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2007-09-30 監視社会と「個人」の消滅 このエントリーを含むブックマーク

時間のないビジネスマンと金がないホームレスは、191頁の「主体と責任」辺りから立ち読みするだけでもなんとかなるような気がしないでもないと書いてミル。一応最初から全部読みましたと言い訳してミル。

個人や自律なんてのも効用があるゆえのフィクションなので、それより有効な規制があるならそれでヨシという意見を引用してミル。


自由とは何か―監視社会と「個人」の消滅 (ちくま新書)

作者: 大屋雄裕

出版社/メーカー: 筑摩書房

発売日: 2007/09

発生してしまった帰結を自分の選択として引き受けるとき、行為者は偶然的・確率的にその行為に追いやられた客体としてではなく、積極的に自由な選択をした主体として立ち現れるのだ。

「法人」という擬制(fiction)

責任を引き受ける時に「法人」が存在する

 大学の土地や建物は現実に存在している。だがそれは「名古屋大学」ではない。大学が移転し、元の土地を売り払っても名古屋大学は名古屋大学であり続ける。あるいは、そこで働いている個々の職員も「名古屋大学」ではない。

(略)

 人々が自由であり、自己決定をする主体だということは、一つのフィクションである。だが現在の法は、あるいはそれを含む社会全体はそのフィクションの上に成立しているのであり、またそのフィクションの内部から見ればそれは確かな現実なのである。ちょうど、婚姻した未成年者が実態としては二十歳未満であっても法の世界においては成人として扱われるのと同じように[753条(婚姻による成年擬制)「未成年者が婚姻をしたときは、これによって成年に達したものとみなす」]。

(略)

 そもそも法人の行為とは何かと言えば、それはその結果に対して法人が責任を負うということである。私がプライベートで車を運転しているときに事故を起こせば、被害者に対する損害賠償は私自身が行なわなくてはならない。だが職務の一環である運転の際に起こした事故に対しては、法人たる名古屋大学がその責任を負うことになる。これを被害者の立場から見ればその責任を問うことにおいて名古屋大学を法人=法律上の人格を有する存在として認めていることになるし、逆に名古屋大学からすれば、その責任を引き受けるときにその事故は名古屋大学の行為だった、そこに名古屋大学という主体が存在したと主張していることになるだろう。

責任を負うときに「自由な個人」となる

 個々人の側から見たとき、責任を負うということは、そこにおいて自分が「自由な個人」として決断していたと主張することを意味している。

(略)

 「自由な個人」だから帰結の責任を負わなくてはならないのではなく、責任を負うときに・そのことによって私は「自由な個人」になる。ここでは、自由と責任のあいだの因果関係が逆転しているのである。

人格亡きあとのリベラリズム

 功利主義に立脚する法哲学者・安藤馨は、個々人の快楽ないし欲求充足として理解される「効用」の総和を最大化することを目的とする功利主義が、「自由のみならず自律に対しても何ら内在的な関心を有していない」ことを正確に指摘する(安藤馨「統治と功利――人格亡きあとのリベラリズム」)

(略)

 個人の人格は、そこに天然自然のうちに存在しているものではなく、それがあると考えた方が人々の効用が増大する(=気持ちよくなる)から設定されたもの、あると考えられるようになったものであるに過ぎない。となれば、個人の人格を基礎とする自律という観念も、単にそう考えることによってもっとも社会全体における功利が増大するという理由によって正当化し得るものに過ぎないということになろう。もし別の考え方を取ることによってより功利性が増大するのであれば、功利主義はそちらを採用することになるはずだ。そしてそこで再び登場するのが、「アーキテクチャ」である。

(略)

アーキテクチャの権力の発達によって人格ぬきの支配が成り立つようになり、しかもその方が効率がよくて皆で気持ちよくなれそうである。だとすればなぜ、人格とその自由などという古くさいフィクションにこだわらなくてはならないのか?

アーキテクチャ

レッシングは「社会生活の「物理的につくられた環境」」をアーキテクチャと呼んでいる。我々がその内部で行為を行なう空間のあり方それ自体に操作を加えることによって、我々の行動をコントロールすることが可能になるのだ。

[例:ホームレス除けのへんなオブジェとか寝転がれないよう仕切られたベンチ。ここで寝てると罰すると言われることもなく、規制手段を意識することもなく、排除される]

弱体化した個人より

近代のリスク社会が生まれた理由の一つを、弱い個人が・強い力を持ってしまったことに求めるのは不当なことではあるまい。

 だとすれば、その弱い個人の行動をコントロールし、想定外の大被害が世界に対して生じないようにアーキテクチャ的な規制を加えていくことが、むしろその個人を守るためにこそ必要になるのではないか。

著者のまとめ

 だが、それでもなお、人々が自分のことを自律的な個人であると信じていることには相当の意味があるのではないかと、私自身はまだ考えている。

(略)

自由な個人とはいまだなお信ずるに足るフィクションであると(「左派」と安藤には呼ばれたが保守主義者的な固陋さをむき出しにして)なお主張しておきたいのである。

2007-09-27 永遠平和のために・新訳

「自由論」新旧比較 - 本と奇妙な煙

上記の続きでもないが、こっちの新訳を読んでみた。上記ほど読みやすくなったカンジはなかった。メモ代りに長文引用。


永遠平和のために/啓蒙とは何か 他3編 (光文社古典新訳文庫)

作者: カント,中山元

出版社/メーカー: 光文社

発売日: 2006/09/07

自由

自由というと、「他者に不正を加えなければ、好きなことをしてもよい」という各人の〈権限〉という観点から定義されることが多いが、法的な(そして外的な)自由はこの観点からは定義することができない。そもそも〈権限〉とはどういうことかというと、他者に不正を加えずに行動する可能性のことである。だからこれを言い直してみれば「自由とは、他者に不正を加えずに行動する可能性である」ということだ。すなわち「他者に不正を加えなければ、それは不正を行わない(好きなことをすることができる)ことだ」ということになる。しかしこれは空虚な同語反復というものではないだろうか。

 わたしの外的な(法的な)自由とは、このような方法ではなく、次のようにして説明できるのである――わたしがあらかじめみずから同意しておいた法則だけにしたがい、それ以外にはいかなる外的な法則にもしたがわない権限があるときに、わたしは外的に自由なのである。国家における国民の外的な(法的な)平等も同じように説明できる。国民が、同じ法に平等にしたがい、同じように拘束される可能性があるのでなければ、いかなる他者も法的に拘束できないときに、国民は平等なのである

専制的体制への対応

 現行の憲法の上ではまだ専制的な支配権を所有している国家にあっても、共和的に統治することはできるのである。そのような統治によって国民は次第に、法律に物理法則と同じ力がそなわっているかのごとくに、法律の権威という理念そのものの影響を感じるようになり、みずから立法する能力があることが認められるようになるのである(略)。

 一方では、ある国で劣悪な体制のために革命の暴動が発生して、非合法な形で合法的な体制が樹立されたと考えてみよう。その際に暴力や悪しき策略をもってこの革命に参加した者は、旧体制においては叛乱者として処刑されるべきかもしれない。しかしだからといって、その国を旧体制に戻そうとすることはもはや許されないのである。同じように国際的な関係においては、ある国が専制的な体制を維持しているからといって、その国家がほかの国に併合される危険がある場合には、その国に専制的な体制を破棄するように要求することは(専制的な体制は外的には強固に抵抗する体制である)、許されないことである。だから変革の意図が存在していたとしても、より善き機会が訪れるまで、実行を遅らせることを認める必要があるのである。

[原注]

これは理性の許容法則である。その国の公法に不正が含まれるとしても、完全な成熟にいたるまで、あるいは平和的な手段でこれを実現できるようになるまでは、そのままの状態を保つことが許容されるのである。というのは、合法性が低いとしても、なお法的な体制を維持していることは、法的な体制がまったく存在しないよりも<まし>なのであり、時期尚早な変革を遂行した場合には、法的な体制がまったく存在しない無政府状態に陥る運命にあるからである。

下の文章なんか岩波版の方がわかりやすい。

(中山元)

そのような尊称のために国の支配者が高慢になるのではないかというのは間違いであり、支配者はこの尊称を考えると謙虚になるはずである。

(宇都宮芳明)

これらの尊称は、領主を高慢にさせるどころか、むしろかれを謙虚な心にさせるにちがいない。

どうでもいい話 どうでもいい話を含むブックマーク

紙面が大幅に余ったので久々にどうでもいい話。

  • 正直両手に紙袋を提げギョロ目で睥睨する成海璃子を見たとき何か似てるって思ったんだ。

f:id:kingfish:20070805003613j:image

ガメラ似。

この写真だと伝わらないけど、横顔がほんとに似てたんだよお。

ドラマは××なので観てない。

  • 正直、黒船とかモナより日本人のスザンヌだ。
  • 正直あにゃめ夜話「ギンガテツドウ」にトヨザキが出てると思ったが、摩耶マックスだった。まあどっちも××だけど。どうしてあの手合いは無頼を(略)。
  • 正直ピンとこなかった綾瀬はるかだが、干物女でピンときた。ドラマ自体は××だったけど我慢して観た。思わずJamFilm借りた。


Jam Films [DVD] DVD・ブルーレイ - オムニバス・ムービー, 魚谷佳苗, 山崎まさよし, 大沢たかお, 吉本多香美, 佐々木蔵之介, 妻夫木聡, 広末涼子

↓フェミの皆様には不快な映像。

ぽよよーん、パッチン。

D

  • 正直関根麻里がデビューした時、親子揃ってネタ話は得意じゃないからどうなのかと思っていたら、サトウアイコ枠で大繁盛。

と思っていたら、アイコ結婚。勝負の世界はキビシイのだ。

  • 正直後日この文章を後悔すると思う。

でも、後悔しても削除はしないゾ。

2007-09-26

[]「YangBlaad'68」公開 「YangBlaad'68」公開を含むブックマーク

ここで聴けるが→(音と奇妙な煙)

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リハビリ第二弾。

テキトーに始めてまたこのパターン。ちゃんとやろうとすると、いつまでたっても始まらないわけで。とりあえず作っておけ。これだけじゃなんなのでタイトル画像変えてみた。

2007-09-24 大冒険時代 このエントリーを含むブックマーク

50の傑作探検記を禿しくツマミ喰い。


大冒険時代―世界が驚異に満ちていたころ 50の傑作探検記

作者: マークジェンキンズ,Mark Jenkins

出版社/メーカー: 早川書房

発売日: 2007/07

1924年東ダルフール。夜の砂漠。

本が読めそうなほど満月の光は明るく、北からのそよ風が砂の平野を吹き抜けると、草の葉がおじぎをしてサラサラと音をたてた。コオロギが鳴き、ジュズカケバトがつがいを求めてのどを鳴らし、フクロウがホーホーとうそぶきながら木から木へ飛び移っていた。それが行けども行けども続き、柔らかいラクダの足裏は、夜のしじまのなかでも、いつ砂地に接したのかまったくといっていいほどわからなかった。

(略)

 真夜中過ぎに月が消えてしばらく赤く発光し、そのまわりを淡い藤色がぼうっと囲んだ。それから星が本来の美しさを取りもどし、一時間ほど何にも邪魔されず闇の世界に輝いた。一、二度、流れ星が光の尾を引いて夜空を大きく横切った。六時近くになると東の空がほんのりした薔薇色であふれ、その数分後に太陽がのぼった。

トルキスタン砂漠

死体を運んでいるキャラバンに遭遇したこともある。

トルキスタンで仕事をする中国人貿易商は、こんな辺鄙な土地に骨を埋めるなんて考えただけで鳥肌が立つといい、国境地帯で死んだ場合にその後の面倒をみるギルドに属している。死体はまず仮の墓に埋葬される。やがて肉の大部分が落ちたところで、ギルドが掘り返し、運搬用の棺におさめてラクダに載せる。一回あたり運ぶのは四人である。棺は砂漠を横切り、ルートの端にあるギルドのほかの支部に届けられる。そして最終的にはおのおのの先祖代々の墓地へと送られるのだ。

記録的寒さの12月に出発すると、先行キャラバンが捨てていったラクダが生きた雪の彫像となって見送る

うち捨てられたラクダの多くはまだ生きていた。ラクダもある程度弱ると、もはや立ち上がって歩くことはできないが、それでも驚くべき生命力をそなえていて、極寒と荒天のなか、まだかなりの日数を生きていられる。キャラバンの男たちは凶運をおそれてラクダを殺さない。狼でさえ、倒れたラクダには手を出さない。狼が倒すのは立っているか、逃げようとするラクダである。ただ横たわってこちらを見ているならば、狼は目の前の獲物が息をひきとるのを待つのみだ。

 ラクダのなかには、片側を雪に覆われたものもいた。極寒を生き抜いてきたあかしだ。ラクダは自分の体を動かすこともできない。しかし、私たちが近づいていくと、頭の向きを変えてこちらを見ようとする。そのまま通りすぎると、また前を向き、私たちが吹雪のなか歩いていくのを見送るのだ。

モンゴルの王女に西洋と東洋の対立について尋ねると

私はモンゴルの王女と実に楽しい会話を交わす機会に恵まれた。乗馬靴に青いタイトスカート、珊瑚色の刺繍を少しばかりほどこしたシンプルな白のブラウス。言うことをきかないポニーを乗りこなしてきたからか、髪の毛は少々乱れている。知的で魅力的、客観的な物の見方をするこの東洋の女性はきれいなフランス語を話し、スラング混じりの英米系の英語をあやつる。

(略)

「どうして保守主義を嫌悪すべきものと考えるのですか?」と王女は答えた。「あなたは自分の家や所属するクラブにいつでもよそ者が来ることを歓迎しますか?東洋人は心の中に万里の長城さながらの壁を築いている。

しかもその壁はだんだん頼りなくなりつつあります。壁の向こう側にいる人間は、愛されたいとも、理解されたいとすら思っていない。自分の生活を乱されたくないのです。

(略)

 あなた方の生活は慌ただしく、だから野蛮です。機械のおもちゃの魅力にとりつかれているけれど、実際にはその使い方をマスターしていない。率直さが大事だというけれど、真の理解が生まれるまでは、たとえ形式的なものでも礼儀があったほうがいい。あなた方は世界の理想を牛耳っているけれども、それは私たちの理想とは相いれないものです。

 あなた方は自動車や鉄道、ラジオといった文明の利器を持っている。だから道路も整備されず、衛生状態も悪く、スピードも、言論の自由も、健全な財政も、西洋式の司法制度もないこの国を遅れているとみなす。そして中国人を憐れみます。でもこの国の人々は重要な世界の中心にある天上の王国に暮らしているのです。あなた方の進歩――少なくともそれが東洋に及ぼす影響は、無秩序そのものです。なぜなら精神的な価値がまったく実現されていないから。私たちモンゴル人は自由です。“神のおられる天国の下の良い馬と広い平原”、これが私たちの願いであり、私たちはそれを実現しているのです」

経歴が面白すぎ

アンリ・ド・モンフレイ(1879-1974)

 真珠採り、闇の武器商人、大麻の密売人……アンリ・ド・モンフレイは、そのすべてであると同時に、それ以上の存在でもあった。筋肉質の引き締まった体にサンダルと腰巻、ターバンを身に着けた背教者のフランス人。その姿は紅海のあちこちで目撃された。20世紀最初の25年間、この男は「スエズからボンベイまでの地域で最大の傑物」とみなされていた。

 モンフレイは、自由奔放なブルジョア家庭で育った。裕福な父親は、ポール・ゴーギャンと厚い友情で結ばれていた印象派の画家で、パリのほかに地中海の近くにも家を持っていた。

(略)

エテオピアの皇帝ハイレ・セラシエはモンフレイの暗殺を図ったが、1935年にエチオピアを侵略したイタリアのムッソリーニはこの男の熱烈な信奉者になった。

(略)

 モンフレイにとって、密輸行為は完璧な自由を求める旅の一側面でしかなかった。(略)また、彼は神秘主義に魅せられ、「海、風、前人未踏の砂漠の砂、無数の星をちりばめた遠い空の無限の広がり」に自分を一体化させようとした。

(略)

第二次大戦中、イタリアに協力した罪でイギリス当局に逮捕され、ケニアの捕虜収容所に送られた。まもなく釈放されると、彼は森の小屋に居を構え、狩りをして飢えをしのいだ。戦後はフランスにもどると、ロアール川流域に立つ17世紀の屋敷を買い、ここに腰を落ち着けて執筆と絵画の制作に明け暮れた。どうやらアヘンの原料となるケシの栽培にも手を出していたらしいが、何とか訴追は免れた。モンフレイは家族が所有していたゴーギャンの絵のコレクションを担保に金を借りていたが、後になって贋作であることが判明した。「海の狼」は老いてもなお、計略の種を隠し特っていたのだ。

 アンリ・ド・モンフレイは長命で、95歳まで生きた。一部のフランス人のあいだで、この人物が熱狂的な崇拝の対象になったのもうなづける。

2007-09-23 バカ君をディスるオタキング

動機が健康のためとはいえ、一旦痩せてしまうとあれだけクレバーな人が自分を見失って変な色気をだしてしまうとは。貧相になってしまったオタキングを見てカッコイイという思う人は誰もいないと思うけど、本人だけは夢心地。


オタク論!

作者: 唐沢俊一,岡田斗司夫

出版社/メーカー: 創出版

発売日: 2007/04/23

同世代の漫画家が肥満死して人事ではなくなったオタキング

(2004年12月号での発言)

ダイエットする恥知らずになりたくない

オタクにしてみれば、ダイエットするのが難しいというより、ダイエットするという心境になるのが難しい。僕が以前ダイエットした時に一番難しかったのが、ダイエットを決心するのが嫌なのではなく、ダイエットなどという恥ずかしいことをする自分になるのが嫌ということだったんです。そんな恥知らずになるのが嫌だったんですよ。

(略)

女の子やおしゃれをしている人にしてみたら、「太ってる方が恥ずかしいじゃん」となるんでしょうけど、それは俺が覚悟して引き受けた茨の道だからいい。でもここで痩せたら、今までの茨の道を自ら「間違いでしたー(笑)」と自己否定することにつながって、おまけに、“デブった自分”というゼロどころかマイナスからやり直すというのはきついですよ。

2006年11月号での発言

僕は今、医者から「このままじゃ死にますよ」と言われてダイエットしてるんですけど、それは動けなくなるのが嫌だからですね。動けなくなって自殺もできなくなったら……と思うと恐怖ですよ。

一番笑ったのが「伊藤バカ君」本に対するオタキングのブチキレっぷり。「僕は読んでないです」。単行本化にあたってのコメントでも「相変わらず読んでない」と清清しい態度。この件に関しては禿同。ゴー・ゴー・オタキング。

エロ系から始まった萌えのジャンルだけを『テヅカ・イズ〜』から語るなら可能だけど、それで世界全部を語るにはあまりにも危ういなあと。

『テヅカ・イズ・デッド』というのは手塚治虫というイエスが死んだ後で、言ってることを捻じ曲げて、オカルト化して教団化していくわけだね(笑)。(略)

僕らは手品師なんですよ。科学の論理は分かってるんだけど科学者にはならず、でも科学の力を使って面白くてみんなをびっくりさせることができる。だから手品師。でも伊藤君たちは占い師なんです。手品師より占い師の方が尊敬されるし。でも手品師は占い師を軽蔑するんですよ(笑)。お前たちがやってるのは騙しだ、俺たちがやってるのはエンターテイメントだ、と。

[関連記事]

帝国論とオタキング - 本と奇妙な煙

これだけじゃなんなので、オマケ。

「革命の恐怖」に脅えて貧民児童教育 「革命の恐怖」に脅えて貧民児童教育を含むブックマーク

滝山コミューン1974 - 本と奇妙な煙

上記に関係あるようなないような


ロバート・オウエン (イギリス思想叢書)

作者: 土方直史

出版社/メーカー: 研究社

発売日: 2003/03

ランカスター・システム。インド式がココにもw

もともと国教会の聖職者アンドリュー・ベル博士がインド在任中に小学校の校庭で目撃した「モニター制」にヒントを得て、イギリスで紹介し、それをジョセフ・ランカスターが実用化したものである。

 ランカスターの『教育の改善』(1803年)によれば、そのシステムは、まず、教師が生徒のなかから成績優秀なものを抜擢して助手に採用し、その生徒が他の生徒を指導するという制度である。したがって教育方法は単純化されていた。もっぱら、文字を暗記させ、簡単な計算を繰り返して、知識を機械的に習得させるやり方であった。この作業を効果的にするために、生徒に対するさまざまな賞罰の制度を併用していた。すなわち、一方で、厳しい体罰をちらつかせ、他方で、わずかな褒美の品やメダルを与えて、勉学に励ませるという、単純なアメとムチによる誘導の制度であった。

 「革命の恐怖」に脅えた人々の狼狽に後押しされ、貧民児童教育が、にわかに「国民的課題」として上流階級に認知され、ランカスターの活動に全国から熱い期待が寄せられた。

2007-09-18 ムーミン仕様書 このエントリーを含むブックマーク

日活後、アニメ脚本を手がけた著者、出崎統とケンカして「あしたのジョー」を降りたり、ルパンやったり、ムーミンでスナフキンやスノークを独自のキャラにしたり。


日活アクション無頼帖

作者: 山崎忠昭

出版社/メーカー: ワイズ出版

発売日: 2007/09

脚本をやっていると原作者からのクレームがつく、同じつけるならトーベ・ヤンソンくらいちゃんとつけてみろと、著者はヤンソンからの手紙を公開。少しは省略しようかと思ったが、あまりにも面白いのでほぼまるごと。

「トーベ・ヤンソン女史の手紙」

 「まず、出発点からまちがっている。即ち、ムーミン谷、ムーミン的考え方がすべてちがって表現されている。

 自動車は使うべきではない(略)。

 都会も不向きであるし、ムーミン家の内装も変えるべきであると思う。全体的にムーミン谷(略)のフィーリングがなくなってしまっている。このまちがいを救う唯一の道は、この作品に携わる者全員が良くムーミンの本を読み、ムーミンの世界に溶け込み、そのフィーリングを感じて理解していただくより他にないように思う。

 ムーミン家の人々は、現代のモダーン社会に生きているのではない。彼等の住む社会は、温和で親切な社会である。

 勿論、突発的な事件もおこります。ムーミン家の人々は、事件が好きです。しかし、決して口論はしない。ムーミンパパが息子の尻を叩くなどは考えられないことであり、また、この世界では誰も人の尻を叩くことはしない。

 もし彼らが怒ったときは、たとえば、コーモリ傘でたがいの頭を叩き合うぐらいで、決して腕力をふるわない。

 ムーミン家の内部がまたちがっている。部屋が先ず広すぎるし、ガランとし過ぎている。

 だから一見、事務所のように見える。ムーミン家の部屋は、どちらかと言うともっと小じんまりしている。そしてもっと家具が一杯おいてある筈です。古風な家具が一杯……。

 また、そこには赤いビロードや食卓、それからレースのカーテン、小さな細長い脚のついたテーブルやロッキングチェア等がギッシリ詰まっている。どうか新聞用コミック・ストリップ(註・英国の新聞に連載した『ムーミン』のマンガを本にまとめたもの。ヤンソン自身の筆になるものもある)を、もう一度見て下さい。

 ムーミン家の人々は、もっと長い耳である筈。目はもっとたがいにはなれている筈。

 彼等の手は、いつも短いままでおくこと。たとえば、もし手を長くのばさないとギターが弾けないのなら、ギターはやめてしまう方が良い。とにかく、手はぜったい長くしないこと。

 ムーミンママは、いつもハンドバッグを持っていること。

 ムーミンパパは、通常ステッキを持っていること。

 ノンノンは、左の足首にリングをはめていること。また、彼女はリボンを頭につけてはいない。彼女の髪の毛はあまり濃くしないこと。更に詳しく申し上げるならば、ムーミン家の人々は、夜はパジャマとナイトドレスを着ます。天気のひどく悪い日は、オイルスキンを着用します。また、冬はマフラーをします。

(略)

特に注意してほしいことは、ムーミン家の人々には口はないということ。動画の場合、口が必要なのは判るが、できるだけ小さい口にして誰が今喋っているのか示す位に考え、また使ってほしい。決して、決して歯は描かないこと。」

昭和45年、長谷部安春から中平康が早稲田でカレーライス屋をやっていると知らされ訪ねるとポツンと店番をしていた


黒い賭博師 悪魔の左手 [DVD] DVD・ブルーレイ - 小林旭, 二谷英明, 広瀬みさ, ジュディ・オング, 中平康, 小川英, 山崎忠昭

出版社/メーカー: 日活

発売日: 2005/01/21

上記映画等で仕事をした著者を覚えていてくれた

中平氏は、ついその前年迄出かせぎに行っていた香港の映画界での氏の活躍ぶりを巧みな話術で私に語ってくれた。

 香港の女優は失恋するとすぐ自殺するので、うかつにからかうこともできないこと。

 あちらでは中平康でなく、中国風に“ヤン・スーシー”の名で撮っていたが、これは本名のヤスシを二つにバラシたものであること。

 また、同じ時期井上梅次監督がやはり出かせぎに来ていたが、氏のマンションにあるホーム・バーは一杯いくらの料金箱つきで評判が悪く、自然、人々は中平無料ホーム・バーヘ寄り集まって来るようになったこと……等々。

 サテそれから一ケ月後――私の親しい知人であるジュディ・オングの父親が、

 「台湾の映画会社がジュデイの主演で日本との合作映画を作りたいと言って来ました。監督はぜひとも中平さんにお願いしたいので、山崎さん、一つ、間に立ってください」

 と依頼して来た。ぜひとも、という言葉の裏には、これより4年前、『悪魔の左手』であの美少女ジュディを、意表をついてギャンブルの天才少年役に起用、みごとな効果をあげた中平氏の演出力にジュディの父親も母親もスッカリ参ってしまっていた、という背景がある。[結局この話はつぶれた]

(略)

[ジュディ母から電話]

先頃10チャンネルの『愛の誤算』というドラマで共演した寺尾聡にジュディがスッカリ熱を上げていて、今すぐにでも家を出て彼と同棲するなどとトンデモナイことを言い出している。そればかりか、最近では寺尾がアレはダメ!コレはすぐやめろ!などジュディの仕事のことまで一々口を出す。そのためジュディの主演で来週からクランクインがきまっている東宝映画を、今になってオリる、そして彼とスキーに行くなど無茶苦茶を言って突っぱっている、というのである。

[中平にジュディを諭すよう頼んでくれとジュディ母]

とまあこんなカンジで部分部分を引用しても面白くない本なのでこれにて終了。

[関連記事]

ムーミンの生みの親、トーベ・ヤンソン評伝 - 本と奇妙な煙

ムーミンの世界 トーベ・ヤンソン評伝2 - 本と奇妙な煙

2007-09-16 戦争と死は偉大なる平等推進者 このエントリーを含むブックマーク

ハゲしく飛ばし読み。


社会契約論の系譜―ホッブズからロールズまで (叢書 フロネーシス)

作者: ディヴィッドバウチャー,ポールケリー,David Boucher,Paul Kelly,飯島昇蔵,山岡龍一,金田耕一,佐藤正志,輪島達郎

出版社/メーカー: ナカニシヤ出版

発売日: 1997/05

戦争と死は偉大なる平等推進者である

社会契約の概念の出現は、したがって、人間の平等の思想の出現と密接に結びついている。

(略)

1560年から1660年までの100年間、ヨーロッパを分裂させたすさまじい内乱と対外戦争が、その思想を政治的に鼓舞した。戦争と死は偉大なる平等推進者である。人間の平等の原理は、人々は互いを殺すことが等しくできるという事実によって支持されるという、ホッブズのどちらかというとグロテスクな思想は、この陰鬱な事実を反映しているのである。

(略)

戦争は、「すべての人々は、生まれながらに、等しく自由である」という事実から起こる。

「つかの間の契機」と永久革命

現代の用語では、憲法制定議会(constituent assembly)の機能は、支配することでも、永久に裁くことでもなく、まさしく〔国家を〕設立すること(to constitute)である。ホッブズにとって、主要な目的は、政治の論理に合致した政治体を、コントロールすることではなく、むしろつくることである。ルソーの学説においては、憲法制定権力(constituent power)としての人民は、定期的な間隔おいて集まり続け、「政府」をかれらが集まるたびに服従させる――永続革命のシステムである――のに対して、ホッブズのシステムにおいては、憲法制定権力としての人民は、政府を確立するという、きわめて重要な過程におけるつかの間の契機にしかすぎない。

「個人主義者」ゆえ「国家主義者」

ホッブズは、自然状態において、ロックよりもはるかに広範な本源的権利を個人に容認するがゆえにこそ、市民状態〔国家〕において、個人の権利のはるかに広範な放棄を要求するのである。逆説的にも、かれはより「個人主義者」であるがゆえにこそ、より「国家主義者」なのである。

絶対的人民主権

ルソーの斬新さは、この主権者の意志を一個人の意志と無条件に同一視することはできないと主張したことである。そしてその結果として、主権者の意志を、政治体の構成員資格に適う市民全員の現実の意志として描き直すという、きわめて重要な方法を開拓したことである。このようにして、絶対君主政の理論は、そのラディカル・デモクラシー版である、絶対的人民主権の理論へと変換された。

一般意志の名の下に道徳とテロルが結合

[いかにすれば諸個人と人民の双方を徳に合致するように構成しうるか]

ルソーの同時代人の琴線に触れたのは、まさしくこの徳への配慮であった。(略)

E・ケネディは「ルソーは感情的な革命を促した」と書いている。1789年に始まった大革命において異様なまでに肥大化することになるのは、まさしくこの感受性、道徳的高まりと純粋性への強烈な熱望であった。(略)

社会契約から生まれた共同体は、質素で、勤勉であり、有徳であり、富への不信に満ち、堕落を知らず、人民の素朴な性質に信頼を寄せている。この性質が、社会において善とされるあらゆるものの貯蔵庫なのである。このような議論で理論武装したロベスピエールとサン・ジュストといった連中が、自分たちが弁論の上でも道徳の上でも敵対者よりも優位に立っていることを明確にし、敵対者たちに絶対悪という印象を植えつけることはいともたやすいことであった。人民がかれらに寄せられた愛情に見合うほどの存在ではないことが明らかになるや、独裁は一層の拡大へと後退し、一般意志の名の下に道徳とテロルが結合された。社会の一般意志は、12人で構成された「公安委員会」によって表現されていると想定されていたわけである。

ヘーゲル

フランス革命時代の相次ぐ試みは、「破壊の凶暴」しか生み出さなかった。こうした失敗例を、ヘーゲルは理論的な誤謬の端的な帰結と解釈したのである。

 ヘーゲルのルソー解釈が支持できるものかどうかは、まったく別の問題である。一般意志と全体意志というルソーのきわめて重要な区別を、へーゲルは一貫して無視している。(略)

一般意志は恣意的であり気まぐれであるという主張はやはり誤解を招くだろう。ルソーが全体意志との区別によって克服しようとしたのは、まさにこの個人の意志のはたらきの気まぐれさにほかならなかったのである。いやそれどころか、かれが力説する「一般意志はつねに正しく、つねに公共善に向かうものである」という主張は、ヘーゲルの要求を満たす方向に少なくとも幾分かは歩み出していたと考えられよう。

2007-09-08 コマソン・大瀧詠一・トリロー このエントリーを含むブックマーク


みんなCM音楽を歌っていた―大森昭男ともうひとつのJ‐POP

作者: 田家秀樹

出版社/メーカー: スタジオジブリ

発売日: 2007/08

  • 大瀧詠一『サイダー'73』

上司に女性コーラスにしろと言われるも、大瀧ファンの担当者は代替曲が間に合わないという理由をつけて一回オンエア、話題になってめでたくボツ回避。

作詞家の伊藤アキラは二回目に大森昭男から電話を受けた時、大瀧詠一からの“注文”を聞かされた。

 「始まりの音は母音の“あ”で始めてくれということでしたね。三音四音の組み合わせで最初は“あ”。自分でも歌う人ですからイメージがあったんでしょうけど、かなり厳しい注文でした(笑)」

 なぜ“あ”だったのか。(略)

大瀧詠一はそんな質問に、「まだ現役を続けるつもりだから」と笑って明かそうとしなかった。

  • タイアップ戦争

70年代後半“資生堂対カネボウ”開始

77年資生堂売上げ2700億宣伝費100億

レコード業界売上げ2300億宣伝費100億

資生堂一社でレコード業界全体を上回るわけで、当然レコード業界は騒然となった

ミスターミュージック吉江一男

80年代の初め、専属作家として契約してしていたのは4人だった。近田春夫、茂木由多加、佐久間正英、杉真理である。

 「近田春夫は、僕が八木正生さんのところに弟子入りした時に三ヵ月遅れでやってきたんですよ。彼はまだ中学二年生でした。その頃からの知り合いなんて、『専属になれ』って誘ったんです。

  • 「今の君はピカピカに光って」

演奏は作曲の鈴木慶一つながりで、ナント、PANTA&HALのメンバー。

  • 三木鶏郎、いずみたく、小林亜星

「創始者は鶏さんで二代目がいずみたくさん、三代目が亜星さんでしょう」(広告研究家・山川浩二)

「日本の広告音楽の流れは、三木鶏郎の系列から出発した世代と、それ以降に分かれており、後者の代表が小林亜星だった」

「音楽で言えば、鶏郎先生は、やっぱり冗談工房から始まっていて、たくちゃんはうたごえ運動ですよ。僕はアメリカンジャズとポップスですね。二人ともラジオ時代の人だし、音楽だけ作れば良いというところがあったでしょう。僕たちは、ラジオからテレビに変わる時代だったんで映像とコラボレーションが出来ないといけなくなった。僕らの頃から変わり始めましたね」

 小林亜星は、「コマーシャル界で鶏さんと関係がないのは僕だけ」と言いつつ、前述の二人と自分の違いをそう分析して見せた。

ミキサーは語る

 「僕はずっとカーステレオをつけなかったですね」

 と言うのは伊豫部富治だ。

 「クルマの中で音楽は意識して聴かなかったですね。影響されるんですよ、ものすごく。大体、カーステレオとかラジカセっていうのはよっぽどひどいものでない限り良い音に聞こえるんですよ。だから妙に満足してしまうんですね。いまの若いミキサーが卓の上にラジカセを置いてたりするのを見ると馬鹿じゃないかと思う。あれで聴いて良くない音なんてプロの音じゃないですから」

 田中信一は「ウォークマンは聴いたことがない」と言う。

 「基本的にへッドホーンで音は聴きませんから。時の流れで、そういう聴き方をしないといけないんでしょうけど、耳を守りたいという本能も働いたのかな。(略)生で聴く、次は良いオーディオで聴く、ヘッドホーンは最後ですよね。耳の側で鳴ってるというのは異常だと思いますし、最低の音ですよね」

(略)

プロツールスにしても、確かに誰でも録れますけど、そのレベルは違いますからね。生のマイクロフォン、へッドアンプの使い方を知らなかったら、プロツールスを使ってもちゃんとした音は録れないんですよ。テープレコーダーの代わりですから。やっぱり生の音を知らないと。あの中で全部完成させようと思うと無理がありますよね」

トリローのギャラ

 「それはもう本当にすごかったですよ。私が新入社員で入った頃に電通に打ち合わせに行ったんですけど、立派な応接室で重役やスポンサーの偉い人が出てくるんですよ。今度、こういうことでコマーシャルソングをお願いしたいんですという話を聞いて、終わってハイヤーに乗ったらもう作品が出来てるんですよ。打ち合わせをしている間に出来ちゃってるんです。それで一曲50万はくだらないんですよ。それでも並んで買いに来ましだからね」

 大卒初任給が1万3000円か1万5000円の時代である。

「こういうのは書けない」とビートルズで筆を折ったトリロー

「ビートルズの分析を先生がしましたよ。ビートルズの音楽はスコットランドの音楽のこの辺のリズムを取っているんだとか。私はそんな話をされても分かりませんから、小林さん*1がいたからだったでしょうね。お酒を飲みながら盛んに分析をされていらしたのを覚えてます(略)

他の作曲家とか他のアーティストのことを云々するということがあんまりない人でしたから珍しいなと思った記憶があります。先生はものすごい知識がおありだからあの曲はクラシックのあの曲のあの辺を取ってるとか、何とか民謡のあそこだよとか、あそこのコード進行はだらしないとか。説得力があるんですよ。

(略)

自分の時代じゃないというようなことは相当早くから思っていたみたいですよ。『三芸』の後半か解散した頃でしょうか。『みんなはまだ俺が成層圏を飛んでいると思ってるけど、もう地べたスレスレだよ』っておっしやってましたもん。

大瀧詠一インタビュー

[コロムビアとの契約]3年間で12枚。すごいでしょう。アルバム12枚、シングル12枚ですよ。そんな契約だと思わなかったんですけどね。(略)

ネタ枯れしますよ。やっただけでもすごいでしょう。みんなに叩かれましたし、売れ行きもどんどん落ちて行きましたし、最後はやけくそになって音頭だけやって止めようと思った。だからCMでは割合耳なじみの良いものをやってたんだけど、コロムビアの方ではやらなかったの。だって、なんとかこの三年間の契約さえ終わればこれから自分のサウンドでやれるから、それまではやるまいと決めて、音頭路線とか、売れないものの路線の方に究極に走ったんですよ。その年季明けが78年11月25日だったんですよ。そうか、「サイダー'79」のレコーディングは、その前日だったのか。

(略)

あの時は、いま言ったようにネタ枯れだったのでオリジナルを作る才能の余裕がなかったの。大森さんからこういうタイプのサウンドをっていうスケッチだけでも良いからって言われたのが9月だったんで、外国曲のカバーでデモだけ録ったんですけど。これ、「A LONG VACATION」のサウンドなんです。「A LONG VACATION」のサウンドは、すでにこの時にやってるんですよ。

(略)

「LET'S ONDO AGAIN」が出た25日に、改めて契約書をよく読んだら、この後も二年間はいままでの作品はコロムビアが発売出来るっていう契約だったの。つまり、80年11月25日まではコロムビアから旧譜が出る。その間に新譜を出してしまうと市場の混乱が起きると考えて、80年11月25日の年季明けまで待ったんですよ。

*1:はやし・こば

2007-09-07

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ツララが立った!

ボクにも轢けた!

もう音楽をつくることはないのだなあ、DJ=MIXすらムリ、人はこうして終わっていくのだなあとしみじみしていたので感無量DEATH。久々にKorgESXをぐにぐにやってみました。ネタは使いまわしなので既視感全開。つくる気なしでテキトーに始めたので前半はだらだらしてます、後半は後半でやっつけ仕事。色々考えてうつうつとしていたのに、作ってみたら全然進歩していないという。多分次の曲は後半の延長パターンになるのだろう。まあとりあえず作る気になっただけでいいじゃないですか。内容はどうでもいいですよ。負けないで、オレ。

2007-09-04 「自由論」新旧比較 このエントリーを含むブックマーク

ミルさんの「自由論」がわかりやすくなりました。


自由論 (光文社古典新訳文庫)

作者: ミル,山岡洋一

出版社/メーカー: 光文社

発売日: 2006/12/07


自由論 (岩波文庫)

作者: J.S.ミル,John Stuart Mill,塩尻公明,木村健康

出版社/メーカー: 岩波書店

発売日: 1971/10/16

逐一比較したわけではないのであれですが、一番ビックリしたのがコレ。

[旧訳]

しかるに、やがて、民主的共和国は地球表面の大きな部分を占めるに至り、自らを諸国民から構成される社会の最も有力な成員の一つとして感ぜられるに至った。また、このようにして、選挙による責任政治は、一大現存の事実に随伴するいろいろな監視と批評とを受けざるを得なくなった。

きっと頭のいい人はコレでも全然問題ないのかもしれないけど、デモデモ、さすがにアメリカまでは無理だと思う。

[新訳]

だがやがて、民主的な共和国であるアメリカが世界のかなりの部分を占めるようになり、国際社会でとくに強力な国のひとつになった。その結果、選挙で選ばれて国民に責任を負う政府が、確かな現実のひとつとして観察され、批判されるようになった。

次も理解できなくはない、いやきっと頭のよい人ならすいすい理解できるのだろうけど

[旧訳]

現在宗教の復活と誇称されているものは、偏狭にして教養のない人々においては、常にそれ相当の頑迷固陋の復活にひとしいのである。そして、或る国民の感情の内につよい不寛容の永続的酵母が存在している場合には、――不幸にもこのような酵母はわが国の中流階級の中にも絶えず存在しているのであるが――彼らをして、彼らが常に迫害の適当な対象と考えることをやめなかった人々を積極的に迫害させるには、些細な刺戟しか必要でない。なぜならば、わが国をして精神的自由の国たらしめないものは、自分の重要視する信念を否認する者に対して人々の抱く〔不寛容の〕意見及び感情――正にこれであるからである。

うーん、なんだかわからないと、モヤっとしつつ下の新訳を読めば別に難しいことは言ってない。

[新訳]

いま、宗教の復活だとされているものは、無教養で心の狭い人の間ではつねに、頑迷な見方がそれだけ復活していることを意味する。イギリスの中産階級でつねにそうであるように、国民の感情に不寛容の種が根強く生き残っている国では、小さなきっかけさえあれば、抑圧するのが正しいと考えつづけてきた相手を実際に抑圧する動きがすぐにあらわれてくる。自分たちが重要だと考えている信念を認めない人に対して国民がこのような意見と感情をもっているからこそ、イギリスという国は思想と信教の自由のない国になっているのである。

で、読みやすい新訳で読んでみたら1859年と現在はさして変っていないのであった。以下引用する主張はもはや目新しいものではないが、結局150年前からこんな話が続いておるわけだ。

1859年のアロハブロガー

(この文章に関しては前半新訳、後半旧訳合体方式にしてみた)

力を握る大衆は、教会の指導者や政府の高官の意見にも、自称指導者の意見にも、書物に書かれた意見にもしたがっていない。

 ---[ここから旧訳で]---

大衆に代って思想しつつあるのは、新聞紙を通じて時のはずみで大衆に呼びかけたり、大衆の名において語っているところの、大衆に酷似している人々に他ならないのである。

自分の地位にふさわしいのは

いまでは、社会の最上層から最下層まで、すべての人が敵意をもった恐ろしい監視のもとに暮らしている。他人に関係する点だけでなく、自分自身にしか関係しない点でも、個人や家族は、自分の好みは何なのかとは考えない。自分の性格と気質に合っているのは何なのか、どうすれば自分のうち最高で最善の部分を活かし、それが成長し開花するようにできるのだろうかとも考えない。考えるのは、自分の地位にふさわしいのは何なのか、自分と同じ地位、同じ収入の人はふつう、どうしているのか、そしてもっと悪い見方だが、自分より地位が高く、収入も多い人はふつう、どうしているのかである。

官僚論

国内の有能な人をすべて政府組織に吸収した場合、いずれ、政府組織自体の知的活動と進歩とに致命的な打撃を与えるようになる。官僚はひとつの組織に集まってそれを運営していくのだから、どの組織でもそうであるように、かなりの程度は決まった規則によって運営するしかない。この結果、政府組織は、決まりきった仕事をだらだらと続けていくか、臼をひく馬のような堂々巡りからときおり抜け出すことがあっても、組織の指導者の誰かが粗雑な議論にほれこんで、まともに検討もしないまま飛びつくか、どちらかの誘惑につねにさらされることになる。この二つは正反対のようにみえて、そのじつ、密接に関連している。こうした動きを防ぎ、組織の能力を高い水準に維持するよう刺激を与えられるのは、政府組織の外部にあって、官僚と変わらないほど優秀な人たちによる注意深い監視と批判だけである。

あのアメリカさんが!

社会と政府がどちらももっとも民主的な国、アメリカでは、多数派は自分たちが対抗できないほど派手で豪華だと思える生活スタイルに不快感を示し、この多数派の感情が事実上の贅沢禁止法としてかなりの効果をあげているといわれている。アメリカの多くの地方では、収入がきわめて多い人は大衆の非難を受けないようにして収入を使うのが難しいともいわれている。こうした話はもちろん、事実をかなり誇張して伝えているのだが(略)

賭博は禁止すべきではないが、賭博場は摘発すべき。主犯(賭博者)は罪に問われないが従犯(賭博場経営者)は罪に問われる。

賭博を禁止する法律はまったく弁護の余地がなく、誰でも自宅で、相手の家で、会員の資金で作られ、会員とその客が使えるクラブで賭をすることは自由にすべきだが、公開の賭博場は許可してはならない。たしかに、賭博場は禁止しても現実には一掃できず、どれほど抑圧的な権力を警察に与えても、何らかの偽装のもとで維持されていく。それでも、ある程度は秘密にして、こっそりと運営していくしかなくなるので、それについて何かを知っているのは、賭博場を探そうとする人だけになる。社会はそれ以上のことを目指すべきではない。以上の主張にはかなりの説得力がある。主犯は罪に問わないし、問うようではならないが、従犯は処罰するというのは、社会道徳の原則からみれば異例の政策であり(略)

売春や賭博を行ったものの罪は問わず、売春の斡旋者や賭博場の経営者に罰金刑か禁固刑を科すのは異例のことなのだ。