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2005-07-29 ピアノと平均律の謎 このエントリーを含むブックマーク


ピアノと平均律の謎―調律師が見た音の世界

作者: アニタ・T.サリヴァン,岡田作彦

出版社/メーカー: 白揚社

発売日: 2005/07

| 本 | Amazon.co.jp

調律という名の妥協

調律師が作業を始めるときには、まずピアノの中央からいじっていく。(略)適正なピッチを定めるために、一音ずつ弾いてみて音叉に照らし合わせていくわけではない。同時にニつの音―ひとつの音程―を鳴らして、その振動が交錯するパターンで生じる「うなり」に耳を澄ますのである。(略)彼女は二音のハーモニーを慎重に、まったく濁りのない状態から少しだけはずして調整する。中央のすべての音程のバランスがうまくとれたところで、その外側をオクターヴごとに、鍵盤の最高音・最低音に向けて調律していく。そうしてできた結果は、完全に均整のとれた状態でもなければ、純正な音程の集まりでもない。ひとつの妥協なのである。

エンドレスチューニング

つまるところ、調律師はいつまでも際限なく作業をつづけられるのである。耳は非常にすぐれた識別能力をもつ道具だ。だから、いつでも欠陥を見つけだしてしまう。そこのオクターヴがふらついてる、そこのユニゾンが鼻声みたいだ。ここの音程を決め、そっちの和音をまたやりなおして、もう一度。永久にここにいることになるのかしら?

素敵なら、ぼやけていても全く構わないと思うが

それでも音楽がまた別な自然の音階に支配されているということであれば、そこにはいくらでも音が生まれ、それに思いのままに名前をつけていくことができる。これが民族音階、耳と心の音階であり、ほんの気まぐれでできて伝えられてきた音階である。ここでは、音に名前をつける必要もなければ、はっきりアイデンティティをもたせる必要もなく、オクターヴが頑固な司令を出して統括していく必要もない。音はさながら霧箱の中の原子下の粒子のように、現われたり消えたりできて二度と同じ道をたどることはないのである。こうした音階では、不揃いなものもなめらかなものもあらゆる音程が、その螺旋の環をわたしたちの耳に聞こえるところまで下ろし、ひとつとして同じもののない無数の相をもつメロディーをつくって、華麗なラプソディーのなかを跳ねまわる。ここでは、音程や音にあるのは領域であって、明確な位置ではない。電線の上の鳥たちは姿がぼやけたり、ふらついたり、よろめいたりしている。あるいは、電線の上にはいないことも充分考えられる。

調律師だけが知るせまい領域

調律師は、よく訓練された耳を使って、実際そんな場所が存在するとはほとんど誰も知らないとてもせまい領域で仕事をする。(略)ピアノの中央部で、自分なりのパターンに合わせて、純協和音程を加減する。5度を少しせまくして軽いため息のような音が出るようにし、4度を心もち広くして「ワオ」と声をあげるようにする。長3度をたっぷり広くとると、はっきり数えられるほど規則的に「ウーウーウー」とうなりだす。

波紋がゆらめき光り輝く輪が生まれた中世の音楽

中世を通じて、またその後も(おそらく)ピアノが発明されるまでは、正調音の理想は達成されていた。ただそこには、人々が演奏しようと思うすべての音楽を満たすだけの「正確さ」は明らかになかったが。純正三和音の中心から波紋が徐々にゆらめき広がり、そこにできる純正三和音のきらきら輝く輪に高い代価が払われた。しかし、その当時人々が何を耳にしていたか、果たしてわかる人がいるだろうか?ピアノ以前の楽器はもっと音が小さく、そのうえ音の構造も異なる。聴き手はたぶん、現在のわたしたちとはまた別なしかたで自分をごまかしていたのだろう。きっと頻繁に出てきたにちがいない純正な音程を待って、あとは全部まとめて、外の闇の世界に放りこんでいたのではないか。善を光り輝かせるためには、悪が必要だ。彼らはそう考えていたのかもしれない。

なんだか最後の方は村上春樹の世界

ピアノ調律師は音律を設定し終ったところで、それぞれの音がユニゾンになっているかどうか確かめなければならない。(略)

調律ハンマーでうなりが聞こえなくなるまで調整していくのだから、実に単純なことのように見える。(略)

何か悪いもの(うなり)を取り除いているだけでなく、同時に何かを加えることもしているのである。したがって、ユニゾンというのはただたんにうなりがない所というだけではない。では、いったい何なのだろう?

(略)

ユニゾンを調律して、うなりがしだいに遅くなってくるにつれて、もうそれ以上数えられないくらい遅くなる所が出てくる。そこの所で、うなりは今度は音にふくらみを与える効果のひとつに転じていく。うなりは止むが、ユニゾンはまだ見つからない。ここまでで、「加減すること」(ふつうは完全なうなりではなく、揺れにだけ関わるにしても)からずいぶん遠ざかったことになる。「純正」とか「正確」とかいうものを、とにかく数える以外の方法で測る世界に入ったのである。もう耳さえ、いつものようには使っていない。耳は、うなりが止み、揺れが遅くなって、残るはざわめきばかりという所までしか導くことができない。いまは、前と違ったやりかたで聴いている。数えるのをやめ、耳だけで関くのをやめ、すべてやめてしまう。

ここで、ユニゾンまでの残る道のりが一挙に崩れ落ちる。揺れは、それ以上小刻みに減っていくことはなくなって、溶けあってまっすぐになり始め、しだいに静けさのなかに消えていくからである。いや、そうではなく、突然どこかに足を踏み入れてしまったらしく、いま、そこにいることに気づいたという感じ。途中、何か起きたのかはけっしてわからない、ただ落下しつづけていたのだから。

2005-07-27 世論をつくる

脳味噌の容量が少ないので猛然と音楽制作している時は、不思議と本を読む気にならないのである。いや、読んではいるのだけど、気もそぞろというか。結局これも途中放棄。


世論をつくる―象徴闘争と民主主義

作者: パトリック・シャンパーニュ,宮島喬

出版社/メーカー: 藤原書店

発売日: 2004/02

| 本 | Amazon.co.jp

民衆の意見、群集の意見はなお、「予想のできない気まぐれな感情」の同義語であり、狭義の政治の周縁にずっと置かれていた。といって完全に無視されうるわけでもなかった。ただ「啓蒙エリート」の意見のみが、無謬でないまでも、少なくとも理性に基礎づけられているから普遍的で非人格的であるとされ、表明されたのである。だから、およそ十八世紀前半を通じ「世論」とは、(今日のような広い意味での)公衆の世論であるよりは、アカデミーや文学サロンに足を運ぶ社会エリートたちの「公表された」意見であった。(略)

したがって、「世論」なるものは、十八世紀を通じて、知的エリートと法服ブルジョアジー[革命前、官職を金で購った平民層の者たち〕が政治の分野でのかれら固有の要求を正当化し、国王の絶対主義を弱めるためにしつらえた「にわかづくりの」イデオロギー戦争マシーンの一種だった。(略)

これらの知的エリートにとっての実際の問題はもっぱら、かれらがまだ大幅に排除されているゲームに加わることを正当化し、可能なあらゆる手段を使って現存政治体制の正統性を弱めることにあった。(略)

いいかえると、「世論」とは、職業イデオロギーにほかならない。意見の生産を業とし、その文識エリート的意見を修正し、政治的価値をもつ普遍的な、時間を超えた匿名の意見に変貌させることで政治ゲームに加わろうとする限られた社会集団の戦略がねらいを定めるのが、オピニオンなのだ。

文化資本に富んだ層にとっては、「世論」と呼ばれることのメリットは、政治に関するかれらの固有の意見が、数的にはごく少数であっても普遍的な学者たちのコミュニティの意見として紹介され、いわば「脱個別化」されることにある。

『女王の教室』 『女王の教室』を含むブックマーク

ドラマはチラッと観ただけなのに、何故か掲示板だけ時々チェックしているのであります。ネットで話題になる前の方が面白かったような気が。

子供の方が文章が生き生き。

* パンダさん 小学生 女性

* 投稿日:2005/07/08 17:32:52

 私6年です!!担任が阿久津先生みたいだったら怖いけど、このまえ月曜日に私のクラスの先生が漢字テストをしたので私が『阿久津先生の真似した?』ときいたら『そうよ…』と笑った少し怖かった。  

保守厨房予備軍。そのうち中途半端な知識をしこたま詰め込んで嫌な大人になるのだろうか。最後のオチ方が初々しくて、涙。その気持ちを忘れないで。

* 田中さん 学生(その他) 男性

* 投稿日:2005/07/09 20:35:24

俺はこのドラマが好きだ。

ごもっとな事を言っている。食べ物を粗末にするなだとか。

現に、今の奴らは物を粗末にしすぎだと思う。

これからの話もこういう現在の駄目な点をついていって視聴者を戒めていって欲しい。

暗い書き込みでごめんなさい。  

無邪気

* 猫さん 中学生 女性

* 投稿日:2005/07/16 23:01:22

主人公が私に似てるって友達がずっと言っていたから見てみました。

そうしたら自分でもびっくりするほど似ていて、そのストーリーも私が前に本当にあった先生(体罰教師)そっくりで、もう本当にびっくりでした!私も正義感が強く反抗していたので、見ていて『私もこんなのだったんだ・・・』と思いました。親にまで『○○○がテレビにいる!』と言われました!!是非頑張ってほしいです!!  

* 元気キッズさん 小学生 女性

* 投稿日:2005/07/24 12:32:38

 神田ちゃんがかわいそう!泣きたくなっちゃって、泣いちゃいました。

 神田ちゃん頑張ってね。次はいじめられちゃうみたいだけど、きっと勝てるよ。応援してます。  

天然中原昌也調。

* thisさん 学生(その他) 男性

* 投稿日:2005/07/24 12:10:17

はっきり言います このドラマは我々日本人の未来のために打ち切りにすべきです、何故ですか、次回予告見ただけでも怒りがこみ上げてきます!

大体こんな狂ったドラマを企画したのは誰ですか、ドラマは娯楽であって決して現実の鏡ではないのです!

いじめ、暴力、非行をとりあげたドラマは無数にありますが、見ているだけでストレスが溜まるドラマはうんざりです!!おねがいします!!

現実問題にとらわれない希望にあふれたドラマを作ってください!!

見ていて大笑いできてスカッとして

世界にも堂々と誇れるようなドラマを!!  

笑えるくらいの、落ち込みよう

* 小5娘の母さん その他 女性

* 投稿日:2005/07/24 11:41:14

先週までは娘と楽しんで見てたのに、

ゆうべから娘は泣いて、

今日もドップリ落ち込み、

なんだか人が変わったようになりました。

面白い面白い、と母娘で盛り上がっていた先週までを、非常に後悔しています。

一晩経ってもまだ我が家は回復していません。

たかがドラマですが、ここまで嫌な思いをされられては、見ない防御をするしかないですね。

あきなあきな 2005/07/27 23:19 はじめまして。今度はドラマを見た感想を載せてね。神田さんがかわいそうだけど、中盤から物語りが上がってきます。最終回の感想も聞きたいから毎週みてね。

kingfishkingfish 2005/07/28 00:02 頑張って書いた「タイガー&ドラゴン」の感想にコメントはつかないのに、こういうのにはつくのだな。むなしい。神田さんの気持ちがよくわかります。観てないけど。ぜひ一度「T&D」も観てみてね。

あきなあきな 2005/07/28 00:46 「T&D」はリアルタイムで見ました、落語をモチーフにして面白かったです!7月クールは「女王の教室」に嵌っています。話題にもなっていますし。

kingfishkingfish 2005/07/28 01:19 阿久津先生登場までの引っ張り方のテンポが性に合わなくて挫折。話の展開においても同様な気がして結局観てません。原沙知絵だけが気がかり。

あきなあきな 2005/07/28 10:23 原さんが好きなのですか?私は天海さんが好きで見ています。それに今の小学校教育に興味があって。

kingfishkingfish 2005/07/28 13:12 生徒とカラオケがしっくりくる原沙知絵。好きか?と聞かれれば、同じ問いを受けたベイスターズファンのような遠い目。
大人が良い教育を与えようと試行錯誤することは望ましいけれど、子供の方は、悪い教育でダメにされたと思ったら、やり直せばいいじゃないと考えるのが健康的な気がします。
天海祐希がダンス好きな教師で生徒を無理矢理踊りまくらせる話とか面白そうだなあ。

あきなあきな 2005/07/28 20:03 kingfishさん、面白いこと言うですね。難しい本を読んでるからもっと堅い人かと思った、でもユーモアのある人は好きです。
ほぼ日テレビガイドが「T&D]を取り上げていたとは知らなかった、「離
婚弁護士」の時は読んだのに、今から読んできます。

2005-07-23 音楽をよむ このエントリーを含むブックマーク


音楽をよむ ~ベスト300完全ガイド

作者: 小島健太郎

出版社/メーカー: メタローグ

発売日: 2005/04/20

| 本 | Amazon.co.jp

ピート・ロック、パクリ問題について大いに語る

--君が使ったネタを集めたコンピレーションCDも出回っているよね。どう思う?

くだらねえよ。ネタは秘密にしていない。俺が使ったネタはどこでも見つかるんだよ。でもな、ネタばらしを簡単にやるべきじゃないよ! 俺らにとってはそこが大切なんだ。みんなが楽しめるように必死になってネタ掘ってるんだからね。どうしようもないアホ野郎は自分で探してみろってんだ。ビートを知るってことはテメえでつかみ取るものなんだぜ! 空軍の勲章みたいにな。

ネタ探しってことでは、昔はレアなレコードがあるレコード屋に行かなきゃだめだって考えていたな。でも今ではビートなんかどこにでも転がっていることがわかったんだ。眠りこけなきゃ、自分の鼻のすぐ下にもあるんだ。

アイディアはいいけどネタをパクるな

--ア・トライブ・コールド・クエストの『ロー・エンド・セオリー』には関わった?

「ウィ・ガット・ザ・ジャズ」を作ったよ。

--え?あの曲の何を?クレジットがないじゃないか。

ないんだよ。ビートは俺が作ったのに! 曲の最後でヤツが一応俺をシャウトアウトしてはいるんだけど、とんでもない裏切りだ。何が起こったかを話すと、ティップ(Qティップ)はちょくちょく家に来ててさ。で、ドラムマシーンであの曲のビートを流してたときに、奴が来たんだ。「なんじゃそりゃ?」って言いながら地下に下りてきた。俺はちょうどビートを作ったばかりだから、当然サンプルしたレコードがターンテーブルに乗っかったままだろ?ラッキー・トンプソンの「クック・カウンティ・ジェイル」が。「それをCLのために作ってんのか?」って感じで詰め寄ってきたから、「だったら何だよ」って言ってやった。奴は俺が使ったネタが何か知って、同じ部分を使って同じように作りやがった。で、レコードの最後にチラッと、「ピート・ロックのビート、止まんないぜ」って言ってるんだ。あれは俺のものだ! パクり野郎からクレジットを取り返してやるよ!

(略)

俺は言いたいね。オリジナルを作ったのは俺なんだって。絶対に許さねえ。別に誰かに怒ってるわけじゃないよ。ただクレジットを直したいんだよ。アホくせえ。仕事サボってんじゃねえぞってな。人のアイディアをかっさらうなんて最低だよな。単純によ、トラックを作るってことなんだから。俺からアイディアを取ったり、学んだりするやつは大勢いる。それは全然OK。誰かに教えるってことはうれしいし。でも、汚ねえ野郎が腐るほどいるんだ。ロクに働きもしないで、人のアイディアを盗む野郎が。

ジャイルズ・ピーターソン、海賊放送の想い出

僕たちは父親に南ロンドンのエプソンという小高い所に車で連れていってもらい、カセットプレーヤーにブログラムを録音したテープを入れ、トランスミッターにつなぐ。それを木の高いところに括りつけて、バッテリーを車からとりながら周波を送るんだ。周波をキャッチした人が聴けるってわけ。番組の最後に電話番号を吹き込んでリスナーからの反応を待つ。電話番号はパブのとなりの公衆電話だ。父たちと電話ボックスの前に座って、「来るか?、来るか?」ってね(笑)。かかってきたときは、もう最高さ! 興奮したね。「ハロー!シビック・ラジオです!」

--ははは(笑)。電話ではリクエストはあった?

それがさ、話してみるとショックだった。ほとんどが”ラジオ・オタク”だったからね(笑)。「新しいパイレーツ・ラジオだぜ!機材は何を使ってるんだ?」って。「ハービー・ハンコックをかけて」なんて絶対に言わないんだ。

ウェルドン・アーヴィン語る

  • ディスコは嫌いだが、昔からポエトリーが好きだったからヒップホップは好き

まるで蕎麦屋のような言い訳をするレコード会社

Qティップは私から初めてサンプルの許可を取ったけどね。他の奴らは音沙汰なしだ。それでもいいんだよ。私に対しては何の借りもないんだからな。サンプリングに関する例のビズ・マーキー事件の判決が出て以来、サンプルするためには原曲の作曲者と発行元への支払いが必要になったよな。それからは、アーティストよりもレーベルに直接電話するようにしている。彼らは訴訟を起こされたくないものだから、「もう小切手は送りましたけど」って言うんだ。

  • ホレス・シルヴァーからビジネスを学ぶ。自分の曲は自分の会社からリリースしろ。HoraceのEcarohに倣って、WeldonはNodlewという会社を。

クリエイティブな出来事はスタジオで起こってるんだ!ギバちゃん

私はこのインタビューの読者、やる気のあるミュージシャンたちに伝えたいね。特に作曲者には。ビジネスをしっかりとやるなら必ず必要なことだ。クリエイティブな出来事はスタジオで何となしに起きる。契約のサインはないし、関係者の合意なんてものもない。だから、作曲家は自分自身で身を守らなくてはならないんだ。誰かと共同で作曲するなら、ナプキンでも紙マッチでもいいから、「歌詞は君、サビは私、この一節も私……」と書きとめることだ。そして日付も書くこと。これは純粋に誓約であって、クリエイティブな仲間との契りなんだよ。

UKジャズダンス・シーンの先駆者ボブ・ジョーンズは1976年常連客のリクエストでジャズフュージョンが使えることに気付く。ノーザン・ソウル・シーンDJのコリン・カーティスも同様の経験から。

1978年6月、マンチェスターのスマーティーズで、彼はいつものようにアップテンポなジャズファンク、ディスコを回していた。すると、有名なサッカー選手フランク・ウォーシントンがジャズサックス奏者アート・ペッバーの曲をリクエストしてきた。それまでコリンはフロアでジャズをかけたことがなかったが、ウォーシントンがコリンがかけていた曲とジャズを同じように解釈したことにとても刺激を受けたのだ。彼はそれがきっかけでジャズを探し回るようになるのである。

通りすがり通りすがり 2005/08/09 12:26 この本、欲しいッス。

2005-07-22 一市民の反抗 このエントリーを含むブックマーク


一市民の反抗―良心の声に従う自由と権利

作者: ヘンリー・デイヴィッドソロー

出版社/メーカー: 文遊社

発売日: 2005/06

| 本 | Amazon.co.jp

短い文章なので英語原文付。夏休みで意気込んでいる高校生に最適とかなんとか。

投票は道義的問題をめぐるゲームでしかなく、そこに投票者の品性は賭けられていない

大衆の行動には美徳はほとんどありません。多数派が奴隷制度廃止に遅ればせながら賛成票を投ずるとしたら、それは彼らが奴隷制などどうでもよいと思っているか、彼らの投票によって廃止されるべき奴隷制がほぼ存在していないかのどちらかです。そのときに奴隷と名のつくものが残っているとすれば、彼らだけでしょう。

それなりに有名な学者が「物語」に生きることを当然としているのに違和感ありで、これを引用

悪弊を矯正するために州が提供してきた方法を私が採用するかといえば、それは考えていません。そうした方法はあまりにも時間がかかります。ひとりの人間の一生は終ってしまうでしょう。私には他に専念したいことがあります。私がこの世に生まれたのは、ここを良くするためではなくて、良かろうが悪かろうが、ここで生きるためです。人はすべてのことをするのではなく、何かをするのです。すべてのことをすることはできないからといって、誤ったことをする必要はないのです。

2005-07-20

[]ジョー・ブラックをよろしく ジョー・ブラックをよろしくを含むブックマーク


Amazon.co.jp | ジョー・ブラックをよろしく [DVD] DVD・ブルーレイ - ブラッド・ピット, アンソニー・ホプキンス, クレア・フォラーニ, マーティン・ブレスト

なぜ無駄に長いかといえば、すべてはアンソニー・ホプキンスのやましい心を誤魔化すためなのだ。以下八つ当たり気味に無責任に。当然ネタバレあり。

現われた死神が娘に惚れる所から始めりゃ相当短くなるのに、まず親父が娘に「恋しちゃいなよ」ともったいつけてぐだぐだ説教します。下心ありありなのであります。

次に富豪娘とジゴロなブラピが出逢います。どーみても胡散臭いブラピですが、娘はうっとりです。でも出逢う必要ある?死神ブラピが去ったあとに人間ブラピが必要になるから(結末バレバレじゃん)?前の貴方と違う、そんな落差にメロメロ?互いにふり返るベタベタの展開後、まるでコントのように、ブラピは二度バネされて死にます。安心して、冗談ですからああ、ブラピは死にまっしぇん、そんなメッセージなのだろうか。

いよいよ死神と富豪が御対面。ぐだぐだやりとりしてます。これはなにか。観客の集中力を欠かせてその間にやましい取引をすませるためです。話の流れでは死神がしばらく俗世を見学するかわりに富豪を生かしておいてやるという取引をしたようになってますが、実のところは、富豪が「死ぬ前にピチピチギャルとやりたいわあ」というか「娘とやらせてあげるかボクに見せて」というか「娘をいけにえにするから、ボクにもやらせて」というかともかくいやらしくもやましい取引をしとるのですな。だから死神は会社に行っていやがらせみたいなことしてからかうわけだ。このやましさを誤魔化すためにやたらともったいぶるものだから話が長くなるのです。

誕生会の準備をあれこれやって富豪をうんざりさせる姉が古女房ですね。で、アリー・マクビールとキャシー中島の狭間に位置する微妙フェイスながらフェロモンだけは全開の妹の方が若い愛人ですよ。仕事一筋ホプキンス富豪は人間ブラピのように軽薄に迫れないし、さすがに自分から娘に手を出すのはアレなので、幼児プレイに突入します。ピーナッツ・バターたっぷりのスプーンをペロペロして、「おねーちゃん、ボク、子供だから教えて欲しいでチュ」ですよ。真面目人間が欲望全開にするとこうなります。クレア・フォラーニお姉さまが手ほどきですよ。気持ちいいことしてもらっといて、我に返って、いかんいかんと娘を諌めたりして。家族は巻き込まないと言っただろうとか、娘まで連れ去るのはけしからんとか、死神に詰め寄ってますが、白々しいゾ。そうそう自分と関係の深い死神が娘と関係するとあからさまなので、人間ブラピが必要になるのだな。だから、長くなんだよっ、バカ。

ともかく顔は趣味じゃないけど、クレア・フォラーニのフェロモンはエエですねエロイですね。

スプーンをペロチューしているときジム・キャリーに似てたけど、いいのか、ブラピ。

実際の内情はフツーの恋愛物だとブラッド・ピットが出ないから、死神役だと口説いたとかそんなとこなのだろうか。ともかく三時間にうんざりしてデタラメを書きました、マーティン・ブレストファンの皆さん、ゴメンナサイ。

2005-07-19 モードの方程式 このエントリーを含むブックマーク


モードの方程式

作者: 中野香織

出版社/メーカー: 新潮社

発売日: 2005/02/26

| 本 | Amazon.co.jp

汚れるなら汚してしまえカーキ色

ハリー・ラムデン卿、インド駐屯の英国歩兵連隊の司令官である。

当時の英国の軍服は純白だった。規律を重んじる軍人だったラムデンは、パンジャブ地方の砂埃で部下たちの白い軍服がたちまち汚れてしまうのが許せなかったようだ。対策を思案し、初めから埃そのものの色だったらどうだろうと考えたラムデンは、軍需品係の将校に、白い軍服をコーヒーやカレー粉や桑の実の汁に浸して黄褐色に染めさせてみた。1848年のこと。

この新しい色の軍服を、インド人たちは「カーキ(khaki)」と呼んだ。ヒンディ語で「埃の色」という意味である。

たぶん慎太郎は小躍りしてチノパンを支那パンと呼ぶだろう。

ポニーテイルの小池栄子の「膨張と収縮」の彼方にアヤパンこと高島彩が浮かぶようなものだなあ。

陸軍全軍の軍服用に、マンチェスターの織物工場はカーキ色のコットンツイル(木綿の丈夫な綾織り)を大量に生産する。この生地をインドに送り込むが、まだ余ったので中国へ輸出する。第一次世界大戦直前のことだ。それを今度は中国の軍隊が、フィリピンに駐屯していたアメリカ軍に売り渡す。中国から来た生地なのでアメリカ軍はチノ(chino)と呼び、陸軍の制服に採用する。第二次大戦後、チノで作ったパンツは勝利の象徴ともなり、「チノズ(chinos)」(狭義にチノパンをさす)として一般に普及することになる。

サンドイッチ伯爵に負けじと、カーディガン。

くつろいだ場面にこそよく似合いそうなカーディガンなのであるが、誕生したのはなんと戦場だった。

イギリス、フランス、トルコ、サルディニアがロシアと戦ったクリミア戦争である。

この戦争でイギリスの軽騎兵隊を率いてめざましい活躍をし、ヒーローに祭り上げられたのが、カーディガン伯爵七世である。

肖像画に残る当時のカーディガン伯爵の装いはといえば、ぴったりとしたチェリーピンクのズボンに、金モールをあしらったロイヤル・ブルーのジャケット。負傷していたのでその上から金モールをあしらったウールのケープをまとっている。

血なまぐさい戦場ではためいたこの派手なウールのケープこそ、今日のニットのカーディガンの祖先になった服である。(略)

さて、今のような形のカーディガンが世に出るのは1868年。袖の有無にかかわらず前でボタン留めするウールのウエストコートをこう呼んだ。

グッドイヤーの特許著作権に対する男前な言葉

チャールズ・グッドイヤー(1800-60年)。

彼は苦労の末、1839年にゴムに硫黄を混ぜて高熱処理することで、気候を問わず弾力を保ち、素材を問わず付着する硬化ゴムを作ることに成功する。その後登場するあらゆるゴム産業がこの発明のおかげなのだが、なんとグッドイヤー本人はこの発明からほとんど利益を得ていない。それどころか何度も負債をかかえて投獄され、没した時にも多額の借金があった。

キャンバス地にゴム底を組み合わせて作った最初期のスニーカーは、どうやら息子のチャールズ・グッドイヤー・ジュニアの考案によるものらしいが、これを「発明」したことになっているのは、1892年にグッドイヤーを買収したコングロマリット、U・S・ラバー。

「わたしが植えた樹に実った果物を他人がとっても文句は言わない。種をまいたのにだれも収穫を得なかったらそのほうが悔やまれる」とはパパ・チャールズの言葉であるが、現代、私たちが履き心地の良さを享受しているスニーカーも、その収穫の一つというわけである。偉大な発明家の不遇の生涯を思うと、恐縮のあまり忍び足になりそうでもある。

ちなみに1898年に創業したグッドイヤー・タイヤ&ラバー社は一族とは無関係だが、偉大な発明家に敬意を表してこの社名を掲げている。

2005-07-18

[]「ClogusCactus」公開 「ClogusCactus」公開を含むブックマーク

ココで聴けるよ→●

やった、ほぼ一週間で完成。夏を先取りした素敵なサウンドですよ。

最初の一分は去年の9/18につくったものなので、実のところ夏を後取り。結局声ネタ並べてほわんほわんさせてるだけじゃないという指摘は正しい。エフェクトって楽でいいよね。前半はそれなりに聴き易いんじゃなかろうか。しばらくはLIVEをACID的に使用していく形になるので、モッサリ感持続の予感。次曲はトラックごとにEQを変えて色々やってみようかと思ってます。えっ、今までやってなかったのと言われれば、そのとおり。ド素人街道まっしぐら。毎週作っていた頃が懐かしい。なんとか月3曲ペースに戻すゾ。

2005-07-14 2005年上半期どうでもいい話 このエントリーを含むブックマーク

なんとなく書きそびれたどうでもいい話を一挙に。

  • 井戸田潤がこわれていく

2004年末日テレのお笑い番組にスピードワゴンが出て来て例の「あまーい」を始めたので、ああ、と投げやりに観ていたら、いつもと違って井戸田がボケるというより壊れていくパターンだった。それまでの「あまーい」ネタだと井戸田は殆どネタフリだけになっていたのだが、なぜだかその時は井戸田の方が小沢を尻目に壊れていた。なんだよそれと言われて詳しく説明したいのだが、もう半年前のことだしねえ忘れたよ。さらに年始フジの特番では「あまーい」ではなくて、井戸田が壊れていくネタだった。真っ当な井戸田潤が壊れていくのはかなり衝撃的だった。どんな風にって、忘れたよ。これは凄いなスピードワゴン新境地開拓かあと感慨にふけったのだけど、あれから半年二人同時ボケ?同時ハモリ「あまーい」に定着したのかなあ。ビートたけしに「てんやわんや」のぴよこちゃん級のネタだと言われたら「あまーい」でいくしかないか。よく知らないから、よくわからないけど。あの年末年始の壊れた井戸田潤はなんだったんだろう。不評だったんだろうか。ファンじゃないから、まあなんですけど。

  • 片桐夕子にしか見えない本仮屋ユイカ

の「ファイト」の一つ前の朝ドラをパソコンに向かいつつ聞いていたら、友近が出てきた。ああ国営放送ときたら中途半端に旬な芸人を起用するのさ、ひとりコントな芝居がサブイヨとナンシー関な気分で画面をみたら東ちづるだった。いいのか、東ちづる。ある意味、友近って。

松本紳助

松本紳助

高倉健

紳 スゴイで!!

松 え、会ったことあるんですか?

紳 会ったちゅうか、見てん(笑)。羽田空港で、冬や。公衆電話のとこ並んでんねん。やっぱ、千歳行きや。高倉健は、北へ北へ。福岡行くのも、千歳経由や。

ついでに言うと、島田紳助の「恩人を呼び捨てにされた」発言について、会社の上司は敬称抜きでいいんだよ紳助のバカと世間は笑っていましたが、木村さんはそのとき既に吉本を辞めていて吉本の人間じゃないのだから、呼び捨てはいかんわけだね。殴っていいとは思わんが、怒るのはおかしくない。

  • 『ゴッドファーザーPt2』DVD・コッポラ解説より

監修だけ引き受け、監督はスコセッシにやらせるつもりだった。

「パート2」とかって呼び名を始めたのはオレ。

兄のフレド殺害についてプーゾは反対し、母の死後に殺すということに。

コッポラはソニー役をロサト兄弟のカーマインにやらせたかった。

ロスの誕生ケーキのシーンでのシャツが撮影途中で紛失したため、無地のシャツに手書きで柄を書いた。

最初ロス役にエリア・カザンを想定していた。ある日彼の事務所を訪ねるとカザンは上半身裸でいた。ロスの上半身裸シーンはその時のイメージ。

ルカ・ブラージのようなマイケルのボディガードは石造彫刻家。

ケイが中絶する案はタリア・シャイアによる。

  • 預言者ダニエルにまつわる話。

王様が大宴会を開いていると突如人間の手が現れて謎の文字を壁に書き出した。しかし誰もそれを読解できず、召し出されたダニエルが、神が王の傲慢に怒っていると説明。王はその夜に殺されてしまう。「Writing on the wall」は「失敗とか災害の明らかな兆し」を意味するようになった。

こういう話を知っていると"That night,when the results started coming in ,it was pretty early in the evening when the handwriting was on the wall."という選挙状況についての文章を、「結果を書いた紙が壁に貼られました」と訳すことはなく、「いやな予感がしていたときですよ」と読むことができる。

このダニエルが妬まれて罠にはめられライオンの洞窟に入れられたけど、神の御加護で助かり、逆に罠にかけた者達一族郎党が放り込まれて食べられたという話。これが"Lion's den"だそうです。ライオンズ・デンときたらシャムロック。格闘技ファンの皆さん知ってましたか。

  • 話題のジコ中ドラマで

山田孝之と高橋克実が自転車二人乗りしていた。多分親子という設定なんだろうけど同級生だったら面白いと思った。

  • 妙におかしかった見出し

呆然袋とじ・現役小学校教師

「ごめんね」脱いじゃった

  • 脱力フレーズ

身長1メートル75、B80W59・8H91とスタイルは抜群。ちなみに彼氏はいないそう

新潮2m35、彼氏はいなさそう。

  • 産まれそう

「ドーター・コパの羊水占い」

  • いやーんなスラング

wear the manhole cover

〈卑〉生理中である

どうでもいいが、不安定な声が好きなので、白石美帆の「わいどがーど」の微妙な音程のハズレ方は液がしみるね。サッカー番組だとフェロモンが出るのに、何故ドラマだと西郷隆盛のような顔になるのだろう。

  • ああ、なんか軽蔑されそうな事を書いてしまった

2005-07-13 脇坂綾『青い玉』 このエントリーを含むブックマーク

脇坂綾『青い玉』(群像7月号)が気になっている。

小説を読む能力がない人間でも「読める」というか「読む気になる」小説というのはそれだけで気になるのである。そんなに素晴らしいデキかと言えばそれは微妙であって、次回作に期待大という段階なのだけど、何故だか引き込まれるのである。これはひょっとして単にこちらが小説に甘くなっているだけかなあと他の文芸誌もチェックしてみたけれど、どうも脇坂だけである。

出かける前の服選びで悪戦苦闘する普通のイントロで、ふーんと思いながら先に行くと、女友達と彷徨ったホテル街での東電OL殺人事件から「青い玉」のイメージが描かれて、そこからさらに逸脱して海のイメージから独白のような思考が展開されていくのだが、なんとなく昂揚感がある。それでもこちらは小説に対して冷たいので、まだ半信半疑なのだけど、何故か引っ掛ってくる。

描写が素晴らしいわけでも、その思考が斬新なわけでもなくて、それなのについつい作者の語りに引き込まれるのである。海のイメージでも、きっと作者の頭の中ではもっと凄いことになってて、実際に書かれた文章を前にジリジリしてるのがわかって、こちらも勝手に足りないところを補足して昂揚しているのである。小説に対して薄情な読み手にそうさせてるということは勝ったも同然なのではなかろうか。

調べたところ、これまで発表した作品は以下の二作のよう。

「鼠と肋骨」《群像 2003年6月号》(第26回群像新人文学賞・小説優秀作)

子供なし出戻り女が静かに「女性」の行く方を思う普通の小説。子供を産んでいる姉も出てくるが対立はない。ラストの辺りに最新作の気配あり。

捕まえた鼠と近所の黄色ドレスのキチガイおばさん。

花の形をしたらくがんは口のなかで甘い泥となり舌の上や頬の裏や喉を固め、苦しくなって美穂は吐いた。美穂の吐いた甘い泥は母のひざや胸のあたりを汚した。汚れた服のまま母は美穂の口に指を入れあちこちと強くこすり泥を拭うと指についたそれをなめた。何度も何度も。母と美穂の唾液はお互いのロを行き来して混ざりひとつのものとなった。ひとつのものとなった唾液は今も美穂の口の中に残る。皮膚粘膜の奥深くまで浸透し薄い膜と化して美穂のロからときどき言うべき言葉を吸い取る。自分もいつか黄色いドレスを着て歌うだろうかと美穂は思う。言葉のない口で歌うだろうかと考える。歌は口から垂直に伸び家々に反響する。腹の中に無限をもつ鼠が家を齧り穴を開ける。穴の奥には闇がある。ぶち切られてしまった肋骨が作る空白がある。

「昼間の動物」《群像 2003年12月号》

前作評で笙野頼子に「文の下手まねが消えて地声が出ると良い」と言われたせいなのか、ひきこもり姉と妥協結婚出産妹の闘いに。進歩しているのだが、笙野エキスのせいか、ますます読みたくない度が増。

でも四コマ漫画と散歩だけで、人が生きてゆけるわけはなかった。だからきっと、姉はいつか、淘汰される。父が死に、母も死ねば、姉は一人ぼっちだ。ムカデやトカゲやヤモリとともに、丘の上の迷路の先の、買い手のつかないマンションで、ひもじい思いをしながら、死んでゆくだけだ。おなかがすいたら、ムカデを焼いて、食べればいい。トカゲの尻尾を、踊り食いみたいに、ほおばればいい。あみこのおにぎりなんて、母以外に、もう誰も作ってはくれない。(略)淘汰だ、と、姉たちに言ってやりさえすればいい。赤ん坊を、姉の手の届かない場所に置いて、そう言おうとゆかり思った。私は子供を産んで、淘汰は避けられた、と。私はもう一人私を作ったのだから。母にも言おう。あなたが作った二人のうち一人はきっと淘汰されるでしょう。消えるでしょう。もういいでしょう?諦めな。

最新作では未婚の友人と妥協して出産・離婚の主人公が描かれるが対立はない(齟齬はあるけど)。産んでも産まなくても淡々と女地獄極楽。かといって笙野のように男が悪い男が憎いと言うのでもなく。で、肝心の最新作からの引用はなし(あっ、8月号出たから、もう借りれるか)。でも、なんか難しいんだよなあ。ここがっ、というのじゃないし。ともかく、次だよなあ。

受賞時の経歴。

わきさか・あや。73年東京都生まれ。聖心女子大卒業。千葉県在住。現在主婦。

2005-07-12 映画道楽/鈴木敏夫 このエントリーを含むブックマーク


映画道楽

作者: 鈴木敏夫

出版社/メーカー: ぴあ

発売日: 2005/04

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ナウシカのラスト。高畑勲はああ見えて娯楽重視。

最初の宮さんの案では、空から飛んできたナウシカが王蟲の大群の前に降り立つ。すると、暴走していた群れが止まっちゃう。これでエンドマークだったんです。

(略)[高畑と鈴木が延々討議して、高畑から3案]

一つは宮さんの案。二つ目は主人公がそこで死ぬもの。そして、娯楽映画として感動させるなら主人公が甦るという三つ目の案もあると。「鈴木さん、どれがいいですか?」と聞くので、「最後の案でしょう」と答えて、二人で宮さんのところへ行って話しを持ちかけました。

宮さんは悩みましたね。あの人は真面目ですから。何とか説得したんですが、公開後のインタビューでも宮さんは「あのラストシーンは心残りだ」と言っています。そういうときに、割と高畑さんは娯楽として作品を考える人なんですよ。

  • 『ナウシカ』全貌がつかみくいとの指摘に、宮崎駿、わかりやすくしたら『巨人の星』になると激怒。高畑が冒頭タイトル・クレジットのタペストリーで伝説を描くことを提案。
  • 『ラピュタ』は最初ムスカの野望と挫折を描いたものだった。鈴木・高畑コンビで説得。
  • 企画が通らず『トトロ』はビデオでということになった。ちょうど新潮社がアニメ進出をしようとしており、同様にボツになっていた『火垂るの墓』を持ち出して、二本立てにして復活。
  • 最初二本とも60分の予定が、高畑がどんどん延ばして80分近くに。それを聞いた宮崎負けじと、最初はメイだけだった主人公を姉妹にして時間を延ばす。

この二本の作画監督で近藤喜文が取り合いに。鈴木の決断で高畑組に。

宮さんは勘がいいんですね。「鈴木さん、何しに来たんですか?」。間を置かずに「近ちゃん、『火垂るの墓』をやるんでしょう?」と言うわけです。僕は、黙っているしかしょうがないでしょう。そうしたら「分かりました。僕、明日から入院します」と、宮さんは言うんです。近藤喜文を取られて辞めたのではみっともないから、腱鞘炎で入院する。そうすればこの二本立ては出来ないと、真顔で言うんですよ。怖かったですね。

そこまで言う気持ちも分かるんです。宮さんには夢があったんです。出来上がった『となりのトトロ』はああいうタッチだけれども、宮さんはもっとリアリズムでやりたかったんですね。

(略)

事務所を訪ねた翌日の朝八時頃、宮さんから自宅に電話がかかってきました。「鈴木さん、近ちゃんを殴りました」と言うので「エッ?」と思ったら、そういう夢を見たんです」と。「これでスッキリしました。『となりのトトロ』やりますよ」と言ってくれましてね。こうして何とか収まったんです。

鈴木が作った『紅の豚』予告に宮崎激怒

製作発表会見場で、宮さんはプロモーション・フィルムを初めて観ました。その瞬間、マイクを取って「僕はこんな好戦的な映画は作っていない。これは鈴木プロデューサーが作ったもので、僕が作ったものではない」云々と言い始めたんです。(略)

[会見後ジブリスタッフに見せて意見を聞くと皆肯定的だったため、監督を降りると言い出す宮崎]

「僕には、この鈴木さんが作った予告編は分からない。僕はこんなものを作っているつもりはない。でも、皆がそれをいいと言っている。だったら、後は鈴木さんが作るべきだ」と、冗談でなく真顔で言うんです。

『天使のたまご』はコメディの予定だった

最初に押井さんはコメディーをやりたかったんです。目論見として少年と少女の話がやりたい、舞台はコンビニだという漠然としたイメージがありました。コケティッシュな話にしたいから、キャラクター・デザインは天野喜孝に頼もうと決まったんです。当時の天野さんはタツノコプロで『タイムボカン』シリーズ(一九七五〜八三年)なんかを担当していましたから、その路線でキャラクターを注文したんです。ところが、挙がってきたキャラクターがあの絵だったんですね。普通なら、当初の狙いとあまりにも違うからその絵を没にするでしょう。ところが、押井守は受け入れました。天野さんは、もう『タイムボカン』みたいなものを描きたくなかったんですね。

芦川いづみ、かあ。クラリスの犬の名は、木ノ内の『刑事犬カール』からですと。あまりピンとこない芦川だけど、『喧嘩太郎』の婦警役とかコケティッシュ。

芦川いづみの実家は東京・永福町にあって、宮さんが通っていた中学の目の前だったんです。当時、芦川いづみは飼っていた犬をその辺でよく散歩させていました。(略)

僕はクラリスを観たとき、これは芦川いづみだと思いました。芦川いづみ、木ノ内みどり、石田ゆり子と並べてみると、いずれも理知的で清潔感がある女優さんなんです。これが宮さんが好きな女性像ではないだろうか。

2005-07-11 新聞記者 夏目漱石 このエントリーを含むブックマーク


新聞記者 夏目漱石 (平凡社新書)

作者: 牧村健一郎

出版社/メーカー: 平凡社

発売日: 2005/06

| 本 | Amazon.co.jp

漱石が入社した頃の東京朝日の雰囲気

当時の東朝はいまでいうベンチャー企業のような若々しさで、漱石のこの「壮大な実験」に恰好の舞台だった。(略)毎日が締め切り、即物的で可変なスタイルをもつ新聞の生理も、漱石には新鮮だった。当時の東朝は東京進出まだ二十年、長男の大朝に対し、やんちゃな次男坊という位置で、池辺三山という大プロデューサーがエネルギッシュに改革を推し進めていた。その東朝に入社し、小説を書き、随筆を載せ、講演をこなし、文芸欄を主宰し、新進作家にチャンスを与えた。

大学を辞めて気分爽快言いたい放題

「大学を辞して朝日新聞に這入ったら、逢う人が皆驚いた顔をして居る」と始まるこの挨拶文は、なかなか痛快である。(略)

漱石はさらに大学を批判する。講義をするとき、犬が吠えて不愉快だった(近くの医科大字の実験用の犬だったらしい)、図書館で雑誌を読むのが楽しみだったが、館員が大声でしゃべったり、ふざけたりして大いに迷惑した、学長に苦情の手紙を出したが、取り合ってもらえなかった、などといささか八つ当たり気味だ。講師として年に八百円もらっていた、と具体的な給料も明かす。(略)

一方で、こうした遠慮のない物言いは、「恩知らず」「不徳義漢」という批判もあった。とくに大学関係者からは不興をかった。弟子の森田草平すら「意気のあがっているのは構わないとして、去った大学を糞味贈にやっつけていられるのはどんなものだろうか」と後に書く。

初めての新聞小説ということで時事性に気を配った漱石は東京勧業博覧会に着目。イルミネーションと日清戦争で獲得した台湾館を描いた。余談ですが、それ以上に強烈だったのが抗議殺到の人類館。

人類館は、政府公認の台湾館と違い、民間のパビリオンだった。そこには生身の人間を数人ずつ、それぞれの民族の住居に似せた区画に住まわせていた。「アイヌ五名、台湾生蕃四名、琉球二名、朝鮮二名、支那三名、印度三名、爪睦*1一名、バルガリー一名」と大阪朝日は記す。

この情報を知った清国留学生が抗議の声を上げ、清国公使が正式に外務省に抗議した。その結果、開催直前に「支那人」の展示をはずした。開催直後に、こんどは韓国公使からも抗議がきて、朝鮮人展示もはずした。さらには沖縄でも地元紙「琉球新報」が抗議の声を掲載、大阪朝日が転載して世論に訴え、琉球人の展示も中止になった。館側はその間、名称を「人類館」から「学術人類館」に変更、あわてて学問的な衣装を着せている。

(略)

四年後の東京勧業博でも人類館は設置されたが、主に旧石器や縄文時代の遺物を展示する考古学的な展示だったようだ。

吾輩の死亡記事が載ったのだ

やはり「三四郎」掲載中のことだが、東朝の片隅のコラム「萬年筆」にこんな記事が載っている。

△夏目氏の猫死す 夏目漱石氏の愛猫は今春以来慢性腸加答児*2を煩い居たる処薬石其効なく四五日前六歳を一期として遂に冥途に旅立ちしたる由右に付氏は厚く之を其庭前に葬りて自筆の「猫の墓」と標を建て更に黒枠付の葉書にて猫が生前特に知遇を忝*3うした二三氏に報道したりと云う。松根東洋城氏の弔句に曰く「先生の猫が死にたる夜寒かな」高浜虚子氏も亦「吾輩の戒名もなき芒*4かな」

この文は玄耳が書いたらしい。後に朝日を退社し、一家離散した玄耳から、漱石は新たにミイ公という虎毛の猫を贈られている。玄耳が社内の印刷の職長から貰った猫だ。

明治42年桂内閣小松原文相が官邸に文学者を招く。

森鴎外、上田万年、幸田露伴、島村抱月ら一流の文学者が顔を揃えた。(略)

漱石の隣に座った小松原は、「最近は学校を出てすぐに小説家になる者もいるようだが」と話しかけた。漱石はいま朝日に掲載中の「煤煙」の草平のことだな、と察し、「学校を卒業した後はもちろん、まだ学生の時分から書く人もだいぶいるようです」と話をそらした。文相はさらに「文学は青年の感化に影響しますね」とも言った。同席して耳を澄ませている[桂の懐刀で内務官僚のボス]平田[東助内相]は前年、「戊辰詔書」を提言した人物だ。明治も四十年余が過ぎ、往時の緊張感が消えて社会が奢侈に流れたと、風俗の引き締め、国民精神の強化を狙った政治的文書だった。危ない危ない。漱石も慎重にならざるをえなかった。明治社会の空気を一挙に暗転させる大逆事件は、この山県−桂−平田ラインから生まれる。

明治44年幸徳秋水が処刑され漱石が博士号辞退した時にこんな教科書問題がっ

ちょうどそのとき、南北朝正閏問題という事件が起きた。

天皇家の歴史で中世の南朝と北朝のいずれが正統か、という学問上の論争は長年続いており、国定教科書では両朝併立説がとられていた。ところが南朝を信じる藤沢元造という衆議院議員が、突然、大逆事件とからめ、教科書の記載はおかしい、文部省の歴史教育の方針が正しくないからこういう事件が起きる、と政府(桂太郎内閣)に質問書を提出した。これが政局を揺るがしかねない事態になった。政府はあわてて教科書の改訂を約束、小松原文相は教科書の使用禁止を命令し、執筆者の喜田貞吉・文部省教科書編修官を休職させた。

朝日主催の講演会にひっぱりだされた際の語り口

「どこかの新聞に僕の事を風上に置けぬ奴だと書いてあったが、僕を糞桶だと思っているんだろうか。我輩はこの通り立派な男でハイカラにできている」「可愛い子には旅をさせろという事は、足の裏へ豆をこしらえろ、というのではない。つまり世の中の状態を知らせるために、可愛い子を突き放すのであるから、自然派の親爺といってよろしい」。聴衆がどっと笑ったというが、自然主義者への皮肉だろうか。

虞美人草浴衣、虞美人草指輪もバカ売れの「虞美人草」の高橋源一郎評

漱石の新聞小説第一作で失敗作とされる「虞美人草」に、いま最もひかれるという。過剰な美文、勧善懲悪、キャラがたっている、といわれる作品だが、「漱石はノイズも含めた全体小説を書こうとしたのではないか」と言う。「虞美人草」は話題にはなったが、小説としては評価されず、漱石はこの路線を放棄して「三四郎」以下、現代日本語のもとになる「透明な散文」の文体を鍛えていく。「虞美人草の方向をのばしていったら、別の漱石、違う近代文学があったかもしれない」と高橋さんは言うのだ。

文芸欄エディターとしての苦労。ダメを出した原稿を森田草平が勝手に印刷に回した際には、急遽差し止めさせ、病床にて差替え原稿として「文芸とヒロイック」を書いたり。

「こころ」の後に載る小説がなかなか決まらないときは、「こころ」をできるだけ延ばしましょう、あるいは「先生の遺書」のほかに何か付け加えようか、などと返事をしている。後者が実現すれば、いまの形とずいぶん違った「こころ」が誕生したことになる。

次の連載の交渉をしながら自分の小説に結末をつける、とは大変な苦労、綱渡りのような日々だ。若手作家の原稿料の心配までしている。

*1:ジャワ

*2:カタル

*3:かたじけの

*4:すすき

2005-07-10

[]「Valibec707」公開(ココで聴けます「Valibec707」公開(ココで聴けます)を含むブックマーク

初めて全部LIVE3で作りました。習作なので特に前半がモタモタしてます。去年の九月に作りかけた一分程度のヤツがあるので次は十日位で完成できそうな予感。購入から一年半してようやく使えるようになるという相変わらずの物分りの悪さ。気付けば時代はLIVE5に突入。

以下どうでもいい話が延々展開されるので天国行くわよ。

REWIREしないとやりたいことができないから、新あしっどぷろ日本語版が出るまで愚図愚図していたくせに、いざ買おうとして情報収集すると重そうだし不具合ありそうだし軽くないACIDなんて意味がないし、その前に今一度LIVEに挑戦してみようと、リハビリがてらにいじってみたらなんとなくそこそこ作れるようになった。LIVEの醍醐味はセッションビューで組立てたパターンをシーン単位で切り替えるところにあって、アレンジャービューは微調整するためのものだろうけど、拙者アレンジャービュー一筋というか単にACID的にしか使っていません。ひたすら頭からペタペタ貼り付けていってるだけ。LIVEをACID的に使った場合、ACID2.0とどちらが優れているのか。エフェクターは当然LIVEだけど、素材をバサッとぶちまけておいてからスパスパと並べていけるのはやっぱりACIDの方なんだよなあ。ああどうでもいい話だなあ。

2005-07-06 世紀の売却・その2 このエントリーを含むブックマーク

前々日よりの続き。


世紀の売却―第二のロシア革命の内幕

作者: クライスティアフリーランド

出版社/メーカー: 新評論

発売日: 2005/05

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若手改革派のリーダー、ガイダールは祖父が革命の英雄という家柄であり、ソ連知識階級の過保護な世界で育ったインテリだった。彼等は皆学者であり、自分達が担うことになった役目の重さに怯えた。そして権力獲得という視点も欠けていた。

ガイダールは資本主義改革を開始してから数ヶ月後、世故に長けたチェコの先輩からまさにそうしたことをするように忠告されている。1992年の春、ガイダールはプラハを公式訪問し、ヴァツラフ・クラウス・チェコ財務相と会見した。当時、市場改革に携わっているすべての旧共産党出身者の中で、クラウス以上の成功を収めている者はいないと見られていた。

最初の非公式会談でガイダールは、自分の推進している劇的な経済上の変化にすっかり夢中になり、統計上のデータを次々に繰り出した。年長のクラウスは、しばらくの間、辛抱強く耳を傾けていたが、不意にガイダールの説明をさえぎって言った。

「インフレの統計やマネー・サプライも結構だが、究極的には、ロシアの資本主義革命の命運は、それを企画している者の政治的才能によって決まるのであって、技術的な能力によって決まるのではない」

そして、次のように警告を発した。

「市場改革を支えるための政治基盤をつくらないかぎり、政権入りを勧めてくれた連中や思いがけない政治的策略に、いつまでも縛られたままになりますよ。あなたの手がけていることや手がけようと思っていることはすべて、いともたやすくぶち壊すことができますからね。あなたの一番大事な仕事は、実施中の改革を支える政治勢力を強化することです」

何故貧乏になったロシアの有権者は東欧のように共産党を選ばなかったのか。

ポーランドやハンガリーなどの国では、昔ながらの共産党政権は1989年に旧体制が崩壊したときに、風采の上がらぬ反体制派知識人の一団によって権力の座から引きずり下ろされた。だが数年後、衣替えした東ヨーロッパの旧共産党勢力が政権奪取を目指して選挙に出てきたとき、それら勢力は政権を握るにふさわしい政党として、あるいは統治の技術に長けた旧体制のテクノクラートのエリートとして選挙運動を展開した。それとは対照的にロシアでは、旧体制のエリートの大部分は繁栄を保ち、堅固に同じ場所にとどまっていた。したがって、ロシア共産党が代表する社会階層は東ヨーロッパの同志のそれとはかなり異なっていた。

ロシア共産党員は、旧ソ連共産党の中から生き残った強硬派である。それらの元官僚たちはみんな、ボリス・エリツィンのロシアで出世するには頭脳と柔軟さのいずれかを欠いており、ポーランドの旧共産党が考案した穏健党綱領のような新型の社会主義を考え出すほどの感性ももち合わせていなかった。最終的にロシア共産党に残されたものは、民族主義しかなかった。

ニューヨーク証券取引所のフロアで自社株公開に立ち会ったジミンのソ連的怒り

ロシア資本としては最大規模であるジミンの携帯電話会社の株価は、見る見るうちに急騰していった。これは幸先のよいスタートのはずだった。つまり、新規公開で大当たりする株は店頭公開日から価格が急激な上昇曲線を描くものなのだ。そうすると、追加の売り出しに弾みがつくし、初期段階で投資した者も儲けを得る。アメリカ人の投資銀行家から幾度となく説明を受けていたこともあり、ジミンはその点をよくわきまえていたつもりだったが、まさにその瞬間、心の片隅に残っていた一抹のソ運的思考様式が頭をもたげた。自分たち以外の誰かが大金を手にするのだ!そう思うだけで、ジミンは怒りが込み上げてきた。怠惰な投資家がジミンの努力に便乗して金持ちになる。それは、マルクス・レーニン主義を講釈する教師たちが「資本主義的搾取」と呼んでいた恐るべき事態だった。

1996年2月ダヴォスにてオリガルヒは結束する

「ソロスがこう言っているの聞こえた。『ねえ君、君たちの時代は終わりだ。これまで数年はいい思いをしてきただろうが、もう時間切れだよ』。ソロスの主張は、共産党の勝ちは確実だということだった。ロシアの実業家は何としてでも飛行機に乗り遅れないようにして、自分の命を失わないよう注意しなくてはならない。ソロスはそう語っていた」

ホドルコフスキーは、平手打ちを食った気分だった。共産党の勝利は、単に可能性があるというのではなくほぼ確実な事柄であり、西側もそれに歯止めをかけるための策を講ずる気がないことをホドルコフスキーはにわかに悟ったのである。寡頭資本家(オリガルヒ)が自分で築いた一大帝国を守りたかったら、自分でやるしかなさそうだった。

だが、どうすればいいというのだろう?

(略)

チュバイスは、ほかの民主派がエリツィンを見限ったあとでも、エリツィン政権の自分のポストに頑なにしがみついていた。(略)

[西側に向けてチュバイスは]

「ジュガーノフは二つの顔をもっている。一方は外国向け、もう一方は国内向けの顔だ。六月の大統領選でジュガーノフが勝てば、奴はこれまで数年かけて行われてきた私有化を取り消して元に戻すだろう。そうなれば、血の雨が降ることになり、本格的な内戦になる」

(略)

「グシンスキーは、チュバイスが次のように述べるのをじっと聞いている。『共産党は私有財産を再国有化し、国家による管理を再び導入する計画を立てている。ここにあるのがその声明文だ。そして、これが共産党の経済政策だ』と。それを聞いたグシンスキーはこう言う。『くそっ、奴らが本当にそんなことをするつもりなら、ロシアに帰国する意味はまったくない』。数分が経過し、グシンスキーは今度はこう言う。『くそっ、チュバイスは気に人らないが、奴は真に闘志がある人間だ。奴にはカリスマがある。奴に仕事を打診するぞ』。また数分が経過し、いまやひどく興奮したグシンスキーはこう結論を下す。『おい、共産党を相手に戦えるのはチュバイスだけだぞ』」

改革派ガイダールの疑念

「問題はこうです。ジュガーノフが勝ったら何をするつもりなのかがかなり明白であるのに対し、エリツィンの場合はそれがはっきりと見えない。エリツィンの実効的なロシア支配は制限されていて、現実にこの国を支配しているのはエリツィンに入る情報をコントロールしている連中なのです」

1998年ロシア融資を決定したIMFの不安とは

もしかすると、西側の資金は新規の投資家を引き込むどころか、古参の投資家が損することなく退出するのを促すことになるのではないか」(略)

ボリス・ヨルダンは次のように回想している。

「包括的救済策が発表されたことによりロシアの大きな諸問題が解決されるだろうと、誰もが考えていた。しかし、それはまったくの妄想だった。なぜなら、みんながそれをもっぱら脱出口として使ったからだ。誰もが、こんな具合に感じていた。『ほら、まだ40億あるうちに逃げ出そう。最初に逃げ出した者が一番賢明だ』」

八月初めには、脱出を図る人々が出口のほうに一気に殺到し始めていた。ロシア経済はつぶれる寸前の状態だった。オリガルヒが悟ったように、問題は金融システムが崩壊するかどうかではなく、単にその崩壊がいつになるのかということであった。

自己保身のためにエリツィンとオリガルヒが担ぎ上げたプーチンにより旧官僚が復活した。

すでに2004年までにプーチンは、ゴルバチョフとエリツィンが大いに骨を折って創設した市民社会の制度のうち多くのものを意図的にたたきつぶした。たとえば、オリガルヒが証明したように大統領を生み出す能力をもっている全国ネットのテレビ放送は、すでに国家の支配下に引き戻された。また、非政府系の政党も敗北を喫し、地方の公選知事たちは骨抜きにされ、忌憚のない発言をする事業家は国外に追放されたり投獄されたりした。エリツィン時代に急速に頭角を現した組織活動家や改革派の面々、オリガルヒ、そして権謀術数に長けた連中は、実業界と政界から追い出されつつあった。

2005-07-04 世紀の売却―第二のロシア革命の内幕 このエントリーを含むブックマーク


世紀の売却―第二のロシア革命の内幕

作者: クライスティアフリーランド

出版社/メーカー: 新評論

発売日: 2005/05

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何故国の資産が「赤い支配人」という旧体制の人びとに横滑りせず、オリガルヒという怪しい新興企業家の手に渡ったか。エリツィンは再選したかった、またエリツィンが起用した若手改革派は資本自由化を頓挫させる共産党の復活を恐れた。そのためオリガルヒに資産を与えるかわりに、エリツィン再選に協力させた。いったん正真正銘の所有者になれば腐敗にも歯止めがかかるだろうと考えていた改革派だったが、力を持ったオリガルヒは制御不能となる。

毛沢東化したエリツィンに踊らされた若手学者による文化大革命でしょうか。

実のところ、株式担保ローンとは、露骨な政治的支持を目当てに資産を引き渡す取引にすぎない。ロシアにおいてもっとも金銭的価値の高い会社数社の所有権と引き換えに、実業家集団、つまりオリガルヒはクレムリンを越えて政治的影響力を振るうことになったのである。(略)

政府はそれらの会社を、その潜在的市場価値に比べればほんの端金にすぎない価格で売却したのである。それは、世紀の安売りであった。株式担保ローンはまた、政治的にも急進的なものであった。すでに何千人という「赤い支配人」が、私有化によって途轍もない金持ちになっていた。(略)

だがこれは、本来、富の再分配というよりはむしろ再確定に近いものであり、クレムリンは、赤い支配人たちがソ連時代からすでに実質上支配していた資産についてその所有権を正式に追認したにすぎない。株式担保ローンが革命的だったのは、そのまったく逆を行ったからである。つまり、この方式は、赤い支配人から会社を取り上げ、台頭しつつあった一握りの企業家連中に手渡したのである。そして、この連中がオリガルヒとなった。(略)

私有化プロセスを依然として統制していた若手改革派が考え抜いたうえで賭けに出たことによる。彼らは、株式担保ローンこそがロシアの資本主義革命の救世主となる「途方もない考え」であると判断した。株式担保ローン取引を採用することによって、エリツィンは次の大統領選挙においてオリガルヒ予備軍から政治・財政・戦略的支持を購うことができた。これは国の宝を質に入れるようなものだったが、もしそれによってクレムリンが共産主義に支配されるのを防ぐことができるなら、若手改革派はその代価を喜んで支払うつもりだった。

西側アナリストはこの出来事に懐疑的だった

「これは、まったく常軌を逸している。この計画が暗に言っているのは、『俺たちは国費でますます金持ちになるべきだ』ということだ」

株式担保ローンのごまかし方

だが、錯乱しているように見えながらその仕組みは筋が通っていた。つまり、所有権がいとも簡単に譲渡されるのを、複雑きわまるローン計画と段階的な競売の装いによって覆い隠すことを主眼としていたということである。

この計画の複雑さには一つの利点があった。それは、この複雑さゆえに大方の批判勢力の目を欺き、計画を守ることができたということである。共産党は、「国の宝は実は売却されたのではなく、単に束の間の窮地に陥った国庫を救うために質入れされたにすぎないのだ」と言いくるめられ、態度を軟化させた。また、常々ロシア政府に対して競争の利点とコネ偏重の危険性を説いてきかせてきた西側の専門家たちも安心した。というのも、ロシア政府から、株式担保ローンの第一段階と第二段階のいずれにおいても自由競争に基づくオープンな競売をすすめていくと言質を取ったからである。1995年9月、自由市場をかたくなに擁護する〈エコノミスト〉誌でさえ、不承不承ではあったが計画の最終案に賛成した。同誌は「プロセス全体は公明正大なものとなる」と自信に満ちた口調で宣言し、ロシアの企業が「自分の会社の株式を自分に対して内密に売却することは不可能である」と述べた。

市場経済化したロシアはかつてソ連が描いた「腐敗する西側」そのままの「暗黒郷」になった。著者のシニカルなロシアの友人はこう言った。

「マルクスから共産主義について教えられたことはすべて嘘だった。しかし、資本主義について教えられたことは何から何まで本当だった」

1999年までに中央政府の権力は収縮した

「それはバチカン市国のようなものです。クレムリンという小さな砦がロシアにおけるエリツィンの唯一の支配地域となってしまい、エリツィンが今できることは、首相を解任し、自分の参謀役を取り替えることだけです」

正教会、エリツィンのテニスコーチ、慈善団体が隠れ蓑

ロシアにおいて市民の尊敬の対象となっている組織や、特上のコネをもった政治家の一部がザル経済に参加していた。共産主義体制が崩壊したあと、国教会としての伝統的な役割を再び担うようになったロシア正教会は、アルコールとタバコを免税で輸入する権利を与えられた。正教会はまた、ロシアの石油を海外へ売るという貴重な権利をもつ特権的「特別輸出業者」にも出資していた。ロシア・アイスホッケー連盟や、エリツィンのテニスのコーチによって運営されている「国家スポーツ基金」は、にわかには信じがたいことだが、タバコと酒の輸入業を営んでいた。表向き人様のお役に立つことを目的とするそのほかの多数の団体も同様だった。例を挙げると、アフガニスタン帰還兵連盟、聾唖者協会、チェルノブイリ原発被災者の慈善団体などである。

キプロス島がロシア企業のタックスヘイブンになっているのを見て、国内に非課税特区をつくることに。合法的税金逃れをクレムリンに認めさせるために不安定なチェチェン情勢を利用し、その隣のイングーシに設置した。

チェチェンの独立運動のせいで、辺鄙なイングーシ共和国はクレムリンにとって戦略的重要性を帯びた地域となっていた。クレムリンは、不安定な北カフカスがチェチェンの独立闘争に飲み込まれるのを防ごうと懸命になっていた。そこで、グツェリエフはロシア政府を説得して、「裕福になればイングーシはロシアに対して忠実になるし、またイングーシを裕福にするためには非課税特区が必要である」ということを信じ込ませた。そして、「イングーシ人はもう機関銃を抱えて走り回るのをやめ、その代わりに現金を握って奔走を始めるときに来ている」とクレムリンに語りかけ、クレムリンはそれに同意した。

反体制文学所持で刑務所送りになる体制だが

少なくとも知識人にとって二〇世紀末のソ連体制下の生活は、それでもそのマイナス面を補うだけの利点を伴っていた。金をうんと持っている者などいなかったが、あくせく働かなければ生きていけない者もいなかったのである。その結果として生じたのは、社会全体に蔓延した大学生気分の延長のような雰囲気であった。そこでは、濃密で厚い友情を保つのに多くの時間が費やされ、人々は紅茶やウォッカを飲みながら人生の意味を延々と論じ、精神世界や芸術上の関心を熱心に追求した。ロシアの中産階級がときどき時代錯誤的な態度でソ連時代への懐旧の念を見せるのは、一つには、共産主義の崩壊によって急激に否応なく大人にさせられたからである。

優秀な人材が生産部門から流出

まもなく、オリガルヒを含めたロシアの実業家は皆、あることを悟るようになる。確実に財産を築きたいなら、工場の経営方法の改革などという骨の折れる仕事に無駄な時間とエネルギーは使わないにかぎると。金なんてものは、ロシアの巨大で豊かな鉱物資源のほんの一部を手中に入れさえすれば簡単に人ってくる。ロシアの実業家たちが直感的に経済の本質をこのような形で把握したことが引き金となって、こののちこの国において巨額の個人資産がどのように蓄積されていくかが決まることになる。だが、国の立場に立って考えるなら、この現実は非常に嘆かわしいものであった。ロシアの天然資源を取得すれば比較的簡単に巨額の富が手に入るという現実があったせいで、国内の実業界で活躍するはずの進取の気性に富んだ最上の人材が、国内経済の生産部門を実際に機能させるという重要な仕事から他所へ流れていってしまったのである。

うわあ、明日に続ける。

2005-07-03 赤塚不二夫のことを書いたのだ!! このエントリーを含むブックマーク


赤塚不二夫のことを書いたのだ!!

作者: 武居俊樹

出版社/メーカー: 文藝春秋

発売日: 2005/05/26

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「おそ松」キャラを書いたのは高井研一郎。赤塚が口で説明したものを高井が絵にした。高井は自分の絵柄を封じられてしまった。

[妻・登茂子の証言]私も少し絵が判ったから、「不二夫さんの絵は古いんじゃない」と、言ったことがあった。何気ない一言だったんだけど、赤塚は、すっかり考え込んじゃった。そんな時、少年サンデーで『おそ松くん』が新連載されることになったの。悩んだ赤塚は、共同執筆者に高井研一郎さんを入れることにした。仕事に関しては、凄く柔軟性のある人だと思ったわ。

自分の絵が古かったら、絵が上手い人を入れればいい、って単純に考えられる人。さすが、トキワ荘で、石森さんや水野さんと共同執筆した人よ。作品を良くするためなら、誰にでも頭を下げられる謙虚さを持ってるの。プロデューサー的資質があるのね。

絵では高井さん、アイデアでは、その後、古谷さんや長谷さんの力を借りていく。(略)

「高井さんが入って、赤塚の絵は、明らかに変わったわ」

と、登茂子は『おそ松くん』の初期の頃の話を始める。

『おそ松くん』で、赤塚の作ったキャラの絵は、六つ子と、その父母、トト子ちゃんくらいね。他のキャラは、ほとんど高井さんの絵よ。

(略)

高井研一郎の証言。

「僕は、大人漫画を目指していた。『おそ松くん』で赤塚氏に協力して、チビ太やイヤミのキャラクターを作った。自分の絵柄を全部、赤塚漫画に投入した。僕が、赤塚氏の後に雑誌に入ったら、赤塚の物真似作家になっちゃう。僕は僕なりに、そのことで悩んだ。でも、割り切ったの、赤塚氏が売れっ子になるまで協力しようと。割り切っているつもりでも、時々不機嫌になったりするのね。だけど、赤塚氏のほうが一枚上手だからね。でも、僕は、天才赤塚不二夫の手伝いが出来ただけでも幸せだった、と今は思ってる」

これを読むと武居が担当になって最初に目撃した何気ない光景がかなりコワくなってくる。「アシスタントにも気を使う細心な先生」というノンキなものではないのである。

その頃までに、三々五々集まってきたアシスタントが、全員揃う。皆、「赤塚時間」を知っているのだ。

いや、高井がいない。

「オレ、研ちゃん迎えに行ってくるよ」

机の上のベンツのキーを手に、赤塚は、気軽に飛び出していく。

二〇分ほどで、赤塚は、高井を連れて戻ってきた。赤塚が盛んにギャグを連発するが、高井はブスッとしている。

赤塚は、当たりを始める。

順調だ。

ふっと高井が席を立つ。便所かなと思っていたが、帰ってこない。

(略)

[この後喫茶店にいた高井に電話でいたずらを仕掛け]

ひとしきり皆が笑い、高井の機嫌も直ったようだ。

ま、ミッキーを描いたことのないウォルトや、プログラムを書いたことのないゲイツに比べればコワクないけど。

新連載『ダン』不人気の中、アシスタント古谷の新連載に協力する赤塚。そして逆に赤塚がアシスタント化。後のほのぼの薀蓄テイストと、最初のエゲツなさの落差はそういうことなのか。

バカボンのパパのアンチはどうだろう、と赤塚は言う。パパは無敵だ。そのアンチの、弱いおやじを描いてみよう。父権失墜の現代の象徴だ。

タイトルは、ズバリ『ダメおやじ』。

とりいに徹底的に汚い漫画を描かせて成功した。古谷の『ダメおやじ』では、徹底的に家族のいじめにあうおやじを、主人公にしよう。赤塚は、アイデア、ネーム、当たりまで手伝う。自分の作品と全く同じスタイルだ。

ダメおやじの頭には、毎週、フォークや包丁が突き立てられた。五ページの『ダメおやじ』は、サンデーで人気トップになっていく。

赤塚の『ダン』は相変わらず冴えない。『ダメおやじ』を描きながら、赤塚は言う。

「『ダメおやじ』描いてると、オレの勘、狂ってないなと思えるんだよ」(略)

[『ぶッかれダン』は結局30回で終了]

赤塚は、セッセと『ダメおやじ』を描いている。『ダメ』のクレジットは、古谷三敏とフジオ・プロ。つまりフジオ・プロ作品だ。赤塚に異和感はない。だが、何か違う、と思い始めている。赤塚の中にある、ありあまるエネルギーが、出口を求めて悲鳴をあげているのだ。

アシスタントに責任を取るという悲劇

長谷の証言。「古谷さんは、アイデアの席にいるだけで、存在感があった。赤塚にとって、古谷さんがアイデアから抜けたのは、本当に痛かった」

赤塚は、自分のアシスタントを次々に一本立ちさせる。それは、すなわち自分の作品を痩せさせることだ。右腕を、左腕を切り落としていくのと同じだ。アイデアが薄まり、絵が枯れていく。赤塚にも、それが判っている。判っていながら、それをやる。僕は、それを見ていて、本当に立派だと思う。人の道にはずれていないと思う。

壁村伝説再び。古谷への新連載依頼で一週間泊り込んでいたが、古谷が何気なく「赤塚さん」と口にしたから大変

壁村は、その一言に怒った。

「てめえの原稿なんかいらねえよ」

と啖呵を切って、古谷の部屋から出ていった。(略)

壁村は、『ダメおやじ』のヒットで増長した古谷が、赤塚と対等の口をきくようになったと解釈した。その古谷を許せなかったのだろう。「義」に生きる人だった。

勢いで始めてすぐ投げ出し、長谷邦夫が実質編集となった『まんがNo.1』

まんがNo.1をめぐって、古谷は赤塚に噛みついたことがある。

「先生、売れる雑誌を作りたいんでしょ。僕と芳谷さん、今、人気絶頂だよ。どうして二人に、もっと描かせないの?」

「いや、あの雑誌やってるの長谷だから」

赤塚は逃げをうつ。

「だって、表紙で赤塚不二夫・責任編集ってうたってるじゃない」

「オレ忙しいし、長谷にやって貰うしかないじゃない。長谷の好み入るのは、しょうがないよ」

古谷は、そんな赤塚を眺めながら、

(いつも長谷の悪口を言ってるが、先生は、オレより長谷のほうが大事なんだ。このままじゃ、オレ、フジオ・プロ出てっちゃうよ。)

古谷の胸に、赤塚の元を離れようという思いが、この時、初めて芽生えた。

最後の漫画『シェー教の崩壊』のために涙の全員集合

アシスタントが揃った。チーフは、あだち勉。以下、高井、古谷、北見、土田よしこ。名古屋から、とりいも駆けつけている。長谷には声がかけられていない。(略)

版画家の棟方志功のように、赤塚は、原稿に顔を近づけ、当たりをやっている。長年の目の酷使、アル中のせいもあったろう。この頃の赤塚は、老眼がひどくなっている。僕は、赤塚が当たりをやっている姿を久しぶりに見た。線が太くなり、昔の軽やかな線とは違う。

赤塚がトイレに行った時、あだちが僕に囁いた。

「先生、絵下手になったなあ。当たりの線濃過ぎるしさあ。オレ、先生の線、全部消して描き直してるの」(略)

皆、感慨を込めてペン入れをしているのが、ヒシヒシと伝わってくる。赤塚の絵が、微妙に歪んでいる。しかし、誰にもとがめられない。

黒澤明なのだ

「これでいいのだ!!」

このセリフは、黒澤明の『どん底』がヒントになっている。藤田山が駕籠かきに扮して言うセリフ「夜は寝るのだ!!」から生まれた。

赤塚には、そう聞こえている。しかし、実際の藤田山のセリフは「夜は寝るだ!!」。赤塚の聞き間違いが、パパの名セリフにつながったのだ!!(略)

安田講堂占拠

赤塚と僕は、TVに釘づけになっている。室内では、ストーブが赤々と燃えている。

「冷たいだろうな、学生達」

赤塚がポツンと言う。

「オレのおふくろは偉いよ」

僕は、一瞬、現実に連れ戻される。

「おふくろはさあ、悪さをしたオレを、薪ザッポウを手にして自分で撲ったよ。我が子のおしおきを他人任せにしたり、おまわりに頼んだりはしなかったよ」

  • 石井いさみトリビア。

打倒マガジン、打倒『巨人の星』で、野球に対抗してサッカー、やたらの号泣に対抗してタイトルは『くたばれ!!涙くん』。

さらに梶原一騎をサンデーに引き抜くと、梶原は石井を指名。実は梶原兄弟と石井は幼馴染だった。軌道にのりだしていた『くたばれ!!涙くん』を終了させて始めた連載だったが石井の絵はどうしても梶原節と馴染まず。

手があくと文庫本を読んでいた18歳の寡黙な石井アシスタントが、あだち充。

サンデーが読み切りで描かせた『750ロック』に、あのチャンピョン”手塚原稿破り”壁村編集長が目をつけて『750ライダー』大ヒット。

  • 著者と長谷邦夫はウマが合わなかった模様。

「赤塚は長谷が嫌いだったが作品のため我慢してつきあってきた」とかヒドイことを書いている。


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2005-07-01 18世紀フランスのジェンダーと科学


エミリー・デュ・シャトレとマリー・ラヴワジエ―18世紀フランスのジェンダーと科学

作者: 川島慶子

出版社/メーカー: 東京大学出版会

発売日: 2005/06

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才能あっても女というだけで、という毎度お馴染みのゴクローサンな展開。まあ死ぬまでやっててもらってええのんですけど、例えばラヴワジエはフランス革命時に徴税請負人だったせいで死刑になる。その際の世間の証言が「冷静な夫と感情的な妻」となっていることに著者はケチをつける。才能のあるラヴワジエ夫人がそんな筈はないと。おい、待ってくれよ、ですよ。そんなこと言ってる時かよ。ラヴワジエ夫人が死刑にならずに済んだのは何故ですか、革命政府も夫もラヴワジエ夫人を半人前扱いした差別主義者だったからでしょう。ラヴワジエはなんで僕だけ死刑になるのなんて考えなかったでしょう、女性を差別していたから。そうして半人前扱いされて死刑にすらしてもらえなかったラヴワジエ夫人は今度はラムフォード夫人となって生きながらえます。

そこには年老いたトルコ人のような人物が背をかがめて腰掛けている。この年寄りのトルコ人が、ダヴィドによって描かれた若く美しい女性の成れの果てなのだった。これが、男のような老年の姿態と、まったく奇妙な髪型と身なりをしているラムフォード夫人なのである。(略)

彼女はしばしば小型ソファーから突然に身を起こし、まるで男がするように暖炉の前に立ちはだかるのだった。靴下どめのところまでスカートをたくし上げると、平然とその巨大なふくらはぎを暖めた。しばらくすると彼女は慇懃にわれわれをひきとらせ、われらふたりはふたつ返事で了承するのが常だった。

このような描写に著者は怒ります。

なかなかグロテスクな場面であり、知性や美貌をかさにきた女の末路として、男性社会がこの手の女性を嘲笑するのに使った典型的な記述でもある。

愚弄されようがなんだろうが断頭台の露と消えるよりマシな気がしますが、多分、命より名誉なのでしょう。結構なことでございます。

半人前扱いだからこその権力。それが御不満ですか。

実際、ほとんどの公的な地位から締めだされていた女たちが主催するサロンの力というものは、それゆえに制度では絶対にコントロールできない。よく考えてみれば、これほど恐ろしいものはない.現実の地位や権力を餌に、あるいは公の論理をふりかざしても、彼女たちの好みを押さえつけることなどできないのだ。エレガンスやエスプリ、センスといったとらえどころのないもの、科学的なものからもっとも遠いところにあるように見えるものについていまや男学者たちは真剣に考えなければならない。これは同業者の男たちの視線とも、男のパトロンの視線ともまったく違う価値観に基づいている、ここではいわゆる男社会の基準はいっさい通用しない。

侯爵夫人は気楽な稼業ときたもんだ

「侯爵夫人」は若く美しく裕福かつ自由である。彼女には恋人のほかにたくさんの崇拝者がいる。ふたりが天について語らうのは「彼女の」館である。夫人は自分をなまけものと形容していることから、貴族の女性としての義務はきわめて軽いと見ていい。つまり彼女は貴婦人としての特権はすべて維持した状態で、社交人としての体面も傷つけることなく、制度としての結婚から完全に切り離された純粋な恋愛を楽しむ「女」としてのみ存在し、しかもそのような彼女の態度は完全に肯定されている。「侯爵夫人」は「義務なき特権をもつ魅力的な女」という、多くの貴婦人たちにとってきわめて都合のよいロールモデルなのである。

サロンの話は2/13の「サロンの思想史」にも。

今日の貸し出しシートから 今日の貸し出しシートからを含むブックマーク

群像2003年12月号からハラリと2004/04/22の貸し出しシートが。市立図書館だからまだいいけど、県立は名前が記載されているので中々恐ろしい。絲山秋子『イッツ・オンリー・トーク』と『のってみたいな特急列車』『きゅっきゅっきゅっ』『電車の写真家』を借りてます。群像には絲山秋子の『袋小路の男』掲載されているから、絲山秋子ファンで駄目亭主と電車が好きな子供を抱えて苦闘中の女性であると推定しますと差別でありましょうか。

東京するめクラブ 地球のはぐれ方

東京するめクラブ 地球のはぐれ方

もうひとつ以前「地球のはぐれ方」を借りたときに挟まっていたシートの内容。

マネジメントの本質、屋根の日本史、「住宅設備・家電」が、気候変動の文明史、新しい自治体の設計、<改革>の技術、源義経の時代、プレジデント、Japan mode。学生時代にハルキを読んでいた40代地方公務員?建設会社勤務?だろうか。