思索の日々−投資とは未来に対する希望−

2006-11-14

”「水からの伝言」を信じないでください”は問いかたが間違っていると思う。

物理学者の田崎晴明氏(学習院大学)が「水からの伝言」を信じないで下さいというホームページを開設して興味深く読んだ。また、このページはたくさんのブログに引用されており−てか、その引用からこのページを僕は知ったわけだ−それらの文章も楽しく読んだ。で、ぐるっと回って田崎氏のホームページに戻ってきたら次のような文章が書かれていた。

「水からの伝言」を固く信じている人たちには、そうするだけの理由があるのだと思います。また、「科学的事実がどうかという問題ではなく、自分は、信じたいから信じている」という人たちもいらっしゃいます。こういった人たちは、そもそも、私の書いたものなど読まれないでしょうし、たとえ読まれても不快に思われるだけでしょう。私は、そのような確信をもっている人たちの考えを、容易に変えられるなどとはまったく思っていませんし、あえて変えなくてはいけないとも思っていません。

しかし、中には、「ありがとう、ばかやろう」の実験が科学的なものだと誤解したため、「水からの伝言」を信じている人たちもいるでしょう。そういう人たちに、「科学者が理由をあげて、そうでないことを説明している」という事実を知ってもらうのは、意味のあることだと思います。


僕が思うにこのページが多くの人に引用され議論されるようになっているのは、田崎氏がタイトルを”「水からの伝言」を信じないでください”にしたことにあると思う。”「水からの伝言」は科学的にみて間違っている”とかにしていたらここまで広がらなかっただろうと思う。

「水からの伝言」を信じないでくださいのホームページで田崎氏が展開している議論は突き詰めてしまえば、「水からの伝言」の実験や言説は科学的にみて正しくないから信じないでねって事である。けれど、科学的にみて正しいこと/間違っていることと信じる/信じないは別物である。田崎氏も書かれているように信じるってことは、科学的事実がどうかという問題ではなく、自分は、信じたいから信じているわけで、その部分に関しては科学は無力であると思うし、他のブログ等で議論になりやすいのは、科学的に真実でないことを信じてもいいじゃんってことが多い。「聖書」を信じないでくださいはその典型例であろう。人は科学に根拠は求めるかもしれないけれど、科学的に正しいから信じるわけではなく、どちらかといえば、科学で証明できないけどあるって思うから信じるのではないだろうか。


そもそも、科学って信じるものか?と僕は思う。科学って正しい/正しくないを見極める場であって、信じたり/信じなかったりする物ではない。ビックバン宇宙論が科学者の間で議論され、いろんな実験(含む思考実験)や観察によって、あったとされているように、科学的には正しいか/正しくないかしかない。

だから、「水からの伝言」は間違っているのだ。それで充分ではないか。

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