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2017-08-01 創造元年1968 対談:押井守 笠井潔 このエントリーを含むブックマーク

語らずにおいたせいで意味ありげになっていたものが、語ってしまったら意外にアレだった……という面がないでもない。

特に表記のないものはすべて押井守の発言。


創造元年1968

作者: 押井守, 笠井潔

メーカー/出版社: 作品社

発売日: 2016/09/30

|本| Amazon.co.jp

だって戦争なんだから

渋谷や新宿に着くと、普段の駅と違う。

ホームにヘルメットがダーッと並んでる。(略)反対側から眺めるとヘルメット一色。「これだ!俺たちがやっていたぬるい世界からぜんぜん違う世界に入ったんだ」とものすごく高揚した。すぐ向こうに戦争とか火の海の世界が一瞬見えた気がした。(略)

中央大学のバリケードで封鎖された校舎の屋上で、「来年、東京中が見渡すかぎり火の海になるんだ」と熱く語ってくれた学生がいて、短い期間だったけど本当にそれを信じた。その自分の妄想にクラクラした。受験勉強も将来の人生設計もすべて関係ない。

だって戦争なんだから。

だから『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』は高校時代の願望そのもの(笑)。ある日、目覚めたら街から人が消えている状態。高校時代は、繰り返し繰り返しその妄想にかられていた。電車に乗っていてもその妄想にふけって山手線を何周もしたりした。ある日突然誰もいなくなった東京で一人で暮らすことをディテールにいたるまで延々考えていた。『ゾンビ日記』という小説にも書きましたが、まず米軍基地へ行って突撃銃と銃弾を手に入れよう、食糧を調達して備蓄しようとか。『ビューティフル・ドリーマー』でも、面堂終太郎がレオパルド戦車でビルを片っ端から壊して回るシーンを描いたけど、当時の妄想のマンマですね。

(略)

高校時代は、「いかにして非日常を引き伸ばすか」をいつも考えていましたね。(略)高校で全学集会が開かれたときには、緊急動議に次ぐ緊急動議を出し、それにさらに修正動議を加える。「いかに全学集会を引き伸ばすか」という戦術で参加しました。全学集会のテーマ自体は、いかにも戦後民主主義的な「制服・制帽の廃止」とか「検閲の禁止」でしたが、それは(略)優等生たちのテーマですね。(略)[ぼくらの目的は]この非日常の状態を延々と続けることが獲得目標だった。

(略)

バリケードの失敗から全学集会になだれ込んだ。高校の日常生活を阻止するということをテーマにした。生徒集会という戦後民主主義の枠内でいかに狡猾に中から食いつぶしていくか。僕らにとってはそれこそが学内闘争の獲得目標になった。(略)「日常こそが打倒するべき対象だ」という明快なテーマをようやく掴んだ。

(略)

「大学生は日常を生きている。同棲生活までしてるじゃないか」というのが僕らの主張だった。(略)

恋愛というのはある意味、革命と二大テーマだったわけです。僕らの仲間には一人もガールフレンドがいなかった。(略)

 恋愛の果てに待っているものは大学生たちのような同棲であり結婚でしかない。そうなった途端に恋愛もただの日常になる、それ以外に恋愛の落としどころはあるのか、というようにね。だから今から思えばバカみたいに禁欲的だった。でも、どこかで渇望していたと思う。女の子を優先的に一生懸命オルグしてたから(笑)。

(略)

高校卒業寸前に赤軍派のオルグが来たとき、みんな結構真剣に考えた。自分たちのやっていることが国家権力と直接対峙するようなルートが本当にあるんだろうか、と。(略)

そのオルグに来た人は党派の人間にしては珍しくいい人柄で(略)「革命が実現して社会主義が成就したら恋愛する必要はなくなるのか?」とか、くだらない質問にもちゃんと答えてくれた。

(略)

ほんのちょっとしたボタンの掛け違い、運命の一瞬というのはありますね。よど号事件があったのは[その数箇月後だった]

光瀬龍

[高校時代]いちばん好きだった光瀬龍さんに会いに行ったんです。当時、あの人は赤羽の団地に住んでいて、しょっちゅう遊びに行っては終電まで喋ってました。(略)

会うと思ったとおりの人でしたが、何度も行っているうちに年長者として馬鹿な若者をたしなめるわけです。「君たちはたんなる欲求不満で暴れたいだけだ。具体的には女の子の問題だろう。性的な不満が根にあるんだ」、「日本や世界のことを考えるのであれば、地に足のついた運動をやるべきだ。ヘルメットかぶって突撃することとは関係ない」と。僕は「改良主義者だ」と思って猛烈に反発しました。最後にすごく分厚い原稿用紙に書かれた手紙を受け取って、今でも持っています。そこに連綿と書かれていたのは、「もっとちゃんと生きなさい」ということ。返信に激烈な言葉でアジを書いて以来、光瀬さんのところには行けなくなった。数年前に再会した未亡人にその手紙を見せられたときは、冷や汗が出ましたね(笑)。当時書いたものはみんな封印していたから。

怖かったデモ

 「反戦高校生」の夢破れて、僕は大学に入っても惰性で二年間くらい活動していたんですが(略)

超党派で最大動員しても、たしか百人〜八十人くらい。一度、小金井市内でデモをしたけど、恐ろしい体験だった。

 日比谷公園のデモに行くよりも怖かった。いつもメシを喰いに行っている食堂とか商店街のオヤジたちが全員、棍棒とかバットなんか持って店先で睨んでる。一触即発で、こんなに怖いデモはやったことがないと思った。

よど号事件の柴田泰弘

笠井 (略)日比谷野音で集会を開いていると、だんだん空が暗くなってきてくる。アジテーションで気分を高め、スクラムを組んで機動隊にぶつかる。警備車のライトがギラギラして、催涙弾が飛んでくる。火炎瓶を投げると街路が燃え上がる。これも一種の総合芸術であって、世界の変容を体感できた。(略)

ディスコでは死なないけれど、デモでは逮捕、投獄、負傷、極限では死ぬ可能性もあるわけだから真剣になる。なんらかの要求を実現するための政治行為という現実の水準にとどまらない、超越的な水準も含んだ運動でしたね。

押井 劇的でしたね。教会とか、カテドラルに入ったときの感じに通じる。(略)

デモももう少し勇壮な景観を目指したわけだけど、今から思うとアジテーションしかなかったから音響は絶対的に不足していた。ナチも同じようなことをやっていたけど、ワーグナーですからね。(略)圧倒的な祝祭にみんな圧倒される。

 何を目指していたかと言えば、つまるところそういうもの。一瞬だけ立ち上がる非日常の空間。今ここから離れるためには、とりあえず非日常にしかとっかかりがなかった。それは本当のリアルなもの、ナマの生みたいなものにつながっている気がした。命のやりとりみたいなものにも直結しているわけだから。でもそれでは現実として完結しないから、収容所の世界に行ってしまう。マルキシズムもナチも落としどころは結局そこしかなかった。そんなことは予感としてある程度は当時の高校生もわかっていた。だから戦争しかない、そのあいだにみんな死んじゃえばいいと思っていた。

 でも、先にも話したけれど、ちょっとした分岐の違いで生き残った。

 だから、「よど号」のことは今でも気になっていて、アニメでも実写でもいいので映画にしたいと思っているんです。ついこの前死んだけど、柴田泰弘(一人だけ高校生だった当時十六歳の少年)のことがずっと気になっている。一人で死んでいたところを大阪のアパートで発見された、彼です。一度監獄に入って五年の判決で出てきたけれど、おそらく彼は一生を通じて社会生活をしなかった。一人の人間として異様な人生だと思う。彼の人生はどういうものだったんだろう。北朝鮮に降り立ったとき、本当に高揚したんだろうか。北朝鮮の思想教育に最後まで抵抗したのは彼だったとも伝え聞いたことがある。その彼のことが今でも気になっているんです。本当にパラレルワールドですよ。僕ももしかしたらブントに入っていたかもしれないし、四トロに入っていたかもしれない。でも僕の場合、どこかで祝祭的な感覚から冷めてしまった。

 非日常のときは、日常を思い、日常にいると満たされずに非日常を思う。人間というものは基本的に分裂していて満たされないものなんだ。どっちにしても自分でリアルに生きていない。たぶん戦争中もリアルに生きていなかったろうし、戦後の平和な日常もリアルに感じられない。おおむねどんな人間もその思いを抱えたまま、家庭をつくり子供を育てて死んでいく。でも、ものをつくる人間は誰でもそうだけど、それでは満たされない。表現したいという欲求を抱えているから形にしないと収まらない。

『イノセンス』

 『イノセンス』をつくっている頃は、人間としての身体はありえないと思っていたんです。人間の身体とは意識や観念のことだと思っていた。あの頃は、いかに人間を幽霊にできるか、という今とは逆のベクトルでものを考えていたんです。『イノセンス』の世界はいわゆる冥府、あっちの世界とこっちの世界の中間だからみんな亡霊。だから足もとを暗くしたり、真っ白な顔にしたりして、あいつらは全部亡霊なんだ、ということを表現した。人形とか犬のほうがはるかに身体性がある。それは無意識の存在だから。人間は意識があるかぎり生き物として生きられない、というのがテーマだったわけです。(略)

 もっと飛躍した人間が生物学的に変質した世界、人間がサイボーグになった世界も妄想していました。人間は動物であることを捨ててきたんだから、だったら潔くサイボーグになればいいって。

(略)

 でも、『イノセンス』をつくり終わったあとに体調を崩して本当に死にそうになった。二ヶ月くらい寝込んで起き上がれなかった。(略)

[そこで空手を始めて]ある種のどんでん返しが起きたんです。(略)

すごく限られた自分の身体の幅でものを考えはじめ、何が実現可能かを実践しようとしてる。だから今は違った意味で戦闘的になっていて、高校生のときのように目つきの悪いヤツに戻ってるかもしれない(笑)。

セカイ系の限界

押井 (略)僕よりも下の世代のここ十年くらいに出てきた監督たちの作品は、みんな常識の世界で完結する。地方の高校が舞台だったり、イジメの話だったり。(略)宇宙人も拳銃一丁も出てこない。映画を目指していて、拳銃も宇宙人も出てこないってどういうことなんだろう。批判するとかいう以前に理解できない。なぜそういう範躊でしかつくろうとしないんだろう。だって、やってもいいんですから。エンタテインメントだから堂々とできるのに。わけのわからないことを。でも(略)国内でやっている映画のコンクールでは、拳銃を出すだけで予選とかで落ちますから。そういう価値観が今でも映画の世界にはある。(略)文芸映画的なもの、いわゆる保守本流みたいなものしか期待されてない。その他はカルトやB級というようにイロモノ扱いされる。(略)

[ガン・アクション・ムービー]の世界観のほうがすごく近しくて、自分にとって納得できる。でも、若い監督たちはなぜかそういう方向に行かないで日常生活での心理の綾の話ばかり。

笠井 それ、蓮實重彦が元凶ですよ。蓮實が逆張りで小津安二郎を持ちあげすぎたせいで、その亜流か出がらしみたいな映画が日本で主流になった。たとえば是枝裕和ですね。小津の亜流が国際映画祭で少しばかり評価される一方、アクション映画の伝統は絶たれてしまった。(略)

押井 アニメも、最近そうなっています。この前、『君に届け』という作品を観て愕然とした。(略)高校生が延々とぐちゃぐちゃやっているだけ。僕らが演出家になりたての頃はそういうものは一切要求されず、「とにかくアクションをやれ」と。(略)

笠井 『ソ・ラ・ノ・ヲ・ト』というアニメ、いちおうは軍隊ものなんだけど、女の子が兵営でダラダラしてる日常を描いているだけだった。

押井 あの世代の特徴ですね。セカイ系とか言われている、中間が、ばっさりない話。それが若い世代ではベースになっているのは間違いない。片方では、「現実にしか興味がない」、「虚構なんか必要ない」というリア充と言われている層がある。映画も小説も必要ない、漫画すらも読まない。笠井さんも『例外社会』で書いていましたが、僕にはよくわからない。理屈としてはわかるけど、感覚としてわからないし、わかりたくありませんね。

(略)

僕はスタジオにいる若い連中しか知らないけど(略)声優を追いかけたり、漫画に夢中だったり、アニメしか見ませんという特殊な人間の群れ。(略)

 本当に日本がどんどんダメになっていくというリアリティがどこまで実感としてあるんだろう?(略)

――最近のオタクはダメになっていくのがわかっているからこそ、「萌え」などに耽溺し現実を忘れて死んでもいいという覚悟じゃないでしょうか

押井 (略)スタジオの若い連中を見ていても、こういう状況だからますますオタッキーな世界や萌えキャラにのめり込んでいくという 危機感みたいなものはあまり感じないんです。なんとなくプラスマイナス・ゼロという感じ。そこが日本人らしいところなのかもしれないけど、危機感があるとはまったく思えない。

戦争

押井 自分にとって最初の同時代の戦争は、ヴェトナム戦争でした。活動に入る高校生はやはりヴェトナム反戦が契機だったから、まずべ平運から出発する。そこから先の道は分かれてくるけど、僕は自分の日常生活をキープしつつ「戦争反対」と叫ぶのは違うと感じて、市民運動からは早々に去った。

 でも「革命戦争」という言葉にはすぐにピンときたんです。実は自分は、「戦争反対」ではなく戦争したかったんだ、と気づいた。皮肉なことに反戦闘争から入って、戦争を求めた(笑)。実はみんなそうだったと思う。革命だなんだとほざいても、精神運動としては最終的な原理まで行き着かないと収まらない。社会生活のない高校生は、つきつめていくと観念が簡単に逆転してしまうんです。最終的にはカラシニコフを持って戦いたい。宮崎駿さんもそう。共産党支持者のくせに空中戦大好き。封印してるだけ。で、戦争という状況を演出したらあの人は相当うまいに違いない。まあ、僕も同じようなものだけど、それに早々に気が付いた。だから、「戦争」という言葉には相当幻惑されました。ずっと興味があって今でも戦争を描こうと延々とやってますね。

表現者なら境界線上で生きろ

押井 (略)昔は、インテリだったら映画の教養は必須だった。映画を観たら一時間話せるとか、そういうことが尊重されていた時期があった。今は何の値打ちもなくなってしまった。僕がつくっているような映画は語ってもらえなければ一文の値打ちもない。そういう意味で言えば、境界線上で生きていくのも危うくなりつつある。(略)

全部台詞で丁寧に言ってあげないと理解できないみたい。

(略)

言語能力がすごく落ちている。(略)ロジックを組み立てる力、一から順番にものを考えるとか、伏線を留保しておいて必要なときに自分のなかで組み立てることとかはすべて言語能力。(略)

シチュエーションものはロジックを必要としないから、キャラクターの統一性や一貫性は考えてない。シチュエーションさえ成立していれば、あとはそれが自分の好みかどうかで評価する。基準が自分の好悪以外にない。だから評価ということが行為として成立しない。そういうことを前提としてものをつくっていると結局観てもらえないし、観てもわかってもらえない……と悪い方へ悪い方へ行ってしまう。

(略)

笠井 作品の自己完結性や有機的全体性が尊重されるのは、近代になってから。『平曲』は固定的なテキストが吟じられていたわけでなく、無数の演者がそれぞれのアイデアでテキストを変形していた。また歌舞伎の台本は「世界」という事件、人物、背景などの共通素材を前提として書かれるのが普通でした。このように前近代の文芸には、近代的な意味での自己完結的な作者や作品は存在しません。まったく同じではないけど、かつての時代に戻りつつあるのかもしれないね。

押井 (略)今起こっているシチュエーション以上のものは理解できなくなっていることとは、次元が違うと思う。切ったり貼ったりして自分で自由に組み立てるとか、コラージュするというのは観賞の態度としてありえた。でも今はそういうレベルじゃない。だから問題なんです。

(略)

笠井 イギリスで近代小説が登場してきたとき、「結婚するとかしないとか、瑣末な出来事をぐちゃぐちゃ書いてどうするんだ。芸術は神や民族の運命を描かなければならない」と言う高尚なインテリがたくさんいた。その近代小説が評価を確立すると、今度は「漫画やアニメはくだらない」となる。僕はそういう立場を選びたくない。「よくわからないことをやっているが、これから偉大な達成がなされるのかもしれないし、まあ見ていよう」と思います。

(略)

押井 (略)[仕事柄、萌えアニメを目にしたり]アニメ雑誌をぱらぱらめくる機会が多いわけだけど、社会性と非社会性とか、反社会的なものとかの表現とか、その境界線がさっぱり見えないんですよ。

 もっと突っ込んで言えば、つくっている人間の顔がぜんぜんわからない。つまり不気味なんです。僕としては理解できない。失敗しているのはわかる。失敗作は誰が見てもわかるから。でも、何かがないから失敗したのか、何も考えてないからこうなったのか、区別がつかない。それが最大の問題だと思う。そういうものをつくる監督や演出家と何を話せるのか、共通項がまったく感じられない。(略)

今やっている人たちは、全部が見てきたもののコピー。彼らのぎりぎりの境界線、ここから先は自分じゃないみたいな、そういう境界線がさっぱりわからない。

 シチュエーション自体はよくできている。キャラクターも悪いわけじゃない。ただ印象に残らない、すぐに忘れちゃう。たんに僕が歳をとって、ただの頑固な監督になり下がったのかもしれないけど(笑)。でも境界線上で生きなきゃ意味ないじゃない、表現者なら。

(略)

[『スカイ・クロラ』は]現代の若者の世界とシンクロするはずだと思って、若い子がたくさん観に来るかと思ったけど、それほど来なかった。

 存在感の希薄な若い子たちが、「どうやったら自分を肯定できるのか」ということを考えてつくったんです。批判する気もなければ否定する気もなかった。ある意味で言えば、それが正しいんだ、とも思いました。雲の上の親父、敵の撃墜王である「ティーチャー」には一生勝てない。でもそれを受け入れることで何かが見えてくるかも、という物語です。絶望を語ったつもりはなかったし、否定したつもりもない。(略)

自分の姿がわかっている人は、あの映画を観なくてもすでにわかっている。わかっていない人には、あの映画を観てもわからない。それを確認したにすぎない。

(略)

「台詞で言ってくれないとわかりません」とそこまで明快に言われちゃうと怯みますよ、やっぱり。じゃあ、どうやって演出したらいいのか。台詞で言ってしまえば演出は存在しない。たしかに最近の映画は台詞ですべて言ってしまっている。最後に主人公が絶叫して台詞で全部喋って終わる。でも、そうなると演出家は何のためにつくっているかわからない。見えない部分、読めない部分、予感だったり、不明快な部分が混沌としていて、すべて抱えているものが表現なわけでしょう。そうでないと世界を描いたことにならない。主張を言うだけならビラを撒けばいい。それは表現とは何のかかわりもない。

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