ナベツネvs正力松太郎 3

『昭和20年11月23日のプレイボール』(ISBN:4087492117)
他にも面白い話が書いてあるのでそれは明日。
引用部は昭和11年、2・26事件の年の話。

読売新聞は「東京巨人軍」を母体としてリーグを
結成しようとしていたが、「新愛知」*1も、
それに対抗して別のリーグを持とうと考えていた。
正力松太郎を中心とした読売は、いわば「財閥」を
バックとして「阪神」「阪急」などを作りあげていったが、
「新愛知」はこれに対して「職業野球は企業のために
あってはならない」という思想から、
官僚をバックにリーグを結成しようと考えていた。
「新愛知」が協力を依頼したのは、元警視総監の宮田瑞穂であった。
当時の警視総監というのは、現在と違って、
総理大臣に次ぐ陰の実力者とまでいわれたもので、
その権威は絶大なものがあった。現に、その宮田瑞穂
もと邸宅が現在の自民党本部である、といえば、
当時の宮田の実力がどの程度のものか想像できるであろう。
(中略)
本来なら「プロ」なのだから、儲けを考えるのが当然である。
しかし、日本のプロ野球は違っていた。
はじめから、これは「意地」の仕事なのであった。
鈴木竜二*2が戦争中、あのような逆境の中で、
なお依怙地なまでに野球を続けたのも、
そもそも日本の「職業野球」なるものが、
独立した企業でなかったからこそ、出来たことなのである。

*1:後に「中部日本新聞」として中日ドラゴンズの母体となる

*2:「新愛知」に協力を依頼された宮田瑞穂によって「大東京」の代表に