キングフラダンスの思考の軌跡。 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2015-10-18

[]kinghuradance’s counter attack kinghuradance’s counter attackを含むブックマーク kinghuradance’s counter attackのブックマークコメント

(建設予定地)

2014-01-01

[]新年雑感 新年雑感を含むブックマーク 新年雑感のブックマークコメント


昨年は本当にいろいろな事が起こったため、ブログは完全に放置していました。「文章を書く脳」というのは、日常的に文章を書く習慣をつけていないとあっという間に退化するようです。


「timshel(ティムシェル)...汝、治むることを能う、自分の運命は自分で切り開く!」という小説「エデンの東」のテーマを掲げ、力技でソチオリンピックフィギュアスケート男子シングル代表の座を掴み取った町田樹選手を見習って、自分の運命を自分自身の力で切り開きたいと固く決意する、今日この頃です。


昨年のグランプリシリーズ開幕直前に行われた記者会見の映像が非常に面白かったのですが、ブログを書かずにダラダラ過ごしている間に消されてしまっていたので貼ることが非常に残念です。高橋大輔選手、小塚崇彦選手、織田信成選手はこの「ティムシェル」の話を後ろで聞いている間完全に脳内が「???」になって度胆を抜かれてしまっていたようです。)


追記:


この「timshel(ティムシェル)」という言葉については、爆笑問題Podcast「太田はこれを読んだ」の「エデンの東」の回を書き起こした以下のブログで詳しく説明されています。

http://phoniesaid.exblog.jp/11807454

人生は時に不平等であり、不合理な出来事に遭遇する事もある。

そして、この世界にはどうしようも無く邪悪な物が存在する。

それでも、人間は自分の人生を選択する力を有している。


そのような意味が、この「ティムシェル」という言葉には込められているようです。

2013-01-04

[][]大河ドラマ平清盛」総評 ―歪に輝くバロックパールのように― 大河ドラマ「平清盛」総評 ―歪に輝くバロックパールのように―を含むブックマーク 大河ドラマ「平清盛」総評 ―歪に輝くバロックパールのように―のブックマークコメント


リンクを貼っているエントリーがはてなダイアリーの物が多いので、こちらに大河ドラマ平清盛」総評をUploadしておこうかと思います。


総集編第三部のラスト20分の段階で、父親がいきなり意味不明に怒鳴り出してチャンネルを変えようとした時にはどうしようかと思い、やはり実家に帰省する選択をしたのは間違いだったのかもしれないと思ったのですが、とりあえず何とか総集編第三部のラストを見ることができました。最終回本編の編集も十分に優れていたのですが、清盛が鎌倉源頼朝の元へ生霊として向かい、そして第一回の冒頭にリンクする編集は見事でした。


(後で母親に聞いたところ、ラスト20分の段階でいきなり父親が怒り出した原因は「総集編が自分が既に見た回の内容に突入したため、そこから後については見る価値が無いと判断したから」、だそうです。最近父親がいきなり意味不明に怒鳴りだすという状況を経験した事が無かったのでちょっと精神状態が悪化しました。ただでさえ、週刊文春の新年特大号「TM NETWORKも昨年新曲を出したが売れていない」(本当は絶対に芸能界復帰などできる状況ではない)KEIKOを早く歌手として復帰させるべき」という大嘘しか書いていない記事を読んでかなり気分が悪くなっているのに…。)


総集編は1月2日に放映された第一部と1月3日に放映された第三部しか見ることができなかったのですが(ですので、第18回「誕生、後白河帝」〜第30回「平家納経」までは個人的にNHKオンデマンドで改めて見直そうと思います。)、全体的に本放送で物議を醸した場面は大幅にカットして、わりと平清盛の人生を中心に描いた普通の大河ドラマのような感じになっていたように思われます。


しかし第一部の天皇家周辺の愛憎劇や第13回「祇園騒乱事件」の鳥羽院のエア矢シーン、第14回「家盛決起」男色シーンと平家盛が急死に至る経緯、第30回「平家納経」崇徳院怨霊化シーンなど、(お茶の間受けは決して良くないと思われるけれども)ある意味「平清盛」を象徴するシーンがカットされていたので、本放送を見てさらに総集編を見た人の中には微妙に思う人も多いかもしれません。


個人的には平清盛」を構成する重要な要素が抜けてしまったというのと同時に「冷静になって改めて振り返ると、何でこの内容を日曜夜8時の大河ドラマの枠で放映しようと思ったのだろうか?家族揃ってお茶の間で見るには非常に気まずいシーンも少なくないのでは…。」という思いがあります。私自身は面白いと思って第14回「家盛決起」以降はほぼ毎回視聴していましたが、しかし「美しい」「面白い」という要素は万人に共通する感覚ではないので、「平清盛」を面白いと感じる人はおそらく日本人の人口の中の10%前後くらいなのだろうな、とも思います。視聴率の推移からもその事は伺えます。


TV番組の「人気のある」とされるコンテンツには、高い視聴率を獲得するタイプと、視聴率は10%前後で推移するけれども、多くのイノベーターアーリーアダプター層のコアなファンがついて、続編が作られたり映画化されたり、DVDの売り上げが伸びたりするタイプの2種類がありますが、「平清盛」は後者のタイプであるだろうと思われます。


視聴率的には大河ドラマ史上初の1桁を記録し、その後も視聴率の数字は最終回まで低迷する事になりましたTwitter上では今年のテレビドラマトレンドで1位を獲得するなど、一部のネット住民の間では確実に盛り上がっていたというのは事実です。でもおそらく大河ドラマのメイン視聴者層であるM3・F3層(50歳以上の男女)に避けられてしまったのでしょう…。


平清盛」の低視聴率の原因については、以前的確に指摘した方々のTwitterのつぶやきをまとめた「『平清盛』低視聴率の理由について」というエントリーを起こしましたが、最終回と同じ天皇誕生日の12月23日に開催された有馬記念に出走したルーラーシップがスタート直後大幅に出遅れたのを見て「ああ、『平清盛』の展開もこんな感じだ」と思った部分があります。上記のエントリーでの中でも書きましたが、競馬に例えると「逃げ・先行」の戦略が圧倒的に有利で、最初にある程度の視聴者を確保しておかないと後から内容の梃入れを行っても数字は回復しない…。


2012年12月23日 第57回有馬記念

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平清盛」について不可解に思うのは、組織的なネット工作が行われていた形式がある事です。特に天皇家に対して「王家」と呼称した件については、2chなどのネット上で不可解なほどの罵倒のコメントが書き込まれていました(私の個人的な見解としては、罵倒コメントの均一性から判断すると個々のネット右翼と呼ばれる人々が罵倒を行っていたのではなく、ネット工作を請け負う企業が何らかの目的で「王家呼称問題」に対する攻撃行動と「平清盛」のレビューを書いている人々やTwitter上で好意的な発言を行っている人々に対する攻撃行動を行っていたように思えました)。


さらに「王家呼称問題」に加えて、第1回放映直後の1月10日に兵庫県知事の井戸敏三氏が「私も見たが、画面が汚い。鮮やかさのない画面ではチャンネルを回す気にならない」と発言した事も影響し、「平清盛」は視聴率という観点から見た場合には放映開始当初から大幅に出遅れてしまったような感じがあります。あまりこういう事は文章化したくはないのですが、自分が実際に見てみた上でドラマの内容を面白いか面白くないかを判断するのではなく、ネット上の世論(のように一見見えるもの)や地位や権威のある人の発言に影響される層(いわゆる「B層」)がかなりの数存在するのだ、という事実を目の当たりにするのは辛いです。


この2つの要因に加えて、前作の「江」の評判が(視聴率はある程度取れていても)内容的にはあまり良くなかったという事も当然影響していたかと思われます。


このようにスタート直後から不利な状況にあったとしても、最初の3か月の内容が完成度が高いものであれば「風林火山」のように視聴率的には決して高くはないけれども15%は割ることはないような推移になったと思われるのですが、やはり(特に第一部の)脚本および演出に難があったという事は否定できません。


平清盛はどちらかというと多くの人に知られている有名エピソードが最晩年に集中しており、青年期の清盛がどのような人物であったのかは戦乱の影響もあり資料もほとんど残されていません。第13回「祇園騒乱事件」の神輿に矢を放った時点で清盛は30歳ですが、そこまでの間に彼自身に(最初の妻明子との結婚・息子2人の誕生・明子との死別・継室時子との結婚以外の)目立ったイベントはありません。その「空白の清盛の青年期」がきちんと描かれていたのか?というとやはりそうではないように思われるのです。本当は天皇家の愛憎劇のパートを削ってでも白河院庶子として生まれながら武士の子として育てられている清盛が、平安末期の腐敗した世の中で何を見て、何を思い成長していったのか」をきちんと描くべきだったと思われます。


ドラマの中でそのあたりが「おもしろう生きる」の台詞の連呼でごまかされてしまい視聴者に伝わるような形で明らかにされず、ある程度回と年齢を重ねても主人公の精神的成長が見られなかったというのは非常に残念です。


それに加えて見ていて感じたのは、「保元の乱」終了の段階から急激に物語のペースが上がったように感じた事です。原作の無いオリジナル脚本の限界でしょうか? まるでこのままでは12月までに全てのエピソードを消化する事ができない事に気づいたかのように、平清盛第24回「清盛の大一番」1回を挟んで「平治の乱」に突入しました。


さらに、二条天皇近衛天皇皇后多子を再入内させた「二代の后」のエピソードと、二条天皇親政派の公卿である藤原経宗藤原惟方後白河上皇が見物に出かけた際に材木の板を打ち付けて視界を遮るという嫌がらせを行ったため流罪にされたエピソードもスキップされています。この辺りのエピソードや、平治の乱勃発に至るまでの源義朝の心情についてはもう少しきちんと描いてほしかったというのが正直なところです。


今から思い返すと、

というペースで描いた方がよかったのでは?と思います。


あと、気になったのはやはりキャスティングの問題でしょうか?役柄の年齢の差と、役者の方々の実年齢の差を考えると当初主役の平清盛役には40歳前後の方がキャスティングされていたのではないか?と推測されるのです(平清盛は佐藤義清と同年齢、源義朝の5歳上、平時子の8歳上、後白河法皇の9歳上であるにも関わらず、松山ケンイチは現時点で27歳、藤木直人は40歳、玉木宏は32歳、深田恭子は30歳、松田翔太は27歳。あと上川隆也演じる平盛国が清盛の数歳上であるという設定)。


松山ケンイチ氏が「平清盛」で主役を逆オファーした事ばかりが注目されていますが、その背景には(「武田信玄」で松平健が降板して高坂弾正役であった中井貴一が急遽主役の武田信玄を演じる事になったように)もともと平清盛役のオファーを受けていた役者の方が降板したのではないだろうか?と私は推測しています。第一部の中二病発病期の清盛をアラフォーの役者が演じる事を考えるとかなりの違和感があるのだろうな、という事は予想されますが、主役の平清盛が劇中の設定年齢や周囲のキャストの実年齢と比較して異様に若いというのはやはり演じる上でかなりのハンデになったのだろう、と思われます(脚本の藤本有紀女史も自分で書いていてよく分からなくなったのか、本来は平清盛より5歳年下である源義朝がほぼ同年齢であるかのような描き方をなされてます)。


それと保元の乱平治の乱が終了した後は平清盛後白河法皇のみが生き残り、彼らが権力を巡って対立する展開になるけれどいったいどうするつもりなのか?後半は、この2人より若いキャストしか追加投入できないと思われるが…。」という懸念がありましたが、その不安は的中しました。平清盛役の松山ケンイチ氏、後白河法皇役の松田翔太氏、平重盛役の窪田正孝氏、平頼盛役の西島隆弘氏などに実年齢より20〜30歳上の役柄を演じさせるという非常に高いハードルを飛ばせる結果になりましたが、一歩間違えると学芸会になってしまう可能性もあった訳で…。一応何とか最終回を迎えることができて良かったと本当に思っています。


これ以外にキャスティングについて思う事は、

  • 兎丸:加藤浩次がミスキャストだったとは思わないのですが、下に引用した北村一輝Wikipediaの記述を読んでしまうとこの役は北村一輝にオファーするべきだったように思われます。公式サイトの名称も”WILD PIRATES”であり、非常に海賊に対して強い思い入れがある方らしいので、今後海賊を扱う映画・ドラマを作成予定の方は少しこの事を頭の隅に入れていてほしいと思うのです。

幼少期より映画好きであったという。なかでも深作欣二監督の『蒲田行進曲』に衝撃を受ける。また、タイロン・パワー主演の『海の征服者』を観て海賊に憧れを抱き、「海賊になる」ために商船高専(当時は、航海学科、機関学科の2学科、修業年限は5年6ヶ月(練習船実習1年含む))に進学したが「海賊になれない」事に気がつき三年で中退して、もう一つの夢であった役者を志す。「役の上ならどのような人間にもなれる。海賊にもなれる」と、俳優を志した理由を『徹子の部屋』出演時に語っている。


  • 平家盛平頼盛:AAA西島くんには舞のシーンがあった方が良かった&童顔だったので後半の老けメイクにはかなり無理があった事を考えると、平家盛西島隆弘平頼盛大東駿介の方が適役だったように私には思われます。

…いろいろ書きましたが、日曜日の夜8時に「平清盛」を見ながらTwitterで実況する時間は私にとって本当に至福の時間でした。第30回「平家納経」の中で少し触れたように昨年は本当に精神的に辛いことがあって、それこそ一歩足を踏み間違えると崇徳院の如く怨霊化しかねないような精神状態でしたが、このドラマが私に癒しととりあえず最終回を見るまで生きる勇気を与えてくれました。このドラマを作成した皆様には本当に深く感謝します。


平清盛」の存在は、綺麗な真円をしている訳ではないけれど歪に輝きを放つバロックパールのように私の記憶の中に残り続けるのだろう、と思います。