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2004-11-30

[]あすなひろしのマンガ夜話 あすなひろしのマンガ夜話を含むブックマーク

文学方面における「セカ宙」的なものへの苛立ちって、文学に興味のない者からすると、そりゃそうだけど、あんたらの方も駄目だよって気分にもなる。

そういってる自分の作ってる音楽をしみじみ検証してみると、こりゃ駄目だなと思えるわけであります。こんなもっさりしたのは駄目だよと本人談。売れているものを聴くと、なるほどねと思うわけです。自分で聴きたいとは思わないけど、これがいいんだろうなということはわかるし、だけどなあとも思うし、しかし、こういうものしか流通しないだろうなあとは思えるわけで。

で、話はズレるのですが、北野・座頭市をテレビでやってて、最後にドンツクやるわけです。これが、いいかと言われると複雑だ。結局よさこい&ヤンキー臭いんですよ。ある種の高級&芸術気分に浸れる大衆的ビートなんだろうなあ。もう少し抜くかズラすのが粋な気がするのだが。でもああやれと言われても作れないのが悲しいトコですけどね。

そんなこんなで悲しい気分になっていたところで「あすなひろし」のマンガ夜話。

ボクの脳内では松村雄策絶賛なんだけど、あまりよくわからないヒトなのです、あすなさんは。そんなわけで録画しておいて適当に観るつもりだったのだけど、チラっと最初を眺めてたら、なんだか熱い雰囲気に巻き込まれてそのままリアルタイムで観てしまった。前日の安彦さんとは大違いの盛り上がり。

なんか印刷で出ないのにカケアミってとこでもうグッときちゃうわけです。

みなもと太郎さんが「愛情に包まれているのにそこから突き抜けてしまう淋しさ」ってのでもう松村さん経由でジョンレノンですよ。Nobody loves you の世界ですよ。

Everytime I put my finger on it,it slips away ですよ。

生きてるときにそう伝えてればって水野さんがトドメをさしてくれるわけで。

誰も聴いてなくても、つくるどー、と元気を出したボクなのであった。

ああ白痴的な文章だ。

まあそういうわけでBGMは当然久々に聴くレノン。

2004-11-29 FailureJubilee完成

[]FailureJubilee完成 FailureJubilee完成を含むブックマーク

「FailureJubilee」完成。

http://nextmusic.weez.mu/index.php?command=profmusic&profid=20041129205330

聴いてね。

[時間軸解説]

0:00-0:30 ダルダルな導入部。

0:30-1:00 とりあえず少し盛り上げてみる

1:00-1:20 あまりにも唐突に、地味な世界に。

ここから先がどうにもならなそうなのでしばらく放棄。

一週間くらいサボる。

1:20-2:45 さすがにいかんと気合を入れてガッとつくる。

よれよれと言えばよれよれだし、なんだかんだでそれなりに形がついたような。

この部分を長々やると良いような気もするが大変に消耗するのでやめる。

2:45-3:20 いきなり白々しくまとめにかかる。多分このフレーズ前の曲でも使ってるなあ。

[総括]ブツ切りを繋げた、盛り上がりに欠けるデキではあるが、後半は久々にリズムを意識したというか無茶苦茶にしたというか。

[追記]てなかんじでバタバタしてTV欄をチェックしなかったら

呉智英が「爆笑問題のススメ」に出てた。orz。眞鍋かをりの横に呉智英か。

関係ないがマンガ夜話で目撃した高千穂はツルッHGな呉智英になっていた。

呉智英 “逆説・偉人伝”のススメ

11月29日放送

http://www.stv.ne.jp/tv/susume/rateran/search?idno=20041115184218

2004-11-26 日英同盟の話

前日よりの続き

ワシントン会議

問題は米国が日本の膨張を押さえこむため、日英同盟を分断し、海軍の攻勢能力を去勢することを企図していたことである。

日本は軍備制限問題に目を奪われすぎていて、米国の狙いに対する判断が甘かった。また、英国と共同して会議に当たることを重視していたが、英国が日本よりも米国との連携を重視したことへの認識も甘かった。日本側は第一次世界大戦以後の国際政治の力学が大きく転換し、英国は米国と協調しなければ世界政策を実行できなくなったことを真に実感していなかったのである。

(略)

したがって日本が、あくまで米国と対決していくのであるならば、他のグローバル・パワーと提携する必要があったが、当時、英米に対抗できるグローバル・パワーは存在しなかった訳であるから、日本はワシントン体制の枠のなかで生きていくしかなかったのである。

まとめ

一九一〇年代初めまでの間、日本は英国が必要とする、ロシアそしてドイツと対抗する上での援助、インドの保全、東アジアでの権益の防護を支援できる力を保有していて、英国が世界政策を展開していく上で日本との同盟は魅力的であった。ところが時代の経過とともにその背後には、英国と米国の同族意識や経済関係や自治領カナダの安全保障などから、米国との関係が緊密化していた。

そして第一次世界大戦では、英国側の兵站を支え、二〇〇万の大軍を送って勝利に大きく貢献した米国が、英国にとって必要不可欠な存在となった。つまり、英国を積極的に支援しなかった日本よりも、英国にとってより魅力的な米国という第三国が出現したのである。

(略)

日英同盟の役割は時代の変化に応じて、ロシアの南下に対する抑止・対抗から、対独包囲網の一角を形成、日本の暴走抑止と変化しているのに対し、日本は日露戦争でロシアの南下を阻止した以降、同盟の目的や責任・分担などの日英間の緊密な戦略的対話を欠いて、日英同盟に対する関心を希薄にしていった。

雑感 雑感を含むブックマーク

森下千里に何かを感じてしまう時、「森口博子との違い」について意識しないわけにはいかない。ボディなのか。そうなのか。最近森口色が薄れてきたのはいいが、しゃくれ度がましたようで、いたしかゆし。

矢田亜希子というとトヨエツの妹時代から骨太フェイスのお嬢様というか、それはそれでありだったのだが、チラ見した「げつく」では矢田の彼方に高島礼子が見えてちょっとショック。女優業としてはその方が安泰なのだろうが、姉御はヤダな。

吉田喜重「嵐が丘」の石田えりを観てて、日明兄さんはきっとキャサリン・ゼタ・ジョーンズも好きだろうなとオモたよ。

2004-11-25 大日本帝国の生存戦略 このエントリーを含むブックマーク

日英同盟について書かれた本。返却期限に迫られ飛ばし読み。

大日本帝国の生存戦略 同盟外交の欲望と打算 (講談社選書メチエ)

大日本帝国の生存戦略 同盟外交の欲望と打算 (講談社選書メチエ)

防守同盟となった理由など

日本の戦略的意図は、韓国における日本の優越と行動の自由を列強に認めさせることにあったので、同盟の性格を攻守同盟にすると、英国の軍事力が韓国に展開される場合もあり(略)

また、英国は世界中に権益を持っていたため、世界中のいたるところで戦争に直面する可能性があり、攻守同盟とすれば日本はこれに巻き込まれる恐れがあった。

日本はこのような危険を避けて、その戦略的意図を達成するために防守同盟を考えていたのである。

いっぽう英国は、日露間の戦争に直接巻き込まれることなく、ロシアの満州・清国本土への侵入を阻止することが同盟締結のおもな目的であったため、防守同盟を考えていた。

このように日英両国の思惑は防守同盟で一致していた

(略)

日本がせめてインドまで負担しなけれぱ、同盟は双務的にならないというのが、英国側の言い分であった。

当時、英国に対するロシアの圧力は欧州だけでなく、ペルシア、アフガニスタンにも及んでいた。また陸軍省とインド担当省は、ボーア戦争の間はインドヘの増援が困難であったため、日本の支援をインドにまで適用することを要求していたのである。

このような意見に対して、林は「戦争原因が日本、朝鮮半島、清国、タイ辺りにある場合、すなわち東亜内に限定することが適当であると」主張した。これは日本政府の関心が東亜にしかないことのほか、日本の能力の限界を示すものであった。日本はグローバル・パワーを目指す意図もなかったし、その能力がないことも自覚していたのである。

(略)

日英同盟は防守同盟であるから、日英が共同して戦うことになるのは、ロシアに一国以上の国が加担する対数国戦の場合であり、最も蓋然性の高いのは露仏同盟との戦いであった。したがって軍事協議では、露仏同盟に対する日英の共同作戦を協議することが焦点となるはずであった。ところが、日英ともに日露間の一国戦で終わらせることに同盟の主目的を置いていたので、軍事協議の焦点は本来検討すべき連合作戦により戦うことから外れて、次の二点に当てられた。

一つは、平時における海軍の基礎配置をいかにするか。もう一つは、日英それぞれが単独で戦う場合の作戦を優先し、これを拘束しない範囲で連合作戦方針の体裁をいかに整えるかであった。

国際関係の変化

英国政府が満州での日本の権益を尊重し、日本の韓国併合に好意的対応をした背景には、次のようなグレー外相の日本に対する見方が基本にあった。

『日本は野心的であり、拡張主義的傾向をもつ国家であるが、日英同盟が存続するかぎり恐れる必要はない。日本の関心は韓国、満州などの自国の隣接地域にあり、それ以外の地域へ進出する意図はない。日本がこの範囲にとどまるかぎり、英国の東亜における権益を侵される心配はないからである。』

 

ルーズベルトが日本との関係調整に腐心したのには、次のような戦略上の判断があった。

『日本の死活的に重要な利益は朝鮮と満州にある。このため満州については、理由のいかんにかかわらず日本の敵意を挑発し、その利益を脅かすような、いかなる処置も取ってはならない。もし、日本が満州に関して米国と対立する道を選択した場合、日本と戦争する準備をしないかぎり阻止できない。満州で日本との戦争に勝利するためには、英国に等しい大艦隊と、ドイツに匹敵する大陸軍が必要となるであろう。』

 

[ところが1909年に登場したタフト政権は極東政策を変更し満州鉄道の中立化を提案する]

 

また、米国は満州鉄道の中立化が失敗した原因の一つが、日英同盟にあったと考えていた。こうしたことから米国にとって、日英同盟がますます邪魔な存在となっていた。

日英同盟協約の条文上からは、日米戦争が生起した場合、英国は日本とともに米国と戦うことになるからである。この悪夢から解放されるため、タフト大統領は英国と仲裁裁判条約を締結することにより、日英対米国の戦争となる可能性をなくしたいと考えたのである。

続きは明日。

2004-11-21 劇的瞬間の気もち このエントリーを含むブックマーク

なかなか体験できない事例の数々。

薄いし暇つぶしにはもってこいだ。

劇的瞬間の気もち

劇的瞬間の気もち

長身の人の場合

身長190センチの監督が僕と視線が合うように椅子の上に立ち

「お前は見えなくていいところまで見えてしまうな」

と話しかけてきたのを覚えている。僕は

「まったくです。どこもかしこも汚れて、埃まみれだ」

と答えた。

視線が人よりもずっと高いから、人の家に行っても、誰も気付かない汚れが目にとまる。これまで、冷蔵庫の上をきれいにしている人に会ったことはない。

「まったくです・・」とか最後のフレーズとか村上春樹っぽく呟いてみたい感じです。

やれやれ、どこもかしこも汚れて埃まみれだ。

雄牛の角で突かれた人の場合

大きなナイフで体を半分に切られるような感じだ。ジッパーを勢いよく下ろすときのような、物が裂ける音が聞こえて、自分がジッパーになった気がした。

宇宙飛行士

月面では何の音も聞こえない。宇宙服の内部にあるチューブを流れる液体の音だけだ。よく映画で、宇宙飛行士の息遣いが聞こえる場面があるが、あれはうそだ。あれほど激しく呼吸したら、すぐに酸素が切れてしまう。冷静に行動し、規則正しい呼吸を心がける。月面では、これがとても重要になる。

乱交パーティー(「なぜか、いつも男のほうが多い」らしい。笑える。)

ひとことで言おう。乱交パーティーっていうのは、よく調教されたタコとセックスするみたいな感じだ。

多くの足が絡み合い、あちこちから伸びてくる手に引っ張られ、いたるところに舌や広げた脚がある。口の中には常に何かが入っている。次から次へといろんなことが起きて、頭がついていかない。想像もできなかったことが、目の前で現実となる。

別の表現をしようか。発展途上国を旅行している暑い一日、かな。何本も手が伸びてきて、何かをもらおうとするけど、すべてを満足させることはできないし、そのうち気カも萎えてくる。

年収4万ドルで500万ドルの宝くじに当たる

どうしたらいいのか、まったくわからない。自分の死亡記事を見たような感じと言ったらいいだろうか。

ありとあらゆる種類の感情が一気に押し寄せてくる。

朝の六時だったから、妻も子供たちもまだ寝ていた。起こさなかったよ。そして準備を

して、仕事場である老人ホームに行った。(略)でも、何をしても集中できない。だから、電球を取り替えるといったごく単純な作業をこなすことにした。ちょっとでも複雑なことは、全部人に任せた。とにかく、考えることが必要な作業はしたくなかったんだ。(略)

昼食を取るために家に帰ると、息子の一人がこう言った。

「パパ、ワシントンに住んでる人が大当たり、だってさ」

「ああ、そうかい。でも、パパじゃないよ」とだけ答えておいた。

息子二人が出て行った後、妻に向って「実は、俺なんだよ」と囁いた。妻はその場で青くなった。そしてその場にふたりで座って、かなり長い間話し込んだ。私は、また落ち着かなくなってきた。(略)

その後も、私たちは一年間まるまる働き続けた。妻は近所のカレンダー工場で働いていたんだが、私も妻も仕事を辞めるには早すぎると感じていた。

私は翌年仕事を辞めて市長選に立候補し、当選した。市長職の年俸は6399ドルだ。でも、私は報酬を受け取っていない。この金額をそのまま老人福祉予算に寄付している。

スキー場で転んで90分間記憶喪失になる

記憶喪失の実際の症状は映画で見るようなもんじゃない。記憶の80%は残っているが、肝心な20%が思い出せないんだ。(略)

大丈夫。大丈夫だぞ。僕は再び自分に言い聞かせた。よし、もう少し簡単なことから始めよう。季節とか、そういったことだ。目の前に雪があるので、冬に違いない。一月、二月・・・と、月の名前も順番通り思い出すことができたが、どの月が冬なのかがわからない。

潔癖症になる

頭を洗うだけで一時間かかる。まずはうなじだ。そして耳の上、前と洗っていって、最後にてっぺんを洗う。頭が終わったら、額を六十回こする。六十回に達しなくても、超えてもいけない。すべての部位を決まった回数こする。一回でも多くこすってしまったら、最初からやり直しだ。どんなに疲れようと、しないではいられない。

一生懸命作成した文章が一瞬にして消えた人

さてこんなことを書くと本に合わせたやらせのよう思われるかもしれないが、階上の物音を逃れてファミレスで書き写したのです。そして帰ってきてノートパソコンから移す時に間違えて逆に上書きしてしまったのです。こういうときに限ってやたらと大量に引用してるし。呆然。くやしいのでスキャナでがしがしやりなおしたのです。それでも結局50分かかった。くそっ。あのファミレスでの時間を返して。

2004-11-20 モテたいっすね

kingfish2004-11-20

特別エマニュエル・ベアールに興味はないのだが、ふらんす女にこれだけ言われるなんてうらやましいぞ世界の黒沢清。

週刊文春の阿川佐和子対談にて

ベアール 黒沢監督の大ファンなんです。男としてもカッコいいわ。

阿川   おー、そこまで!お会いになったことあるんですか。

ベアール ないです。わたしの幻想なの。私は日本語はわからないから、彼に対してファンタズムを持っているの。

[]オリックス宮内オーナーが オリックス宮内オーナーがを含むブックマーク

論座12月号でぶちきれていました。

オリックス宮内義彦オーナーが語った

「球界改革は頓挫した」

  

(1.巨人、2.巨人依存のセ5チームがあり)

三つ目がパ・リーグ。ここには巨人がいない。だから「プロ野球の球団を持つことは意義のあることだ」と自分たちで呪文を唱える(笑い)。「広告宣伝として役に立つんだ」「優勝セールで儲かるんだ」と信じる。そうやって赤字を是認し、セ・リーグに対してがまん比べをやってきたわけです。

(略)

このままだったら、持っている意味はほとんどないですね。ほんとに野球をスポーツ事業にしたい、いいビジネスにしたいという人たちは、どんどんいなくなる。残るのは、タニマチ的な人です。メディアは、元気のいい企業が次々に出てきてお金を出したらいいと言う。でもそれは「ビジネス」ではありません。元気がいいうちは「施し」をして、オーナーか企業のエゴを満たして、ダメになったら代わっていく。これでは、そのうちしっかりしたビジネスモデルを持っているスポーツに負けてしまうでしょうね。少なくとも、サッカーには完全にやられるでしょう。

店をたたむと言ったら楽しみにしてたのにとか言う無責任な奴等がわらわらと湧いてきてオメーラそんなら一度でもウチの店に買いに来たことあんのかと社長としてはぶちきれたくもなります。

くだらない話をします。

ボクの脳内斉藤美奈子は「よーだっぽいおかざききょうこ」だったのだけど、今日の「物は言いよう」新聞広告の写真はまるで「だいたひかる」だった。するとあれか毒舌のようで案外男に合わせて変わるのか。どーでも、いいですよー、っと。

2004-11-19 ナベツネ・サンバ・秋

[]ナベツネ・サンバ・秋 ナベツネ・サンバ・秋を含むブックマーク

文藝春秋12月号

独占手記

「たかが選手」発言と一場事件の真相

“世紀の悪者”にも言わせてくれ

プロ野球ストの争点を衝く 渡邉恒雄

[ナベツネの弁明・事実経過]

  • 記者から同僚・真中の「オーナーと話がしたい」という発言を聞き古田「それは無理じゃないですか」と答える。
  • それに対して「たかが選手」発言となるが、実際はその後に「たかが選手だって立派な選手もいるけどね。オーナーとね、対等に話しする協約上の根拠は一つもない」とフォローしてるのだと、けなげなナベツネ。
  • 実際ナベツネの発言を聞いた古田は「私がオーナーに会いたいと言ったわけではない」と発言。

まあここまでだとネット厨房はナベツネ必死だなと笑うところだろうが、マスコミのメジャー礼賛にちゃんと反論している。そこらへんは伊達に出世してないよなあとも思うが、最後のプロ野球改革案のしょぼさを見ると、確立した体制の中で権力を掌握したりするのは得意だけど、新しい発想とかはない人なのかなあ。

[メジャー礼賛への反論]の一部

  • テレビ放映権料を分配している

分配されているのは約2430試合の内のワールドシリーズ等を中心とした約百試合程度である。ケーブルなどのローカル放送は各球団のものである。

  • 米コミッショナーの権力は絶大

92年から98年までオーナーの反乱によりコミッショナー不在の事態。結局その間現職のセリグが代行となり、98年に就任。しかもセリグは元ブリュワーズのオーナーであり、オーナー会議の意を受けているからこそ権力があり、球団削減等で政界、選手会から糾弾されても闘える。

[完全ウェーバードラフト制度・問題点]の一部

  • 完全ウェーバードラフト制度下でBクラス決定した球団が故意に最下位になり有望選手を狙うのではなかろうか。
  • MLBドラフトでも代理人が介在する高額契約の事前交渉が行われて、一位指名権を得ても金がない球団は見送っている

[独禁法絡みの話]

ドラフトは独禁法違反であるが、文化的公共財として適用を逃れてきた。

「球団の赤字を親会社の宣伝費で」というのも文化的公共財として税法上優遇措置を受けていた。

今回日本選手会は労働法で闘ったが、メジャー選手会は独禁法で闘った。

カート・フラッド法*1によって、選手契約、雇用慣行がはじめて独禁法の対象となったが、フランチャイズ制度、ドラフト等については未だ対象外である。

*1:69年トレード通告を受け独禁法違反だと訴えたが敗訴した選手の名前をつけたもの

2004-11-17 放たれた火炎のあとで このエントリーを含むブックマーク

薄くて読み易い本です。著者(ウォルター・モズリー)自身もいい人だと思うし悪い事は言ってないけど、著者の父親の言葉の強さには全然及ばない(こう書くと自然賛美と同様の物言いになってしまうから難しいけど)。ササクレタ言論に疲れた心の清涼剤としてということで。

「ニグロをアメリカ人と考えているものなんかいない」南部で生まれた著者の父は第二次世界大戦時ヨーロッパ戦線に駆り出される。

父はこう話してくれた。「やつらはこの俺をめがけて撃ってきたんだ。風切り音が聞こえるほど弾丸は至近距離を飛んでいた。音が止み、ライフルを構えて立つと、俺は、陣地のなかで白人兵に囲まれていたんだ。戦闘が終わって、あとになってこのことを考えてみたとき、やっとわかったんだ。俺には失うものはないと思っていた。だけど、ほんとうはアメリカ人として、白人たちと同じ権利をもっている、ならば、白人みんながもっている権利を、俺ももつ資格があるんだってね。飛び交う弾丸の下で、命を危険に曝しながら俺はフランスでアメリカ人になったんだ」。

除隊後、戦場で認識を変えた黒人を受け入れない南部を出て父はロスに移り住む。

父にとっては毎日々々が新たな挑戦だった。戦地から故郷に帰ったとき、友人だった黒人兵たちはみんな元気で希望に満ちていた。ところがテキサスに残った旧友の半数以上が死んでしまっていた。知り合いだった若い黒人たちの多くが、病気か、自分自身で己の体を痛めつけて死んでしまっていた。そこで彼は気づいた。人類の歴史が始まって以来最大の戦争に従軍していた方が、テキサス州ヒューストン第五区のストリートにいるより安全だったのだ。これは、父が戦争から学んだ教訓のひとつである。

働きものの韓国人の建てたビルを誇らしげに指さす父。白人と同じ評価が欲しければ白人よりも多く働けと言う父。

わたしはこう応えた。

「でも、パパ、そんなのフェアじゃないよ」。

「フェアじゃない、そんなの常識だ」。これが彼の答えだった。

フェアであるかどうかなど、父にとっては大したことではなかったのだ。そんな彼は決まって負け組だった。だからこそ勝ったときにはいっそう嬉しかったのだ。黒人にビルを建ててもらいたい、それが彼の望みだった。だからといって、黒人より先に成功した人びとへ反感など抱きはしなかつた。

(中略)

ロサンゼルスのダウンタウンには空き地があった。父はそこをよく見つめていた。黒人がビルを建てるのはここだ、と思いながら。わたしはわたしのこころのなかを見つめる。そこには、空き地と同じく、何もない空間が拡がっている。

1965年のワッツ暴動の夜、父は酒を手にひとり泣いてた。

八歳のときから自分だけを頼りに生きてきて、もう四十九歳になっていた。彼の場合、いわば八歳のときに「お前は自由だ」と放り出されたのに等しかった。そして、四十余年を経たのち、白人が黒人を殺し、黒人が白人を殺している、そんな際限のない殺し合いを見ることになったのだ。

父は自分も一緒に外に出て闘いたいがそれはできないと語る。

「こんなものほんものの闘いじゃないんだよ、ウォルター。群れ集ったものだから、人間が大胆になって、自分たち自身の商店やコミュニティを破壊しているだけだ。この辺りでは数のうえじゃ黒人が勝っている。なのに、殺されているのはほとんどが黒人じゃないか。彼らは怒り狂って当然だし、時がくれば闘うべきだ。でも、なあ、この近辺にある店は結局のところ自分たち自身のものじゃないか。一度焼き払ったら最後、二度と新しいものは建たない。これじゃいけない、なあそう思わないか。本心をいうと、それでも俺はあいつらと一緒に暴れてやりたい。でもそれは賢い方法じゃない」。

2004-11-16 今回はなかったことにして

これを読んで色々やってみたのですが、

初期状態だと天辺が青いじゃないですか。

でエントリーの色の変え方は書いてあるけど肝心の天辺の変更の仕方が書いてない(ような)。しょうがないのでソースを見てテーブルみたいだから適当に色を変えてみると結局はてなの部分は画像だから青は青なので、テーマの中から色のついてないのを選んでいじることになった。[すみません、眠いのでアホ文章になってます]

[]ところであまぞんの素人コーナー ところであまぞんの素人コーナーを含むブックマーク

はどうなのかというと、実際の話、DL数は「ねくすと・・」の2倍くらい。殆どやる気のないシステムでも腐っても天下のあまぞんなので2倍。そうはいってもDL数は3週間過ぎると消え去っていくので結局ゼロになるのだが、それでも新曲を聴いて古い曲にも興味が出るのか突如として古い曲がDLされたりもするのだな。どうでもいい話ですね。自分の為の記録として保存。アップした順番になっているので当然下にいくほどDL数が多い。たいてい一週間のDL数が10回くらいになって3000位まで行ってまた下がっていきます(爆笑)。まあそんなしょぼい状況にもめげず今1分位までできた。一日たったらまた変化した。なぜか「Kogusoku12」が急上昇。

http://artist.amazon.com/peculiarsmoke

           3週間分 1週間 ランク
Gateway2zFuture		1 	0    26720
Kogusoku12 	 	3 	6    6469
aGoodDayforBloodySam 	0 	0    26499
Summer lilack          0       1    18367
FreePeeler    	     3       2    13728
4 Moron Years  	      16      4    7857
FoolWiseFoolTwice 	5 	6    6379

 

2004-11-15 吉本隆明『超恋愛論』と『戦争と平和』 このエントリーを含むブックマーク

前日からの続き、吉本隆明『超恋愛論』。そもそも『戦争と平和』の作られ方を見れば吉本さんの状態が相当悪いのがわかる。

戦争と平和

戦争と平和

大腸ガン手術後の吉本に代って川端要壽(元同級生で吉本本を出してる)が構成していて、吉本&川端の母校での95年の講演、川端の本に収録された吉本の文、それに川端の手による「吉本隆明の日常」という内容。問題は川端の文章だ。例えば海燕での連載を中止したことを聞かれた際の描写

「お前、”批評空間”というのを知ってるだろう」

「ああ、柄谷行人や蓮見重彦たちのやっている雑誌だな。それがどうかしたのか」

”批評空間”は思潮社から出ていたが、そのころ廃刊同様だった。新潮社や講談社にも話を持ちこんだが、断られたという噂が、私の耳にも入っていた。

「"批評空間”を福武で出す、というんだ。そりゃあ、どこで出そうと俺には関係ないよ。だけどな、柄谷というのは、俺の思想とはまったく別反対なんだ。アイツはアメリカヘ行って、すっかり変わってしまって、いまでは俺の批判者なのさ」

「へえッ」私はそのとき、かつて柄谷行人は吉本思想の同調者だったことを想い浮かべた。吉本は飼い犬に手をかまれた感じを受けたのだろう。

「福武が”批評空間"を出すということは、福武が柄谷の思想を背負うことになるんだよ。そんな本屋に、俺が書けると思うか」

川端本としてなら何を書こうが、「オレをネタにしてオマエの懐が暖まるなら構わん」と吉本さんも言うだろうが、かりにも吉本名義の本だよ。そこに事実関係からしていい加減な文章が収録されているのである。こんなものが出てしまうほど状態が悪いのかと暗澹たる気分になったのだが、それ比べれば『超恋愛論』はちゃんとしている。恋愛について吉本さんのお話を伺うという気持ちで読めば、いいじゃなーい。

IT社長の「女は金」発言がライブなこの時期にぴったり。

権力なり経済力のある奴が、結局いい女を手に入れてるじゃねえか、という意見があるでしょう。

実際、そういうことがあります。相当自由に相手を選べる人たち、というのが現実にいるわけです。

なぜそんなことができるのかというと、要するに威張っているからです。社会的・経済的に恵まれているということを背景に、威張っているのです。

恋愛においては、本当はそれインチキなんだぜ、って、ぽくなんかは思いますけれども。

飯の支度は誰がやるという話から

何が駄目かというと、ものを考えないところが駄目です。無自覚なところが駄目なんです。

先進国の人間というのは、無自覚・無意識でかまわない。それで生きていけるわけです。

後進性と戦う必要なんかなくて、飯のことで葛藤するのはくだらないと思える世界に最初から立っているわけですから。

日本の男たちは、確かにくだらないことでパタパタやっているかもしれないけれども、その分、よほどものを考えているんじゃないかという感じがします。後進性と先進性の間で葛藤しながら広くものを考える、ということを、少なくともアメリカやヨーロッバの先進国の男たちよりはやっているんじゃないか、と。

先進国の人間は、後進国というか、自分たちよりも発達していない国のことを、ちっとも考えないんです。

他にも色々引用するつもりだったのだが、まあ読む人は読むし、読まない奴は読まないし。

ともかく最初からバカにしてるくせに白々しく難癖つけてる奴がムカツイたんだよ。

2004-11-13 文学界12月号のバカ書評 このエントリーを含むブックマーク

文学界12月号の書評にバカ二人。

島田裕巳『人を信じるということ』(千葉一幹)

吉本隆明『超恋愛論』(伊藤氏貴)

島田の本はゴミだと書いたけど(id:kingfish:20041006)、千葉一幹の書評は冒頭でいきなり言い切っております。

これはれっきとした日本宗教論あるいは日本文化論の本である

島田同様ぐだぐだと薀蓄もどきのくだらねえ要約展開しております。そのくせ「勧進帳」に絡めた島田の自己弁護については一切触れないのな。まったく互助会かよ。

しかし、オウム事件の際、誤報などもあり、大学での職までも失わざるを得ず、その結果人間不信に陥った島田が、その不信からの回復・快癒の書として位置づけた本書の言葉は、重い。

まったくよくもまあである。

超恋愛論

超恋愛論

伊藤氏貴もこれまたいやらしい。いかにも期待していたかのように装って、それが裏切られたと嘆いていやがる。ウソツケ。吉本の現在の状態や年齢を知ってそんな期待をしたとしたならほんとにバカだよ。

それは、吉本が「恋愛」を自明のものとして扱ってしまっており、恋愛そのものを疑おうとしていないということである。

おいおい今更吉本に恋愛そのものを疑って欲しいか。そりゃ小谷野が「超恋愛論」という本を出したから期待して読んだら

恋愛というのは、まるで細胞同士がひかれ合うような、そんな特別な相手とだけ成立するものです。

この本の中でくわしく書いていきますが、そういう関係は、お互いがある精神的な距離圏に入ったときに初めて生まれるものであり、その中に入ってしまったら、社交的だとかそうでないとか、顔かたちがどうであるとか、そんなことは何の関わりもなくなるのです。

細胞と細胞が呼び合うような、遺伝子と遺伝子が似ているような--そんな感覚だけを頼りにして男と女がむすぱれ合うのが恋愛というものです。

たとえて言えば双子のきょうだいのような感覚というのが近いのでしょうか。

てなことが書いてあって裏切られたというならわかるけど。吉本だよ。なにを期待してんだよ。うわあ、吉本さんが、と呟いて、じんわりするとこだろ。

吉本のこの恋愛談を救う途があるとすれば、<恋愛>について何かを学ぶというより、「吉本隆明」を読むこと、すなわち彼の思想の全体という文脈の中での<恋愛>の位置づけを探ることくらいのものであろう。

くらいのものなんだよ。それでいいだろ。聞き書きで本を出してる老人に何を期待するんだ。どうせはなからバカにしてるくせに、ないものねだりのような絡み方をしやがってどういう了見なんだよ。買って損しただのつまらねえこと言ってないで、香典代わりだと思って金を出しとけよ。老人にネチネチ絡む奴と小遣い稼ぎの駄本を持ち上げる奴。馬鹿が二人。「超恋愛論」についてはまた明日。

2004-11-11 平和を破滅させた和平、続き

前回(id:kingfish:20041025)も読みきれなかったけど、今回も殆ど飛ばし読み。

たしかにヘルファンドとドイツ参謀本部は、イギリス情報部が勘ぐったほどではなかったにせよ、諜報員と金を使ってロシア人を煽動し、ストライキと反乱へと駆り立てることにひと役買っていた。(略)

したがって、ボリシェヴィキはロシア人とみなされたのでもなければイデオロギー上の過激派として意識されたのでもなく、ドイツ人の手で生み出された敵側の秘密諜報員として、ロシアを破滅させて恨みを晴らそうと打ち込んでいるユダヤ人の仕事に携わっているのだと受けとめられていたわけである。イギリスの当局者は、ロシアでボリシェヴィキ革命が成功を収めた一九一七年にも、またそれ以後も長年の間、ボリシェヴィキは本来、みずからの課題を抱え目標をもつ主役ではなく、ドイツ参謀本部の単なる使用人だとみなしていて、ベルリンのユダヤ人とプロイセン人が命令を受けて動いているのだと信じつづけていた。

ゴッドファーザーのDVDを一円で借りて ゴッドファーザーのDVDを一円で借りてを含むブックマーク

しまってすまなんだ。だってどれくらいキレイになってるか確認したかったんだ。BOXかおうかな。でも3はいらない。

コッポラ自身の解説の6割くらいが制作者等への恨み節。

  • 第一週の水・木に撮ったソロッツォ殺しのデキのおかげで首を免れた(それでも常にクビの恐怖はつきまとった)。

スタッフからも学生監督並に軽く扱われ疎外感。

  • 撮影期間62日。結婚式のシーンは二日間。マイケルとケイトが話してるところは夜間撮影。そういわれて観てみると確かに暗いが全然気付かなかった。
  • クレメンザがPt2に出なかったのはギャラじゃなくて、自分の台詞を友人に書かせろと言ったから
  • ドンが死ぬ畑のシーンは制作者から不要と言われた

(それにしてもあの孫の動きは何度見てもうまく撮れてる)

  • 会社側の最初のマーロン・ブランド起用条件(要するに起用しないってこと)

1.スクリーンテスト

2.ノーギャラ

3.撮影中にマーロンによって起きた損害は彼自身が負担する

  

コッポラは病院前でのシーンについて「軍人だから手が震えない」と言ってるのだが、そいうことじゃなくて、マフィアとは相容れないインテリ体質だと思っていたマイケルが自分の血というか資質に気付くということなんだけど。

  

裏切者ポーリー殺害場面で車がスーッと停まって手前にススキがかかる瞬間がいいんだけど、あそこがDVDメニューの壁紙に使われてるんですよ。コッポラの指定なのか。

2004-11-08

[]『ロジャー&ミー』 『ロジャー&ミー』を含むブックマーク

ボウリング・・にはちょっと抵抗感があった。例のヘストン宅での切り返しもそうだけど、Kマート本社突入も落語のらくだというかヤクザな童話的恫喝手法が鼻についた。

ところがこの初監督作ではまだ企業の責め方がわかってないせいもあってかなり初々しい。門前払いを受けるときのしょんぼり感がキュート。

DVDにはマイケル・ムーア自身の解説が付いていてかなり感動的だ。彼は映画として評価を受けたこの作品を敗北だと感じている。なぜなら現状を変えられなかったからだ。失業保険を受けてる状態で世界を変えようと本気で思って彼は作ったのだ。作り方を知らないけど、作らなきゃいけなかったから、作ったのだ。GMは戻ってこない。自分達でどうにかしなければいけないんだ。そうフリントの人々に訴えながら。自分も明日に向かって戦ったのだ。

映画で世界を変えられるなんて考えるようでは必ず負けるよと、イマドキのクレバーなヤングはのたまうのだよ。そんなロック的方法論には限界があるとかなんとかふやけたことをオレも言ってしまいそうだ。だけどこの映画はロックだよ。明日の生活もわからない中で、作り方を学びながら作った奴に文句なんか言えないんだよ。人の掲示板にお前みたいなデタラメな翻訳がどうだとゴタクをならべてる奴がいたよ。くだらねえ。さっさとブログでも始めて自分の素敵な翻訳を披露すりゃいいじゃねえか。エラソーな口調だけはうまくなりやがって。

名前のわりには全然切り込めないエリート隊長の言い草はこうだ。

とりあえず私が何を言いたかったかというと、馬鹿は恥ずかしいからイラクに逝くなということと、自衛隊がイラクに逝ってしまったものは仕方がないから、うまい具合に撤退できる道筋というか手打ちの方法はそろそろ考えておこうね、ということだ。

(ここぞとばかりにロクな保険にも入らず派兵した気分になってる)馬鹿な(政治家によってイラク派遣された)自衛隊はなぜ恥ずかしくないの。なぜ日米関係にかこつけた日本探しの自衛隊を糾弾しないの。そのくせ一般人がノコノコ出かければ袋叩きだ。

朝生じゃまだ大量破壊兵器だとか言ってたよ。お前ら脳味噌あるのか。同じ難癖つけるなら、「今まで大量破壊兵器を保持していたのに、それをやめたのはテロに方向転換した証拠だ」くらい言ってくれよ。テロという段階に入っているのに、大量破壊兵器なんて時代遅れなものの存在を問題にしていることの愚かさに、本当に気付いてないわけないよね。認めるのがコワイだけなんだ。

ともかくビデオでしか観てない人はDVDをレンタルしてムーアの解説付きでもう一度観てみてください。一円でレンタルして、すまなんだああ。

2004-11-04 島田芸人も草葉の陰でスーパーフリーク

[]FoolWiseFoolTwice公開 FoolWiseFoolTwice公開を含むブックマーク

http://nextmusic.weez.mu/index.php?command=profmusic&profid=20041104221732

いくらなんでも選挙前にはできるだろうと思いつつグズグズしてたらブッチュの熱烈キッスですよ。まあ別に日本の片隅で選挙前になにしたからといってなになわけだし。やっぱりブッチュばかでもブッチュされどブッチュさらばブッチュ。よにぇんにゃんてすぐにゃにょーん。

SXでぐにょぐにょした声ネタを準備していたので序盤2分辺りまではそれなりにいいような気がする。問題は2分以降に使ったSX一発録り15分くらいの素材。これはこれであれだよなとは思いつつ流石にいくらなんでも単調だとは思うのだがソコがそれはそれかなとも思えて悩ましい[いご解説風]ところでありまして。なにせ一発なので延々どんどんと録音されていてえどうにもしようがないのであります。これじゃ駄目だ。それじゃ勝てんわ。

2004-11-02 レコード・ジャケットという神話 このエントリーを含むブックマーク

レコード・ジャケットという神話

レコード・ジャケットという神話

ものまがじんの連載だそうである。そんなかんじだ。

もうロック話とかに興味ないので飛ばし読み。

相変わらずDVD鑑賞に追われているのでいい加減です。

ビル・グラハムは一九三一年一月八日、ベルリンでロシア系ユダヤ人として生まれ、フランスからニューヨークへと移り住んだ。「父は過酷な世界からやってきて自分自身しか信じていなかった。信じるものがなかったのだ」とデイヴィッドはいう。わたしは、ビル・グラハムが音楽にたいして青臭さを装おうとするところが好きだ。しかし彼のそれは、ロックンロールやポップ・ミュージックの世界に生きる多くの人たちと同じく、装いであることをだれもが見破れるものでもある。ビル・グラハムの嘘が他のものと異なるところがあるとすれば、それはロックンロールを見下しているところだ。彼の過去と比較すれぱ、そんなものははるかに生温いものであるし、それだけにビル・グラハムのことばには緊張感と迫力があった。わたしが好きだというのは彼のそういう部分である。

「オレたちはだれがなんといおうとノーザン・カリフォルニアのバンドさ」とドゥービー・ブラザーズのバット・シモンズは力説していたことがある。トム・ジョンストンにいたっては「商業主義的なサザン・カリフォルニアの連中と一緒にしてほしくないね」とまで話していた。

サンフランシスコとロサンジェルスがどれほどの距離を隔て、その街並みにどのような差があるのかをわたしがまだ知らなかったとき、(略)

  

写真家ヘンリー・ディルツとドアーズのレイ・マンザレックも先のふたりと同意見だ。彼らにいわせるとロサンジェルスは「ラヴィン」で、サンフランシスコは「ビー・イン」だという。つまり前者は直接的で肉体的、そして無垢なところがあり、後者は深くおとなびた印象を持つ。レイ・マンザレックにいわせると「この比較はベストで、インテリジェントなわたしたちならではの見解」だと笑っていた。