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2018-02-14 抑止力としての憲法 シュミット、ホッブズ、カピタン このエントリーを含むブックマーク


抑止力としての憲法――再び立憲主義について

作者: 樋口陽一

メーカー/出版社: 岩波書店

発売日: 2017/12/15

|本| Amazon.co.jp

シュミットとホッブズ

 シュミットは1938年に『トマス・ホッブズの国家論におけるレヴィアタン』を公刊している。(略)

 「ポリス=国家の一体性」を何より重視するシュミットにとって、「「真理でなく権威」という決断主義特有の転回をなし」とげ、主権を「その権力の頂点に達」するところまで導いたホッブズこそ、「神学の世紀たる16世紀から形而上学の世紀たる17世紀への推移」「西欧合理主義の英雄時代」の中心に座を占める先達だったのである。宗教戦争と内乱の危機の只中にあって、「技術的完璧さをもった巨大な人造物」「能率と活動のうちに固有の「正義」と「真理」をもつ機械という国家観はまずホッブズが把握し、明確な概念として体系化した」。――これが、シュミットのとらえたホッブズ像の基本である。

(略)

リヴァイアサンとしての国家は、ホッブズ自身が掲げた図版からわかるように、決して、悪魔的・神話的な怪獣ではない。ホッブズのリヴァイアサンは、個人の契約によって構成され目的を託された「メカニズム」=「機械」なのであり、ホッブズ自身の定式化によれば「可死の神」なのだから。

 さて、そのようにホッブズをとらえたうえでシュミットは、「主権が頂点に達したまさにこの点で、他の点ではかくも完結的・不可抗的な統一に破綻が生ずる」ということに、関心を集中する。「内的信仰と外的礼拝の区別」を認め、「公的」理性の領域では主権者が真偽を決するが「私的」理性にともなう信不信については内面の留保を認めるという、「ホッブズの拒絶し難い個人主義に発する留保」が、「強力なレヴィアタンを内から破壊し、可死の神を仕止める死の萌芽となった」。

 ここでシュミットは、「ユダヤ人哲学者」スピノザに重要な役割を振りあてる。(略)

スピノザは直ちにこれが、ホッブズの樹立した内外・公私の関係を逆転させる、近代自由主義の巨大な突破口たりうることを看取した」。(略)スピノザは逆に個人の思想の自由が枠組の構成原理をなし、公的平和と主権を単なる留保に転化させた」。(略)

原則と例外を転倒させたのが「ユダヤ人哲学者」スピノザだった、というわけである。

 ところで、シュミットは、彼と同時代の「フランスのすぐれた公法学者、ルネ・カピタン」が、「ホッブズの国家理論の個人主義的性格を指摘し、諸個人の締結した契約によっても否定されえない強固な自由の留保を詳述している」ことを紹介している。実際、シュミットに引用されたカピタン論文は、「トマス・ホッブズをその真の位置に、すなわち、全体主義リヴァイアサンの祖先の中にではなく、近代個人主義の理論家の中に位置づける」べきことを強調していた。カピタンによれば、「破れ目」は、ホッブズ自身にとってすでに本質的な意味をもつものだったのである。

(略)

 それなら、シュミット自身は、あらわになってしまった破れ目をどう充填しようとしたのか。

(略)

16-17世紀ヨーロッパの危機状況に対面したホッブズは、近代国家の知的設計を構想した。20世紀の危機に直面したシュミットがしようとしたことを端的に表現すれば、ホッブズが立ち向かった当の相手の自然状態に戻ろうということであり、シュミットの名とともに世に知られる彼の「友・敵」思考は、そうであってこそその全き意味を獲得するのである。

(略)

「敵は「地上の悪魔」であり、それとの間には討論や話し合いや妥協などはあり得ない。そこでの「政治」は、第三の立場を許さない、敵か味方かの決断ということになるであろう」。

(略)

「ポリス=国家の一体性」を思考の基軸におくシュミットであるが(略)

「一体性」のものさしに「人種」「民族」が登場すると、場面は一変する。(略)特定の「人種」「民族」として「ユダヤ人」がひとたび挙げられると、シュミットの言説は、耐えられぬほどの軽さで通俗化する。

(略)

 フランスを範型とする近代国民国家、および国家が原理として達成した「ポリスの一体性」への羨望を隠さなかったシュミットが、そのような範型のもとに形成されてきた――自国をはじめとする――デモクラシーの機能障害を俯分けしてみせるメスは、鋭く冴えている。(略)

 シュミットの思考にとってたえず準拠基準の意味をもっていたフランスの方では、しかし、ほとんど彼を知らないでいた。論壇でのシュミット発見の流れを作ったのは、「1968年」世代の新左翼だった。投票箱と空虚な議事によって陳腐化した制度としてのデモクラシーに立ち向かうものとして、大衆の自発性と喝采の中にこそ真のデモクラシーがあるという彼らの主張は、シュミット発見を促したのである。

シュミットとカピタン

ホッブズをめぐって、シュミットとカピタンの共通理解が相互の間で確認されていた。1936年のカピタン論文『ホッブズと全体国家』にシュミットがその37年論文で言及し、「すぐれた公法学者」「自由民主主義のフランス人」のホッブズ理解に同意を示したからである。何が中心の論点だったのか。

 当時、ナチスの全体国家をリヴァイアサンになぞらえ、第三帝国の祖先としてホッブズを扱う議論があった。その種の俗説を相手どり、全く違うホッブズ像を際立たせるカピタン論文の一節を抜き出しておこう。――「第三帝国の新・絶対主義の基礎となっているイデオロギーは、ホッブズの哲学とは全く無縁である。それは本質的に有機体的で神秘的だが、かのイギリスの哲学は、根本的に個人主義的で合理主義的だったのである」。

 そのようなホッブズ理解をシュミットは、「フランスのすぐれた公法学者ルネ・カピタン」が、「ホッブズの国家理論の個人主義的性格を指摘し、諸個人の締結した契約によっても否定されない強固な自由の留保を詳述している」、と正面から受けとめたのであった。

 実はカピタンは36年論文の前年にも、『民族社会主義のイデオロギー』を書き、「ヒトラーの社会主義は、……完全に個人主義を追放した社会主義である。……今日のドイツが公言しているような有機体的社会主義以上に非人間的なものはない」として、それが近代西欧の法・国家思想と全く無縁なものだということを強調していた。そのような文脈の中でシュミットがあえてホッブズを主題とした論説を書き、カピタン論文を賛意とともに引用しているのである。1936-37年のシュミットが、西欧近代思想史理解をそのように公にしていたことは、興味深い。

(略)

まっとうな研究上の論作といえた37年論文の展開だったはずの38年著書の中で、ユダヤ人思想家たちがリヴァイアサンの「去勢」に熱中したことこそが1918年の敗戦をもたらしたのだと書く(略)そのような展開は何を意味していたのだろうか。ナチス体制の均質化が強められる中で、より凡庸な、いわば宮廷法律家たちによって次第に追い抜かれてゆく自分自身の身の危険を感じとってのことでもあったのか。

(略)

本筋に戻って言えば、38年本のシュミットはなお(略)「ホッブズ国家論の現実的意味はここでも何ら衰えていない」として、「個人の知性によって国家を形成するという思想を既に17世紀に驚異的明晰さをもって考え抜いていた」と評し、「「保護と服従の牽連関係」こそホッブズ国家論の要諦であり、それは市民的法治国の概念や理念と結合可能なもの」と述べているのだから。

シュミットの「自由主義的継受」

あえて単純化して言えば、基本権を、国家と社会の二元論を前提とした上での防御権と見る古典的図式を基本に置くのが、シュミット学派であり、そのような静態的・二元図式を批判する流動的観点に立ち、社会の一要素として国家を位置づけることによって――もっと言えば国家と社会を一元的にとらえることによって――国家を相対化するのが、スメント・シューレだ、とされる。

 そのような座標の上に位置どりされる場合、多元的な社会による統合=スメント、個人の国家からの自由の強調=シュミットという大まかな図柄が描き出される。シュミットにすれば、独裁は個人と国家の緊張関係を基軸に見立てるからこそのものだった、ということになる。そこでは、独裁もまた西洋近代の構造を前提にしたものであり、前提されたその構造は、逆に、国家に対する防御権としての自由を主張する枠組ともなる。問題は、同じひとりの人間が状況次第で同じ枠組を逆むきに使うこと――あるいはそのような仕方で枠組だけを継受すること――をどう受けとめるか。シュミットの場合、流れに乗ろうとする追随主義ということの他に取り出しておくべき論点があると思われるが、それについては後述する。

シュミットにおける決断=非日常

 「決断主義」という言葉に接して、文脈がどうであれ、シュミットの名を念頭に浮かべる人は少なくないだろうし、彼自身「こういう言葉を作ってよいなら」という言い方をしている。

(略)

彼は、立法作用=法律と裁判作用=判決の関係に即して、法実務の中の決定=決断の要素に着目していたのである。

(略)

その際の決断の要素を決定的とする考え方は、たしかに、シュミットの憲法制定権力論に典型的に表明されている。(略)

 「人民が政治的実存への意志をもつ限り、それはいかなる形づけと規律をも超越する……(略)人民の直接的意志表示の自然な形式は、集合した群衆の賛成または反対の叫び、喝采である……(略)人民の然りまたは否は、自己の全体的実存に関する基本的な決定が問題であればあるほど、一層単純かつ基本的となる。平穏な秩序のある時期には、このような表示は稀でありまた不必要である。」

 まことに、「危機の憲法論」と言われるゆえんである。「非常時」「例外状況」にこそ憲法論の基本が問われるという彼にとって、理性主体の間での公開の討議を本質とする近代議会主義の根拠は既に失われた、ということが決定的なのであった。今や、被治者と治者の「同一性」、「その時々に現存する人民」と「政治的統一体としての自己自身」の同一性という民主制の原理は、人民が憲法制定権力の主体として現われる場合に自己実現する。そして、憲法制定権力は「可能性としては常に現存し続け、この権力から派生した一切の憲法、およびその憲法の枠内で効力を持つ一切の憲法律的規定と並び、その上に存在する」――こうして、憲法制定権力は、平常時には発動しない非日常の次元に想定されているが、だからこそ、しかしいつでも発動することが可能なのである。

 人民の名のもとに法秩序を破壊する魔力は、そのように正当化される。(略)[ナチスが党勢拡大した]三年足らずの間に反復された四度の議会選挙は(略)人民の「然り」という意思表示の舞台となった。

カピタンにおける決断=日常

彼の突き放した民主主義観は、次の表現に言い尽くされている。――「みずからを救う権利は必然的に、みずからを滅ぼす権利を含む。それこそが自由の恐るべき偉大さなのだ。」

 これは、彼自身が属するドゴール派連合に不利な議会下院選挙結果が予想されていた中で、野党への政権交代を阻止するために憲法16条による大統領の非常事態措置権を発動すべきだという議論が与党内から出たときに、それを「巨大な(化け物のような)誤り」と斥けて反論したときの文章である。民主主義とはそういうものなのだ、そういう国民の決断に従わねばならないのだ、という主張であるから、シュミットより本物の決断主義と言うべきなのではないか。

 選挙ないし国民投票という場面は、いわば日常の中の非日常状態であろう。カピタンの憲法制定権力論の本領が現われるのは、日常そのものに他ならぬ平時の法の効力論として、国民の日々のコンセンサスがその時どきの法を形成するのだ、とする場面でのことである。

 彼の法の効力論は、デビュー作[の論文から晩年まで](略)一貫している。(略)

 「実は、裁判所だけが法を適用する機関ではない。特に行政機関もまた……法の適用にきわめて積極的に関与する。実定法とは実際に適用されている法である。

(略)

 現に適用されている規範としての実効性が法としての実定性をつくることは、どのようにして正統化されるか。(略)

 「しかし実定性をつくるのは社会集合体なのだ。定義上そうなると言わねばならない。なぜなら、実定法とは、全体として服従され承認されている法なのだから。想定された法規範の実定性をつくるのは、その規範の民衆による承認であり、諸個人の総体のコンセンサスである。むしろ、このコンセンサスそのものが実定性なのだ。」

(略)

 慣習に関する考え方としては、実例それ自体に「法的確信」が加わったときそれが成立する、という考え方の伝統がある。カピタンの憲法慣習論の特徴は、憲法規範の受範者=被規制者である国家機関によってつくられる実例それ自体の中に国民意思を読み込む、という点にある。(略)

「慣習は、国民の意識・国民意思でないとしたら何だろうか?国民が主権者であり最高の制憲者だとしたら……あらゆる法秩序の基盤にあるのは、国民がそれによってみずから意思表示するところの慣習ではないだろうか。……かくて慣習の憲法制定力は国民主権の一表現にほかならない。………主権と呼ばれているものは、……制定法定立への国民の参加……である。国民は文書によってその意思を表明できない場合でもやはり意思を持つ。国民は、少なくとも、服従するかどうかをみずから決めることができ、従って法の実定性を左右する。……ある規律に従うのをやめることによって、国民はそれから実定性を撤回し、いいかえればそれを廃止する。ある規律を妥当するものと認めその命令に従うことによって、国民はそれに実定性を与え、いいかえればそれに効力を与える」。

(略)

こうして、「国民主権の一表現」として、慣習の「憲法制定力」という概念が導き出される。

(略)

 かように憲法制定権力の日常的行使のあらわれとして説明される「憲法慣習」論は、ドイツ語圈で議論されてきた「憲法変遷」論と、その機能の点で共通するものを持つ。

(略)

 カピタンの憲法慣習論が端的に「国民の憲法制定力」を鍵概念としたのに対し、イエリネックの憲法変遷論が前提とした「事実的なものの規範力」という法の効力論を支えたのは、伝統的な慣習論の要素としての「法的確信」であった。その法的確信の主体としての国民が「受動的なものとして構成」されているその点は、カピタンの法の効力論と対照的であり、それは帝政ドイツと共和制確立期フランスの相違に見合うものであろう。

(略)

 カピタンに戻って言えば、憲法慣習論の提示のあと、緒戦の敗北による第三共和制の崩壊とナチス・ドイツによる占領という事実があったにもかかわらず、彼自身が主体としてかかわった抵抗運動の体験はかえって、国民の不服従によって法の実定性が撤回・廃止されるという法の効力論のオプティミズムを極限的な場面で裏づけた、とすら受けとったのではなかったか。

(略)

ナチス・ドイツの脅威によって西欧自体で「個人」という基本価値が瀕死の瀬戸際に追いつめられていた1939年に、スイスでの講演で彼は、《Republique》という観念が君主の不在というだけの意味を越えたフランス特有の意味を持つことを強調して、自分にとっての国家目的を明らかにした。いわく――

 「Republiqueとは何か。一つの政府形態、すなわち君主制でないことか。……ノン。……Republiqueとは、……ひとつの政府形態以上のもの、デモクラシー以上のものであり、1789年に定義された自由の体制、宣言第二条のいう“およそ政治結合の目的”であり、つけ加えればその正統性の基準なのだ。」「人は生来、本質的に自由だ。……しかしこの自由は、……自然の力によって、また、……無秩序、不公正、強者の弱者支配、人間の人間による搾取をひき起こす社会によって、たえず脅かされている。」「国家は、自由を万人にひとしく保障することを任務とし、そのために、諸個人の自由を秩序立て、自由の相互保障を確保し、それらの確保に必要な秩序と公正を支配させるのである。」

次回に続く。


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