなかなかに心地よい印象を残してくれるものでした。「世俗化」こそが、今のわれらの日常を律する、ある種の規律になっているのかも知れません。

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2016/05/13 (金) 宗教問題

そして「遺骨」は粉になる

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 骨を「処理」するサービスが、また一段とさまざまな形になってきているようです。骨、つまり「遺骨」のことなのですが。

 人が死んで、火葬に付された遺体は遺骨になる。これまでは通常、骨壺に収めてそれを墓地に埋葬するという形が一般的だったわけですが、ミもフタもなく言えばそれはつまり「骨」、犬や猫、あるいは魚などにもある同じ物質、単なるモノであることには変わりないわけで、昨今の墓地不足などともあいまって、これまで墓石の下に埋められるものであったそれら遺骨を取り扱うやり方にも、静かな変化が起こってきているようです。

 「散骨」というのは、以前から話題になってきてはいました。それに伴う法律も含めた制度的な環境整備も行われてきて、これはこれである程度の認知をされた方法にはなっている。この散骨形式が整えられたこと、つまり散骨するためにはそれが人の骨だとわからないような形にしなければならない、という制度的な枠組みができたことがひとつの引き金だったのでしょう。これまでのような「遺骨」という意味づけから離れた、単なるモノと化した骨の「処理」の仕方について、多様な選択肢ビジネスとして提示されるようになっているようです。

 たとえば、遺骨をまず粒の細かな粉末にする。そうしたモノを固めて処理してペンダント指輪など、何かそういう身につけたり身近に置いておくアクセサリー記念品的なモノにする。あるいは、そこまでしなくても、粉末のまま骨壺的でない何か別の容器――ガラス金属を使った、いずれオシャレな形のものが多いようですが、そういう収納の仕方で家の中に置いておく。当然、これまでの墓地や墓はもとより、仏壇などの祀る場所も変わってこざるを得ないわけで、すでにそれらを総称して「手元供養」という呼び方も専門の業者によって使われ始めています。このへんは宗教関係含めて「死」を仕事として扱われている方々などからすれば何をいまさら、なのでしょう。

 気になるのは、「ペットと一緒に」モノにしてゆくことも、なにげに選択肢に入り始めていること。いや、すでにペットと入れる墓地や、供養を受け入れる寺などが出てきていますし、それもまた時代の変化なのでしょうが、ただそれら「遺骨」が単なるモノとしての骨、粉砕され粉末状の骨粉でしかなくなってしまうことが、肝心の「死」の意味、生身のいのちひとつのサイクルを終えるということそれ自体のわれわれの中での位置づけなどにどういう影響をこの先与えてゆくものなのか、そのへんの目算や覚悟もまた、併せて整えてゆかねばならない時代になってきているようです。

 「遺骨」がそのようにただの骨粉になってゆくのなら、それを肥料として自然に戻す、そういう供養すら地続きの未来にはあり得るのかも知れません。